「チラ見えする闇」
不動産屋さんに勧められ、街の西側に少し進むとそこには険しい岩山がそびえ立っていた。その山脈は麓から見上げていると首が痛くなるほどに高い山ばかりで、いざ登ってみるとその道中はおおよそ登山道と呼べるものはなく、トンデモ傾斜の獣道を延々行くばかり。
険しさは想像を軽く超え、少し歩いただけで在宅オタクは限界寸前。
「ふん、ふん、ふふーん……!」
しかし、以外にもクロちゃんは元気でピクニック気分で鼻歌交じりに歩き続けている。既に死んでるゾンビだから疲れを感じないのかもしれない。
彼女が歌う鼻歌はダークホース的に流行ったアイドルゾンビアニメの主題歌。その歌声は澄んでいて、楽し気で、聞いているだけでも元気が出てくる。とってもいいムードメーカーだ。
この場にクロちゃんがいなかったら、多分私は五分ともせずに山から帰っているだろう。
可愛い歌声に励まされながら麓の森を抜けると、景色はまた様変わり。足元も山肌も白い岩が剥き出しになり始め、まさに山登りという様相を呈してきた。
肌を撫でる空気も冷たくなってきてそれなりに登ってきた感じはするけど、ここでハイ終わりというわけではない。
むしろ、ここから始まる。
「それじゃ、採掘ポイント探すよ。見つけたら採取しつつ共有ってことで」
陽彩の一声で私たちは散開し、採掘ポイントを探し始める。
さて、目標はどこにあるものか。
私は山肌に沿って歩き始め、小さな違和感も見逃さないよう辺りに目を凝らす。
このゲームの採集や採掘ポイントは周囲の景色からそれなりに目立つようにできている。不自然に木の葉が積み重なっていたり、蝶が飛んでいるけどいつまでもその場からはなれなかったり、岩肌が大きくひび割れていたり、といった感じ。
とはいえ、違和感のあるようにできているけど、意外と見逃してしまいがちなのが難しい。一回見たはずの場所なのに、陽彩やクロちゃんからのポイントの情報共有が来たりする。
掲示板やウィキを見ればこの手の情報は見られるんだろうけど、私はあえて見ない。だって、何でも好きなようにできるこの世界で、そういうのを見てガチガチにプレイするのは個人的になんか違うような気がするんだもん。
それに、ネットの掲示板は見たくないようなものまで見なきゃいけないし、ウィキも企業系サイトの台頭でクソの役にも立たないゴミみたいな記事がネットに溢れ出し、必要な情報に全くたどり着けないという現状もある。
おじいちゃんが持っていた『攻略本』ってものをを小っちゃいころはバカにしたけど、必要なものがすぐ探せるという意味では今の時代一番必要なのかもしれない。
岩肌に沿って歩くこと数分、私の背丈より大きいこれ見よがしな亀裂を見つける。これは採掘ポイントで間違いないだろう。
アイテム欄からツルハシを選んで手元に実体化させ、亀裂に向かって思い切り振り下ろしてみる。
ツルハシの刃が甲高い音を立て、岩肌に勢いよく突き刺さる。
「……っ!」
衝撃がダイレクトに腕きて、手のひらがビリビリ痺れるリアル指向。でも正直いって、この仕様は要らないでしょ。疲れるし。
【石ころを入手しました】
そのメッセージウィンドウが出ると同時に、私のアイテム欄に石ころが仲間入り。
あとは同じように亀裂に向かってツルハシを振り下ろして、何も取れなくなるまで採掘を繰り返せば、ワンセット終わり。
あとは二人に、音声チャットとマップマーキングでこのポイントの場所を教えて……っと。
『こっち、見つけたよー』
『うん、わかった……!』
『おけ』
よし、オッケー。
そうして、二人の知らせてくれたポイントに向かって、次の採掘作業に勤しむ。
これを私と陽彩とクロちゃんでローテーションで繰り返し。
