合成魔人
「人……じゃ、ないよな。」
男はしばしの間それを見ていた。
人ならざる者。いや、物か。
どちらにせよ男にとってはとてつもなくどうでもいい存在であった。
「はぁ、なんでこんな人里にこんな化物がいんのか。お国もまだまだだな。」
ハハッ、と乾いた笑いが出てくる。
「…………」
対して化物は何も音を発さない。
どこかを一心に見入っているようでこちらの存在には全く気付いていないようだった。
男は黙って化物の奥に位置する小さな家屋に足を運ぶ。
ザッと村の敷地に足を踏み込んだその瞬間。
ーー地が抉れた。
「⁉︎」
すぐさま飛び上がり回避したのも束の間、畳み掛けるようにして化物の蹴りが襲いかかる。
よくよく見れば人の姿にどことなく似ている気がしなくもない。
肉を食いちぎる肉食動物さながらの牙。
獲物の骨まで切り裂くであろう鋭い爪。
そして赤く紅く血走り獲物を真っ直ぐ見据える二つの眼球。
それらはそんじょそこらをうろつくような危険な魔獣と大差ない。
些細な違いとしては、
人間のように二足で立っていること。
人間と似た服を着ていること。
そして何より、体の使い方。
「こいつっ、【合成魔人】か‼︎」
瞬時に腕を十字にして受け身を取ったが、威力を殺しきれず遥か後方に飛ばされる。
男は化物を【合成魔人】と言った。
【合成魔人】。
元は【合成魔獣】と呼ばれるモノだったのだが、道の外れた外道な研究者達が人間を材料に魔獣と合成しできた存在が【合成魔人】である。
しかし国によって、研究者達は牢獄に入れられているか既に死刑を執行された者となっており、【合成魔人】の製造過程も、方法を記した書類の数々も禁忌の書物として封印されている。
つまり現在では【合成魔人】を作ることは不可能に近いのである。
「だが、何故だ。何故こんなところにそんなあり得もしない化物がいるんだ。」
【合成魔人】が、見つかったのは約二十年前。
研究者達が捕まり、製造過程の書類などが禁忌の書物とされたのが約十五年前。
十五年間。
短いという人もいれば長いという人もいる時間。
こんな化物の報告なども無く平和な日々を享受する時間。
であった。
既に過去形。
現在進行形でその平和は過去へと移り変わってしまった。
国が管理しているはずの禁忌の書物。
考えられるのは、
「ハッ。国も腐りきったものだな。そんなに力が欲しくなったか!軍に支配される国はこれだからイヤになる!」
国が隠密に研究を再開したということ。
男は足を踏み込む。
前方には走って襲いかかりに来る【合成魔人】。
男は狙いを定め、口早に叫ぶ。
「"汝の魂よ、幸あらんことを"」
すると、男の左手に銀の剣が出現する。
男は走り出す。
そして迷うことをせず、ただただ殺すことだけを考えて走る【合成魔人】の心臓部をめがけてすれ違いざまに突き刺した。
「ギャアアアアアァァァァァァァァァァ‼︎」
【合成魔人】の苦しみに叫ぶ断末魔が辺りに響き渡る。【合成魔人】の胸には深々と剣が突き刺さっており、取ることができずにいる。
胸からはどくどくと赤黒い液体が噴水のようになって飛び散り、地面に赤い赤い花を咲かせていた。
男はそれを振り向くことをせず背中越しに呟いた。
「すまないな。それは、お前みたいな合成の奴らには触れない代物なんだよ。」
ポツリポツリと、喚く【合成魔人】に対して言葉を連ねていく。
「その剣はな、白魔法を付加させてるんだよ。それも特別性のな。普通の人間に刺しても傷一つ残らない。効果はないんだ。だけどな」
溢れ出る鮮血を止める事も出来ず、喉が潰れ叫ぶ事も出来なくなってしまった【合成魔人】は為す術なく地に倒れ伏した。
それでも男は振り向かず、虫の息となった化物に言やる。
「お前らは別なんだ。」
既に生き絶えた化物をようやく見た男は、淡々と言う。
「普通の人間に効かないのなら、何に効くんだろうな。普通の動物にも効かないんだからな。答えは簡単だ。普通じゃなければ効くんだよ。お前達は普通だった身体を、望む事なく弄られただろう。それで普通ではなくなった。残念だったな。」
淡々と言う。目の前で急速に朽ち果てていく人間だった身体を見据えながら。
その瞳は悔しさと悲しさが渦巻いていた。
「"汝の魂よ、幸あらんことを"……。
俺の対【合成魔人】用の魔法だ。次は静かにそして平和に暮らせればいいな。」
男はそう言ってそこから立ち去った。
立ち去って奥にある小さな小屋の中へ入って行った。