「どんなプレイをしようかな」
今日もここは性癖であふれている。そして、ここから様々なプレイが始まる。
相棒と戯れたり、ダンジョンを冒険したり、性癖を堪能したり。
そんな場所で、私はこれから何をすべきか。
広場にある噴水の淵に腰かけ、私はボケーっとそんなことを考えていた。
ここはこの世界で最初に訪れる場所、【始まりの街】の噴水前広場。
全てのプレイヤーが必ず目にする場所だけど、初見のプレイヤーにとっては少々刺激が強い場所かもしれない。
だって尋常じゃないほど、他人の性癖を見ることになるから。
どこかのスレに誰かが書いた。『ここはカメコのいないコミケットのコスプレ会場のようだ』と。
個人的には凄く的を射た表現だと思う。まさにその通り。
それどころかVRテクノロジーを用いた完璧な性癖再現のおかげで――ひと昔前風の表現をあえてするなら、ゲームの世界に入り込んだかのよう。
性癖は無限大だ。
種類、組み合わせ、度合い。それぞれの人生経験で積み上げたそれらの要素が、個人の好みで組み合わさたもの。
それがこの世界では実体化し、この噴水前広場にどどっと集まるわけだ。
右を見れば金の刺繍が施されている豪華絢爛なドレスを着た、金髪縦巻きロールのいかにも貴族のお嬢様が高笑いしている。左を見ればスイス衛兵姿の幼いフェレットが銃剣を肩にかけ、オープンカフェでジョッキ片手にビールを飲んでいる。
そんなものはごく一例で、種族も、性別も、露出の度合いも、おっぱいの大きさも様々な『誰かの性癖』がこの場にはひしめき合う。
いくら私が淫乱ピンクなツインテールで、胸元ゆるゆるかつ、超ミニスカな、下品な尻軽ビッチっぽいギャルでもそのインパクトは霞んでしまう。
『あの』
ファンタジーの騎士風の恰好のイケメン剣士が、私のことをチラチラ見ている。突然屈伸を始めたり、手に持っているものを頻繫に落とすたびに、自然なふうを装いながら。
まぁ、パンツ見てるんだろうな。
この頭をもってすれば、だいたいのことは分かる。
あっ、いいこと考えた!!
『やめて』
「あー、身体ガッチガチー。ちょっと伸ばそーっと」
私は座りながら彼に向かって大股を開き、前屈をしてみる。
彼は首を抑えつつ首をひねり、ストレッチしてますアピールをして、視線を大きく反らした。その慌てぶりと、顔を真っ赤にしてるのに誤魔化そうとしている虚しい努力がウケる。
さて次はどんなギャルっぽいこと――
『いい加減にしてください! また私に憑依して町で好き勝手して!! は、恥ずかしすぎて……、死にそうです!』
「もう、頭の中でいきなりデカい声出さないでって言ってるじゃん!」
『私の話をきかないルナさんが悪いんでしょう? っていうか、あなたのそれはギャルっぽいじゃなくて、ただの痴女でビッチだから!!』
わぁお。陽彩がそんな言葉を自分から口にするとは! 潜在意識レベルで私の悪影響が出てるな。これはそそる、いい兆候だね!!
「でも、私の中でギャルってこんなもんなんだけど」
『そんなわけないでしょう!!』
「アニメとか漫画のギャルってこんなもんでしょ? あとオタクに優しい」
『だいぶ偏った知識をお持ちなようで。そんなの薄い本とかそういう漫画にしかでてきませんから』
チクりと刺してくる。でも、この世界にはそういうギャルの方が多いと思う。
「じゃあ、陽彩はギャルがどんなもんかわかるっての?」
『ええ、分かりますとも』
物凄く自身ありげに陽彩がいう。
『それはそうと、身体返してください』
「えー、やだ」
突如、身体が固まる。すると身体は勝手に動き、くるりと噴水の方に向き合う形に。身体が私の意識に反して動き始める。
マズい。陽彩がコントロールを取り戻そうと、本気で抵抗し始めやがった。
便利だから完全に意識を奪取せず、ちょこっとだけ陽彩に残していたのが仇に……!
『返してくれなければ』
陽彩の身体は噴水の淵に両手をつく。
『追い出す!』
陽彩は躊躇せず水の中に顔を突っ込み、そして息を吐き出した。
うぐぐっ……。く、苦しい……。ヤバい。
顔を上げようとも、身体が全くいうことを効かない。
し、死ぬ……。ええい、背に腹は代えられない!
私は仕方なく憑依を解いて、陽彩の横に実体化する。
「ぜぇ……、ぜぇ……。おぇっ。やっと出て行ってくれましたね……」
陽彩は咽ながらそう言う。しかも、してやったというしたり顔。
本人は勝ち誇っているが、陽彩の髪はずぶ濡れだし胸から上はびっちゃびちゃ。しかも彼女は気づいていないが、シャツが水を吸って肌に張り付きブラが透けている。
やっぱり、黒なんだな。しかも白のシャツだから、セクシーなレースの装飾まではっきりとスケスケ。
果たして私と陽彩、どっちが勝ったのか。まぁ、身体からは追い出されたけどいいもの見れたしよし!
