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ルナの異常な性愛

7/26 一話まるまる追加いたしました!

「うぃーっす! ボス倒してきましたよっと」


「アイツを倒してくれたのか?! いやー、本当にありがとう! 君なら必ずや、やってくれると思っていたよ!」


 私のその報告によって、シックで落ち着いた雰囲気の喫茶店兼大衆食堂に喜びの声が響き渡る。

 ここは私たちがクエスト出発前に来た、うさ耳クラシカルメイドのかわい子ちゃんが切り盛りするお店「ラビットハッチ」。

 人気店の評判に違わぬ混み具合の中、私たちの目的の人物であるスキンヘッドのおハゲさんは、特定NPCらしく私たちが出発したときと同じテーブルで全く同じ体勢でそこにいた。


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


『牙猪の大牙』を手渡しますか?


 ▼はい  

 いいえ


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 とりあえず目の前に出てきたウィンドウの指示通り、おハゲさんに倒した証拠を手渡してっと。


【ジェフに『牙猪の大牙』を手渡しました】


 その素材を手渡すと、おハゲさんの目にはじんわりと涙が浮かんでいるように見えた。


「うぉっ! 本当に倒してくれたんだなぁ。これは気持ちだ、受け取ってくれ!!」


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

【クエスト:モンスターを追い払え!】 達成!

【報酬:10000円】獲得!


【サブターゲット:大猪の大牙の納品】達成!

【報酬:5000円×2】上乗せ!


【所持金】100000円→120000円


【称号:冒険の始まり】達成!

【称号:気配り屋】達成!

『特定NPCの有効度が上昇』

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「ありがとう! 本当にありがとう! また何かあったら、そんときは頼むな!」


 おハゲさん、改めジェフに満面の笑みで見送られながら、私は自分が座っていた席に戻る。まぁ、相変わらずキバさんと相席だけど。


「ふぃー。これにてクエスト達成! ってことでいいんですよね?」


「そうそう、依頼主に納品までこなして1000%合格さ」


「っていうか、サブタゲだったんですね。素材の方は」


「たまーに、サブタゲが隠れてる依頼もあるのさ。まぁ、サブタゲの恩恵は一回こっきりだがな。

 自分の相棒(バディ)とイチャイチャするのもいいが、この世界(フェチフロ)では『NPCの依頼を解決してゆく』そういう王道的なプレイもありってことさ。現にそういうのを専門にこなしてる奴らもいるくらいだ」


「世の中いろんな人がいるもんですね」


 キバさんとそんな会話をしていると、このお店の名物店主がテーブルに注文を運んできた。


「お待たせしました! ご注文のアイスティーとお紅茶でございます!」


 彼女は小首をかしげて長いうさ耳をピョコリと揺らし、ニコニコと愛想よく私たちに頼んだ品を差し出してくれる。


「まぁ、私は――」


 彼女が前かがみになったおかげで目の前に差し出されたうさ耳に、ふーっと吐息をかけてみる。


「ひゃうん!」


「こういうかわいい子に憑りつく方がよっぽど好きですけどね」


「いくらキバさんのお連れの方とはいえ、こ、こういうことは、もっと仲が良くなってからですね!!」


「ごめんねー」


 そう言い残し、うさ耳メイドのかわいこちゃんは顔を真っ赤にして仕事へともどっていった。


「あー、かわいい反応だったなぁ……。ぜひ憑りついて可愛い声を存分に堪能したい」


「あのなぁ……。というか彼女もプレイヤーなんだから、あんまり困らせるよ」


「そうなんですか? 割と満更でも無い感じだからNPCだと」


「それは彼女の【性癖(スキル)】が【ご奉仕】だから、お客であるお前を喜ばそうと頑張ってるだけだ」


 なんか響きがエロイ、【ご奉仕】って。そんな【性癖(スキル)】まであるんだ、このゲームは。


「言っておくが、彼女が【ご奉仕】のスキルを持っているのは真のメイドを目指してのことだからな」


「よくご存じですね。キバさんは彼女に【ご奉仕】してもらったクチですか? 口でですか?」


「バカ言うな、変態。このゲームにだってきちんとレーティングは存在してる。僕はただ彼女の師匠と仲がいいだけだ。あの猫、お喋りなのが悪い」


 私のからかいにキバさんは呆れ顔で答える。


「それに、ルックスと言ってることのギャップが凄い」


 ギャップ? 別に私は下ネタ全く言わないような見た目ではないけどね。


 そう思っていると、彼は湯気の立つティーカップに口をつけ、ふぅと一呼吸。


「というかだ、君は忘れていないか?」


「何をです?」


 ついには大きなため息までつかれる始末。


「じゃあ聞くが、お前は誰だ?」


 私の姿を頭の先から爪先までまじまじと見つめて、キバさんはそう言う。

 なーんか変なこと、聞いてくるね。私にはその言葉の意味がいまいちピンとこない。


「……ルナですけど?」


「お前の中身は、だろ? ほら見ろ」


 キバさんはまだ中身の入ったティーカップを私の方へ、静かにスッと差し出す。

 私の頭は疑問でいっぱいだったが、言われた通りにティーカップを覗き込む。


「……あ゛っ!」


「やっと気づいたか……」


 紅茶の水面(みなも)に映っていたのは、黒髪ロングの清楚系美少女。すなわち、陽彩の姿。


 そうだ! 私は陽彩に憑依してたんだった! あまりにもナチュラルに憑りついていたのと、ボアファングに勝った達成感でそのことすっかり忘れてたぁ! というか『憑依者が憑依したことを忘れて、身体が違うのに元の自分まま過ごす』、っておいしいシチュエーションをスルーしてたのか! 私のバカ!!