これが今回このフィールドに来た目的。
拠点を造りにいったケモケモ不動産屋に紹介された依頼をこなしに来たというわけ。
まぁ、内容は素材集めという名のパシリだけど、想定よりは百倍マシだ。
報酬も出る、採掘で出た余剰素材は建材に交換してくれる。そんなの、拠点が欲しけならやらない手はないと思っていた。
思ってた。
なのに――
「どうして出ないのぉおおおお!!!!!」
心からの叫びが山びことなってどこまでも駆け巡る。
「もう、うっさい!」
「だって、みんなで合わせてこんなに掘ったのに目的の素材一個も出ないじゃん!」
三人で採掘ポイントをローテーションして、合計で素材が五十個。その内訳は石ころ十七個、鉄鉱石が二十一個、丸石八個、ドー銅四個。以上。
メインの素材は一切出ず、掘れども掘れども外ればかり。ドロップ率がおかしいとしか思えない。というか石ころ多すぎでしょ、いくら何でも。
「場所が、悪いのかな……?」
クロちゃんが小首をかしげ、ポツリと呟く。
確かに、ゲームの採集は自然のそれと違い、ポイントごとに採集できるものの種類と確率がきっちり設定されていて、そこから出ないものは絶対に出ないようになっている。
要はガチャと同じだ。合計五十回分鉱石ガチャを回して目当ての素材が出ないってことは、クロちゃんの言うように場所が悪い――つまりこの場所からはドロップしないのかもしれない。それか、みんなしてよっぽど運が悪いか。
「場所ねぇ……」
顔を上げれば、目の前にはほぼ垂直に切立った崖がそびえ立ち、どっしりと私たちを待ち受ける。その高さはその辺のマンションをゆうに超えるだろう。見上げているだけで首が痛くなってくる。
山岳地帯のレア素材は標高の高いエリアでドロップするって相場が決まっているけど、これを超えるとなると……どうしよう。ここを迂回して上に登る道がなければ、安全な登山道があるわけでもなさそうだ。
あるのは自然にできているわずかな出っ張りくらいなもの。
岩肌を改めてよく見る。すると崖上の方から場違いなほどに青々とした蔦が何本か垂れてきている。これを伝って登れと言わんばかりの存在感ではあるけれど、いやそれは流石に無理だろ。
「どーする?」
「どうしようか……」
諦めて帰るか、蔦を登るかの二択を迫られ、私と陽彩はお手上げ。
しかし、
「私に、任せて……!」
淀んだ重苦しい空気を吹き飛ばすようにクロちゃんが言った。
その声は少し控えめだけれど、彼女の瞳は自信に満ち溢れている。
「なんか思いついた?」
「あのね……!」
そしてその瞳は、何かを期待するように私を見つめていた。
◇
「それじゃ、始めるよ」
「オーケー」
「うん……!」
「憑依変身!!」
私はクロちゃんと陽彩に同時に憑りつき、その上で陽彩を変身させる。光の包帯に包まれ陽彩の身体は、『憑依状態:クロ・陽彩』に早変わり。アシメの前髪も、全身の包帯も、スク水も、バッチリ決まってる。
そして今日は首元の包帯が風に吹かれ、マフラーのようになびいている。山の上で寒いから、首とかいつもより多めに包帯巻いてみたけど、これはこれでカッコいいじゃん! 次からも――
『ねぇ』
新たなファッションに浮かれ気味の私に陽彩が割って入ってくる。
「何?」
『なんか、胸の辺りがちょっとキツイんですけど。ルナ、太ったんじゃない?』
「いやいや! 別に私が陽彩に憑りつこうと体型は変わらないでしょ! というか、太ったとしたら元の身体のほうだからね?」
『私が? 太る? そ、そんわけ……ないじゃん? てか、太ったのは絶対ルナのせいだから! ボアステーキ食べてたし』
「いや、陽彩もさっきパンケーキ――」
『お姉ちゃんたち……!!』
