「置き土産の記憶《メモリー》」
陽彩とクロちゃんと私と。
ギャル、ゾンビ、キモオタ、のなんのコンボにもならなそうな三人パーティは次の街である『ビーステ』を目指して、ひたすらに歩を進めていた。
スライムをあしらい、ボアどもを蹂躙して、鬱蒼とした始まりの森を抜けると、そこは丘陵地帯であった。
目の前に広がる草の生い茂る丘と雲一つない空。マウスと塗りつぶしツールを駆使すれば十秒で描けそうなそのシンプルな景色は、どことなく心惹かれるものがあり、そして懐かしい。――というよりはどこかで見たことがあるような気がする。
どこだっけ? たしか……、あれだ。大昔のPCに標準搭載されていた壁紙の景色。
それとそっくり、瓜二つ。
なんて考えていると、
「ルナ、置いてくよ!」
とギャルモードの陽彩がクロちゃんの手を引き、私だけをこの場に取り残して楽し気に進んでゆく。
「待てい!」
だから私に寝取られの癖はないってば!
私の静止も気に留めず、二人はどんどん先に進んで行ってる。
運動不足の身体に鞭打ってそこそこの勾配の丘をゼーハー言いつつ登りきると、
「遅いわ!」
叱られた。
あ、あれ、おかしくない?
陽彩はバディで私がプレイヤーのはずじゃん?
「とりま、ルナも合流したってことで、ちょっと休憩ね」
しかもこの場を仕切ってる。
なーんか腑に落ちない。
そんな私をよそに、
「ネバネバで……、ドロドロ……!」
クロちゃんは切り株に腰かけ、道中のどっかでドロップしたスライムを手に持って遊んでる。
蛍光色のドロッとしたものが指の間から零れ落ち、糸を引いて反対の手の上に流れ落ちてゆく。すかさずその手を上に入れ替え、ネチョっとした液体をまた元の手に落とす。繰り返し遊ぶにつれて、空気を含んで徐々に白っぽくなってゆくスライム。
それを見てると段々そういうヤツを眺めている感じがしてきて、なんだか見ちゃいけないものを見ている気分になってきた。
私は見たことないけど、多分好きな人は好きなやつ。見たことないけど!
そんな無邪気さと背徳感の永久機関をいつまでも眺めていると変な劣情を拗らせそう。
一方、陽彩は陽彩で眼下に広がる青々とした草原を、難しそうな顔をして見つめている。話しかけるなオーラが凄い。
そんなわけでとりあえず私もクロちゃんと同じくアイテムで遊んで暇つぶしをすることに。
といっても私のアイテム欄には、キバさんからもらった『メモリーカード』しかないんだけど。
『メモリーカード』は栞のような形状の緑色の板で、表面に金色のラインが駆け巡っている電子基板のようなデザイン。それはそれでカッコイイ感じだけど、何に使うのか、どう使うのか、そのへんが全く分からないんじゃキバさんが言い残したように『ただの記念品』だ。
クルクル回して裏表を眺めても、上下にひっくり返してみても、片方の端がスマホの充電ケーブルの接続端子のようになっているだけで、スイッチのようなものすらない。
不意に、その端子に指が触れてしまった。
すると突然、
◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇
どのデータをロードしますか?
◆クロ
◇━━━━━━━━━━━━━━━━━━◇
これまで見たこともないウィンドウが目の前に出てきた。
頭の中をハテナでいっぱいにしたまま、選択肢に出ているクロちゃんの名前に触れる。
【プレイヤー:クロのデータをロードしました】
目の前に現れるメッセージウィンドウ。
それが消えるや否や、
「……ん?」
目の前にクロちゃんが現れた。
私はすぐに振り向く。
「んんッ!?」
見れば、切り株に腰かけスライムで遊ぶクロちゃんの姿が。
視線を戻す。
「はぇっ!?」
そこには変わらずクロちゃんの姿がある。でもそっちのクロちゃんは一歩も動かず、瞬きもせず、ただそこに立っているだけ。
頭を撫でてみると、サラサラの髪の感触は確かにある。でもこっちのクロちゃんは、私が触っても何の反応も示さない。
でもさ、このクロちゃんの正体が分からなくても、実体があるならよ? 憑依できるんじゃね?
