恋愛のススメ
この創作文は俵万智の『サラダ記念日』の短歌をもとに作ったものである。「いつもアメリカン」では最初は幸せな気持ちでいっぱいな二人だが些細なことがきっかけでだんだん心が離れていく情景が9つの短歌で詠まれている。創作文では他の登場人物を入れず、二人だけに焦点を当てることで男女の距離感や恋愛の感情の微妙な移ろいを読者が感じ取れるように配慮した。他にも、主人公の視点から書くことによって主人公の恋愛での奇妙な行動や考え方を読者により理解しやすくした。
そして、短歌の31文字では表現しきれない部分を具体的に描写した。例えば、筆者が選んだ「トンカツにソースをじゃぶとかけている運命線の深き右手で」をもとに創作文では何気ない仕草が目に焼きつくほどに主人公が彼女に惹かれ、二人の将来を期待する心情を描写した。また、「もうそこにサヨナラという語があって一問一答式の夕暮れ」をもとに具体的な会話を考え、二人の話が続かず質問に答えているだけの情景を表した。
さらに、文章を回想形式にすることで読者に最後まで興味を抱かせる工夫をした。創作文に散りばめられているモチーフは二人の行く末を暗示している。相手をよく理解しないまま接していると、後に予期せぬことが起こるということを示している。二人の関係をあえて間接的に表現することで読者に想像する楽しみを与えている。
「えー本日、島波新書大賞を受賞なさった佐藤駿様にお越しいただきました。受賞したタイトルは「恋愛の方程式」。その名の通り、さまざまなシチュエーションを想定し、その時に応じて完璧な返しができるように丁寧に書いてあるそうです。」
「おー!」
「ちなみに佐藤様は恋愛経験がありますでしょうか?」
「はい、一人ですけど。ですが、その一人の女性のおかげでこのような本が書けました……」
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大学生の頃の僕は自分のことを完璧だと思っていた。スポーツ万能、イケメン、好奇心旺盛、挙句には東大医学生。だが、ある夏の日僕は致命的な欠点を見つけてしまった。それは恋愛経験。遥か下の人が持っていて、僕にはないもの。急いでその欠点を直すべく、図書館に行っていろいろな恋の本を漁った。でも、所詮は本。自分で体験しなくちゃ分からないと悟った。他のことは完璧だった僕にはたくさんの女子からお誘いがくる。それを使って、データを取ろう。そう僕は思っていたのだった。たくさんの女子の誘いから僕は一人選んだ。もしかしたら、運命だったかもしれない。彼女の名前は橋本 舞花。
彼女は承諾し、彼女の家の近くの有栖川公園で待ち合わせした。僕は待ち合わせ時間の10分前に来てこれから回るところを考えていた。橋田 雅美だっけ。可愛いだろうがブサイクだろうが関係ない、これは僕の欠点を治すためだから。待ち合わせの時間から10分過ぎた頃、彼女はやってきた。彼女の顔立ちは整っていた。美人というべきか。鼻は小さめだが目はくっきりとしていて瞳は大きくやや黒目がち。まつげも長く、やや上向きにカールしている。その目にかかる長さで、黒い前髪が一直線に切り揃えられている。後ろ髪はボーイッシュでスッキリしている。
「ふむ、好みではないが美人だな。合格点だ」
口から言葉がこぼれてしまった。あっと思った時にはもう遅かった。彼女は驚いた表情になり変な目で見てきた。
「なんで、初対面の人にそう言えるんですか?やっぱ、性格悪いと思ってましたよ。」
彼女は拗ねてしまった。僕は慌ててしまい、今言ってはいけないことをまた言ってしまった。
「だって、君は僕にメールアドレスをくれただろ。その意味は僕のことを好意的に見てるってことではないのか。な、な、なのに、なんだその態度は。しかも、10分も遅れて。」言ってからハッとなった。彼女が引いた目で見てきたからだ。僕も気づき黙ってしまった。妙な空気が二人の間に流れ、周りの人はなんだなんだという目で見てくる。2分いや、5分ぐらいたっただろうか。彼女はため息をつき、口を開いた。
