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筋肉フェチVS巨乳フェチ

 私は情動に任せて、ブーの顔面を殴る。


 拳が頬に触れる。

 ゴツンと重みのある音。男性特有の脂ぎった肌の感触、手の骨を伝わる痛み。

 それを耐えて、感情を乗せそのまま右腕を振り切る。


「グベェっ!」


 ブーが情けない声を上げて一歩二歩と後ずさり、抱えていたアオの腕を離して、尻もちをつく。


 彼女の腕に巻きついていた真っ赤なマントがハラりと剥がれ、布の切れ目から新緑のように鮮やかな黄緑色の鎌が覗く。

 カマキリ腕の刃が木漏れ日にキラリと輝くと、そのままアオを馬乗りにしているバッドの背中に沈みこんでゆく。


 大の大人が悲鳴を上げ、アオの背中から転がり落ちる。彼の悲鳴は幾重にもこだまし、森の静けさへと吸い込まれていった。


「大丈夫、ですか?」


 私はアオに声をかけカマキリ腕を手に取る。

 その鎌は触った感じ、完全にカマキリのものと同じっぽかった。ツルツルしていて、ヒンヤリしていて、血が通っている感じはしない。その辺で捕まえたカマキリの鎌を触っているのと同じ。

 しかし、その腕にあるピンと尖った刃は本物カマキリとは比較にならないくらい大きい。ちょうど私の中指の長さと同じくらいの長さのものが、びっしり連なっている。


「ありがとう……、ございます! 手、切っちゃってないですか?」


 彼女は手を掴む私のことを第一に気にしてくれて、「よいしょ」と可愛げのある声で小さく呟いて立つ。


 彼女と目が合う。彼女のビー玉のような目に心の奥底まで覗かれているようで、思わず私の胸はドキリと跳ねる。


「よかったぁ……! 私の右手、切れ味がいいんで、挨拶のときよく怪我させちゃうんですよね……。持つときはこう、腕の外側を掴むように持ってもらえると、安全に触れますよ!」


「あ、はい……」


 私は彼女の歯切れのいいハキハキとした喋りと、昆虫とのふれあい広場で聞くような内容とのギャップに若干驚いてしまった。

 そのせいで凄い失礼なことを言ってしまった気がする。もうちょっとマシな受答えがあったはず。もっと印象のいい奴が絶対に。


 私が頭の中で反省会を開いているうちに、彼女が話し出す。


「ちゃんとした自己紹介がまだでしたね。私はアオ。た……いや、キバさんのバディです!」


 胸をキュンと突き刺してくる満面の笑み。彼ら二人への憎悪の炎が浄化されてしまいそうなほどの、尊い笑顔。宝石みたいに眩しいし、超かわいい……!! 

 もう、生物としてのレベルが高すぎて直視するのも畏れ多い……!


「わ、わたっ……」


 推しとの始めての握手会のときのように言葉が詰まる。


「陽彩さん? それともルナさん? でしょうか?」


 認知されてるし! ヤバい、高まる!


「この身体は陽彩で、この子に憑りついて乗っ取っている私がルナです!」


「はい! ルナさん、陽彩さん! よろしくお願いしますね!!」


 彼女は普通な方の左手を私に差し出す。

 私が手を取ろうとしたそのときだった。


 突然、アオの顔から表情が消える。

 まん丸だった彼女の目つきは途端に鋭く、眼前の私を睨みつける。さっき見た、彼女が戦闘体勢に入るときと同じ。

 閉じていた鎌が開き、彼女は何も言わずに先端をこちらを向け、構えた。

 針のように尖った鎌の先が、一切ぶれることなく私の顔の辺りを狙う。


「はあぁぁああ!!!!」


 鎌が迫りくる。

 私は観念して目を瞑る。

 鎌が私に突き刺さ……あれ?


