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「ケモノの掟」

 ケモナー深度レベル。龍子さんはそう話し始めた。


 曰く、一口にケモナーといってもその『好き』の形は様々で、同じケモナーでも同じ趣味とは言い表せないほどの差異が出る場合も珍しくないらしい。ゆえに、自分はどれくらいのケモナー度合いなのかを知るために、ケモナーさん界隈ではケモナー深度レベルという概念が共有されているのだという。


 深度レベルはそのままの人間の姿を『レベル0』とし、そこから段階的に数字が大きくなっていくにつれてケモノの姿に変貌してゆくのだそうだ。イメージとしてはダーウィンの進化論図の矢印の方向を逆にした感じ。

 まぁ、人によって区切り方もなんかいろいろあるらしいけど――正直に言ったら怒られそうではあるが――凄い微妙な違いだなとは思った。でも好きな人にしてみれば、その細かな違いが大切なんだと思うわけで。


 話を元に戻すと、所説あるもののレベルは『ケモノの耳や尻尾だけが付いている段階』、『身体のパーツの一部がケモノに変化している段階』、『外見はケモノだけど人間らしい骨格を残している段階』、『見た目も骨格もケモノな段階』、という認識でとりあえずはいいみたい。


「んでもって、このケモナー深度レベルが龍子さんのいるファーリーファンダムというクランとどういう関係があるんですか?」


「ウチのクランでは原則として、このレベルがそのままクラン内における序列として扱われています。耳と尻尾だけがケモノの段階を『耳尻尾』、人間と獣人の中間を『毛皮モノ』、そしてそれ以上の段階を『獣人』して区分けしており、ケモノに近ければ近いほど偉いという信念のもと、序列に応じた厳格な身分支配がクラン内で行われているのです」


「区分けに応じた厳格な身分支配……」


「『獣人』たちが自分より階級が低いものを奴隷のように扱い、容姿がケモノから遠ざかれば遠ざかるほど素材集めの周回要員や拠点の建設作業といった過酷な労働に駆り出される。従わなければ懲罰も当たり前。それがまかり通っているのがファーリーファンダムの現状なのです」


 龍子さんにそう説明され、なんだかなぁと思ってしまう。だって同じジャンル内で好きになる対象が違うからってそこに優劣があるなんて思わないから。


 だいたいやってることはヒーローとかヒロイン番組の敵怪人を好きだからってだけで、そういう子を皆で寄ってたかってイジめる子どもと変わらないじゃん。そんな経験、思い出すだけでも嫌な気分になってくる。


 その上、してることの内容は子どものイジメよりも酷いから質が悪い。奴隷として働かされる――いや、さっきの人たちがキツネ獣人にされてたのはそんなレベルじゃないし、あんなことが常態化してるとしたらそんなの、絶対に楽しいわけがない。


「元々はこんな掟はありませんでした。しかし、ドラ猫のドラ助、女狐のコンチ、そして大狸のPON、この三幹部がこのクランに入ってからというもの、急速に増加する構成員を円滑に取りまとめるという題目の下いつの間にかにこのような掟ができあがっていたのです」


 猫に狐に狸とは、なんともまぁ人を化かすのに特化してそうな組み合わせだこと。狸は見たことないけど、猫と狐はさっき見かけた奴らのことだろう。

 ヤの付く仕事をしてそうな猫と、自分の欲求を満たすためにクラン員を虐めていた狐。その二人を含めたメンツがこの無茶苦茶なルール作りに関わっているってことは、明らかに自分たちが有利になるように働きかけたに違いない。


 だいたいそんな悪の権化みたいな人たちが


「そのことをクラン員の人たちは納得してるんですか?」


「まあ、それなりには」


「どうして!?」


「それはこのクランにもう一つ『弱肉強食』の掟があるからです」


 弱肉強食、それは弱いものは強いものの餌になるしかないという大自然の摂理。それがクラン内のルールとして出てくるなんて、ある意味では清々しいくらいに獣を追求したクランだとは思う。まあ、良いかどうかは別にして。


