「それぞれの遊び方」
「どうしたんだぁ?」
私たちの目の前に現れた、喋る真っ白な馬。
ギャルに、ゾンビに、スケ番に。この世界に来て様々な人たちを見てきたけど、人要素ゼロの完全な動物というのは初めて見た。
世界広いな、オイ。
「喋る……、お馬さん!」
そんな不思議な馬にクロちゃんは興味津々。
「珍しいかい?」
「うん……!」
死んだ魚ような――正確には死んだ人なんだけど――大きくてまん丸な目を輝かせ、その馬の頭を優しく撫でている。
「嬉しいねぇ、喜んでもらえて」
クロちゃんに撫でられて、デレデレ。
心なしかその瞼もトロンとしているようにも見える。
私が微笑ましいなぁ、なんてその光景を見ている一方で、なぜか陽彩はジト目でそれ見ていた。なにか言いたげなことがありそうな感じで。
私たちの目の前に現れた、けっこう馴れ馴れしい不思議な馬。
しかも、そんな彼(?)は荷台を引いてやって来た。文字通りの荷台を。
そのうえ、
「足がないなら、後ろ。乗っていくかい?」
なんて言うもんだから、もう訳が分からない。
それがカボチャの荷車みたくファンタジーな感じなら、まだ私もこの状況を「きっとイベントなんだな」って飲み込めたとは思う。
ただ実際に彼が引いているのは、どっからどう見ても木でできたごくごく普通のリヤカー。しかもちょっとボロっちい。
『おとぎ話の王子様が軽トラで迎えに来た』みたいな残念さというか、ちぐはぐで意味不明な感じ。
「乗せて、くれるの……?」
クロちゃんは喋る馬の目を見ながら、小首をかしげる。
「もちろん!」
彼は首を縦に振って快諾。
「お姉ちゃん……! お馬さんがつれてって、くれるって……!」
「う、うん……」
いや、ありがたいっちゃありがたいんだけどね?
状況がシュール過ぎて、私の頭が処理を諦めてフリーズしかけてる。
そんな私をよそに、陽彩は彼に近づきなぜか荷台の方を向いて一言。
「それはめっちゃありがたいんだけどさ、ピュアな女の子からかうのはその辺にしてもらえるかな? ね、おにーさん?」
「からかうだなんて人聞きの悪い」
その声と同時に、突如男が顔を出す。
それを見て、クロちゃんびっくり。
私もびっくり。
「ちょっとしたパフォーマンスだよ」
そう大げさな身振りをして言う男の声は、さっきまでの馬の声と全く同じ声だった。
「な、キャリー?」
「ヒヒヒーン!!」
そして、そういななく白馬の声は間違いなく馬だった。
◇
馬車に揺られて道をゆく。
ガタゴト揺られ、のどかな道を。
結局、私と陽彩とクロちゃんは白馬が引くリヤカーに乗せてもらって、次の街を目指すことに。
「本日はホースシュー交通をご利用いただき、誠に、誠にありがとうございます。
それでは改めて自己紹介をば。僕の名前はサチヒコ、そしてこの車を引いてくれてる働き者はキャリー。お淑やかな女の子さ」
荷台の前方で手綱を引きながら、男は自己紹介。
「どうだい? 乗り心地は」
「強めの振動が好きな人にはオススメなんじゃない?」
木のタイヤに、木の車体、座る座席も木製ならば、衝撃を和らげるクッションもない。そんな荷台の乗り心地なんて言わずもがな。
そのうえ座席がタイヤの真上にあるもんだから、座っていると振動が直に来る。
「だよなぁ……。そのうち設備もアップグレードせにゃいかんね」
荷台が揺れるたび、目の前に座っている陽彩とクロちゃんの二人も揺れる。
二人は自前の大きいお尻を持ってるからまだ少しはマシかもしれないけど、現実の貧相な身体つきをそのままインポートした私は骨盤まで振動がダイレクトで響いてくる。だから痛いったらありゃしない。
尻派ではないけど、私も自分の尻を盛っておけばよかったと後悔。
「おっと!」
荒い道にタイヤを取られたのか、ガコンと車体が大きく揺れて、私の身体も思わず浮き上がる。
「痛い!」
ああっ……! 尾てい骨にダイレクト!