 身構えていたら予想に反し、風圧が耳を掠め、ガギンという音が頭の後ろでするだけ。

 恐る恐る目を開いてみると、アオの鎌とブーの拳がギリギリと音を立て競り合っている。


「悠長に自己紹介とは、バカにされたもんだな」


「結局不意打ちとは、することが単純ですね!」


 アオは鎌を振りぬいて、ブーの拳を弾き、彼を大きく後ずさせる。

 そしてそのまま、笑顔をにっこり向け、彼を煽る煽る。


「まぁいいさ。どっちも潰す予定だったんだ。俺らが同時に相手してやるよ!」


 ブーが拳を構えると、バッドも立ち上がって私たちの方に向き直る。


「ルナさん。私が二人を引きつけますので、あなたがたは逃げていただいても構いません。キバさんが言うように、お二人を巻き込んでしまったのは我々の責任ですから」


「いや。気にしないでください。だって、今ここに居るのはこいつらと戦うためですから!」


「それでは、そっちのお方を。こっちが終わり次第、私もそちらを援護します」


「舐めんじゃ……、ねぇぞ!!!」


 筋肉の塊が迫りくる。私も、それに向かって一直線。

 互いが互いの間合いに入りこむ。


 巨大な拳と小さく可憐な拳が正面からぶつかりあう。ガツンと衝突し、コンクリでも殴ったかのような衝撃が私の腕に押し寄せる。その痛みになんとか耐え、私たちの腕は拮抗しあう。


「か弱そうな女だが、なかなかやるな。流石はゲーム。でもな!!」


 急に力の均衡が崩れ、私の腕はグッと押し返される。


「筋肉こそパワーなんだよ!!」


 その力に私の腕が押し負けて身体が後方へと飛ばされる。

 ブレザーの背が地面を擦り、転がる私を青々とした茂みが受け止めた。髪の毛に葉っぱがごちゃごちゃと絡まり、私の視界を邪魔する。

 おもむろに立ち上がると、茂みの枝がバキバキに折れて人の形ができている。


「イキって割り込んできた割には大したことねぇな」


 ブーはまだまだ余裕があることを示すように、ぽきぽきと指を鳴らし、私を見下す。


 煽りやがって……! 言ってくれるじゃんか。

 強い感情と、ゲーマーとしての腕と、陽彩(ひいろ)の身体と、勢いがあれば押し切れると思ったけどそんなに甘くないらしい。


 アオの方を見ると、鎌を使いながらバッドに応戦している。そうさ、意気揚々と割り込んだんだから、もっと、もっと頑張らないと!


「まだまだッ!!」


 髪の毛を気にするよりも先に、右手を握りしめて草むらから飛び出す。

 走るうちに髪の毛の葉が落ちてゆく。一歩走るたびに陽彩の後ろ髪が左右に揺れ、背中をくすぐる。

 そして、胸も大きく揺れる。


 大きな違和感を無視し、目の前のブーにめがけてパンチを繰り出す。

 しかし、太い腕が私の攻撃をいなす。

 空いている左手でもう一撃。

 だが、拳をガッチリ掴まれ、私の攻撃は届かない。


 この状況に口角を上げるブー。


 これはヤバ――


 彼のパンチが胸のど真ん中に突き刺さる。


「ぐふッ!」


 あまりの勢いに、足が勝手に後ずさり地面に背中をしたたかに打ち付けていた。


 天を仰ぎながら私は思った。

 これは無理ゲーかもしんない。アイツと私じゃ、身のこなしが違う。いくらVR空間で自由に動き回れるとはいえ、普段運動しないオタクの脳みそじゃ運動能力に限度がある。

 さっきは相手がNPCだったから動きを読めて何とかなったけど、今回はそうもいかない。

 陽彩が戦うなら多分勝負になったろうなぁ。


 したたかに打った身体が痛い。

 背中も、腕も、受け止められた拳も。

 この身体を駆け巡る痛みを感じながら、私は違和感に気づく。


 殴られて、一番ダメージを負ったはずの胸がほとんど痛くない。でも、他のとこはちゃんと痛い。


 ……そうか、分かった!! これなら私にも戦える!!