さすれば実行あるのみ!
「憑依!」
謎のクロちゃんめがけて憑依を繰り出すと、私の意識がそのクロちゃんの内側に入り込んでゆく。そして、
「大……、成……、功……!」
身体の感覚が馴染み、完全に憑依が完了……!
「どしたの、ってええっ!?」
「あれ、は……、私……?」
この不思議な現象を目の当たりにして、陽彩とクロちゃんも驚きを隠せない様子。
「ルナ、何したの……?」
「凄くない?」
「……すごい!」
陽彩と話してるうちに、クロちゃんがスライムを前ポケットにしまって、私の横に小走りで並ぶ。
「なんか、頭痛くなってきた……」
陽彩は頭に手を当て地面に腰を下ろす。
憑依してるのに憑依対象が目の前にいる。不思議な体験であるがこれはこれで新鮮だ。
しかし、本来ならば憑依中に流れてくるはずのクロちゃんの意識が感じとれない。これは一体どういうこと?
「あんた、何を使ったらそうなるわけ……?」
「何って、これだけど?」
「ちょっと貸して」
メモリーカードを取り出してみせるやいなや、陽彩は私からそれを掠め取ってみせ、なにやらグリグリと弄り始める。
「ははーん。なるほど、なるほど……?」
物凄く手馴れた手つきでウィンドウを呼び出し、操作している。
「これを……、こうすれば!」
陽彩は私にメモリカードを向け、端子の部分を触る。
すると私の身体が0と1のようなエフェクトを伴って、私に戻り始め、
「はい、解除」
陽彩がそう言うと、完全にただの私に戻ってしまって、自然と憑依は解除されてしまった。
「お姉ちゃんに……、戻った……!」
いくらさっきまでクロちゃんの手だったものを眺めても、今はもう私の手でしかない。
「陽彩、何した?」
「ロードしてたデータをここに戻しただけ」
「データを戻した?」
意味がさっぱり分からない。
「この子はどうやら、フレンドや同じパーティのプレイヤーとかバディのデータを記録し、好きな時に読み出しして呼び出す、というよりはリアルな像として実体化させ愛でる、言わば観賞用のお楽しみアイテムっぽい。
でも、まさかルナがその実体化したデータにまで憑依できるとは驚きなんだけど、こうしてデータを戻せば、はい元通りってわけ。
簡単っしょ?」
陽彩に差し出されたメモリカードを受け取る。
「それ、凄いね……!」
「ご説明どうも。でも、使い道はそれなりにありそうだ、キバさんに感謝しなきゃ」
「とまぁ、休憩はこのくらいにしてそろそろ行かないと」
「なんでよ」
陽彩は溜息ついて、眼下の景色を見下ろしだした。
「だって目的地、アレだもん」
そう言って、遠くの方を指さす陽彩。
「どれ?」
その指先の方を見てみても特別視力が良いわけじゃないから、サッパリ分からない。
「あの奥に見える山の麓の、開けたとこ!」
目を細めて、言われた方をじっと見る。
「あそこに、白っぽい道みたいなのみえるでしょ? それをすーっと辿っていくと、ちょっと開けたとこが見えない? そこなんだけど」
クロちゃんも頑張って背伸びをして、陽彩の指のガイドを追っている。
すると私にも、言わんとするものが豆粒のように見えた。
「マジ……?」
「マジ」
「遠い、ね……」
「だから早くいかないと日が暮れるって」
「何で?」
「何でって、徒歩に決まってるじゃん」
「いや、無理でしょ!!」
人間、ゴールが見えたらだいたいやる気が出るもんだけど、ゴールが見えるがゆえに絶望することもある。今回は圧倒的に後者!
「でも、ここで立ち止まってどーすんのさ、なんもないよ」
「うっ……」
クロちゃんを差し置いて陽彩と二人であーだこーだ不毛な議論を交わしていると、背後から突然声がした。
「おめぇら、どうしたぁ?」
皆で一斉にその方を見るとまさに渡りに船。
木でできた荷台を引いて、真っ白な喋る『馬』が来た。
お読みくださり、ありがとうございました!
幕間はもう一話の予定でございます。
もう少しだけ、ゆったりとしたフェチフロの世界をお楽しみいただけたら幸いです!




