爽やかな彼の意外な性癖!
「ずいぶんと余裕そうじゃねーか!!」
キバさんに初心者狩りと突き止められたブーは声を荒げ、彼に問いかける。
しかし、キバさんはその問い掛けを無視し、私の方へと話しかけてくる。
「ルナ! 今まで君を騙していて申し訳なかった。素性も、そして名前ですら。だけど、こいつらを捕らえるためには、どうしてもそうしなきゃいけなかった」
キバさんは終始私の目を見つめたまま、一切目線を反らすことなくそう言い切る。
私はその態度と言葉から、嘘も偽りも感じ取ることもできなかった。確かに今までは嘘をつかれていたけど、今は本当のことを言ってくれてると思えた。
だって、キバさんは憑依を気になるって言ってくれたときと同じ表情をしていたから。
「キバさん、あなたは……?」
「簡単に言えば運営に協力を要請されたプレイヤーってとこかな。初心者狩りを撲滅するために」
「運営に?」
「β版でちょっとやらかして、そっから注目されているというか、なんていうか……。偽名も含めて、いろいろ訳ありでね」
キバさんは茶目っ気たっぷりにはにかんでいるけど、それを見た陽彩の身体は強張る。爽やかな笑顔の裏に「もう聞くな」という警告が隠れているのを、陽彩は敏感に感じ取っているらしい。
「ふざけんなよ、運営の犬! お前の相手は俺らだ!!」
「君らの相手は俺じゃない、俺の性癖さ」
痺れを切らしたブーを、涼しい顔であしらうキバさん。
「それにもう、とうに準備はできている」
顔色一つ変えずにキバさんが呟いたそのとき、
――私は何かの視線に貫かれた。
背中に受ける強いプレッシャー。ボアファングと戦う前に感じたのと同じ感覚。
それは矢のように陽彩の身体と私の心を突き抜け、この身はその場へと釘付けにされてしまう。
首を回して必死に視線の主を探すも、その姿はどこにもない。しかし、綺麗な陽彩の肌がびっしりと粟立つほどに、その視線が肌に張り付いて離れない。人気も街灯もない夜道を歩いているときのような嫌悪感と恐怖心が、私の心に沸き立って止まない。
ガサリ、ガサリ。
何もいなかったはずの背後から、枯れ葉を踏みしめて歩く音が聞こえ、そしてその音は一歩、また一歩とこっちに迫ってくる。怪しげな音に気づいた眼の前の二人が、音の発生源を探してしきりに辺りを見回す。
確実に何かがいる。この、すぐ後ろに。
でも、心霊系が苦手でホラゲもできない私に、背後を見る勇気なんてない。
やがて、その何かが私の背後に迫り、この身体のすぐ横を抜けてゆく。
見るとそこには、何かがいた。
見間違い、目の錯覚、そんな言葉で片づけてしまいそうではあるが、確かに目の前にいるんだ。
――透明な何かが。
言うなれば、透明な硝子の人影。
目の前に見える木々やキバさんが歪み、風景の中に人の形が浮かび上がっている。その人形は意外にも華奢な姿をしていて、私と同じくらいの背格好。
「何が準備ができてるだ! ハッタリかましやがって!!」
バッドは叫び、駆け出す。
「待て!」
制する声にもお構いなし。
しかし、
「ぐはっ!!」
野太い悲鳴を上げ、彼は突然吹き飛んだ。
まるでパントマイムのごとく、何もない場所で何かにぶつかったように、後方へと倒れこむ。
「何ッ!?」
仲間のその様に慌て、拳を構え直すブー。
彼は首を振って用心深く周囲を探りつつ、すり足でキバさんとの間合いをジリジリとうかがう。それとは対照的に、キバさんは一歩も動かず、堂々した態度でその場に立っている。
キバさんは自らの余裕を示すかのように、ゆっくりと口を開いた。
「透明な子っていいよな」
私はキバさんの口から唐突に放たれた言葉に耳を疑った。それはブーも同じなようで、その顔には「何言ってるんだ、こいつ」という困惑の表情を浮かべていた。
しかし、キバさんはそんな私たちの戸惑いもお構いなしに話を続ける。
「透明化した子は俺たちの認識の及ばない、本人だけの世界に移ってしまう。たとえその場にどれだけの他人がいようと、どれだけ公共性の高い場所であろうとだ。そして他人の目が届かない場所では人は開放的になり、抑圧されてた欲望や本性が出てしまうもの。
もしかしたら、見えない誰かが元の世界に戻りたいと泣きじゃくっていたり、大衆の最中で衣服を脱ぎ去ったり、このゲームのレーティングに抵触するようなことをしているかもしれない。そう考えたら、だんだん興奮してこないか?」
「いきなり何だ! お前の性癖なんて知るか!!」
「このゲームにおいて他人の性癖はどうでもよくはない」
キバさんはそういうが、確かにブーの言うことはもっともだ。真剣なこの空気のなか、唐突に透明化フェチの魅力を語られても、共感できる部分はあるけど反応に困る。
でも、彼は誘うように言葉を付け加えた。
「想像してごらんよ。そこに、見えない誰かがいるとしたらってね。そして、性癖で殴り合うっていうのはこういうことだ」
そうブーさんに向けて言うキバさんだったが、その目はブーを見ていない。彼の視線の先にあるものはただ一つ。得体のしれない、硝子の人影だった。
見えない、誰か……!?
私がハッと気づいた瞬間、透明な人影にじわりじわりと色が入り始める。
脳トレ映像のように、色のなかったそれはぼんやりとその姿を現しだす。そして完全に色が戻ると、得体の知れなかった何かは、セーラー服を着た女子高生の姿になった。
「何だ……、こいつ……」
その女子高生を目の当たりにしたブーの声は震え、顔からは血の気が引いている。まるで、この世のものとは思えないものに出会ってしまったかのように。
「これが俺の性癖のアオさ。可愛いだろう?」
キバさんのバディというアオは、濡羽色の黒髪を二つ結びにした、ハキハキという言葉が似合う快活な女の子。彼女は陽彩とはまたタイプの違う、小動物系の可愛さを持っている。そこまでなら、セーラー服のよく似合うクラスのアイドル。
しかし、彼女には一つだけ普通ではない部分があった。
アオの右腕は、カマキリの腕だった。
白いセーラー服の右肩の袖口から生える、鮮やかな黄緑色の大鎌。人間大のサイズの鎌は、ナイフのように鋭い返し刃が木漏れ日を反射してギラギラと輝いている。
可愛い女の子と生々しい昆虫の腕。その取り合わせはひどく不釣り合いなもの。
ブーはその腕に恐怖し狼狽えたが、不思議と私はなぜだか心惹かれ、かっこいいって思った。
「こんなのが性癖って……、お前、何なんだ!?」
ブーさんが出したその問いに、キバさんは胸を張って堂々と答えた。
「昔っから、こういう風に身体の一部が変容した子をみると最高に興奮するタチでね。まあ言うなれば、変態好きの変態さ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【性癖】:【変態】
『身体の一部を変容させる』
【性癖】:【透明化】
『身体を透明化させる』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
お読みいただき、ありがとうございました!
次回、屈強な男二人、女子高生、森の中。何も起きないはずもなく……。
本格的な戦いがはじまります。
「面白かった」「先が気になる」「この子いいね!」などありましたら、ブックマーク、評価、感想で応援よろしくお願いします!