 ブーが迫ってくる。


「これで終わりか?」


「んなわけ」


 私も立ち上がる。


「何が筋肉こそがパワーだ。見てくれだけは立派な筋肉から繰り出されるパンチなんか痛くも痒くもないね」


 煽れ。感情を刺激して怒らせろ。

 気持ちよくぶっ飛ばしたはずの相手が自分をバカにしてくる。そんなにイラつくことない。

 そしてもう一撃。さっきと同じを攻撃をさせるんだ。


「見せかけだけ? 俺の筋肉ちゃんたちは、見た目もパワーも兼ね備えた完璧な筋肉だ!! それが分からないお前に、この筋肉ちゃんたちの恐ろしさ、教えてやるよ!!」


 ブーは乗った。もう一度右手を握りしめ、こちらに向かってくる。


 簡単、簡単! 脳まで筋肉で助かるね。


 彼は殴る対象の目を見据えて――たまに若干目線を下げて、迫りくる。

 私はどっしり構え、仁王立ち。


「殴られようとしているのに、つっ立っているだけなんて、お前、Mか? そんなに痛めつけて欲しいってんなら、お望み通りにしてやるよ!!」


 そう叫びながら、眼前に迫るブー。

 勢いよく、彼の拳が振り上がる。


 その手をよく見ろ。タイミングを外すな!


 パンチが放たれる。

 さっきと同じように、私の胸めがけて一直線。

 捻りも無ければ、芸もない。ただたださっきと同じ攻撃。


 でも、これでいい!

 胸部に攻撃してくれるのなら、それで!!


 すでに攻撃は紙一重のところ。


 いくぞ!!


 私は豊満な陽彩の胸を目いっぱい反らし、大きなおっぱいを拳に向かって突き出す。

 彼の攻撃が胸部に触れる。外部からの刺激にむにっと乳が形を変える。


 ――同時に、胸がパンチを弾く。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


性癖(スキル)

【巨乳フェチ】発動

【ブレザー】発動


『受けるダメージを大幅に軽減』


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 おっぱいパリィ、くれてやらぁ!!


「のわっ!?」


 攻撃を弾かれたブーは驚く。

 予想だにしないことが起こった、そんな驚き声。


 ブーは大きくのけ反り、隙だらけ。そんな横っ面に思い切りハイキック。

 ローファーの甲が綺麗に当たり、彼は地面を舐める。


 よっしゃあ! 決まった!


 おっぱいパリィの成功で光明が差す。

 ヤツは【性癖(スキル)】の仕様上、武器を持てない。使える武器は筋肉、つまり近接物理攻撃だけ。そして、その攻撃を私の【性癖(スキル)】の効果のおかげで、ノーダメで弾けた。

 つまり、理論上は相手の攻撃をダメージなしに全部弾ける。この胸があれば。

 あとは私がタイミングをミスらなきゃ大丈夫。オタクでも勝てる! 死にゲーで鍛えたオタクの反射神経を舐めるな!


 起き上がったブーの脇腹にパンチしつつ、もう一度顔を狙って拳を振るう。

 しかし向こうもただではひるまない。脇腹の痛みに悶えながらも、私のパンチを潜りぬけ、反撃。ボクシングのような鋭いグーパンチが私を狙う。


 しかし、私には効かない。攻撃に胸を合わせれば無効化できるのだから!


 狙い通りに向こうのパンチをタイミングよく胸で弾き、生じた隙に全力の右ストレートを見舞う。

 直撃をくらい、ブーは立ちながらふらついた。しかし、彼は頭に浮かぶ星を払うように頭をブルっと強く振って我に返る。


「【性癖(スキル)】で俺の攻撃を弾きやがったな。だがなそんなマイナー戦略、この美しい筋肉と、この素晴らしい腕による【筋肉フェチ】プラス【腕フェチ】の大正義コンボで力づくで潰してやるよ!!」


「でも、あなたの攻撃は私には効かない。私はあなたには負けない!!」


「ほざけ。お前のその小細工はもう見切った!!」


 ハッタリだ。


「嘘だね」


「だったら、確かめてみるか? この乳デカ女(クソアマ)ァ!」


 アオちゃんだけでなく陽彩まで悪く言うか!


「陽彩をナメんなぁあああ!!!!!」


 私たちは互いに声を張り上げ、同時に拳による一撃を差し向けた。

お読みくださり、ありがとうございました!


次回、ルナのフェチが戦局を大きく動くかす――


「面白かった」「続きが気になる!」「頑張れー!」等ありましたら、ブックマーク、評価での応援ぜひともお願いします!


そろそろチュートリアルも佳境にさしかかりました。是非ともルナと陽彩の応援をよろしくお願いします!

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