『欲望をぶち撒けろ』
荒れ果てた墓地の真ん中に、一人の女が座っている。
腰元まである黒髪はボサボサに暴れ放題。伸びきった前髪に顔は完全に覆われ、表情は伺えない。まるで和物ホラーの幽霊のようだ。
祈りを捧げるように膝を折る姿は敬虔なシスターのようだけど、そいつは黒い袈裟に白い法衣という冗談めいた格好をしていた。
どう考えても雑魚敵じゃない。見た目も所作も、私の直感へストレートにそう訴える。
彼女は夜月に向かって念仏を唱ていた。空の3/4を埋め尽くし、本物よりも美しく輝く偽りの月に向かって。
繰り返される念仏は抑揚もなく、不思議なことに息継ぎすらない。その旋律は誰かを弔うというより、誰かが来るまで仕方なく時間を潰しているよう。
「おい」
唐突に念仏以外の声が響く。読経が止み、尼が問う。
「どちら様で?」
ギャルがいた。
「ちーっす」
髪の毛ピンクのギャルがいた。
パステルピンクの髪の毛をツインテールに結び、スカート丈は膝上何センチなんだってほど短い。制服はだらしなく着崩されており、胸元のボタンなんか申し訳程度にしか止まっていない。デカ乳でデカ尻。そんな頭の悪そうなギャルが尼の目の前に立ち塞がっていた。
肝試しで遊びに来ましたと言わんばかりの存在感。場違いにも程がありすぎて、思わず笑いそうになってしまう。
しかし、我慢我慢。堪えろ。ここで私の居場所がバレたらせっかくの計画が台無し。せめて、アレの正体と性癖が分かるまで、あの子に注意を引きつけてもらわねば。
「ねぇ、こんな場所で何してんの?」
朗らかな声で、ギャルは投げかける。
「待っていた。お前のことを」
「なんそれ。いや、待ってたとかマジキモいんだけど」
切れ味鋭く一刀両断。彼女は尼の言葉をバッサリと切り捨てた。
いや、いくら挑発して注意を引きつける段取りになってるとはいえ、切り返しが強すぎる。私なら泣いてるぞ。
相変わらず伸びた前髪のせいで尼の表情が見えず、キモいと言われてどう思ったのかこちらには分からない。が、尼は何も言わずに立ち上がり、ギャルの方に向き直った。
その光景に空いた口が塞がらない。コイツはどうにも普通じゃない。
「マジ……?」
ここに来たときから薄々気づいていたことだが、おもむろに立ち上がる尼の姿を見て改めて思う。
ボソッと心境を漏らしたギャルも、あの女を前に私と同じことを考えているようだ。
おかしいところは色々ある。でも、一番おかしいのはヤツの身長。周囲を背の高い墓石に取り囲まれているが、立ち上がった尼にとってそれらは肘置きにもならない。
推定するにその身の丈、約八尺。
── 間違いない。こいつがBOSSだ。
廃寺の墓地に現れる、化け物みたいな大女。ボスの事前情報から察するに、十中八九コイツだろう。
正体は分かった。あとは戦いの中でヤツが持つ能力を見極め、倒す。それだけ。
「見られたからには生きては返さぬ。行くぞ!」
尼がいきなり仕掛けた。ヤツは錆びた包丁を袈裟から取り出しギャルに迫る。
ヤツを見て『デカいものは鈍い』というイメージが浮かぶ。巨大なパワー系はバランス調整するため速さが犠牲になる、というのがゲーム的なセオリーだ。
しかし、尼はそのセオリーを全く無視した速度で、ギャルに襲いかかった。二人の距離はそれなりにあったものの、それは一瞬で詰められてしまう。
一閃。
尼は奇声を上げながら草刈り鎌を振り下ろす。
しかし、ギャルはステップ一つ。胸の大きさに似合わぬ軽々とした身のこなしで、楽に錆びた刃を躱してみせた。
もう一撃。尼は追撃しようと再び鎌を構える。
しかし、
「喰ら──」
「おっそ」
ギャルの方が早かった。
パンツも気にせぬ渾身の回し蹴り。勢いよくスカートが捲れ上がり、えっちな黒レースがお見えする。
「……ッ!?」
目にもとまらぬ速さで放たれたキックは、出遅れた尼ではどうにもならない。ガードも回避もできず、ただ蹴り飛ばされるのみ。あまりの威力に尼の巨体が宙を舞い、卒塔婆の群れへと突っ込んだ。
流石、やるねぇ。ただのギャルに見えるが、その実力は伊達ではない。
