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「難しい現実」

「うわー、雨ヤバイな。もうちょっと遅かったら、全身グッチョグチョの濡れ濡れだったんじゃない?」


 陽彩は愁いを湛えながら窓の外を見つめ、見てるこっちの背筋が伸びてしまうほど、美しく優雅に紅茶を口にする。すまし顔でなんかいやらしい感じに聞こえることを言わなきゃ、100点満点の淑女だったであろうことは間違いない。


 グチョグチョで濡れ濡れな陽彩もそれはそれで見てみたいけれど、あまり変なことをすると手痛い反撃(ハラスメント警告)を喰らうし。スライムを装備させるくらいで勘弁しておこう。そんな性癖(しゅみ)はないけど、スライム装備の陽彩は心にグッとくるものがある。


 傘を持たずに駆け回っている人たちには悪いけど、落ち着いた雰囲気の中でそんなくだらない妄想に浸りながら飲む紅茶は最高においしかったりする。


 ……そのはずなのだが、今は緊張して全く味がしない。

 なぜなら、窓際のカウンター席で並んで座る私たちのすぐ隣に、


「それも悪くないんじゃない?」


 さっき、街で会った”美人さん“が腰かけていて、何なら私たちと一緒にお茶を楽しんでるからである。「さっきのことは絶対に内緒よ?」という無言の圧が横からひしひしと伝わってきて、もう気が気じゃない。


 龍子さんと別れた後、彼女の言った通りに天気は崩れ、すぐさまこの周辺一帯は土砂降りに。すんでのところで雨から逃れた私たちはこうして再び、マウントキャットの店に戻って雨宿りをすることに。

 私たちは空いてるカウンター席に案内されたのだが、何の因果かそこで偶然美人さんと遭遇し、「奢るからご一緒させてもらえないかしら」なんて流れで席を共にすることになったのだ。


「あの、えっと、奢ってくれてありがとうございます。でもその……お互い名前も知らないじゃないですか? なのにこうしてもらっていいんですか?」


「いいのよ、旅で合うのは何かの縁。名前なんて知らなくとも、こうしてまた巡り合うことができたのはもはや運命なの。その運命に惹かれたってだけだから気にしないで。

 因みに私の名前はフブキっていうの」


 それに続けて私たちも自己紹介すると、フブキさんはわざわざ席を立って一人一人に握手をしてくれた。その手は華奢で雪のように色白で、姿も見れば見るほどに『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』の言葉が似合うザ・大和撫子って感じで美しい。


 でも、だ。忘れてはいけないことがある。

 この人が男の人であるということを。それに彼女――正確には彼だけど――の手首の内側には、痣かタトゥーか分からないけどハート型の模様を入れていて、意外とはっちゃけていそうな面もある。


 そんな感じで席に戻ったフブキさんは机に頬杖をついて聞いてくる。


「それで? 山はどうだった?」


「中々大変でしたよ」


 ん? 変だ。


「確かに山にはいきましたが、言いましたっけ?」


「だって、あなたたちから山の匂いがするもの」


「山の匂い?」


「ええ。実は私、人より鼻がいいのよ」


 そんなことを言いながら自分の鼻を指さすフブキさんだけど、果たして山の匂いってなんだろう。人より鼻がいいとはいっても嗅ぎ分けられるものなのだろうか。

 とはいっても、この世界(フェチフロ)には想像を超える【性癖(スキル)】が山のようにあるわけで、そういうスキル持ちなんだろうと思うことにした。


「にしても大変じゃなかった? エリア内は険しい道ばかりだし、人間が探索するにはなかなか厳しかったんじゃない?」


「その辺はみんなの【性癖(スキル)】でなんとかなりましたけどね。ただなんというかどうにもやりきれないものを見てしまって」


「やりきれないもの?」


「この辺りを牛耳るクランの人が同じクランの人を理不尽にこき使ってる場面とか、命令を実行する道具みたいに扱われてる人とかを見ちゃいまして。どうにかしてあげられないかなぁなんて」


