「クランの威を借るキツネ」
横柄な態度を示すキツネに対し、正座をしている動物耳の男女は皆俯き暗い顔。楽しいハイキングの途中というわけではなさそうである。
「何これ……?」
『とりま、隠れといた方が』
岩陰に隠れて様子をうかがっていると、黒のスカジャンを着たキツネは踏ん反り返って話し始める。
「もう一度聞くけど、今回のレアドロはこれで全部なわけ?」
キツネは手元で黒い石と青い石を転がしている。
「……はい。これで全――」
「聞こえない!!!」
正座をしている皆が一斉にビクッと身体を強張らせる。
「ぜ、ぜ、ぜ……全部です!」
「聞くけどさぁ。お前ら『耳尻尾』がこのギルド『ファーリーファンダム』にいられるのは誰のおかげだと思ってるわけ?」
キツネはギロリと一番手前にいる猫耳の女の子を睨みつける。
「お館様の温情があってこそでございます……」
「新人くんの集団とはいえ、ちゃんとそれを理解しているのは偉いぞー。そう! お館様がお情けをくださったから、お前らみたいのがここにいられるの。だったら、ちゃんとそれに応えるのが筋ってもんじゃないの?」
「はい……。おっしゃる通りでございます」
「で、ゲンブ岩一つと、セイリュウ岩二つがお前らの親方様に対する恩義ってわけ?」
「でも、ドロップは運ですし……」
スカジャンキツネはそう言った犬耳の男の人の胸倉を掴み上げ、
「運が悪かったら恩義に報いなくていい、なんてわけはねぇんだよ!」
そして彼の頬を全力で殴り飛ばし、腹を踏みつけた。
小さく悲鳴が上がる。
こんなの、いくら何でも酷すぎる。見ているだけで気分が悪くなってくる。しかし、キツネは止まらない。
「新入り、よく覚えときなさい。足りない運は試行回数で補う。これが採掘班の『耳尻尾』に課せられた使命だ。出ませんでしたごめんなさいなんて通用しないんだよ。分かる?」
「じゃあ、今すぐ戻ってまた掘り直します!」
「今から戻りますぅ? 拠点まで戻って、また戻って来るまでにどれだけかかると思ってんだ! それじゃあ遅いんだよ!」
「ではどうすれば……?」
困惑気味の問いにキツネは邪悪な笑みを浮かべて言い放った。
「死ねばいいのよ。そうすれば拠点まで瞬時に戻れる。その分帰り時間のロスが減る。そして失った体力も回復する。これ、周回数を増やすための常識よ?」
効率厨だ、極限の。
確かに、限界まで効率を求めたプレイの行きつく先は自殺からの帰還になるのは分かる。
だけど……だけど……! これじゃ、まるで奴隷だ。
そういうプレイスタイルはこんな風に、無理やり他人に押しつけるようなことじゃないはずだ!
『こんなん酷すぎでしょ』
『皆、怯えてる……』
陽彩もクロちゃんも流石に思うことがあるようだ。というか、これを見て何も思わない人がいるとは思えない。
「まぁ、死に方くらいは選ばせてあげるわよ。私、優しいから。大入り爆弾で爆死するか、狸が作った失敗ポーション飲むか、あそこから飛び降りて落下ダメージで死ぬか。早く好きなのを選んでちょうだい? 痛くないのはオクスリだと思うけどね」
キツネは皆の方を一切見ず、爪を弄りながらさも当然といったように、事務的に淡々とそう告げる。集められた彼らは絶句し何も返答することができず、静まり返ったままただ時間だけが流れてゆく。
いくら死に戻りするとはいえ、ダメージを受ければ痛いし、苦しいし、一発でライフがゼロになるほどの苦痛がどれほどのものか。想像するだけでも足が竦む。だから皆死にたくないのが本心だと思う。
私だって、死ねと言われて死にたくなんてない。
しかしそんな彼らの態度に痺れを切らし、キツネは大声で怒鳴り始める。
「早くしろつってんのが聞こえないのか!! いい加減にしろよ、『耳尻尾』が調子に乗りやがって!!!
さぁ、死ね! すぐ死ね! とっとと死ね! そしてさっさと戻ってこい!! この組織にいたきゃ、ファーリーファンダムのために、そしてお館様のために働きな!! それがここの流儀なんだから」
それを聞いて、私の中で何かが音を立てて切れた。
ふざけんな。
組織のために死ぬのが流儀? そんなの流儀なんかじゃない。
それにだいたいアンタらは同じクランに所属してる仲間じゃないの? 皆で一緒にこのゲームを楽しむような。
それに相手は自分と同じ人でしょ? 何でそんな簡単に酷いことを言えるの?
