喰らいやがれ! これが私の性癖だ!
アオは驚き、目を見開く。
ブーは一瞬でアオの鎌にマントを巻き付け、鎌を封じたのだ。
アオはマントを外そうともがく。しかし、ブーは左手に突き刺さる鎌を抑え込んでるから、そのせいで全く外れない。
その無防備なアオに左頬向かって、バッドは拳を振りかぶる。
「アオちゃん!!!」
思わず声が出る。
傷つきそうな彼女を見て、無意識に身を乗り出していた。
しかし、傍に立っていたキバさんは手で私を制する。
「君が出る必要はない」
「どうしてですか?」
「この件に関して、君はいわば被害者だ。巻き込んだ俺が言うのもなんだが、君に危険を及ぼすわけにはいかない」
「でも、アオちゃんにばっかり――」
「なんとしても君を守る。それが君を利用した、俺らの責任だ」
刹那、アオのバッドの腕同士が交差する。彼女は迫りくるパンチを腕で弾ぎ、弾いたその手でバッドの手首を強引に掴み取る。
しかし、バッドは怯むことなくアオの膝に蹴りを入れた。
重く鈍い音。短い悲鳴。
聞いているだけで痛い。
アオのかわいげのある顔が痛みに歪む。
アオは思わず手首から左手を離し、膝から崩れ落ちる。
それと同時にバッドはアオを押し倒し馬乗りになって、ブーは抱えていた彼女の鎌を捻り上げ、タッグプロレスのように彼女の動きを封じた。
「やっと捕まえたぜ」
「う、ぐッ……」
息を切らしながらも得意げな表情の二人。
一方の腕をキメられたアオは苦痛に喘ぐ。その顔はどんどん青ざめてゆき、痛さから漏れ出た声は次第に叫び声へと変わってゆく。
あの体勢はマズい! 昔やられたことあるけど、大の大人が本気で締め上げてたら、彼女の腕は使いものにならなくなる。
「どうすっか、こいつ。散々好き放題やってくれやがって」
「この腕さえなければ、このキモイのも可愛いんだけどなぁ」
「じゃあ、もげば? 人間大とはいえ、カマキリの腕なんて簡単に取れるじゃん」
「俺、欠損は好きじゃないんだよな。でもまぁ、とりあえずこうやって!!」
ブーが思い切り足を振りかぶって、アオのお腹を蹴り飛ばす。
「うっ!」
「可愛い女が痛がってる表情は好きなんだよな!」
アオの目は見開かれ、肺から追い出された空気が彼女の喉を鳴らす。
バッドはアオの二つ結びを強引に引っ張って、無理やりその顔を自分の方に引き上げる。
「へぇ、なかなかいい顔すん、じゃん!!」
バッドは無邪気な子供のような笑顔で、アオの頬を打つ。
更にブーの蹴りがもう一発、彼女の腹に突き刺さる。
「こういうのはほんと最高。興奮してくるわ」
二人に傷つけられるアオ。やられてはいるものの、その瞳にはまだ抵抗の意思が残っているようだった。しかし、それが彼らの嗜虐心を刺激してしまう。
「わかる。特にこんな感じに、やられててもギロって睨み返してくれるのがそそるよねぇ。何もできないくせに」
「興奮する。だって俺ら、【ドS】だもんな」
薄ら笑いを浮かべながら、二人はアオに暴力を振るう。
最低。胸糞悪い。吐き気がするくらい、アイツらのすることが受け入れられない。
「キバさん! あんなの……、あんなひどいこと! 通報とか出来ないんですか?」
「それは厳しい」
キバさんは苦しむアオを見つつも、淡々と言い切った。
「どうして!?」
「彼らのあれもゲーム内で認められ、尊重されるべき立派な性癖だ。それを前提に性癖決闘が行われる以上、大概のことは許容される。それが運営が示しているこのゲームの基本的な在り方。だから彼らが大手を振るって介入することは難しいし、咎めるためにこうして第三者的立場として俺が派遣されている」
「でも、人には当然受け入れられない性癖はあるもので……」
「だから、そういうヤツは目に入れず、触れないことが精神衛生上いい。もし相手にしてしまったら、自分の性癖で勝負するしかない」
「でも、アオちゃんが!」
「俺がなんとかする。だから、君は逃げろ」
「どうして!?」
「アイツらがアオを痛めつけるのに飽きたら、次の標的は間違いなく君だ。君を傷つけさせる訳にはいかない。だから早く!」
キバさんは森の出口を顎で示し、無言で早く行けと促す。
それと同時に小さいながらも、ミシっという音がアオの方から聞こえてきた。腕の締め上げがドンドンキツくなっている。
それに伴って二人の口数も多くなってゆく。
「気色悪い奴を倒せるってのは気分がいいな。それにこんなふうに好き勝手できるのもな」
「ああ。にしても、やっぱその腕が視界に入ると冷めるなぁ、もぐか。しかし、何だよ変態って、ただキモくなるだけの何がいいんだ。こんなのを好きなヤツは頭おかしいんじゃねぇか?」
「ホントだよ」
心無い言葉を聞いて、カッと頭に血が上った。叫び散らしたくなるくらいに。
普段感情が死に気味な私は、こんなふうになることはほぼない。屈伸煽りされても舌打ちするくらいで済む。でも今は、他人の感情を体感しているように、怒りが湧き上がってくる。
何様だ、まったく。性癖を否定するだけでなく、人格まで否定するなんて。
たとえその癖が苦手でも、その癖を持つ人の人格まで否定していい道理がどこにあるっていうの?
手のひらがチクり痛む。気づかぬうちに、爪が肌に食い込むほど強く握られていた。
足がアオの方に向かって、私の意思とは無関係に動き出す。
――誰かの意思に操られているかのように。
そして、一つの心当たりに気づく。
そうか。この身体! 陽彩もアイツらを許せないんだ。
この身体が陽彩の残留意識によって勝手に動いているか、それとも彼女自身がこの身体のコントロールを少し奪い返して動かしたか。
まぁ、それはこの際どっちでもいい。
私も陽彩もアイツらを許せないことに変わりはないのだから!
私はアオの方に向かって私の意思で歩き出す。その歩みはパワーアシストされているように軽い。
「おい、何をしている。逃げろと言ったはずだ」
キバさんは私の異変を見過ごさなかった。
「キバさん! この戦いが正式な仕様なら、私だって戦えるはずです!」
「だとしても、君が戦う理由はないだろう? 頼む、逃げてくれ」
「嫌です! それに戦う理由ならあります」
「理由?」
キバさんは鋭い目で私に問いかける。
だから、その圧に負けないように力強く答えてやった。
「私は、誰かが他人の性癖を踏みにじるのは許せない! それを黙って見ていることはできない! だって、性癖はその人が心の底から大好きって言えるものだし、人生そのものだから!!」
「その気持ちはありがたい。だが、これ以上ルナ君を巻き込むわけにはいかないんだ!!」
「誰になんと言われようが、私は、いや。私たちは止まらない!!!」
キバさんを振り払い、一気に走る。
走る間に、指を小指から順に折り、ぐっと拳に力を籠める。
「キバさんがアオちゃんを信じているように。私もこの性癖を信じている。そしてあなたは言った。気に入らないのなら己の性癖でぶん殴るのがこのゲームのルールだと」
腕の振りに合わせ、右の拳を引き、構える。
「だから私は信じた憑依の力で、陽彩と一緒に!! この性癖で!!!」
敵めがけて踏み切る。
「ぶん殴る!!!!」
私は全力の力を籠め、私の拳でブーを殴った。
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次回、筋肉フェチと巨乳フェチがぶつかり合う――
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