「マジ、らくしょー」
しかし、なんだかあの子だけでボス戦も終わってしまいそう。このままだと私の出番はないのではないか。
そんなことを思っていたときだった。
「調子に乗るな、小娘!!」
尼が怒号と共に起き上がる。しかし、その様子はやる気に満ち溢れ、先ほどとは何かが違う。
その理由はすぐに分かった。
「私の本気を見せてやろう!!!」
だろーなと、ため息が出る。
通りであっさりやられるはずだ。やはり、このゲームのボスがワンパンで終わるわけもなく、それ自体がボス戦の一つのギミックだったというわけ。実にめんどくさいタイプを引いてしまった。
つまり今まではお遊びでしかなく、悲しいことに真のボス戦はここから始まる。
尼は全身を震わせながら、右腕を月に向かって掲げた。まるで腕に封印している力を解き放とうとするみたいに。
一言で言えば、厨二病がよくやるポーズだ。大概それは本人の中の妄想で終わり、現実に起こるわけはない。
しかし、尼はそれを現実のものにした。
尼の腕は湯のように沸き立ち、形を変えてゆく。腕の筋肉は皮膚の下でブクブクと盛り上がり、急速に肥大化。異常な変化に耐えきれなくなった腕はレンチンし過ぎたソーセージのようにバックリと裂け、月光のように白い肌の上に真っ赤な血が溢れ落ちた。
筋肉が増殖し歪な成長を続ける腕は、それだけ大きさで私の身の丈を軽く超えていた。
でも、それだけではない。気づけば彼女自身の身体も巨大化しており、身長も元の二倍以上に膨れ上がっているではないか。
「がぁああああああっ!!!!」
呻きとも唸りとも分からぬ叫びが響き渡ると、ズシンと『腕』が振り下ろされた。
その腕にはもはや指と呼べるものはなく、まるで巨大な丸太。そんな血塗れの丸太からは枝のように尖った骨が肉を食い破って飛び出し、殺傷力に磨きをかける。
そんな“凶器”をあのギャルはすんでのところで飛び退く。しかし、彼女の身代わりとなった墓石は轟音を立て、一瞬で潰れた。
尼の額には太く立派な一本角が天に向かって聳え立ち、簾のようだった前髪を真っ二つに割る。露わになった顔はまさに“鬼気迫る”表情になっていたものの、顔のパーツに大きな崩れはなく、元々の顔立ちが相当に整っていると想起させた。
尼は第二形態ともいえる姿に変化した。これこそがこのボスの真の姿。
それは、まさに金棒を携える『鬼』。
ヤツが解放した真の性癖……。間違いない。【鬼化】だ。
【鬼化】。自らの身体を鬼へと変貌させるTF系の性癖。額には角が生え、華奢な身体も筋骨隆々な姿に変えてしまうのが特徴的なこの性癖は、その見た目に相応しく身体能力や破壊力も規格外なものへと引きあげる。
だいぶマイナー寄りなフェチではあるが、まさかここでお目にかかるとは。
おまけに、腕の【異形化】までセットときた。
このBOSSを設計したデザイナーは相当拗らせているに違いない。まったく、このゲームのボスはどんだけ性癖と攻略難易度を高めれば気が済むんだろうか。
しかし、意識があるまま自分の身体を末端からジワジワと石に変えらたり、魂を抜かれ人形化した抜け殻の身体がいたぶられるのを強制的に見させられたり。そんな精神的にヤバかった経験と比べると、今回はだいぶマシな方かもしれない。
尼だった鬼が気味の悪い笑みを浮かべた。粘液がべちゃっと貼り付くような清潔感のない笑み。それを見た途端に鳥肌が立つ。
瞬間、鬼が金棒のような『腕』をめちゃくちゃに振り回す。狙いはギャルにただそれだけ。だが、あれほどの巨体にそんな器用なことができるはずもなく、その攻撃は周囲の全てを巻き込んでゆく。
墓石は真っ二つに折れ、巨大な石灯籠も積み木のように崩れてしまう。ここに眠る者に対する慈悲もなく瓦礫の山を築いてゆくその様は、まさに地獄の獄卒だ。
鬼の大振りな攻撃をギャルは回避するも、その表情に余裕はない。彼女も喰らえばマジヤバだと分かっているようで、死にものぐるいで『腕』を躱し続けていた。
「ちょっ、マジ早く出てこいって!!」