「私の友達が勝手に送ったんです。私のメールアドレスをあなたに。あと、遅れてきたのは私の行きたくないっていう気持ちの表れなの。本当は行きたくなかったけど友達からあとで話を聞かせてねって言われたから、行かないといけなくなったの!」
僕はあっけにとられてしまった。話の内容というより、彼女がこんなにたくさん話せることに驚いてしまった。見かけによらないんだなあっと思った。しばらく、頭の中で考えていると彼女の言葉が頭に響いてきた。
「何ぼけっとしてるのよ。こっちは付き合ってあげてるの!何もないなら帰るわよ。」
そう言って背を向け帰ろうとした彼女を僕は慌てて止めた。
「なら、こちらにも好都合だよ、雅美さん。実は僕は付き合おうと思ってないんだ。ただ、僕の欠点である”恋”を克服したいと思ってるんだ。好きにならなくていい。ただ、恋っていうものを経験がありそうな君に教えて欲しいんだ。頼みたいんだがいいだろう?」
僕は必死の思いでお願いをしたつもりだ。その思いが通じたのか彼女はこちらを向きニヤリッと笑った。
「まさか、東大医学生にこんなにお願いされるとはね。いいよ。けど、条件がある。3ヶ月だけ教えてあげる。そのあとはもう関係なしね。わかったかね、スマート君?」
「うん、いいよその条件で。でも、僕の名前はスマート君じゃない。佐藤 駿様だ。」
そう言うと彼女はため息をつき、僕に言った。
「自分に様をつけない。これはすぐ直そう。女性というものはナルシストを嫌うんだよ。メモしといてね、駿君。」
その日は体が焼けるような暑い日だった。
彼女は早速日にちを決めて会うことを約束してくれた。そして、その会う日になった。僕は10分前に前と同じ待ち合わせ場所の有栖川公園に着いた。彼女は時間ちょうどに走ってきた。
「ごめん、待った?」
彼女は手を合わせて、謝ってきた。
「遅いぞ、誰を待たしていると思っているんだ!東大医…」
ちらっと彼女を見るとものすごく嫌な顔を僕に向けていた。僕は頭がいい。だから、嫌なことを言ったのだなって分かった。それで続けるのをやめると彼女はため息をつき、
「じゃあ、どこいく?男性がエスコートするのが基本でしょ。」
と聞いてきた。僕は地図を広げ、あるところを指差した。
「予約しているトンカツ屋がある。そこに行こう。」
そう言って歩き出した。彼女が理由を聞いてくるけれど、無視してズカズカと。
トンカツ屋に着くと店員に名前をいい、奥の座敷に案内してもらった。トンカツを二つ注文し、待っていると彼女が理由をずっと聞いてきた。
「それでなんでここを選んだの?トンカツ屋って初めてのデートで来ないよ。」僕はうるさくなって、
「いや、たまたまだよ。なんでそんなにうるさいかなあ。」
そう呟いた。その瞬間、彼女が泣きそうになり黙ってしまった。そこからは沈黙の時間が続いた。店員がトンカツを二つ持ってきたので彼女がソースをかけ、食べ始めた。その彼女の右手にある運命線がくっきり見えたことを僕は覚えている。
食べ終わると支払いをし、外に出るともう日が傾いていた。僕はこれで別れるのは勿体無いと思い、何か喋れることがないか探した。
「美味しかった?」
彼女は首を縦に振った。
「トンカツ屋でよかった?」
彼女は首を縦に振った。
「また、会ってくれる?」
そこで彼女の首は一瞬止まったが縦に振ってくれた。
それで僕らは次の日を決め、サヨナラを言い別々に家へ帰った。
それから、僕は猛勉強した。エスコートも学び、口調も変え彼女に合わせようとした。そうすると彼女に笑顔が出てきて、最初の頃の強気な女の子に戻ってきた。それを見ていると僕は嬉しくなり、もっと頑張ろうと思った。付き合って二ヶ月経ちクリスマスシーズンになった。僕は彼女といつもの有栖川公園で待ち合わせをし、クリスマスディナーを食べに行った。食べ終わると一緒にアメリカンを飲んだ。彼女は
