「左手を封じた戦士」
悪党キツネに呼び出され、私たちの目の前に突如降ってきた『吊腕』。
着地の衝撃で岩盤には放射状の亀裂が走り、跳ね上げられた石片が私の肌をコツンと叩く。
その人は援軍にきたスーパーヒーローの如く、三点着地を決めてそのまま固まっていた。動きのないその静の間も、味方であれば頼もしいことこの上ないが、敵として出てこられたんじゃその静寂は不気味なことこの上ない。
「あなたは、誰!?」
話しかけても反応はない。
吊腕さんは私たちの存在など気にも留めずやおら立ち上がる。立ち上がるにつれて窮屈に曲がったジーパンが、縮こまったコートが、スッと伸びてゆく。『吊腕』さんが完全に起き上がると謎に包まれたその姿が露わになる。
陽彩とだいだい同じ身長が映えるモデルのような立ち姿。それでいて物凄く顔がいいとか、腰の位置が恐ろしく高いとか、言いたいことはいろいろある。だけど、無敵のスタイルを誇る身体の中で一番目に付くのは彼女の左腕。
その左腕は骨折した人のように、白のアームカバーにすっぽりと収まった状態で首から胸の前に吊り下げられており、袖から先は黒の皮手袋。まさに『吊腕』な状態であり、それが呼び名として使われているのだろう。
山風が吊腕さんのショートな黒髪とコートの長い裾をなびかせる。同じように、私の首元の包帯もはためいている。
風が止み荒ぶる布たちがおとなしくなると、それを見計らっていたかのように吊腕さんは私へ話し始める。
「あなたの相手はこのボクだ」
切れ長の鋭い目から繰り出される力強い視線が陽彩の瞳の奥の奥まで見据え、まるで心の中まで覗かれているような感覚がする。
それは、敵対するものに向けられる目そのもの。
それと同時に感じる強烈な違和感。私が気づいた口調と体つきの決定的な矛盾、それはスルーできないくらいに気になってしまっていた。
陽彩にも思うことがあるようで、胸の内が激しくモヤモヤする。
とりあえず聞いてみないと、収まりがつかない。
「ねぇ?」
「何?」
「あなた、もごッ○△■※!?――」
喋ろうとした内容と全く違う方向に口が動いて声にならなかった。
「人が喋ろうとしてるときに勝手に喋んな!」
『だって私も聞きたいことあったし』
『お姉ちゃんたち、仲良し……だね!』
「あの!」
私たちの会話を吊腕さんが遮る。
「何ですか、一体?」
向こうも眉をひそめ気味。でも、その表情もキリっと整ったまま。
一旦、私が先に質問を投げかける。
「あなたって、もしかして……女の子?」
陽彩が大きな大きなため息を吐いた。
『はぁ?! もっと見るとこあるでしょーが!』
「確かにボクは女です。でも、それが何だというんですか?」
ビンゴ! やっぱり私の目に狂いは無かった。
彼女の左手に注目が行きがちではあるが、私にはその腕の奥に慎ましいながらも存在を主張する、胸部の膨らみが見えたのだ。彼女が立ち上がったときから!
呆れたという声が頭の中にこだまし、話すターンが陽彩に流れる。
「いや、そんなんどーでもいいのよ。アンタさ、人間でしょ?」
その言葉に彼女の表情に一瞬、影が差す。
「……だったら何?」
彼女は足を引き右拳を握る。
「それもファーリーじゃない、純粋な。なのにどうしてアンタはここにいるわけ? ケモナーじゃないなら、あの連中の言うことも聞く必要ないんじゃないの」
陽彩に言われて彼女を見直してみると、確かにその姿はケモ耳も尻尾ない普通の人間だ。クロちゃんもそれに気づいて「確かに……」って納得する。
「ウチらはあのクソキツネに用があるわけで、アンタと喧嘩する理由はない。だからさ、見逃してくんない?」
「『あなたの相手をしろ』」
彼女は自分に言い聞かせるように呟き、
「それが命令……ですからッ!」
低く踏み切って飛びかかってくる。
「やーっぱ、ダメか!」
陽彩はその場で彼女のパンチを躱し、続けて放たれた蹴りを飛び退き避ける。
「ケモノの忠実な飼い犬って感じ?」
「……くッ!」
陽彩の言葉が心に触れたのか、彼女の表情が一層厳しく変わり、再びグーを作って、この顔めがけてパンチ。陽彩は拳を交差するように差し込み、軌道を顔脇へ。
そこから陽彩は何の躊躇もせずに、向こうの左腕を蹴り、彼女を後ずらせた。
足がギプスにでも当たったのか、靴底から鋼のような感触が伝わってくる。
「痛ッ……って、何で煽るのさ!?」
『どうせやり合うならもったいぶらずに、さっさと本気出してほしいから。手早く済ましたいし』
「でもギプスを蹴るのは流石にやり過ぎじゃ。怪我してたらフェアじゃ――」
『ルナってば、意外にそういうの気にするタイプ? でもさぁ、もうそういうの気にしてらんないかもよ』
よろめきながらも踏みとどまる向こうの彼女。
「なかなか……やるようですね。あなたがどんな【性癖】かは知りませんが、ボクも簡単にやられるわけにはいきませんから」
そう言いながら、彼女は右手で腰元のものを引き抜いた。
ギラギラと妖しげな輝きを放つそれは、
『ね? 言ったっしょ? もうそのへん気にしてらんないって』
『刀……!』
『マジにやんないと、ヤバいかもね』
クロちゃんが言うように、一振りの日本刀。
その立派な太刀を片手で軽々と、スンと落ち着き澄んだ目で構える彼女。明らかに様子が今までの感じと違う。
明鏡止水、というやつなんだろうか。詳しいことは分かんないけど一つ言えるのは、この状況を解決するには陽彩の言う通り本気で戦うしかなさそうってこと!