ギャルは助けを呼んだ。この場に控えているはずの相棒に向かって。
今飛び出せば激昂する鬼とご対面しなければならない。状況は最悪。しかし、可愛い相棒に呼ばれたなら、出ないわけにいかないか。
私は物陰から飛び出し、鬼の前に薄黄色の珠を投げた。
刹那、閃光が煌めき、鬼の目を眩ませる。ヤツは呻きながら周囲を手当たり次第に攻撃するも、私たちの姿は見えていない。
私が投げたのは強烈な音と光で敵の視界を奪う閃光珠。目論見がうまくいき、鬼の視線が切れる。すかさず私はギャルの元へと駆け寄った。
「もう、遅い!!」
「いやー、陽彩なら一人でも倒せるかと思って」
「んなわけないから!」
私の相棒のギャル、陽彩は恨めしそうな目で私を睨んだ。この感じは珍しくマジトーンで怒っている。
「どうしたの?」
「別にどうもしてないし」
陽彩は私の肩をはたく。
「怖かったの?」
「別に」
「怖かったんだー!」
「別に!!」
瞳を少し、潤ませながら。
平常心を装っているが、彼女も結構怖かったんだろう。正直言えば、あの顔はだいぶ怖かった。
そんな中で、涙目になりながらも私の言葉を否定するところに、分かりやすいくらい強がりが透けて見えてしまっている。
可愛いなぁ。そういうところが私の性癖をくすぐってくれる。さすが私の相棒だ。
「……ねぇ。ウチを人柱にしてさ、アレの能力は分かったわけ?」
陽彩は会話を断ち切るように話題を変えた。
「だいたい分かった。【鬼化】ってとこかな」
「で、作戦はどーすんの?」
時間の経過とともに、ヤツの目は光を取り戻しつつある。つまり、足止めもそろそろ限界ということ。とっとと勝負を決めにいかないと勝機はなくなる。
「角をへし折る」
堂々とそう言ってみたが、明確な根拠はない。しかし、私の中のセンサーが「鬼っ娘から角が無くなったら普通の女の子じゃん」と囁いている。それに加えて、あからさまに部位破壊できそうだし。
理由としてそれだけあれば十分だろう。
私たちの方を向いた鬼の目がギラリと輝いた。再び視界にこちらを捉えた証拠だ。
もう悩んでる時間はない。直感を信じろ。
ジャージ姿のもっさい女オタクはキラキラ輝くギャルの隣に並び立ち、互いに顔を見合わせた。陽彩のその表情には、私と同じく絶対に勝つという意思が滲む。
この瞬間がたまらなく好き。だって、強敵を前に、想いを一つにして繋がってると感じられるから。
──これから、もっと深いところで一つになろうね。
「身体、使わせて?」
「嫌って言ってもヤるくせに」
陽彩の手を取り、性癖発動。私の身体は手足の末端から煙のように解れ、陽彩の肉体へと吸い込まれてゆく。
──この身体は私のもの。
陽彩から力が抜けて、身体がその場にガクンと崩れ落ちる。私に侵蝕され、既に陽彩の意識は身体の奥底に。
──この心も私のもの。
陽彩はもう、私に何をされようと抵抗することなどできない。されるがままを受け入れるしかないのだ。
私は陽彩を操り、彼女を再び立ち上がらせた。
私の精神と肉体が陽彩を乗っ取り、彼女の全てを掌握する。
「憑依完了……!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【性癖】:【憑依】発動
他人に取り憑き、身体を乗っ取る
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
身体中が暖かく心地いい。まるで、ふかふかのお布団に包まれているみたい。そんな陽彩の心の温もりを、私は全身で感じていた。
夜空に向かって手を伸ばし、月を掴むように拳を握れ、と頭で思う。すると、その通りにこの手も動く。
「ギャルの身体は実によく馴染むなぁ。使い込むたび、陽彩は私を覚えてくれる」
しようと思えば寸分の狂いも遅延もなく、思い通りになる。今ではもう、自分がするのと同じ要領でこの身体は動いてくれる。
取り憑いたまま、陽彩の下乳を彼女自身の手に乗せて持ち上げた。掌にずっしりと柔らかな重みがのしかかり、この子を好き勝手支配してるって実感が湧いてくる。