「いやー、成長したね。いい雰囲気の店を予約し、エスコートも完璧。ちゃんと口調にも気をつけているし…最初に会った頃とは全然違うよ。」
僕は嬉しくなって、
「あの時は人のことを考えてなかったからね。今はちゃんと人の気持ちも考えられるし、楽しめる方法もわかる。あ、そうだ。」
僕は彼女にプレゼントをあげた。プレゼントは小型の黒いノート。彼女が将来の夢として掲げていたイベントプランナーに使えるようにと。彼女はすごく喜んでくれた。一生大事にするって言ってくれた。すごく幸せな気持ちで僕の胸の中はいっぱいだった。その日も正月に会う約束をして別れた。このままの生活が続くと僕は思っていた。
12時になり、年が明けると僕は分厚いコートを着て家を出た。彼女の家の近くの有栖川公園を目指した。分厚いコートを着ているのにも関わらず寒く、かじかんだ手をポケットに入れながら歩いていた。坂を登った頃に雪が降り出し、停められていた車が真っ白になった。そこを通り過ぎ、白い息を吐きながら予想より2分遅れの12時7分に有栖川公園に着いた。待ち合わせ時間の12時15分まで時間はある。僕はなぜだかわからないが凍った噴水を眺めていた。そこに二羽の鴨が降りてきて、凍った水に入ろうとしていた。その時、なぜ深夜に鴨が水浴びに来たのか不思議に思わなかったのだろう。その二羽のうちの一羽のオスはくちばしを使い、氷を壊そうとしていた。メスの方は入れないとわかったのか、飛び立って行ってしまった。オスは取り残されているとは知らず、くちばしで氷を割ろうとしていた。僕はあっけにとられていたが彼女との約束を思い出し時計を見た。時計の長針は16分を指しており、それでも彼女は現れなかった。遅れたのかなと思って待ってみても来ない。時計の短針が1を指しても現れなかった。そうして、僕と彼女の関係は終わった。
その後、僕は風邪を引いた。39度の熱が出て鼻水が止まらず、立つこともままならない。それでも、僕は彼女のことを忘れなかった。どうして来なかったのか?まだ、三ヶ月の期限まで10日もあったのに。毎日、自問自答した。熱が引くと僕は連絡先をくれた彼女の友達に聞いた。その子によると彼女の両親の会社が倒産し、夜逃げしたらしい。なぜ気づかなかったんだ?東大生として何か出来たかもしれないのに。自分を責めて責めまくった。彼女を探そうにも何も知らなかった自分に何もできない。友達に聞いてもわからない。見つけても何を言えばいいのかわからない。一時は自分も見失った。でも、彼女が教えてくれたことを忘れることはなかった。そうして、彼女への感謝を込めて本を作った。それが「恋愛の方程式」だ。
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「.....彼女のおかげで自分を改めたくさんの人を喜ばせるような本をかけました。彼女のことは気かがりですが多分、どっかでうまくやってると思います。僕は自分なりに頑張って、これからも医者でありながら本を書き続けたいと思います。」
拍手が会場から巻き起こった。その後、司会者が
「えー、これにて佐藤様のスピーチを終わりにしたいと思います。5分後には佐藤様のサイン会を行います。みなさまはそれまでどうぞごゆっくりして行ってください。」
僕は一旦パーティー会場を出て楽屋への道を歩いていた。彼女とのさまざまな経験を思い出し、ハーとため息をついた。その時、
「よくないですよ。昔の女性を思い出して、ため息つくのは。あなたはこのパーティーの主役なんですから。」
僕はその声のする方に振り向くとそこには黒い使い古したノートを持ち、壁にもたれかかってる美女がいた。
「あのー、どちら様でしょう。ここは部外者立ち入り禁止なんですが。」
すると、美女はくすりと笑いこちらに近寄ってきた。そして、僕の方を見てこういった。
「初めてましてかな?いや、久しぶり駿くん。自己紹介するね。私の名前は橋本 舞花。このパーティーの主催者です。」
この不思議な関係を描けるのが小説のいいところだと思ってます。