「師匠の行方」
料理処『マウントキャット』。
美人のお……ねえさん(?)に導かれ、大通りを二ブロックほど行ったところにその店はあった。要は事故現場から目と鼻の先だったわけだけど。
「ここが私のとっておき。同席してあげたいところだけど……、あいにく時間がないもので。それじゃあ、楽しんでいってね」
そう言い残して美人さんは私たちのもとを去っていこうとする。
すれ違いざま私に向けられる、背筋が凍り付きそうなほど冷たい視線。
分かってます。誰にも言いません。
そう無言で頷くと、美人さんの顔はふっと明るくなり、足取り軽くどこかに去っていった。
「いい人、だったね……!」
「ラッキーって感じ」
「ソウデスネ」
店前での会話もそこそこに、豪華な装飾の施された木の扉を開く。
そこは、
「はい、三番さんにハンバーグとビーフシチュー!」
「はい、ただいま!」
「食後のお飲み物はいかがいたしましょうか?」
「こちらデラックスパフェでございます」
「八番卓、カトラスご注文ですニャ!」
「はい! カトラス一丁!!」
戦場だった。
太陽が一番高い時間、すなわちお昼時のど真ん中。
現実の世界を考えてみればそうだけど、この時間のレストランは地獄のような忙しさだ。
「いらっしゃいませ! 三名様でよろしいでしょうかニャン?」
「うん、オッケー」
接客してくれる店員さんを見れば、そこには猫耳尻尾のフリフリメイドさん。猫耳と尻尾はホップちゃんと同じように本物だけど、メイド服の丈が全然違う。
クラシカルなメイド姿のホップちゃんに比べて、ここの店員さんはメイド喫茶のように膝上十センチにニーソを履いた、絶対領域ガン見せスタイルが規定衣装らしい。
「ご新規三名様ご来店ですニャン」
猫耳の店員さんがそう言うと店中から「いらっしゃいませ!」という揃った元気のいい掛け声が帰ってきた。
見た目に反してきっちりと教育が行き届いているなぁ、なんて思う。
席まで通してもらうと各人の前に半透明のウィンドウが自動的に浮かび上がる。
「ご注文はメニューウィンドウをからお選びいただけますニャン! それでは、どうぞ――」
「ああ、その前に。一つ聞きたいんだけどいい?」
「何でございましょうかニャン?」
「ここに始まりの街で喫茶店をしてる、ホップって子の師匠さんいるかもしれないんだけど、知らない?」
「んー。ミィはまだ新人なので存じ上げないのですニャン。店長なら何か知ってるかもなのですニャン」
店員のミィちゃんはバックヤードに向かって「店長ー」と呼びかけ、少ししないうちに、熊のようにワイルドで屈強な男の人が裏からでてきた。
バンダナ、エプロン、上下ともに真っ黒。エプロンの胸元には横倒しにした三日月のような白い模様に『マウントキャット』の文字がついている。
「何だ? ウチの料理に何か文句でも?」
完全に対応がクレーマーのそれだ。
まあ、店に来て早々店長を呼びつける奴なんてクレーマーくらいしかいないだろうし。
「いや、別に文句は無いんですけど……」
「じゃ、何だ? こっちは忙しいってのに」
「ですよね。分かってます、分かってます。えっと……」
店長さんは腕を組んで明らかにイライラした様子。
ヤバい。急がなきゃいけないと思うと、パニクって意味わからないことを口走ってしまっている。
「ホップって子知ってる?」
ナイス陽彩!
あたふたする私の様子を見かねて助け舟を出してくれた。
「ああ、知ってるよ。アイツはとっとと独立しちまって最近は交流してないが、もともとは俺もアイツと同じ師匠に学んだ仲だしな」
「私たち、その師匠さんに用があるの」
陽彩の言葉に店長さんはビクッと身を強張らせる。
「それはまた、珍しいお客さんだ。でも、あの人のことを無料で教えるわけにはいかないな」
「何か条件でも?」
「ここは飯屋だ。その席に座ってる以上は何か食ってってもらわねぇとな」
「商売がお上手だこと」
「おあいにく様、それで飯を食わせていただいているものでな。なに、客足が落ち着いたらちゃんと話を聞く。だからそれまで、料理を堪能していってくれってことよ」
メニューウィンドウが顔の高さまで上がってくる。
「ま、決まったら、そのウィンドウから注文してくれ」
店長さんはそう言い残し、駆け足で厨房に戻っていった。
「オムライス……!」
「ウチはそんなお腹空いてないし、紅茶とパンケーキにしよ」
二人とも選ぶの早いな。私も選ばなきゃ。
何々……? だいたいのメニューはホップちゃんのお店でも食べれるもので埋め尽くされている。
ん? 『ボアステーキ』!? ボアってあの森で戦ったボスの?
へぇー、アイツって食材にもなるんだ……。この世界にしか存在しない食材ってどんな味するんだろ。
それに……、『カトラスステーキ』? 何だこれ?