「はい、すいません」
『はい、すいません』
珍しく、というか初めてクロちゃんに怒られてしまった。
余計な喧嘩なんかしてないで、彼女に提案してもらったアイデアを実行に移さなくては。
「いくよ……。二人の力で届け、どこまでも!」
陽彩の肘関節を外して崖上に向かって思い切り右腕を振るい、
「包帯伸縮腕!」
肘から先をぶっ飛ばす。
勢いよく飛び出し、飛距離を伸ばしてゆく腕。それが崖の中腹を越したあたりで、私はその場ある出っ張りをガシッとと掴む。そして持ち手が崩れなさそうなのを感触でしっかり確かめたら、フックショットさながら伸ばした包帯を使って身体を引き上げる。
足元が地面から離れてどんどん上昇してゆき、あっという間に身体は崖半分を越えた。そのタイミングでもう一度。今度は左手をぶっ飛ばして崖の頂点を掴み取り、同じ要領で身体を引き上げる。
これがクロちゃんのアイデア。名付けて『包帯伸縮腕』(命名、私)。
このフォームなら四肢が身体から外れていても、その先の手や足といった部位を遠隔操作できる。それをスケ番のアンズに繰り出した『包帯伸縮拳』に組み合わせた応用技。
包帯が途中で切れてしまわないか心配ではあったけど、そこは流石の【包帯フェチ】なクロちゃん。彼女が一緒にいてくれるおかげで包帯は通常よりはるかに強靭なものに強化され、この身体を引き上げてもビクともしない。
「着いたー!」
みんなの力を合わせて、特にアクシデントもなく無事崖の頂上に到着。とはいうものの、一生味わうことのなかったであろうワイヤーアクションばりの空中散歩の直後、地面に足が付いた安心感から膝が笑ってる。止めようにもプルプルしっぱなしで、ダメだね。
こうなっちゃったものはしょうがない。諦めて固い岩肌にゴロンと身体を投げる。背中も、お尻も、ゴリゴリ痛い。
でも、そんなことが気にならないくらいに空は青く澄み渡っていて、鳥が囀り、ぽかぽか陽気。なーんにも起こりそうもないほどに長閑で、清々しい気持ちになってくる。
『気持ちいいね……!』
『分かるわー』
二人もご満悦のよう。
上体を起こせば、この場からは遥か遠くまで見渡せる。もしかしたら始まりの街も見えるかもしれない。ホップちゃん元気かなぁ。少しヒンヤリとした風に頬を擦られると、彼女の淹れた暖かい紅茶が恋しくなってきちゃう。あのホッとする味が。
山のふもとにはビーステの街が見える。こうして上から眺めてみると本当に碁盤の目のような造りをしている。街を取り囲む外周も、町中を張り巡らされた通りも、歪むことなく一直線。
幾何学的で美しいはずなのに、何かが私の中で違和感として引っかかる。
美しく見えるけど、どこか歪んだ街。
改めてそう思う。
唐突に風向きが変わり、山の冷気がひゅうと背中を吹き抜けてゆく。
身体も冷えてきたし、そろそろ採掘ポイントを探さないと。そう思って腰を上げた――そのときだった。
「ねぇ? これっぽっちかって聞いてんのよ」
近くの岩場の方から女性の怒鳴り声が聞こえてきた。物々しい空気を肌で感じる。
何事かと思って忍び足で声の方に向かってみると、私たちは衝撃的なものを目にすることになった。
そこには、
「レアドロはこれっぽちかって聞いてんのよ!!」
スカジャンを着た人間大のキツネが切り株の上で胡坐をかき、その前には継ぎ接ぎだらけの着物を着た十人くらいの猫耳や犬耳の男女が正座させられていたのだ。
お読みくださりありがとうございました!
不穏なやり取りを目撃したルナたちの運命やいかに!?
次回もお楽しみにしていただけると幸いです。
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