「陽彩! クロちゃん! 準備はいい?」
『とっくも、とっくよ』
『うん、頑張る……!』
「さてと、参りましょうか!」
瞬きする間に彼女は踏み込む。
一瞬で縮む距離。落ち着き払った声とは対照的に荒々しく構えられた刀。
剣戟が放たれる。
――速いッ!
横薙ぎ一閃。
地面を蹴り、迫る刀を飛び退き。
心を奪われそうになるほどに、妖しげな輝きを放つ刀身が顔先数ミリを通過してゆく。振るわれた刃の風圧が頬を掠めた。
休む間もなく外側を向いていた刃が内に翻り、薙ぎが突きへ。
脇腹に切っ先が一本線を引く。躱しきれず、刀が浅く身体を掠った。とはいえ私も避けるだけじゃない。身体を捩る勢いを乗せて、彼女の左肩を蹴り一矢報いてみせた。
向こうはわざと身体を転がし受け身を取りつつ、耳横に刀を構え直して私との距離を取る。
その場で始まる睨み合い。私も彼女も距離とタイミングを図りながら着かず離れず、お互い地面に円を描くように足を運ぶ。
相手を視界に捉えたまま、視界端のHPゲージをチラ見。よくよく見れば今の一撃で私のHPゲージが10%も消し飛んでる。
クロちゃんの【ゾンビ】体質のおかげで全く痛くはないから、どれだけダメージを受けようと戦闘の継続に影響はない。でも、感じた痛みによるおおよそのダメージ管理ができないってのは『痛い』。まだまだ戦えると思ったら、僅かなダメージで止めなんてこともありえるし。
一長一短なこの体質。とはいえよ、まだこっちのライフは九割ある。まだその辺を気にする段階ではない。
だったら、この身体でしかできないような戦い方をするまで!
そろりそろりとした足捌きが落ち着き、彼女の胸――を含む上体が微かに前傾する。
『来るよ……!』
上体と共に膝が沈み込み、威勢のいい声を張り上げ彼女が駆け出す。
それに合わせ全速力で走る。
グッと近づく互いの距離。
彼女の柄を握る手まではっきりと見え、握り込みが強まる。
「てやぁあああ!!!!」
迫真の雄叫びと共に、刀が斬り下ろされる。向かって右上から斜めに。
それを、
――ガッ。
「なっ!?」
左腕で受け、眼前で斬撃と競り合う。
これには彼女も予想外だったようで、切れ長の目をまん丸にしている。
しかし、防ぐだけでは終わりじゃない。
彼女が固まった隙に、
「うおりゃあ!!!!」
驚いても綺麗なその顔へ一発見舞い、間髪入れずにスレンダーな腹部を蹴り飛ばす。
呻きながら数歩後退る彼女。その頭上のライフも一連の攻撃で二割ほど持っていった。
だが、私の方も全くもって問題ないというわけにはいかない。まぁ、痛みはないし、【包帯】でダメージを軽減したとはいえ、向こうの斬撃をもろに喰らったんだ。その代償として私のライフもガッツリ、四分の一ほど消し飛んだ。
ダメージ的に差し引きすれば、マイナスなわけだけど、
「腕で防いだ、だと……?!」
「どうよ?」
驚愕に染まる彼女の顔を見る限り、それ以上の効果が引き出せているのは明らか。
まぁ、個人的にはもうちょいダメージ受けないと思ったんだけど。
『身体張らされ過ぎて、命がいくつあっても足りないわ、マジで』
『もう死んでる、から、命ないよ……!』
冷や冷やな陽彩に、クロちゃんのゾンビジョークも飛び出し、こちらの士気も上々。
『ダメージレースで負けてるしもう無しだから』
陽彩は私へ釘を刺す。
「分かってるって」
確かに彼女の言う通り、この作戦では先にこっちが死ぬ。ということは向こうに勝つには他の手を考える必要がある。
だけど、それはもう思いついている。
そのための最短手段は武装解除。そして、そのために必要なことはただ一つ。
「独り言の多いようで!」
彼女は刀を刀を構え直して、斬りかかってくる。一撃で私を切り伏せるために。
この身体のど真ん中に向かって、一直線に。
『準備は?』
「もちろん!」
無言で刀が振り下ろされ、刻一刻と刃が身体に迫る。この身体で一番盛り上がったところに向かって。
私は構えを解く。
腕を下ろし、そのときを待つ。
刃が触れるか触れないか、紙一重のところで胸を大きく突き出す!