「それって強ければ、身分がひっくり返るってことですか?」


「その通り。うちのクランではケモナーに属する限り、誰もが上の階級のプレイヤーに戦いを挑むことが正式な権利として認められています。こうすることによって、理不尽な現状を打開できるかもしれないという希望を与え――」


「実力がないから支配されるのは仕方がない、という意識を植え付け身分カーストによる支配を受け入れさせてるって感じ?」


 龍子さんの話を引き継ぐように陽彩が口を挟んだ。


「ええ」


 私は二人のやり取りをただ関心しながら聞くことしかできなかった。確かに龍子さんの言ったことは私の冴えない頭でも予想が付いていたけど、陽彩の言ったことに関しては全く思いもしなかったから。


 流石は陽彩、元清楚系優等生。遊んでそうに見えて実は頭がいいって、このギャップいいよね。

 でもそれがそそるのは二次元だけかな。もし現実でやられたら、遊んでないのに頭が悪いっていう私みたいなのの立つ瀬がなくなるもん。


「まあ、この掟を考えたのも三幹部どもですよ。ルールができたときは不満のあった皆が希望を胸に弱肉強食の掟を支持しましたが、運用が始まってみれば奴らの強さに口を閉じるしかありませんでした。結局は体のいい出来レースだったんです。

 とまぁ、ざっとこんなもんです。酷いもんでしょ?」


 龍子さんは肩をすぼめ自嘲気味に言ってみせた。


 確かに酷い、本当に酷い。この街もクランのプレイヤーもなんかおかしいと薄々感じていたけど、その実態は想像よりも遥かに理不尽で許せない。


「もっと言えばボクみたいな亜人はカースト的に『耳尻尾』の更に下、上位階級のプレイヤーへの口ごたえは一切許されない、命令を聞くだけの都合のいい道具でしかありません。だから心から楽しめることなんてないんですよ」