もう最悪。
「わっ!」
「あうぅ……!」
目の前の陽彩とクロちゃんも浮き上がり、落ちる。
その瞬間、二人の小高い丘が、ばるんと大きく上下する。さらに、二人の胸は余韻でもうワンバウンド。
そのおかげで、大きくはだけている陽彩の胸元の素肌は柔らかに波打つし、パーカーに包まれたクロちゃんの胸元はダイナミックに揺れ動く。
前言撤回、もう最高。
見てるだけでも召されそう。
もう少し揺れが強かったら、陽彩のゆるゆるな胸元から大事な中身がポロリしてたと思う。いや、絶対してた!!
いいね、危ないねぇ……!
一方、クロちゃんはパーカーの袖から見える手がぷらんと少し伸びていて、今の振動で危うく腕がポロリしかけている。
危ない、マジで危ない。
「んしょ」と、クロちゃんは取れかかった腕を自分で肩に戻して、なんとか一安心。
ホッとして心に余裕のできた私は荷台の縁に腕を乗せ、周囲の景色に目を向けてみる。
未だ終わりの見えない緩やかな下り坂を覆う新緑の絨毯。その所々に名前も知らない花々が咲き、単色で単調な緑の絨毯を赤や黄色に彩るアクセントになって、飽きのこない新鮮さを生み出す。
遮るもののない高原をやって来る涼しげな風が、冷や汗の滲む額を吹き抜け、さっきの焦りを爽やかに晴らしてくれる。そしてその風は草原をサワサワと耳なじみよく鳴らしながら、止まることなくどこまでも進んでゆく。
風の行く末をふと見れば、大きな湖の水面が波立って陽の光を反射し、ラメみたくキラキラと輝いている。
湖と私たちにさんさんと降り注ぐ柔らかな日差しに誘われて視線を上に向けてみれば、群青の空に揺蕩う真っ白な雲。脱力気味に流れる雲を見ていると、大概のことがどうでもよくなってくる。ランクの低い荷台が作り出す不快な振動も、慣れてきた今となっては揺り籠の中にいるような気がして、ただただ心地いい。
「ふぁーあ」
眠気に誘われ、不意にあくびが出てしまう。
目の前を見ると、クロちゃんが陽彩の肩に頭を預け、その上からもたれかかるように陽彩が頭を重ねている。電車の中、疲れ切ってしまった帰宅途中の女子高生みたいに、二人は互いに支え合う形で気持ちよさそうに眠ってしまっていた。
瞼が重く、私も寝ようと思えばすぐにでも寝られそうな気がする。
ただ、目の前の光景を目に焼き付けておかないのはなんだかもったいない気がして、必死に眠気と戦っていた。
そんな私をちらりと見て、馬車の手綱を握るサチヒコさんは不思議そうに言う。
「お客さん、眠いならそっちの二人みたいに寝ればいいのに。寝りゃあ、目的地まですぐ着いちまうべ?」
「いやー、なんとなく寝たくなくて」
「大丈夫! 別に寝てる間に悪さしようなんて、これっぽっちも思ってないから。そんなことしたらこの子に怒られちまうよ」
「この子?」
「そう。こいつは賢くてなぁ、そういうことも全部お見通しなんだ」
サチヒコさんはキャリーの背中を撫でる。
「すごく、いい子なんですね」
「そりゃあな、なんたって彼女は最高の相棒だから」
その一言で、私の眠気がどこかへ吹っ飛んだ。
「えっ……!? 相棒ってことは、サチヒコさんって、プレイヤーだったんですか!」
「そうだけど?」
「出会い方といい、なんか妙に様式ばった自己紹介といい。てっきりNPCだと……」
「まぁ、やってることはNPCと変わらないしな。
喋り方はあれだ。現実で昔、デスティーランドのウエスタンクルーズのキャストしててさ、スイッチ入るとそこでしこたま仕込まれたもんが出ちゃうんだ」
「なるほど……」
言われてみたら確かに、あのアトラクションで聞いたことあるような出発時の掛け声で、わりとすんなり納得してしまった。
「でも、またどうしてこの世界で、こういうことを?」
「キャリーとずっといたいから、かな」
「恋人みたいですね」
そんなんじゃない、ってサチヒコさんは首を横に振る。
「別に恋愛的な感情があるとかじゃなくて、もっと大事な……。固い絆で結ばれた仲ってとこかな。好きな子と、好きなだけ、好きなことをできる。それがこのゲームの醍醐味だろう?」
「でも、バリバリ仕事してません?」
「実はこのゲームの生産職、というか仕事をしているプレイヤーに対しては、『決闘制限フィールド外でもPvPを行うことができない』っていう制約が付くからね。それが狙い。