「どうにかしてあげたい、か」


「いや、まだどうするかとか全然考えてなくて……。でも、理不尽なルールとか苦しんでる人とかをなんとかしたいな、なんて」


 我ながら無計画すぎて乾いた笑いしかでない。

 フブキさんはそんな私を一瞥して、何か言いたげな様子で口を付けようとしていたティーカップをソーサーの上に置いた。


「まぁ、言いたいことはわかるわ。ファーリーファンダムのやり方はかなり目に余る」


 いつの間にかに、彼女の視線はお淑やかだったそれまでとうってかわり、名前の如く冷たくて鋭いものへと変わっていた。


「でもね、いくらやり方に憤りを覚えようと、クランにとって私たちは部外者でしかない。部外者でしかない人間が中にいる人たちを差し置いてそれを何とかしたいってのはおこがましいってもんじゃないかしら」


「どうしてですか?」


「いい? これは別にゲームの中のクランに限った話じゃなくて社会全般の一般論だけれど、本来部外者には他の組織の内部事情に関わる権限なんてないのよ」


 フブキさんは淡々と、しかしキッパリと言い切る。


 そのとき、店内のブラインドが急に下りだした。

 店内の客もなんだかソワソワし始め、窓に面している席に座っている人たちは、私たちを除いて皆一様に関わりたくないといったように顔を伏せだす。


「みんなどうしたんですか?」


「ネットの一部とかで話題になってるけど、その感じだと知らないみたいね。まあ、丁度いいのが来たからよく見ておくといいわ」


「何をです?」


「この街の”名物“よ」


 私たちは三人揃って刑事ドラマよろしくブラインドに隙間を作って外を眺める。


 土砂降りの中にやってきたのはズラリと並ぶ獣たちの列。小袖に袴姿で統一され、背丈や種類ごとにきっちりと整列し、傘もささずに器用に後ろ足で直立歩行している。


 これは、まさに大名行列といった感じの光景だ。


「いっぱい来た……!」


「これって」


「多分考えている通りのもの、人呼んで獣人大名行列」


 その見てくれと同じくらいに仰々しい名前で呼ばれるこの列はどこまでもズラリと続いて、瞬く間に大通りを占領してしまった。通行人や馬車はサッと道を開け、行列に面した露店やお店の人は深々と頭を下げたまま行列が過ぎ去るのを待っているようだった。


 列が進んでいくと、並びの中に他人に和傘を持たせて歩く連中が見え、そしてその後ろから猫さんたちに担がれて立派な駕籠(かご)がやって来た。

 手が込んでいるというか、あまりに気合いの入ったそのロールプレイぶりには関心を通り越して、もはや呆れるしかなかった。


 クロちゃんは物珍しさと規模に多少興奮気味だが、陽彩はこの光景を冷めた目で見ていた。


「馬鹿馬鹿しい」


 駕籠を取り囲む和傘の連中はなかなかに偉そうな態度で歩く。

 薬と書かれた赤い前掛けをした狸に、アロハを着た茶トラ、そしてスカジャンを着た女狐。彼らの恰好は列の動物たちとは違って様々だが、私たちはあの個性的な格好をよく知っている。

 それにこのはた迷惑な行列を作っているのがどこの連中かということも。


「これもファーリーファンダムの仕業なんですか?」


「そう、外部のプレイヤーに自分たちの力を誇示するために、そしてクラン内の力関係をプレイヤーたちへ自覚させるためだけに、ファーリーファンダムの連中がつくる行列。駕籠に乗ったクランマスター、そして傘を差す三幹部を中心に一定以下の階級のメンバーの大半を無理やり動員する愚かな行為、それが獣人大名行列よ」


「メンバーを動員ってことは、これ全部実入りのプレイヤーってことですか!?」


「もちろん。彼らはこの行列への参加を強制され、ゲーム内での自由や楽しみさえ奪われている」


 確かにこの列の中で楽しそうに歩いているのはあの三幹部だけ。他の人たちは暗い顔をしながら俯いている。

 それを見ているうちに、たんだんと許せないって想いがこみ上げてくる。


「酷過ぎる。あの人たちはプレイヤーを何だと思ってるんですか……」


「使い勝手の良い駒くらいにしか思ってないでしょう」


「そんなの間違ってますよ……!」


「しかし、それは彼らが決めた独自の決め事で、いいように使い続けられることを承知で彼らはあのクランに参加し続けている。どう見ても間違いに見えたって、彼らの中では間違ってることなんかない」


 それでもやっぱりこの現状は間違ってるとしか思えない。

 こんな状況を作り出した三人がそこにいる。この状況を良しとし理不尽な支配を行う者が今まさに目の前にいる。アイツらを倒せばこの人たちも、龍子ちゃんも……!


