これが性癖決闘《フェチバトル》!
「くそッ! この化け物め!!」
ブーがセーラー服姿のアオに向かって殴りかかる。しかし彼女はその拳をかわし、右肩から生えるカマキリの大鎌を彼の無防備な背中に振り下ろす。
その本物のカマキリさながらの鮮やかな鎌捌きに、私の目は奪われてしまう。
背中を斬られたブーは情けなく地面に倒れ、勢い任せに転がる。身体や豪華なマントには落ち葉が纏わりつき、彼はミノムシのようになってしまった。
彼は落ち葉を払い、仲間のバッドと同じタイミングで立ち上がる。その息ぴったりのシンクロ具合は、さすが初心者狩り同士といったところか。
「マジで何なんだ、コイツ!?」
「でも、俺らには最強のスキルの組み合わせに装備もある。こいつが化け物だろうと負けやしねぇ!!」
そんな二人の言葉を聞いて、キバさんは肩をすくめて大きなため息をつく。しかも、彼は哀れみの視線で二人を見つめている。
「このゲームにおいて強さを決めるのは【性癖】の強さじゃない。その癖への造詣の深さだ。自分の性癖にそんなに合わない強スキルや強い防具を装備したところで、圧倒的な性癖への愛の前には及びやしない」
「ぬかすなよ! 強スキルは強いから強スキルなんだ……! 愛があろうとその差は埋まらない、愛で強くはなれない。それがゲームの常識なんだよ!!」
バッドとブーがアオめがけて駆けだす。
「任せていいか、アオ?」
「はいっ! もちろんです!」
アオは輝くような笑顔でハキハキとキバさんに答える。そして、威嚇するカマキリのように鎌と左手を構えた。
彼女の顔が一瞬で変わる。柔らかな表情は敵を見据えてギュっと引き締まり、その頬のかわいらしいえくぼもなくなった。
構えたまま動かないアオ。鬼気迫る表情で迫る二人。
そんな状況で先に仕掛けたのは、意外にもアオの方だった。
彼女は目にも留まらぬ速さで縮めていた右腕を伸ばし、鎌先で迫りくるバッドの顎を跳ね上げた。それをまともに喰らったバッドは大きくのけ反る。
「うらッ!」
アオの背後に迫るブーの拳。そのパンチにタイミングよく後ろ蹴りを合わせ、彼女は攻撃を弾く。拳を抑えて痛がるブーに、彼女は身体を捻って鎌を振り、裏拳の要領で容赦なくみね打ち。
力強く落ち葉を踏みしめる音。
それを聞いた彼女が音の方に目をやると、ダウンから復帰したバッドが目の前に。彼女は急いで、伸ばしていた右腕の鎌を折り畳んで互いの身体の間に滑り込ませる。
一撃、二撃と、ピタリと隙間なく折り畳まれた鎌が、盾のようにバッドの拳を受ける。ガツンと痛そうな音が響く。しかし彼女は顔色一つ変えない。
しっかりと攻撃を受けきった彼女はミニのスカートが捲れ上がるのを全く気にせずに、思い切り足でバッドのお腹を蹴り飛ばした。
私は華麗に豪快に敵を捌くアオの姿に、終始魅入られていた。
異形としてのポテンシャルを引き出しつつ、カマキリが使わないような使い方をする彼女。身体の一部が異形であると認めた上で、それを利用して戦おうとするその姿が私にはカッコよく見えた。
ああなりたいかどうかは別にして。
「大丈夫か?」
いつの間にかキバさんが私を救助しに来ていた。
「あっ、はい!」
「ならよかった」
適当に受答えしながらセーラー服のアオを見ると、彼女は鎌を閉じたり開いたりして誇らしげに立っている。
戦うとき以外はずっとニコニコとしていて本当にかわいいな、この子。ちょっと童顔だし、人当たりもきっといい。絶対いい子っぽいよね。
陽彩に憑りついてなかったら憑依してみたかった。とはいえ、彼女は他人の相棒だからね。その辺は自重しないと。
しかし二人がまた立ち上がると、彼女の表情は再び引き締まる。再び、鎌と左手を構え彼らと対峙する。
「どうだい? 俺の性癖は」
「この化け物め……」
「そうか? かわいいのに」
「お前も、その性癖もキモイんだよ」
キモイ、そのたった三文字。でも、キバさんや人の性癖を容易に否定し傷つけるその三文字は、私の胸に突っかかった。
「いいんですか……? あんなこと言わせて!」
「まぁ、どんな感想を抱こうが自由さ。誰が彼女についてなんと言おうと、ただ一人俺が自分の性癖を愛して、そして信じていれば、それでいい」
罵倒を投げかけられた本人は気にせず、気丈に受け答える。
そして、悪口を言った二人に向かって怒鳴る。
「ただな、気に入らないのなら、言葉じゃなく己の性癖で殴るのがこの戦い、ひいてはこのゲームのルールだ!」
「だったら存分に殴らせろってんだ!!」
鎌と拳を構え、それぞれが走り出す。
獲物へ向かうアオの動きはとてつもなく早い。瞬する間に二人の懐に入り込み、腕を振るって斬りつける。
そこから始まる、取っ組み合いにも見える二対一の激しい乱戦。
そんな状況でもアオは相変わらず、輝いて見える。
彼女の攻撃のたび、束ねられた艶やかな二つ結びの黒髪が無秩序に広がって乱れる。しかし、その荒れた髪は流水のようにサラサラと肩を流れ落ち、再び綺麗にまとまる。
セーラー服の袖口からすらっと伸びる、新雪のように真っ白な左腕。その一見頼りなさそうに見える華奢な腕が、丸太のように太い手足をがっちりと受け止め、二人の拳や蹴りを防いで受け流す。
そして、敵を切り裂くカマキリの大鎌は、旧世代ゲームで使われるようなチープなCGとは比べ物にならないほど生々しくグロテスク。しかし、その表面はローションにまみれている肌のように艶めかしくてらてら輝き、鎌が放つ危ない美しさに私は思わず生唾を飲む。
彼女が秘める美しさとおぞましさ。体格差をものともしない好戦的なファイトスタイル。
相反する要素をその身に宿して戦うアオの姿は、ひたすらにかっこよく、そして美しい。
やっぱり彼女に憑りついてみたい。ちょこっとだけでいいから。あんなカッコよくてかわいい子を好き勝手したい。
そんなとき、
「こいつ、マジキモイ」
「消えろ、化け物」
と押され気味の二人がアオに――そして多分キバさんにも、罵詈雑言を投げつける。
武力でなく悪意でもって、二人を傷つけるために。
勝てそうにないからって、言葉で攻撃するのはホントダサい。しかも、二人は涼しい顔してて、全く効いていないように見える。余計にダサい。
でも、なんでだろう。なぜかそれは、私に効いた。
攻撃の対象は彼女たちなのに、私のことのように、心が痛む。
耳から入った言の刃が心にズブリと刺さって、そのままグリグリと抉られているよう。
同時に、沸々と情動が沸き立つ。
平気で人の性癖を踏みにじるアイツらが許せない。
私がそんなことを考えている間も、アオと二人の戦いは続く。一進一退の攻防戦。
しかし、急に状況が変わった。
「たぁッ!!」
アオは勇ましい声を上げ、目の前のブーに鎌を振り下ろす。
ところが、ブーは避けるでも受け流すでもなくその鎌を、マントを羽織った左腕で受ける。
グサリと、緑色の返し刃が真紅の布に食い込む。
それを見て、ブーはニヤリと笑った。
「捕ったぞ、この気色悪い腕を!!」
次回、ルナ、陽彩コンビ出撃――
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