運営のマーケティング的にはバトルを全面的に押し出してるんだろうけど、僕は戦うことには興味はなくってさ。キャリーと一緒にいられればただそれでいい。とはいえ、普通に過ごしていたら、襲撃にあったりしていろいろ面倒だろう? だから僕はその特権が欲しくて、フィールド移動をお手伝いする仕事をしているわけ。常にキャリーと一緒にいられて、金も稼げる。一石二鳥だろう?」
「……、ええ!」
その言葉に、私はハッとさせられた。
他人を気にせず、ただ純粋に自分の好きな子と、好きなことを、好きなだけする、そんなプレイング。
誰かと戦うわけでもなく、積極的に関わるわけでもなく、働きつつただ自分のお気に入りを思い切り愛でる、そんな楽しみ方。
考えもしなかったプレイ方法があるもんだな、って思わす関心してしまった。
そしてこのゲーム、楽しむことが一番なんだって。
もっとも、誰かに迷惑をかけない範囲でって前置きは付くし、その判断は個々人で判断していかなければならないのは難しいところではあるけど。
その範囲で楽しんでるなら、その楽しみを止める権利なんて誰にもない。
そんなことを、笑顔で話しているサチヒコさんを見て考えていた。
そんなことを話していると、馬車は牧歌的な丘陵地帯を抜け、真っ白な石で舗装された大通りへとさしかかる。
「さて、お客様。草原を横切る荒れた小道とはここでお別れ。すなわち、長かった旅の終わりが近づいてきた合図でございます。この大通りを少し行った先が終着点、ビーステの街にございます。
少々早いですが、先にお別れのご挨拶を。この旅の手綱を握らせていただきましたのはホースシュー交通のサチヒコ。そしてこの車を引いているのは、働きもののキャリーでございました!
それでは、残る旅路もごゆっくりとおくつろぎくださいませ」
超有名遊園地のアトラクションで聞くような、サチヒコさんの営業モード。確かに聞けば聞くほど、あそこのキャストさんだ。
街が近づくにつれ、人も増えて賑わいも増してゆく。
その人波をかき分け、ただ目的地に向かって馬車は突き進む。
なんだか、要人にでもなった気分だ。
カッポカッポと、規則正しいキャリーの足音も実に小気味いい。
乗ってるのがおんぼろのリヤカーじゃなきゃ、もっといいんだけどね。まぁ、それは今後のホースシュー交通の頑張り次第ということで。
やがて、キャリーの足が止まる。
「さぁ、お客様! ついに旅の終着点『ビーステ』に到着でございます。お忘れ物などなさいませぬよう十分ご注意の上、お降りくださいませ。新たな冒険が皆様を待っているのです!」
まさにそれっぽい感じのサチヒコさんのアナウンス。
目の前の座席では、先に起きた陽彩がクロちゃんの頭を優しくポンポンして、まだ夢の中にいるクロちゃんを起こしている真っ最中。
「ん、着いた……?」
「到着ですよ、プリンセス」
そうサチヒコさんに言われたクロちゃんは満面の笑みを浮かべる。
「サチヒコさんも、キャリーちゃんも……、ありがとう……!」
「サンキュー!」
「どういたしまして」
私も彼らにお礼を告げて荷台から降りると、目の前にメッセージウィンドウが。
【乗車料として3000G支払いました】
一人頭1000Gか、意外とキッチリしてるな……。
「よろしければ今後もぜひ、ホースシュー交通をご利用くださいませ。それじゃあ、みなさん。幸運を!」
「ヒヒヒーン!!」
一人と一匹、――いや二人はそう私たちに告げ、今来た道を、自分たちの仕事へと戻ってゆく。
残された私たちの目の前には大きな街の入り口を飾るに相応しい、何かの動物をかたどった大きなアーチのオブジェが。
その胴体には『Welcome to ようこそビーステの街へ!』という文字が、これまた大きく刻まれている。
私たちがたどり着いた街、『ビーステ』。
――そこはファーリーファンダムの支配する街だった。
お読みいただきありがとうございました!
幕間のお話はいかがでしたでしょうか。
次話より第四章の幕開けでございます!!
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