 でも、危うく陽彩の意識は私に塗りつぶされてしまうところだったんだ……! そう考えたら一気に胸がかあっと熱くなってドキドキする……!


「お前がその自覚を忘れてどうする。それじゃあ、憑りつかれてる陽彩も泣くぞ……」


「多分、私が憑りついてる間は陽彩の意識ないと思います。でも、私が認識できないところで、本当は泣いてるかもって考えたら……凄くキュンときますね!!」


「僕にはよくわからんが、楽しそうでなにより。好きなんだな、憑依」


「もちろんです! どのへんがいいかといえばですね! やっぱりさっきキバさんも感じたギャップ、そこが堪らないんですよ。だって考えてみてください? さっきまであれだけおしとやかだった陽彩が、普段は絶対に言わないであろう下ネタとか、性癖の話に花を咲かせてる変態になっちゃってるんですよ? 興奮しません? しますよね?」


「それは君が憑依しているからだろうに」


「その前提は考えないで! 普通は憑依されてるかどうかは分からないんですから! だから、傍から見たらいきなりこうなって見えるんですよ? どうです?」


 若干たじろぐキバさん。その表情は、はにかんでいるものの固い。


「まぁ、わからないこともないかもしれない」


「本当ですかぁ?」


「残念ながら、僕にはそういう(へき)はない。でも、そんなに目を輝かせて熱弁されたら、ちょっとは気になってくる」


「マジ!?」


「まぁ俺には分かりそうにもないが。でも実に素敵な性癖だと思うよ」


 キバさんは私をからかうように、そう付け足した。でも、まんざらでもなさそうなその顔を見ると、本当にちょっと気になってくれたようで嬉しい。それに、わざわざ組んでいた足を解き身を乗り出してまで、こんな変人の話を聞いてくれたことも。家族にも聞いてもらえないような話なのにね。


「正直言えば、『誰かに憑りついて、好き勝手したい』なんて、今まで見たことも聞いたこともないな」


 マイナー性癖であることの自覚はあるけど、この世界(フェチフロ)でも超マイナー性癖なのかぁ。


「まぁ、私くらいでしょう。そんなことを日常的に考えてるのは」


「もしかしたら、【特殊性癖(ユニークスキル)】かもな。それ」


「【特殊性癖(ユニークスキル)】?」


「βテスト時代、あまりにも嗜好が特殊過ぎてただ一人しか目覚めることのなかった【性癖(スキル)】がいくつもあってな。そういうただ一人しか目覚めていないヤバ目の【性癖(スキル)】を俗に【特殊性癖(ユニークスキル)】とみんなは呼ぶ」


「じゃあ、私は度を越した変態の仲間入りってことですか?!」


「まぁ、ユニーク持ちはある種、選ばれしプレイヤーともいえるさ。その分効果も相応なんだから、存分に誇ってゆけ」


 いや、存分に誇っていけと言われましても……。『この世界で唯一の存在』ということは嬉しいけど、同時に得られる『アブノーマル過ぎる変態』ってのはこの世界でも異端扱いされているみたいでなんとなくうーんな感じ。素直に喜べない感じがして複雑な心境だった。


 そんな話をしていると、キバさんは手首の腕時計を確認する。


「さて、そろそろ時間かな」


「時間?」 


「そう、そろそろVRギアの推奨連続稼働時間を超えてしまうからね」


 キバさんに言われて思い出す。そういえばあったなそんなの。

 フルダイブ式VRは脳波接続という方式を取る以上、常に脳が働いている状態になるため長時間の連続した使用は身体への負荷が大きいと言われており、ゲームの安全な運用のためにメーカーは推奨連続稼働時間というものを定めている。とはいえ、そういうことに敏感になっていたのはフルダイブ式VR黎明期の話であり、技術が進歩した現在ではほとんど気にしなくて良くなっている。だから、この決め事は小さい子がするときならまだしも、この歳になってそれを素直に守る奴なんかほとんどいない、形骸化したルールなのだ。


「大丈夫、大丈夫! そんなん、別に気にしなくても大丈夫でしょ」


「それを運営が管理するAI(ぼく)の前で言うか」


 あ、そうだった。この人、プレイヤーじゃなくて、運営(あっち)の使者だった。コンプラがしっかりしているだけあって面倒……じゃなくて、しっかりしているなぁ。

 普通にもっとやっていたいけど、運営サイドに怒られてしまってはしょうがない。


「正直、ゲームこっちにずっといたいんですけど」


「まぁ、しゃーないさ」


「だって現実(リアル)辛いんだもん!!」


 心からの叫びを口にした私を、キバさんは同情するような目で見つめてくる。


「だったら、次来てくれたときには、もっといろいろと楽しいことを紹介しよう」


「楽しいこと?」


「そう。もっと陽彩くんと性癖を深められるようなね」


「マジ!?」


「ああ」


 キバさんは満面の笑み。そんな表情を見てしまったら、『楽しいこと』に期待せざるを得ない。そう思いながら私はこの世界(フェチフロ)からログアウトし、現実へと帰還したのだった。

【ご奉仕】

『他人に対して使用、提供するアイテム、スキルの効果量を上昇させる』


いたって健全な【性癖スキル】ですよ!

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