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ショートショート習作4 「代用」「東京」「レモン」

作者: モルモリ

 廃都・東京。そこではあらゆる「偽物」が集う。ゴミで埋め立てられた島のごとく、今日も今日とて紛い物が集結してこの街を構成し、そして最後には街の排泄物として消えていく。


 その日は市が立つ日だった。陸路、海路、空路。あらゆる道を通じて運び込まれた物資がこの場所に流れ込んで市場を形成し、高く売り抜けようとする売り手と安く買い叩こうとする仲買人の喧々諤々たるやりとりで空間は埋め尽くされた。

 うず高く積まれた商品と無法則に仕切られた店により、市場はまったく見通しの効かない巨大な迷路のようになり、新顔であろう商売人たちは途方に暮れた顔で右往左往している。それを見た老獪な売り手たちは、獲物を見つけたとばかりに新顔たちの腕を取り、服を引っ張り、相場以上で物を売りつけようとする。競合するであろう仲買人たちはそれを鼻で笑いながら、ハイエナのごとく目的の品を目ざとく見つけ、売りてをなだめ、すかし、時には怒鳴りながら仕入れを済ませていく。


 そんな混沌の渦と化した市場の中を、一人の男が慣れた足取りで歩いて行く。商売人たちの騒々しいやり取りに耳を貸さず、道を構成する品々に目もくれず、その歩みには迷いがない。やがて男は、喧騒から遠のいた一角にある店にたどり着き、店先で暇そうに新聞に目を通している店主に声をかける。

「よう、やってるかい。」

 気安くかけられた声に店主は顔を上げ、気怠げに手元の新聞を畳みながら応じた。

「あんたか。一応やってるよ、こんなんでもな」

 ため息交じりにそう言いつつ、店主は商品が陳列された店内を目をやる。つられるように客の男も店主の視線を追うように店の中を見回した。

 その店の品揃えは、ここにたどり着くまでに通ってきたどの店よりも貧相だ。棚の品の数は数えるほどしかしかなく、その量も棚にちょこんと収まる程度。こんな外れの場所に店があるのも、売上が伸びず、市の中心から押し出されたためだろう。活気のない店は、大繁盛する店と同じぐらい周囲から嫌われる。消費者を熱狂の渦に落とし込むことが、商売の鉄則なのだ。熱狂に冷水を浴びせるようなしょっぱい店は、周りから爪弾きに合うのが道理である。

「一頃に比べて寂しくなったもんだ。」

 男は遠慮無く言う。ふん、とひとつ鼻を鳴らしてだけで、大して気分を害した風でもない。

「まあな。いまどきこんな商いしてりゃあ、客も離れるだろ。」

 棚に置かれた商品をみやりながら、店主はそう零す。

 そこにある商品は、生鮮食品だった。肉、魚、野菜、果物・・・。新鮮というにはやや日が経っている感があったが、紛れもない「本物」の食品だった。


「ま、流行らない商売でもやってけねえことはない。あんなみたいな物好きがいるからな。」

 客の男に視線を戻した店主がにやつきながら言う。聞いた男は顔を顰め、店主に顔を向けずに答える。

「別に物好きで来てるわけじゃない・・・。旦那に言われてこんなところまで来ているんだよ。」

 言って、男はもう一度棚を眺め回す。そして棚の一角に目を留めると、そこにあった食品に手を伸ばした。男が「それ」を手にとるのを店主はつまらなさそうに見やる。

「旦那ねえ・・・。毎度毎度使われてあんたも大変だな。そんなもんのためにここまでくるんだからよ。」

「仕事だから仕方ない。それに旦那もこれが好きだからな・・・。これ一つくれ。」

 男は言いながら店主にそれ------レモンを軽く放り投げた。レモンは黄色い放物線を描いて、慌てて手を出した店主の手に収まった。

「ったく、使いで来てんなら買ってもいないもんを粗末に扱うなよ。」

 ぶつくさ言いながら、レモンを小さなビニル袋に入れて客の男に突き出した。男は受け取り、代金も店主に渡す。

「毎度あり。ああ、一応言っとくけど潰したりしないようにしろよ。汁がかかるとサビが来ちまうぞ。」

「わかってる、ありがとよ。」

 店主に背を向けた男は、腕を------完全に機械化された腕を軽く振って、店を出た。


 男は先程抜けてきた喧騒を戻り抜けて、自分の体、先程買ったレモン、そして自分の主を想っている。自らの身体を機械に置き換えることが珍しくないこの時代、完全に生身の人間は少なく、またそのために、機械化しない体を持つ人間は保護生物のように扱われていた。

 総身を機械化した彼にとって、食事とは空になったバッテリーを積み替えることだ。主のように本物の食品を口にする必要はすでにない。効率の良さ、簡便さを考えれば本当の食事を攝るよりも機械人間のほうに分があるのは明らかだ。けれど・・・。

 寒々しいな、と彼は思う。代用品の体を得て、生きる苦労が減ったのは確かだ。寿命も限りなく伸びた。しかし、生身であった頃と比べて生活は無味乾燥に感ぜられる。対して彼の主はどうだろう。老いさらばえた体には延命の管が無数に繋げられ、まともに動くこともできない。呆けた頭で周囲に当たり散らしたかと思えば、意味もなく楽しそうに笑う。まるで子供だ。ただ、食事だけは心からの、本当の喜びを感じているのがわかる。そして、食事を楽しむことをできない周囲の機械たちを見下しているのもはっきりとわかるのだ。


 市場で馬鹿騒ぎを行う、バカにされていることも気づかない機械化された人々・・・。


 考えるうちに彼は無性に腹が立ち、足を止め、静まることのない市場を振り返る。


 そして、おもむろに提げたビニル袋からレモンを取り出すと、抜けてきたばかりの喧騒へ向けて投げ込んだ。レモンは大きく弧を描いて、喧騒を作る人だかりへ消えていく。しかし、人々は別段気にした様子もなく、騒ぎ倒している。

 彼は重い息を吐き出し、今度はもう振り返らない。主への言い訳を考えつつ、市場をあとにした。

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