現実《リアル》じゃ私のフェチは受け入れられないようだ
【このCMはあと5秒でスキップできます>>>】
おっぱい。
このゲームにおいて、大きな胸は何をも通さぬ無敵の装備。
そんな一対の胸を、長身の銀髪美人が迫る敵に対して構える。
ショート丈のタンクトップがはち切れそうなほどに大きく、かつ美しい形を保ったその胸は、私を含めた全ての巨乳フェチを虜にする魔性のバスト。
しかしその胸は妄想捗る魅惑の柔らかさに反して、差し向けられた剣から放たれる斬撃の全てを弾き返し、主を完璧に守ってみせる。
「どうだい? オレのこの魅力的な【巨乳フェチ】の性癖効果は。そんなナマクラじゃ、このデカい胸は傷一つ付かねぇぜ?」
「防御だけで勝てるとでも?」
銀髪の彼女と対峙している麗しい黒髪の中華美人はナマクラ呼ばわりされた青龍刀を投げ捨て、挑発を挑発で返した。
「上等だ!!!」
挑発に乗る銀髪の彼女。
ホットパンツに刺さっていた拳銃を抜き、引き金を引く。
その刹那、中華美人は新たな剣を振る。
新たな剣とは、脚だった。
チャイナドレスの大胆なスリットから覗く生足。その曲線美は妖艶な雰囲気を放ち、胸派の私ですら心惹かれるほど美しいもの。
そして驚くべきことに、その美しい脚とそこに添えられたハイヒールが弾丸を蹴り飛ばす。
「その豆鉄砲じゃ、【脚フェチ】の性癖で強化されている私の自慢の脚にはかなわないわよ?」
「だったら――」
カチリと音が鳴り、銀髪の姉御の咥え煙草に火が灯る。
そして彼女は紫煙を吐き出し、
「てめぇのご自慢の脚と、オレの魅力的な胸。どっちが勝つか試してみるか?」
銃を収めるついでに、巨乳をさらに強調するよう胸を張ってみせた。
「いいじゃない。その言動も、その盾ごと、この脚で叩き斬ってあげるわ!」
「ムカつく態度もてめぇの剣も、オレの巨乳でへし折ってやんよ!」
二人は共に駆け出し、同時に構える。
「アーツ『斬撃・居合脚』!」
先制を決めたのは中華のねーちゃん。
ハイキックが痛快な音を立て、銀髪の姉御の胸にぶち当たる。
爪先がおっぱいにめり込んで微かに顔を歪める姉御。
しかし、中華美人と顔を突き合わせた彼女は煙草を咥えたままニヤリとした表情をして、呟く。
「さぁ、もっと楽しもうじゃねぇか」
――その性癖は武器になる
【VRギア対応ソフト『フェティシズム・フロンティア・オンライン』好評発売中!!】
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そこで広告が終わり、動画が再生され始めた。
普通なら動画サイトに流れる広告なんて五秒でスキップされる哀れな存在。
でも、私はこの広告を、大好きなこの広告だけはいつもスキップせずに全部観ている。
たった十五秒の夢物語を。
くぅー、いつ見てもカッコイイ!!!
特に銀髪の彼女、顔ヨシ、二メートル近い長身ヨシ、褐色ヨシ、そしておっぱいヨシ!!
今までにあんな巨乳フェチの心を全力で殴ってくるおっぱいはあっただろうか、いやない!
私ももう直ぐあの世界へ行ける……! そしたらきっとそんな理想のおっぱいに会える! それにCMの彼女にも会えるかもしれないし!!
そして……!!
そう考えると、途端に胸の高まりと変な笑いが収まらなくなってくる。
発送予定日は今日で、もう配送済みになっているからそろそろ届いてもいいはずだけど。
そんなとき、
「月、宅配便でお荷物が届きましたよ。部屋の前に置いておきます。ああ、心配しなくてもお母さん、開けませんから」
部屋の扉の向こうで荷物が下ろされる音がする。
その音を耳にした瞬間、胸を突き抜けそうなほど鼓動は高まり、身体も火照りほのかに熱を帯びるのを感じる。鼻息荒く、つい小躍りしたくなる。
耳を澄ませて足音が遠ざかるのを確認し、私は部屋の外の段ボールを部屋の中に。部屋の床を埋め尽くしている漫画やゲーム類を脇に追いやり、箱を目の前に置く。
このときがついに……、来たー!!
初期販売版を逃して一か月。家族の名義を動員し、あらゆる販売サイトの抽選申し込みに応募しまくった甲斐があった。
「長い! 長かったぁ。待ちくたびれたー、もう」
段ボールを力づくでバリバリ捲り、パッケージを覆うフィルムを適当に剥がして目的のブツとご対面。自然と口角が上がって、気持ちわっるいにやけ面になっているのが自分でもわかる。
『フェティシズム・フロンティア・オンライン』――別名性癖スキルオンライン。
キミが来るのをどれだけ待ちわびたことか!
