嘘に隠れた、その正体を見せろ!
本物の初心者狩り、その予想だにしない言葉をキバさんにぶつけられ、バッドさんは吠える。
「何を言ってやがる。見苦しいんだよ!」
「報告された手口からして、もう少し頭のキレる奴らだと思っていたが。とんだ勘違いだったようだ」
報告……?
「何だと?」
混乱している私に構わず、話は進む。
「陽彩、アイツを信じるな。ヤツは君を騙した嘘つきだ」
さきほどまで無口だったブーさんまで、切迫した様子で私の前に割って入る。もう訳が分からない。
「それはお前らだって同じだろう? その子に嘘をついているのは」
「何が嘘だというんだ?」
キバさんはその言葉を鼻で笑う。
「そりゃ、何から何までだ。ほんと、演技がお粗末すぎて笑えるよ」
キバさんは笑っていた。人を小ばかにするように。二人に対して自分の優位を誇示するように。それは絶対的な余裕だというふうに私の目には映った。
「考えてもみろ。この森に『初心者狩りが出る』って知ってたのに、何で初心者同士でわざわざここに来る? 襲われるかもしれないってのに」
「それを承知で、ちゃんと装備も整えてきた! 別におかしいことはない!」
「百歩譲って、その主張が正しいとしてもいろいろおかしいんだよ、あんたら」
「何がおかしい?」
「その装備さ」
「装備?」
キバさんはバッドさんの胴に向けて指をさす。
森の中を駆け抜ける一陣の風に吹かれ、二人が羽織る金の刺繍入りマントが大きくなびく。
「だっておかしいじゃないか。プレートアーマーにマント、どちらともかなり高品質で高級なもの。そんなに防具に金をかけてるにもかかわらず、武器を何も装備していないのは」
ギロリと睨む。
言われてみれば、確かに二人は防具こそ持っているものの、両手は素手。武器は持っていない。
「そういうスタイルなんだよ! 文句あっか?」
「まぁ、君らは【性癖】の関係上、武器を装備できないスタイルだもんなぁ。しょうがない、そのスタイルには何にも文句はない」
「武器を装備できない……?」
「そう、【不器用】なあんたらにはね」
その言葉が発せられた途端、私の目の前に立つ二人は身をこわばらせた。あれだけ威勢よくキバさんに噛みついていたバッドさんでさえ、動揺し言葉をうまく返すことができない。
「な、何のことだ? さっぱり――」
「本当にわかりやすいな、お前。いいか、武具屋に行って防具に財産のほとんどをつぎ込んで武器を買わないようなヤツはな、痛いのが嫌いなヤツか、武器が必要ないかのどっちかなんだ。そして、【不器用】の【性癖】は攻撃力を上げる代わりに、武器を装備できなくなる効果を持つ唯一のスキル。だから、このゲームでそんな特殊な防具の買い方をするのは【不器用】持ちくらいしかいないんだよ」
「クッ……」
「そして、そこのルナに君はさっき大事なことを漏らした。自分たちが筋肉好き、すなわち【筋肉フェチ】だということを」
「だったらなんだ、【不器用】で【筋肉フェチ】な初心者はいたらおかしいってのか? なにもおかしくないだろうが!!!」
「ことあるごとに初めてだの、初心者だの、薄っぺらいアピールがいい加減目に付く。初心者に擬態しよう擬態しよう、って強く思いすぎるがゆえに、その行動や言動が違和感でしかない。もう諦めろ、初心者狩りども」
ここにきてキバさんは、さっき二人にぶつけられた言葉を、そっくりそのまま投げ返した。
「んだと!!!」
「バッド、喋るな」
「でも!」
「もういい、喋るな。アニキにメッセだ」
今まで無口だったブーさんが静かに怒鳴った。その声は後ろで聞いていただけの私も反射的に身体が縮み上がるほど、本能的な恐怖心に働きかけるような低くてよく通る声で。
怒られたバッドさんは青ざめ、ただ力なく返事をするだけ。
互いに互いを初心者狩りと主張する両者。
そんななかで、正誤はともかくとしてキバさんは理論的に相手を追い詰め、その結果バッドさんは狼狽えている。状況的にはキバさんの言っていることが正しいのだと思う。
でも、キバさんはさっき私に嘘をついたと認めた。そんな人の言うことを無条件で信じられるだろうか。キバさんが初心者狩りでないとは言い切れないんだ。
でも、私が抱くその不安はあっさりと解消した。
「もう誤魔化しの効く段階は過ぎた。それに、お前にこいつを丸め込めるだけの話術もない」
「ずいぶん潔いじゃないか」
「ああ、そうさ」
キバさんの言うように、ブーさんはあっさりと白旗を上げて、潔く初心者狩りだと認めたのだ。
ブーさんは溜息をつき、髪の毛をかきむしる。
「やはり、二人でいるあんたらのうちどちらか一人を初心者狩りに仕立て上げ、罪を擦りつける。絶対うまくいくから任せろ、なんて言葉を信じたのが間違いだった。普段どおりの手順を踏むべきだったな。とはいえ途中まではうまくいきそうだったんだけどな。そっちの女は信じ込んでいたみたいだし」
彼の言うとおり、私は完全にキバさんが初心者狩りだって信じ込んでしまっていた。
「彼女は純粋なんだよ。俺をAIだって言うがまま信じてくれて、ネームタグの誤魔化しを簡単に納得してくれるくらいには」
褒められているのだろうか……?
「まぁ、彼女のことは置いといてだ。あんたらのその作戦、悪くはないが、相手が悪かった」
「何だと?」
「そりゃ、職務中の警官に向かってお前が犯人だって叫んでるのと変わらないからな」
「そうかお前が運営のとっておき……! それなら、生かして返すわけにはいかねぇなぁ」
私の前に立ち塞がる二人は何かを察し、急に拳を握りしめた。閉じられた彼らの拳は力強さを物語るように、小刻みに震えている。
そんな二人を前にしても、キバさんは不敵な笑みを絶やさず、腕を組んで立ちすくむだけ。
「構えねぇのか? こっちはもういつでも戦う準備はできてんだ!!」
「戦うって、どういう!?」
ブーさんの言葉に私は驚く。
「そういえば説明してなかったか。一応、サポートAIって偽ったからには、最後までそのテイを貫かないとな」
キバさんは驚愕する私を見て、役目を思い出したかのように説明口調で話し出す。
「ルナ! これが最後のチュートリアルだ。このゲームには対人戦闘要素がある。これから始まるのはそのPVP、プレイヤー同士が自らの性癖で殴り合う『性癖決闘』さ!」
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