「おっパリィ!!!」
おっぱいが刀を弾く。
橙色の火花のエフェクトが飛び、彼女の持つ刀が大きく跳ね上がる。
その大きな大きな隙めがけて腕から包帯を伸ばし、彼女の持つ日本刀を【拘束】し取り上げ、私の手の中へ。
「刀が!」
「武装解除成功! いやぁ、前は痛い目見たからね。ちゃんと取り上げたもんね。これぞみんなの……」
あれ、これってみんなの力を好き勝手使ってるだけのような……? まぁ、いいか!
「協力の賜物ってね!」
ってか、重っ!
片手に刀の重みがズシリとのしかかる。持っているだけで精一杯なほどの。
彼女はこれを片手で振り回してたという事実に軽い驚きを覚えつつも、両手で構えてみる。
「さぁ、反撃の時間だ!!」
そう啖呵を切り、無防備な彼女に斬りかかったそのときだった。
刀を重みに任せて乱暴に振り下ろしている最中、耳にガチンと耳障りな激しい音が届き、衝撃で腕が痺れる。
何が起きたの?
見ると、彼女の目の前で刀が止まっていた。
いや、正確には彼女が刀を受け止めていた。使えないはずの左腕で。
首から吊られていた彼女の左腕はいつの間にかフリーになっていて、彼女はその左手で刀身の丁度真ん中あたりを掴み、刀を止めていた。私の攻撃は奇しくも、私が繰り出したのと同じような技で返された形になっているわけだ。
どれだけ力を込めても彼女の恐ろしいほどの怪力に阻まれ、刀はギリギリと不快な音を立てるだけでビクともしない。その音は石を鋏で切ろうとしたときに出るような、聞いているだけで鳥肌が立つ類の音。
彼女の掌を守るのは黒い革手袋だけど、その手袋にはそんな防御力がある様に思えないし、革を斬ってもそんな音が出るわけないのは私でも分かる。
それに、手袋は既に切れ目が入っていて、刃は直接肌に触れている。なのに斬れない。
刀を握る彼女の表情を見れば、眉間には縦皺、大きく見開かれた目。奥歯は強く噛みしめられ、目の奥に宿した何かが燃えているよう。
今までの冷静な表情は完全に消え去り、注意して聞くと小さく唸り声まで聞こえる。
明らかに手に何かある。
その左手に何かが。
「ぐぐっ……」
やばっ……!
彼女の呻き声が大きくなりだして、拮抗していた力が段々押され始める。
「う゛う゛っ……!」
手ごたえがおかしい。
彼女の手を境に刀が微かにくの字に曲がりだす。
刀がビキリと悲鳴を上げる。
「ぐらぁあ゛あ゛あ゛!!!!!」
突然、獣のような唸り声が上がり、響く破裂音。
急に手応えが無くなり、
「折れたァ!?」
刀が折れた。
握り折られた。
手元には下半分だけの刀が残り、全力で込めていたエネルギーと共に刃は虚しく空を斬る。刀身の上半分は後方へ飛んでゆき、はるか後方に落ちた音がする。
敵前だというのに思わず、手の中にある折れた刀をまじまじと見つめてしまう。ボケーっと。
「あっ、折られた」って思いながら。
というかそれ以外の感情が湧いてこない。
脳が理解を拒んでいるんだと思う。
どこか冷静で、なんか客観的になるというか変な感じ。
『ルナ!』
陽彩の声で現実に戻ってくる。
そうだ! 私はイケメンの彼女と、彼女と……。
ハッとして彼女を見ると、思わず目を奪われてしまう。
「なるほど? それがアンタがケモナー連中と一緒にいる理由ってわけね」
陽彩が彼女に言い放つ。
彼女の左手の掌からは刀の欠片がサラサラと流れ落ちてゆく。
『まだ、気抜かないでよ? ルナ。むしろ、これからが本番っぽいから』
「うん……!」
アームカバーが外れ、露わになった彼女の左腕。
その二の腕は光を反射してぬらりと輝く黒い鱗に覆われており、手首から先にはワニのようにゴツゴツした掌に、五本の節くれだった指と猛禽のような爪。
一言でいうなら彼女の左腕は――ファンタジーに出てくるような――ドラゴンの腕だった。
お読みくださりありがとうございました!
次回、ドラゴンの腕が解き放たれたとき、本当の戦いが始まる!
お楽しみにしていただけると幸いです。
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