そんなゲーム、楽しいはずがない。
「さぁ!!」
『ありえない』
マジなんなんあのキツネは。
人を虐げ、悦に浸って。あんなん、ムカつく通り越して胸糞悪いだけ。
今すぐ死ね? せっかくこっちはこっちで楽しくやってたのに、そんなん聞かされてほんと台無し。あのキツネ以外、だーれも楽しくないでしょ。
「さぁ!!!」
『酷い……』
皆、震えてる……。怖がってる……。狐さんの、言うことに……。
きっと、皆の心、傷ついてる……。
誰も……楽しそう、じゃないから……!
聞こえる、二人の声が。想いが。
一つの身体に様々な感情が駆け巡る。
でも抱える想いはそれぞれ同じ。
そんなの――
「間違ってる!!!!」
『間違ってる!!!!』
『間違ってる……!!』
「何だアンタら?」
私たちは衝動に任せ岩陰から身を乗り出していた。
向こうからすれば予想外の来客ではあるが、スカジャンキツネはそんなそぶりを全く見せず頬杖をつきながらこちらに話しかけてくる。
「あー、ここはね。ファーリーファンダムのシマだから。人間の来るところじゃないんだよ。まぁ人が迷い込むのはよくあることだし、とりあえず今は何も聞こえなかったから、とっとと帰りな」
キツネは静かにそう語りながらも、ギラついた視線でこっちを見つめてくる。その視線に一瞬たじろいでしまうも、頭の中で陽彩が「心配すんな」って囁く。
そうだ、今の私は陽彩とクロちゃんの二人に憑いている。陽彩の威を借るルナでいいんだ。
ビビることなんてない。
弁が立たなきゃ、その時点で陽彩にタッチすればいい。
「聞こえなかったんならもう一度言ってやるよ。『間違ってる』ってね!」
「何が、間違ってるって?」
「今アンタがやろうとしてること全部だよ!」
「何のことだ?」
「すっとぼけたって無駄だよ。だって全部聞かせてもらったから」
「何が間違ってるのか、聞かせてもらおうか?」
キツネはその場から立ち上がり、目つきを細めて私たちの前に歩を進めてくる。
「同じクランの仲間に効率を強要して、死ねとまで吐き捨てたアンタの言葉。それにアンタの態度も全部だ」
そう答えると、キツネは高らかに笑いだす。
「何がおかしい?」
「ウチの組織はなこういう風に動いてんだよ。それを部外者にどうこう言われる筋合いはないね」
「だったら、アンタだけじゃなくそんな組織だって間違ってる」
「ふぅん、盾突くんだ。人間如きがこのファーリーファンダムに、これからを支配する最大手クランに」
キツネは自分のクランの名前を口に出した瞬間、水を得た魚のように勢いを増して喋り出す。
「こちとらなぁ、人間一人消すことなんざ造作もない。それに、この世界で生きられないようにしてやることだってできるんだよ。
だが、今この場で許しを請えば許してやらんこともない。ここで合わなかったことにしてシマを荒らしたことも、その後のこともなかったことにしてやる」
得意げな顔でベラベラと。正に虎の威を借る何とやら。
そんなキツネに突き付ける答えは一つ。三人分合わせてもそれは変わらない。
「断る」
目をかっと開いたキツネは、歯茎を見せ牙をむく。
「なら、まずここで死んでもらおうか!!!」
性癖決闘か!
そう思い、瞬時に身構える。
しかし、私は思わず拍子抜けする。なぜならキツネは威勢を張ったくせに、どういうわけかくるりと踵を返したからだ。
「逃げるの?」
「ああ、そうさ。人間一人如きのために、これ以上周回をサボるわけにもいかないからな。だから、お前の相手はコイツがする。『吊腕』!!!」
キツネは声高にそう叫び、『吊腕』という声が山びことなって山脈を駆け巡る。
「じゃあな。覚えておけよ、これは始まりに過ぎないってな」
「待ちッ――」
――ドガンッ!
地を揺らす衝撃、吹き上がる突風、捲き上がる石片、土煙。
キツネを追おうとした瞬間、私たちの目の前に何かが降ってきた。
「うわっ!」
巻き起された風圧に顔を伏せると、次の瞬間には『耳尻尾』と呼ばれてた人たちを含めてキツネの姿は消えていた。
『何!?』
『ううっ……』
消えた彼らの代わりには、
「あなたの相手はこのボクだ」
陽彩と同じ背丈くらいの人が、黒いトレンチコートの裾をなびかせ立っていた。
動物の耳も尻尾も見当たらないが、『吊腕』の名にふさわしく、白いアームカバーを付けた左腕を首から胸の前に吊り下げて。
そして、その腕の奥には慎ましいながらも──私のより大きい──掌に収まりの良さそうな、胸部の膨らみが見えたのだ。
お読みくださりありがとうございました!
次回、乱入してきた謎の『吊腕』との戦いが始まる!!
次回もお楽しみにしていただけると幸いです。
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