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【カトラスステーキ】
『古の時代に三ポンドの肉塊をぺろりと平らげ続けた強者の名を冠する当店の名物料理。その出来事にちなんで、同量の三ポンドの肉を丁寧に調理したチャレンジメニュー。挑戦者求む!』
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三ポンド!? 無理無理!
「ルナはよ」
「はよ……!」
急かしてくる割に二人して楽しそうだな、全くもう。
「じゃ、ボアステーキで」
待つこと数分。
「お待たせしましたニャン! こちらオムライスと、お紅茶とパンケーキ、そしてボアステーキでございますニャン! ごゆっくりお楽しみくださいニャ!」
料理がそれぞれの前に置かれる。
目の前の鉄板には、以前それなりに苦労して倒したボアが綺麗なサイコロ状にカットされてやってきた。感慨深いというか、無常というか、なんというか……。
みんな既に食べ始めている。
私もボアの肉にフォークを突き刺し、パクリ。
ギュっと締まった肉質で中々な歯ごたえ。ラムに近いような気もするけどちょっと違う、野性味の溢れた少しクセのある、今まで食べたことのない味。鈴印のタレがよく合いそうな。
案外いけるじゃん、嫌いじゃないかも。
「おいしいね……!」
「うん! ボア食べる?」
「いや、やめとく。太るし」
「太るの!?」
なんてファミレスに来た女子高生気分で食べながら、約束の時を待つのであった。
◇
「ごちそうさまー」
私たちが食べ終わるころには慌ただしかった店内も一段落つき、バタバタと駆け足気味に店内を右往左往していた店員さんたちも落ち着きを取り戻しつつある。
「ちょっと外すぞ」
「はーい、ですニャ!」
静まりかけている店内で食後の楽しみと言わんばかりに、優雅に紅茶を啜る陽彩。
「どうだい、ウチの自慢の料理は?」
「力強い男の料理って感じがしていいんじゃない?」
「だろ?」
「ただ、紅茶はラビットハッチの方がおいしいけど」
陽彩は可もなく不可もなくという顔でティーカップを受け皿に置き、自慢げに来た店長さんをバッサリと切り捨てる。
「アレと比べられるのは勘弁だぜ……。なんたって、この世界にあの【ご奉仕】さんより美味い紅茶を淹れられる奴はいないだろうしな」
「でもお肉、美味しかったですよ!」
「オムライスも……!」
そう感想を投げかけるとシュンとなっていた表情が一気に明るくなる。
「なんたって師匠直伝だからな!」
「私たちは貴方の腕自慢よりも、その師匠に用があんだけどね」
「そうだったな」
そう言って店長さんは私の隣の椅子に腰かける。
お店の店長と同席して、話をする。なんだかファミレスの採用面接みたい。
私? もちろん受けたことなんてないけどね! 誰かがやってるのを隣のテーブルで見てただけ。
「それで? 師匠に何の用で?」
「あの、私たちそのお師匠さんに会いに来たんです」
「会いに?」
「そ。ホップがね? 中々連絡が取れない師匠さんに『私は元気にやってます』って伝えてくれって頼まれてさ。んで、多分この街にいるからって訳で、遠路はるばるやってきたってわけ」
「あー、そうか……。あの人、彼女に本当に何も言わずに……」
その言葉を聞いて、急にしどろもどろになりだした店長さん。
そんな彼を陽彩は白い目で見ている。
「いやー、あの。そのだな……」
「どう、したの……?」
「実はだな……。師匠、もうこの街にいないんだ」
火が消えたように静まり返るこの卓。
陽彩が紅茶を啜る音だけがテーブルに響く。
「えっ……? えぇっ!」
「だと思った」
「もういないってどいういう?」
「ちょっと前に『拠点』のアテができたからって言って、新しい街に出て行っちまったんだ」
「ちょっと前に!? それじゃあ――」
「そ。妙に強引に注文を迫ってくるもんだから、怪しいとは思ってたけど。私たちは文字通り、この人に一杯喰わされたってわけ」
それを聞いてガックリ。急に胃もたれしてきたような感じがする。
「悪いな。それを先に伝えて、頼まず出て行かれたらこっちも商売あがったりなもんで」
「そんなぁ!」
料理はおいしかったけど、完全な無駄足だったとは……。
「それにしても、どうしてあなたやホップの師匠さんは出て行ったわけ? 場所もこんな栄えてる街のそれなりに中心部だし、それ客の入りも悪くなさそうないい店じゃん」
「それがよくなかったのさ」
私とクロちゃんは揃って首を傾げる。
「なんか、ワケアリってわけ?」
「実はな」
店長さんはキョロキョロと周囲を見渡し、何かを確認した上でグッと身を乗り出て、声を潜める。