身体がビクッと、悦びに震えた。可愛い女の子に憑依できたという快感が皮膚の下を這いずり回っているのだ。
堪らないな、この感触は。それに今夜はこの武器の調子も絶好調のようだ。
「さあ、こいよ! 捻り潰してやっからさ」
「ぐがぁあああ!!!!」
雄叫びと共に鬼が飛び出した。脇目もふらず私を見据え、一心不乱に迫り来る。
改めて鬼と向かい合うと凄い迫力。なんたって腕にグロテスクな金棒を携えた4メートル超えの巨大が、地面を揺らしながら向かってくるのだ。現実では決して味わえない恐怖に、頭の中で変な汁が滲み出ているのがわかる。
対する私の防具はこの制服だけ。武器に至っては何もない。この身一つでアレと戦わなければならない。
頼れる物はといえばこの身体、そして大きな胸のみ。しかし、それだけあれば十分だ。
自信を持って、胸を張れ。このおっぱいは最強なのだから。
鬼が『腕』を振り上げた。月の光をその背に受けて、血塗れの金棒は幻想的に輝く。
私は自分で自分を抱きしめた。二の腕が胸をギュッと圧迫し、セクシーな胸の谷間が、おっぱい全体が、よりクッキリと姿を表す。
私に向けられた鬼の視線が一瞬、僅かに下方へと逸れた。顔からほんの少しだけ下、ちょうど胸元の位置。
そう、あの化け物ですらこの魅力には抗えない。それだけの力が【巨乳】にはある。
「ほらほら。この子、えっろいでしょ? その魅力、たっぷり感じさせてやるよ!!!」
鬼が『腕』を振り下ろす。
金棒がこの身を襲うその瞬間、私は胸を突き出した。
「おっぱいパリィ!!!!」
ギィィンッ。
──おっぱいが『腕』を弾いた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【性癖】:【巨乳】発動
胸の大きさに比例してダメージを半減、無効化する━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
性癖が発動し、胸部へ受けるダメージをほぼ無効化。大きな胸は盾となり、私は無傷で鬼の攻撃をパリィした。
弾かれた腕は反発し、振り上げた勢いのまま鬼の脳天を打つ。ガラスが砕けるような音が鳴り渡り、天を貫かんとする鬼の角が真っ二つに折れる。
「あ゛あ゛っ!!!! 私の、私の角がぁああ!!!」
鬼は額に手を当て取り乱す。その顔面は血まみれで、身体も一回りほど萎んだように見える。
一通り暴れた鬼は唐突に笑い出した。その表情は突き抜けるように爽やかで、どこか諦めがついたという感じだった。
「クックック……。貴様……何者だ?」
「ふつーの女子高生ってとこかな」
「この私の角を折るなど、ただものではあるまい。名だ、名を名乗れ!」
鬼は私の名を求めた。正直なところ、めんどくさいフラグが立ちそうであまり気は進まない。しかし、お前との戦いが楽しい、そう言わんばかりの鬼の眼差しを見たら、答えずにはいられなかった。
「ルナ。私の名前はルナ」
「覚えておこう。我が角を折り砕いた者の名を……! この借りは必ず返す」
鬼は大きく跳躍し、夜空の闇の中へと消え去った。その場には静寂と彼女の力の象徴である折り砕けた角が残されるのみ。
《シュテン・ガンゴウを撃退しました》
《ワールドニュース:ネーム『ルナ』がBOSS『シュテン・ガンゴウ』を初撃退!》
《イベント:ネーム『ルナ』プレイヤーランキング3位に上昇!》
システムメッセージが私の成果をがなり立てる。だが、そんなものを気にせず落ちている角を拾い上げ、天を仰ぐ。達成感と疲労感がやってきて少しぼーっとしてしまう。
──あの尼さん、意外といいおっぱいしてたなぁ。
そんなことを考えながら、私は月を見上げていた。余韻に浸る私を気にもせず、相変わらず偽りの月は頭上で妖しく輝いていた。
◇
『フェティシズム・フロンティア・オンライン』。ここは自らの欲望をぶち撒け、ぶつけ合う 場所。性癖の叶う世界。
そしてこれは、そんな世界を駆ける私の、私だけの性癖の物語──