 そう思うと私は表に飛び出してやろうと無意識に席を立っていた。でも私は腕を引かれ、引き留められた。

 見れば陽彩とクロちゃん。黙って袖を引っ張り私を止めた二人だったけど、彼女たちの伏し目がちでやるせない表情を見て、何を言わんとしているかが痛いほど伝わってくる。


「ご、ごめん……」


 ハッとなって気づいたが、自分でもびっくりするくらい鼻息が荒くなっていた。


「流石に二人の方が冷静だったみたいね。この状況であそこを襲えばどうなるかなんて火を見るよりも明らかよ。どんな思いに憑りつかれているか知らないけど、一旦冷静になることをお勧めするわ」


 そう言うとフブキさんは猫耳メイドのミィちゃんを呼びつけ、私にアイスティーを差し出させた。


「それ飲んで落ち着きなさい。今日のブレンドはリラックス効果のある香りだから」


 差し出されたアイスティーをイッキで喉の奥に流し込む。


「それで? さっきから許せないだの、なんとかしたいだの、何があなたをここまで駆り立てるの?」


「あの中に、助けたい人がいるんです。そのためには何としてもあの組織を変えないと!」


 フブキさんは呆れたように溜息をつく。


「さっきも言ったけど、原則的には部外者が他の組織に首を突っ込む権利なんて持ち合わせちゃいないの。それでもなお、外部の人間が組織を変えてその中の人間を助けようってんなら、そこにはそれ相応の力となんとしてもやり遂げるという決心、すなわち覚悟がいる。

 あなたは本気の龍子と渡り合ったと聞くから、彼らに立ち向かうだけの力があることは確か。でも、あなたに覚悟はあるの?」


 その真剣なまなざしと厳しいもの言いに、私は言葉を詰まらせるしかなかった。


「覚悟なき行動は中途半端なものにしかならない。中途半端な行動は何を生み出すかわかる? 

 中途半端な行動が生むのは中途半端な結末じゃない、悲惨な現実よ。中途半端に誰かを助けようとしたところでその人は助けることなんてできないし、それどころか助けるはずだった人の立場や現状を悪くするだけでその人を傷つけてしまうことにもなりかねない。

 失敗すれば当然大きな代償を払わなければならない。ダメでした、なんて笑って済む問題じゃない。

 組織を変えて誰かを救う。それをやり遂げるだけの覚悟があなたにはあるの?」 


 自然と顔が(うつむ)いてしまう。上手くいって丸く収まれればいいな、なんてなんとなく思っていた。でも、フブキさんの言葉を聞いて気づかされた。自分の考えが甘いということに。

 私はただ何となく龍子ちゃんを悪の組織から救い出そうなんてヒーローチックな幻想を抱いていただけで、彼女を本当に救い出すに足りるだけの覚悟というものを持ち合わせてはいなかった。


 何も言えない。

 ただ、持っているコップの水滴で手が濡れていくだけ。


 そんな私をしり目に、フブキさんはご馳走様と一声かけて席を立つ。


「とはいえ、権力になびかず見ず知らずの人の理不尽に立ち向かおうとする心意気は立派なものよ。考えなしの無謀かもしれないけれど。

 でももし、あなたが本当にその子を救いたいという気持ちがあるなら、私も手を貸せないことはない。明日のこの時間にここで待っててあげるから、聞かせてちょうだい」


 フブキさんは髪をかき上げ、去り際に一言置いていった。


「楽しみにしてるわ、あなたの覚悟を」

お読みいただきありがとうございました!

『ブックマーク』や『評価』での応援、ありがとうございます。また、感想も非常に励みになっております! 


皆様の応援を糧にこれからも頑張りますので、どうぞよろしくお願いします!

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