「あまり大きな声では言えないんだが……、師匠とこの街を取り仕切る連中、反りが合わなくてな。あまりに無茶な要求を出されるもんだから、出て行ったんだ」
「無茶な要求?」
「そう。やれここで商売してるならお伺いを立てろだの、クランの看板を貸してやるから売上の一部を渡せだの、挙句の果てには我々専属の料理人になれときた。無茶苦茶な連中だよ。
だから師匠は仲介を立てて『自分は貴殿らの勢力圏から出ていき、二度とその範囲内での『拠点』の作成、出店、その他一切の行為をしない代わりに、貴殿らはこの店に今後一切の手だしを無用とする』って取り決めを交わさせて、この店を俺に任せて出て行ってしまったんだ」
「酷い連中もいるもんだ」
「その仲介もなかなかやるじゃん」
「それで、師匠さんはどこに?」
「それがあのズボラ師匠、落ち着いたら連絡よこすって言ってる割に音信不通で……、攻略サイトや外部掲示板を見てみても、それらしき情報ゼロ。どこに『拠点』を構えたかだけでも知らせろって話なんだがな」
クロちゃんが何か言いたげにモジモジしてる。
「どうしたの? クロちゃん」
「『拠点』って何、だろう……?」
そういえば、言われてみれば確かに……。
「何だろうね?」
「ん? 嬢ちゃんたち『拠点』のシステムを知らないのかい?」
「まぁ、ウチらもそれなりにワケアリでね」
「……あっ! アンタら、どっかで見たことあると思ったら、始まりの街で大騒ぎしたって――」
「しーっ! 声がデカイわ! まぁそういうことだから、その拠点について教えてよ」
陽彩に尋ねられ、店長さんは自信満々に語りだす。
「『拠点』っつーのはな、早い話ゲーム内に持てる自分だけの家みたいなもんだ」
「家ねぇ」
「拠点を造るには開拓済みの土地とそれなりの素材、あと時間が必要だが、完全に自分好みのプライベートな空間を築くことができる。リスポーン地点の固定、生産拠点としての活用、アイテムの保管、ってな感じでその用途は多岐にわたる。ここだって、師匠から託された俺の拠点だしな」
「そうなんですか!?」
「ああ、そうさ。それに複数人で共有できるような大きな拠点を築けば、変な輩に邪魔されることなく、ホームパーティーも性癖決闘の模擬戦だってできる。ドデカい騒ぎ起こした嬢ちゃんたちにはそういう誰にも邪魔されない空間があってもいいと思うぜ。
幸いこの街には拠点専門の生産職人どもの集まりがある。興味があるなら紹介してやるから、一度行ってみるといい。
なに、師匠の件は何か分かれば連絡してやるから、気にせず行ってきな」
クロちゃんは何も言わないものの、目を輝かせて真剣に店長さんの話を聞いている。
「お家……、欲しい!」
「へぇー。じゃあ、行ってみてもいいかもね」
「ただしだ」
「ただし?」
「俺が紹介したって、絶対に言うなよ? 話が拗れるから」
「話が拗れる?」
店長さんは私の言うことを気にせず、やや厳しい表情で「それに」、と続ける。
「くれぐれも、『奴ら』に目を付けられるような真似はするな。この世界で平穏に暮らしたきゃな」
その迫力に思わず息を飲む。
「大丈夫、モフモフは信用できるとでも言っておけば、向こうの印象は悪いものにならないだろう」
そう言って、店長さんは一枚の名刺を差し出した。
「これはウチの名刺。持っていればこの街のマップも確認できる優れものさ。アイテム欄から確認すれば一発で分かるよう、その『拠点職人』どもの店にマーキングしておいた」
「ありがとうございます!」
「ただし、くれぐれも連中の前で、この名刺も俺の名前も出すんじゃないぞ。向こうからしてみれば俺は目の上の瘤なのよ。なんたってこの店を継いだ男だからな」
「ならどうして紹介を?」
「俺はアイツらの所業は許す気はないが、仕事ぶりに関してだけは信用できる連中だと思ってるからさ。それはそれ、これはこれだ」
「てんちょー!」
キッチンのほうから店長さんを呼ぶ声がする。
「それじゃ、俺はこの辺で。拠点探し上手くいくといいな」
そう言い残し、彼は駆け足で厨房へと戻っていった。
アイテム欄から名刺を開いてみる。
すると目の前にこの街のマップを記したウィンドウが浮かび上がる。
そこにはこの店が黄色い円で、そしてとある建物が赤い円でマーキングされていた。
――『ファーリーファンダム不動産』。
それが、私たちの次の目的地の名だった。
お読みいただき、ありがとうございました!
一応、描写としては省きましたが、ちゃんと注文段階で支払いは済んでます!
食い逃げじゃないんで安心してください。
「面白かった」、「先が気になる!」、「頑張れ!」等ありましたら、ぜひとも『ブックマーク』や『評価』、『感想』で応援いただけると励みになります!
ルナたちの冒険がきっと面白い方へと向かって行きます!