 龍子さんは明かるげな表情で話してはいるけど、それが作り物だってのは私ですら分かる。本当は話しているだけでも気が重くなって、憂鬱だと思う。


 同じ趣味、近い趣味を持つ人同士が集まるところは本当ならもっとウキウキするような、心躍るような場所のはずだ。

 好きなものに対する興奮、感動、ここすきポイントを分かち合える人が居る、気おくれすることなく存分に語れる場所がある。それがあれば、人はどれほど安心できることか。


 でも、龍子さんのいる場所は全く違う。同じ趣味ということが好きなものの共有ではなく、支配の手段に使われる地獄のような場所。

 そんな辛い日常に彼女はこれからまた戻らなければいけない。


 龍子さんをどうにか楽しい方へと引っ張ってあげられないかなぁ、なんて思うけど全然何も思いつかない。


 ふと横目でクロちゃんを見ると、俯き気味でとても悲しそうな顔をしていた。

 今ではフェチフロを楽しそうに漫喫しているクロちゃんだけど、思い返せば彼女も他人からの理不尽に心を痛め、一時はゲームを辞めようかとさえ思い詰めてしまっていたんだ。

 優しくて繊細で人の痛みがわかるからこそ、この場にいる誰よりも辛い思いをしていると思う。


 何か言いたげにソワソワしている感じなところを見ると、クロちゃんも龍子さんを何とかしてあげたいって思ってるんだと思う。


 空元気で辛いことを話してくれる龍子さんに、どうしようか考えあぐねて何も言えない私とクロちゃん。

 もどかしく重苦しい空気がこの場を包み始める。

 でも、そんなことを全く気にしていないようなのが一人。


「だったらさぁ、辞めちゃえばよくない?」


 陽彩は衝撃的な一言を言い放った。フードコートで駄弁ってる女子高生が話す感じの恐ろしく軽いトーンで。


「龍子さんが抱えてることについて真剣に話してくれてるってのに、いくらなんでも配慮ってものがないんじゃないの?」


「別に嫌なこと背負い続けたまま無理して生きることもないでしょ?」


 陽彩の言うことは確かにもっともだとは思う。でもそれは理想論であって、世の中そう単純にはいかないだろう。


「辞めたとして、それはこのゲーム内最大のクランから目を付けられる行為にほかなりません。そうなれば最後、この世界(フェチフロ)での居場所はなくなるでしょう」


「じゃあ、このパーティ来ればよくない?」


 流石に啞然とするばかりで私を含めて誰も陽彩の話についてゆけず、さっきとは別の意味で場が沈黙する。


「……ちょ、ちょっと! どうしたらその結果に飛ぶの!?」


「だって、居場所がなくなるっていうなら作ればいいだけだし。それに、ルナもその方が嬉しいんじゃないの?」


「私!?」


「だって、さっきから物欲しそうな目をしながらジーっと龍子のことを見つめてたじゃん? まるで恋する乙女みたいに」


「べっ、別にそんな、こと……!」


 確かに、龍子さんのその手を見ているだけで、「あの手に全身をまさぐられたら私はどうなってしまうんだろう」なんて想像をしてしまったりして、私は龍子さんのドラゴン腕に対して何かしらの感情を抱いてしまったのは間違いない……と思う。


 それに龍子さんと一緒のパーティで冒険できたらきっと楽しいだろうなと思ってた部分もちょっとある。話もいい感じに合って楽しかったし。


 でも、私が変な気持ちになっちゃうのはあくまで彼女の手に対してというか。それは恋とはきっと違う感情であって……。


 もう! だから、陽彩はニヤついた顔で私を見つめるな!


「こんな感じでルナはあなたが欲しいみたいだし? 別にウチもクロちゃんも、龍子のことは大歓迎だしさ」


 陽彩はニッと笑ってみせ、クロちゃんも笑顔で首を縦に振った。

 それを見た龍子さんの表情がふっと、少し軽くなったような気がした。


「皆さんにそう言っていただけて、本当に嬉しいです」


「じゃあ……!」


「ただ」


 そこで彼女は再び表情を曇らせた。


 唇を噛みしめ、視線を落とし、龍子さんは口を閉ざす。

 永遠にも感じられる沈黙が訪れる。

 しばらくして龍子さんの口から出た言葉。


 それは――


「ボクはファーリーファンダムを辞めることはできません」


 私の望む答えではなかった。


「どうして……?」


「私だけが逃げるように辞めたとして、残された人たちの状況が変わるわけではありません。だから、その状況が抜本的に変わらない限りはこのクランを離れるわけにはいかないんです」


 そこまで告げて、龍子さんは大きく息を吸い込んでグッと決意を込めたような顔つきをした。

 そして、


「それに、ゲームを始めたばかりのとき、腕のせいで他人から疎まれていたボクをなんの躊躇いもなくこのクランに引き入れてくれて、あまつさえこの腕を美しいと言ってくれた恩人を悲しませなくはないんです」


 声は小さくとも彼女は自分自身に言い聞かせるように言った。


「さて、ボクはそろそろ失礼します。長々とつき合わせてしまい申し訳ありませんでした。

 皆さんも早く街に戻った方がいい。今日はこれから荒れそうですから」


 龍子さんの優しげな言葉とは裏腹に、その台詞は酷く寂しげに聞こえた。まるで今生の別れ際にする挨拶かのように。


「絶対、絶対! 私たちが何とかしてみせます! だから、そのときには一緒に――」


 それがなぜだかとっても嫌な感じがして、切なくて、私は堪らず声を上げた。

 しかし、龍子さんは私の言葉に振り向くことなく、ただ一言、


「ボクは誰かといてはいけないから」


 そう言い残し、ドラゴンの跳躍力で山の中へ消えていった。


 彼女が去って残ったのは静寂と北風だけ。

 空を見上げれば、段々と雲が太陽を覆い始めていた。

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