とはいえ、いいのは私たちだけのようで、今のやり取りを見た周囲の人々がドンびいているのを感じる。とりあえず威圧すべく、目つき悪く見回してみる聴衆どもは蜘蛛の子を散らすように去っていった。
くだらない小競り合いを終えたら、どうにもお腹が空いてきた。
太陽は空の一番高いところにあって時間もちょうどいい。向こうのオープンカフェからは美味しそうなピザの匂いがしてくるし、憑りついていたとき陽彩の身体が食を求めていたのが抜けない。
とりあえず、今の私がこれからすべきことは決まった。
私のバディというNPCがお腹が空くというのも不思議な話だけど、ネットで調べた話だとこのゲームは煙草やお酒好きのバディもいるらしい。だから、食欲くらいあって当然というわけみたい。
「ねえ、なんか食べない?」
「いいですよ。行きましょう」
陽彩は水の滴る前髪を豪快にかき上げると、髪から跳ねた雫が彼女をキラキラと輝かせる。
水も滴るいい女だ。ブラ透けてるけど。
見回してみると、噴水の向こうに行列ができている屋台が目に入る。
最近できた人気の食べ物屋で、手に持って気軽に食べられるファストフード感と味のクオリティーが受けているらしい。あとタピオカも売ってる。
「あそこ行く?」
「待てそうにないんで、やめましょう」
遊園地のアトラクションか! ってくらい並んでいるしね。
「じゃあ、どこ行くよ?」
「あー。あそこなら、多分融通利かせてくれるし大丈夫ですよ」
融通利かせてくれそうなお店って言えば、あそこだろうね。
「じゃあ行こうか」
私たちは同時に噴水の淵から腰を上げる。
「ラビットハッチ!」
◇
「お帰りなさいませー!!」
木でできたアンティーク調の立派な扉を開くと、今日もこの店を切り盛りするうさ耳メイドさんの元気いっぱいの声が店の外にまで響きわたる。
大通りから少し入ったところにある、ウサギが餅つきをする看板が目印の喫茶店兼食堂。そして、私が初めてこの世界に来たときに、キバさんに連れられて来たお店。
それがここ、ラビットハッチ。
「あら、ルナさんに陽彩さん! 今日も大胆な格好ですね」
出迎えてくれたのはこの店の名物店主のホップちゃん。
露出系ミニスカメイドが当たり前になったこのご時世で、黒のロングワンピースに、これまたロング丈の純白エプロンをバッチリ着こなす、露出ほぼゼロのクラシカルメイドさん。とはいえ、彼女のスタイルは陽彩に負けないくらいいい。
そして、彼女の特徴である頭のうさ耳は被りものじゃなくて本物のうさ耳。だからたまにピョコピョコ動いてそれがまたかわいらしいのだ。
「やっほ、ホップちゃん! 今日は二人なんだけど大丈夫?」
彼女は店内を見回し、ばつの悪そうな顔をして答える。
「実は……、今はお客さんで一杯で、今すぐですとカウンターのところの一席しか空いてないんですぅ……」
「ひ、一席……」
陽彩が項垂れる。
「おハゲさんと相席でもいいけどだめかな?」
「あー。彼、ちょうど他の方とクエストの相談中で」
それを聞いた陽彩がガックリと肩を落とす。
「本当に申し訳ございませんっ!!!」
ホップちゃんはこっちが申し訳なくなるくらい深々と頭を下げる。
うーん、一席だけかぁ。一席……。んんっ? 一席あれば十分じゃん!
「ねぇー、陽彩?」
「何ですか……」
ご飯にありつけないと思って、すっかり傷心の陽彩。
「ご飯食べたいよね?」
「お腹減りましたもん!」
いつもはしゃんとした陽彩が珍しく、子どものように騒いでいる。
「じゃあさ。身体、貸してよ」
彼女はうげっ、とあからさまに嫌だという表情を浮かべる。
「それは……嫌です」
「でもさ、食べたいんでしょ? ご飯」
「ていうか、ルナさんが私に憑りつくこととご飯。何の関係もなくないですか?」
意外と食い下がってくる。
「またまたぁ。頭のいい陽彩ちゃんは、とっくに分かってるくせに」
「ぐぬぬ……」
「私が陽彩に憑りつけば、二人の身体は一つになって座席も一つで済む。簡単な話だよ?」
「でも、憑りつかれたら何されるかわかりませんし!」
「悪いようにはしないって! それは約束するから。ほら、早くしないと人、来ちゃうよ?」
「私は……、屈したりなんて!」
陽彩は己が内でせめぎ合う。
店内からホップちゃんを呼ぶ声が聞こえてくる。
タイムリミットは少ない。
「私は……、私はッ!」
背後に、腹をすかせた人の気配。
「くぅっ……!」
陽彩の下した決断は――
「一名様、ご来店です! お帰りなさいませ!」
陽彩は食欲には勝てませんでしたとさ。
新章開幕です!
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