まさか!? あの人の大きな嘘
「ということは、あなた方も初心者なんですね?」
森の中で出会ったお兄さんは、物凄く嬉しそうな顔で言う。あまりの彼の勢いの良さに、私は圧倒されてしまう。
「まぁ……、私は今日始めたばっかりですけど」
「そうですか! いや、奇遇! 僕らもここ最近始めたばっかりなんですよ!」
なるほどね。彼らにとって私たちはまさに、渡りに船という感じらしい。そりゃ、嬉しくもなるか。
「で、あんたらはなぜここに?」
「クエストの下見をしようと思って、初めて来てみたんですよ。でもこの森って意外と入り組んでるでしょう? だから、迷ってしまって……。それに、こいつもここに初めて来たもんだから、お互い道が分からなくて……」
「それで、遭難したってわけか」
「お恥ずかしながら、そんなところです。でもよかったぁ。これで帰れそうだな」
ついてこい、そう言ってキバさんは私たちを先導する。でも、さっきよりも言い方に棘があるように聞こえた気がする。
「そういえば、まだ名乗ってませんでしたね。俺はバッド。んで、こっちはブー」
「私は……」
そこまで言ったところでふと思う。
あれ? 今の私はどう名乗ればいいのだろう。いや、私のネームはルナだよ? でも、この身体は陽彩のものだし……。
「陽彩です」
悩んだ挙句、そう名乗ることに。だって、今の私は陽彩だからね。
「キバだ」
キバさんはぶっきらぼうに言う。
「いやー、こういうの初めてだけど、よろしくお願いします!」
先ほどまでよりも人が増え、楽しげに森の中を歩いているとなんだか遠足の班行動みたい。あとはグミかチョコなんかを分け合いながら歩けば完璧なんだけど。
歩きながら、二人を見ているとだいぶ対照的。ブーさんは物静かで無口。逆に、バッドさんは初対面の相手に対しても臆せず、旧知の仲であったかのようによく喋る。
こういう人種と話すのは久しぶりだからどう返したものやら……。でも、適当に相槌を打ちながら話を聞いてあげると、凄く嬉しそうに話を続けてくれる。
まぁ、多分だけど、この顔が相手だからだと思う。そりゃ、可愛い子に話聞いてもらえたら嬉しいもんね。ヤバそうな女オタクに話を聞いてもらうよりはよっぽど。美人ってズルい!
話を適当に受け流していたら、話題はいつの間にか服の話に。
「陽彩ちゃん、ブレザーって珍しいよね。好きなの?」
「まあ、好きですよ」
正確には私が好きなんだけど。
「似合ってるよ!」
「ありがとうございます。でも、お二人も素敵なマントですね」
とりあえず相手を褒める。SNSのタイムラインに流れてた、人との会話を無難に乗り切る鉄則メソッド! 使う日が来るとは思ってなかったけど、見といてよかった。
キバさんはAIだからそんなに気にしなくてよかったけど、プレイヤーは向こう側に人がいるから勝手が違う。普段の私の姿だったら、こんなことは絶対言わないけど。でも、ガワが陽彩だから妙に変な自信が湧いてくるんだよね。
「ほんと? 嬉しいね」
とはいうものの、二人のマントは実際けっこう良さげ。燃えるように真っ赤で独特の光沢を放つ生地。襟元には金色の糸で細かく刺繍が施されている。絵本に出てくる王様がつけている感じの、とても高級そうなマント。
「好きなんですか? マント」
「まぁ、そんなでもないんだよね。結構ステータスが上がるってのと、あとは同じ仲間って意味合い的な感じ? 始めたてだと不安でさ、仲間とか欲しくなるじゃん? そんな状況でたまたま好きなものが一緒なこいつと出会ったもんだから、嬉しくて作っちゃったわけ」
「そうなんですか!」
それはそれで何よりだけど、そういう意味合いなら、私は変えた方がいいような気がする。ちょーっと、主張が激しすぎやしませんかね。そのマント。
でも、そんなに誇らしげに羽織ってるマントが好きじゃないっていうなら、この人たちが好きなものってなんだろう?
「あの……。聞いても、いいですか?」
バッドさんの目を上目遣いでしっかり見つめて、ちょっと弱弱しいけどしっとりとした声で聞いてみる。あざと過ぎる気しかしないけど。
「もっちろん!!」
堕ちた。簡単だな!