これで、ちょっと拗らせた性癖を隠し、抑えながら悶々と生きなきゃいけない日々は終わりを告げるのだ。
『性癖』、それは己の欲望、今までの嗜好の蓄積。
そして、心の底から大好きと言えるものであり、人生そのもの!!
だというのに悲しいかな。世間の性癖に対する目線は厳しい。
好きなものを大っぴらしただけでどうして身内にすら避けられなきゃいけないんだ。
というか家族には勝手に避けられてるわけで。
きっかけは、私が高校に行っている間に届いた性癖全開の趣味の荷物。それを受け取ったお母さんはあろうことか勝手に開けた。その中身を見たお母さんは勝手に私の性癖に引いて、以後私に対して敬語を使うようになったのだ。
実に理不尽極まりない!
お母さん、聞かせてください。
普段地味目でおっぱい大きい優等生の女の子に憑依して精神を乗っ取り、校則無視のスカート膝上十五センチ! ブリーチして染め、髪の毛もカラフルに! バッチリメイク、第二ボタンまでフルオープン! な感じに変身させて、あんなことやこんなことをしたい、という「憑依フェチ」の何がいけないのでしょうか?
というか『憑依』は女児向けアニメでもフィーチャーされるんだから、いたって健全な性癖では?
憑依されて身体を乗っ取られ、普段絶対にしないような言動や恰好をする主人公。乗っ取りが解除されて変わった格好のまま正気に戻る彼女の戸惑う様。意識だけを残されて変わりゆく自分を眺めさせられる彼女の気持ちの揺らぎ。
それを観ていた幼い私はなんだかムズムズした気持ちになって、そして胸がドキドキした。
――その光景と胸の高まりを今日に至るまで、決して忘れたことはない。
こんなにも好きだというのに大っぴらにできず悶々とする日々。
でも、そんなのはもはやこれまで。なぜなら、このゲームの中で好き放題に発散できるから!
フルダイブ型VRゲーム『フェティシズム・フロンティア・オンライン』――略称フェチフロ。
数回に渡るβテストの末、一部のベータテスターに「このベータが終わってしまうのが悲しすぎて、正式サービス開始まで生きていく自信がありません」と言わしめ、メディアで物議を醸したゲームの製品版。
その発言からメディア炎上に至る一連の流れでこのゲームの存在を知った人間も多く、かくいう私もその一人。
中々値の張るゲームで、散財しまくるオタク高校生には中々手を出しづらい品ではあった。だけど、二つ理由があって私はどうしてもこのフェチフロが欲しかった。
このゲームは今までにない唯一無二の『性癖VRMMO』というジャンルで、こいつのすごいとこは文字通りどんな性癖でも叶えられるという売り文句。それはアバターの見た目だけに留まらず、キャラの性格やプレイスタイル、更には性癖に合致する能力をスキルとして発動することもできるという。
そこがβテスターたちの心を掴み、結果として炎上にまで繋がってしまったわけだけど……。まぁそこは置いといて、このゲームなら『自分の好みにバチっとくる子に憑依しまくって好きなことしまくりたい』っていう、私の犯罪スレスレな欲求も満たせるって思ったってのが一つ。
そして、私がフェチフロに手を出そうとしたもう一つの理由。それはCMに出てきた銀髪の彼女が、女児向けアニメの主人公が好き勝手にされた姿に瓜二つだったから。
もちろん、主人公の方はそこまで長身でもないし、煙草も吸わない。ただ、中学生という設定の彼女には胸がなかった。
しかーし! CMの彼女にはおっぱいがある!! 私のフェチをドンピシャでくすぐる大きな胸が!!!!
宣伝に出ているということは彼女も当然このゲームをプレイしているわけで。同じ世界にいればいつか会って、憑依できるかもしれないだろうという淡い期待があった。
だからこそ、このフェチフロが何としてでも欲しかったのだ!
そんなわけで少し痛い出費ではあったけども、私は速攻で購入を決断。あまりのカルト的人気に初期ロットを掴み損ねたが、なんだかんだ入手できたからよし!
どんな性癖をも受け入れるこのゲームは、拗らせた私にとっての理想郷! そして、憧れの彼女がいる(かもしれない)世界!
その理想郷へと飛び込むべく、私はフルフェイスのヘルメットのようなVRギアにゲームソフトを突っ込み、機材を被ってベッドに横になる。
視界が闇に閉ざされているせいで妄想が捗る。
これから私は本当に胸の大きな女の子に憑依できるんだ。憑依してどんなことをしようか! どう変身させてしまおうか!
やっぱりさぁ、可愛い子を自分の意のままに動かせるってのが堪らんよなぁ。自分の意に反して容姿を変えられちゃう女の子の心の中とか、気づいたら全く違う姿になってドギマギする女の子の様子とか、そのへんを考えているだけで最高に興奮するよね!
待ってろ、可愛い女の子! 待ってろ、巨乳! 待ってろ、私の憑依生活!!
最高の性癖ライフを満喫してみせる!!!
そう心に誓うと、私の意識は闇の中へと落ちていった。
そしてロードを挟んで、ゲームのオープニングPVが流れ出したのだった。