というかこの身体が強いんだよ。普通の私が聞いても、絶対にこうはならない自信がある。我ながら、もの凄い怪物を生み出してしまったんではなかろうか。
「バッドさんたちの、その共通の癖ってなんでしょうか?」
めっちゃ甘ったるい声で質問。陽彩の声だから聞いていられるけど、元の私でこんな声を出そうものなら、吐き気がするレベルのやつ。
「実はね、筋肉フェチなのよ、俺ら」
「喋り過ぎだ」
「大丈夫だって」
そう言う二人は腕も足も、ポリエステルの肌着がパンパンになるほどの逞しい筋肉。胸板もそこそこ厚い。でも、私……、の方があるもん。あと、腹部は豪華な防具に覆われているが、この分だと腹筋も六つに割れてそう。
「ね? 凄いでしょ? 筋肉」
「そうですね。あとその防具も素敵ですよ」
「陽彩ちゃん、いいとこに目をつけるねー。マントもそうだけどさぁ、結構高かったのよ、これ。このゲーム、意外と防具も大事だからね」
適当に褒めてたら、酔っ払いみたいに上機嫌でベラベラ喋り出したぞ……。もう一人のブーさんは苦虫を嚙み潰したような顔してるし、キバさんはむすっとしてただ黙って歩いてるだけだし。
「そうなんですか!」
「陽彩ちゃん。それ、初期装備でしょ? ダメだよ。今、森に来るならキチンと装備を整えてこないとー!」
うるせぇ、私はブレザーに萌えるんだ。
「でもさぁ、初期装備ってことは、僕らと同じ初心者でしょ? どうして、森にこようと思ったの?」
「そこにいるキバさんにですね、レアな奴らを狩りに行こうって勧めてもらったんです」
「へぇー。ここに来るように勧めてもらったんだ」
バッドさんはそれまでのヘラヘラした様子でなく、その言葉を強調するように言った。
「まぁ、そうですけど……」
「陽彩ちゃん、初心者狩りって知ってるかい?」
明らかに、先ほどまでと空気が変わった。何か嫌な予感がしてくる。
「ええ、知ってます。初心者に狙いをつける、悪いβプレイヤーがいるって。でも、森には出ないって聞きましたよ」
「森に出ない? それは、誰から聞いたのかな?」
バッドさんは優しい調子で聞いてきた。幼い子に何かを尋ねるときに使うような、聞き取りやすくゆっくりとした声で。
「キバさんですけど……」
「へぇ、そう」
バッドさんはしたり顔で頷く。彼のその態度に胸がざわつき始める。
「ちなみに聞くけどさぁ、彼と陽彩ちゃんってどういう関係なわけ?」
「どういうって、初心者とサポートAIですけど?」
私の言葉を聞いた瞬間、バッドさんは私とキバさんの間にするりと割って入り、私をキバさんから遠ざける。
「陽彩ちゃん、そいつから離れた方がいいよ」
唐突にバッドさんの口から放たれたその言葉に、私は度肝を抜かれる。
「どうしてですか!?」
「だってそいつ、嘘ついてるから」
「嘘?」
キバさんを見ると、その顔には影が差していて、目元をうかがうことはできない。
「実はね、初心者狩りって、森に出るんだよ。だから、初心者はなるべくここに来ないように注意喚起されるの。なのに、君は彼に森に行くよう誘導されたわけだ」
その台詞を聞いた途端、冷や汗が額から流れて頬を伝った。それに胸がざわついてどうしようもない。
キバさんは俯いたまま何も言わない。
でも、そんな彼に構わず、バッドさんは刑事モノで推理を披露する主役のように続ける。
「そしてこいつはもう一つ、大きな嘘をついている」
「もう一つの嘘?」
バッドさんは深呼吸。
そして、言った。
「このゲーム、サポートAIなんて存在しないんだから」
その瞬間、ドクン、ドクンと鼓動音が頭に響き、太い縄で締め上げられるように胸がギリギリと痛む。
AIが存在しない?! じゃあ、じゃあ、キバさんは、今まで一緒にいてくれたこの人は、一体なんだっていうの……?!
陽彩の頭脳をもってしても、うまく考えがまとまらない。いや、もう頭ではわかてっる。でも、心がそれを拒んでいるんだ。
「僕らみたいな初心者は傍から見ればすぐにわかる。だから、あいつは初心者の君に目をつけて、近づいたんだ」
「……」
私は声を上げることができなかった。
「そんなことをする理由はただ一つ。初心者を森に誘い込んで、確実に襲撃するため。そうだよなぁ! 初心者狩り!!」
森の静寂を切り裂くように、バッドさんの声が高らかに響き渡った。
「……フッ! クククッ……!」
バッドさんの言葉を受け、キバさんは笑いだす。
「観念したか」
「ああ、確かに俺は、初心者のルナに目をつけ、サポートAIだと嘘をつき、ここに来るように誘導したβプレイヤーだ」
「そんな……」
陽彩を褒めてくれたのも、私たちをボアファングから庇ってくれたのも、憑依をちょっと気に入ったっていってくれたのも、みんな、みんな……!
「でもな」
そう言うキバさんは、この状況でどういうわけか勝ち誇った顔。
「それはお互い様だろう?」
「何?」
私にはキバさんの言葉の意味も、つり上がった口角が表すものも分からない。でもそんな私をよそに、彼はこう言い放った。
「――本物の『初心者狩り』さん」
えっ……? 本物の『初心者狩り』!?
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