時間切れ
全てのテストが終わった週末の土曜日。
テストが終わったと言う解放感と春らしい健やかな天気が、外出への意欲を刺激させる。
テスト勉強をほとんどしなかった私も例に漏れず、外出したくて、今日は一也くんとのデートを決め込んでいる。
一也くんとのデートは、いつも一也くんがプランを考えてくれる。
そのプランは完璧で、私が行きたい場所をちゃんと分かってくれてるし、お腹の空くタイミングも休憩したいタイミング、トイレに行くタイミングさえも分かってくれる。
約束の時間は13時。
今の時間は12時30分。
カーテンの隙間からそっと下を見てみると…やっぱりもう来てる!
美優の視線の先には家の前の壁に寄りかかって、文庫本を読み耽っている一也くんの姿があった。
太陽の光をいっぱいに浴びている一也くんは自分自身から金色のオーラを発しているかのようにキラキラな天使に見えた。
ああ、あんなに綺麗な人が美優の彼氏だなんて今だに信じられない。
姿を見たら、一秒でも早く一也くんの側にいきたいと思ってしまい、急いで仕度を済ませて、美優は下に降りて行った。
*********
「すごーーーい、一也くん、今日のハイスコアだよ」
「美優が隣にいてくれたからだよ、ありがとう」
モデル並の笑顔を美優に向けてくれる。
美優たち二人が向かったのは、ストレス発散にうってつけのゲームセンターだった。
基本何でも出来て手を抜く事ができない一也くんは、何をやっても天才的レベルでクリアできる。
その中でも、一也くんの一番得意なのは、バスケゲームである。
バスケのゴールにひたすらボールを入れるだけのゲームであるが、一也くんは鮮やかなフォームでボールをゴールに入れていく。
本日のハイスコアの300を悠々越え、650と言うスコアを叩き出したのだ。
「ちょっと喉乾いてきたね」
「美優、買ってくるよ」
「え?ダメだよ、美優を一人で行かせるなんてできないよ」
「いいから、自販機すぐそこだよ!美優一人でも大丈夫だから」
「でも…」
「いいから、いいから」
まだ何か言いたそうな一也くんを置いて美優は自販機に向かった。
何にしようかな?
一也くんはブラックのコーヒーとか好きだけど、あれだけ汗かいてたから、スポーツドリンクの方がいいかなー?
ビタミンCとって欲しいからオレンジにしよぉかな?
ここは、ポイントアップのチャンスだよ。
一也くんが欲しいドリンクを今的確に選べは、
『美優はすごいね、ありがとう』
って誉めてくれるに決まってる!
うーん、どうしよう?
何て悩んでいたら、肩を叩かれた。
振り返るとチャラい感じの男性が二人いた。
「かーのじょ、何してんの?」
「オレたち今暇してるんだけど、良かったら一緒に遊ばない?」
な、な、何これ?
どう言うこと?これが俗に言うナンパってやつ?
どうしよう?
「ねぇーねぇー、少しぐらいいいでしょう?」
一人の男の人が私の腕をつかもうとした時、
「美優、このぬいぐるみって美優の好きなアニメのやつだよね?」
男の人の腕を片手で掴み、もう片方の手で淡いパステル色のユニコーンのぬいぐるみを私の手に置いてくれた。
このユニコーンは私が今一番好きなアニメに出てくるキャラクターだった。
「お前、何?」
腕を捕まれた男が一也くんの手を振り払おうと動かしたが、微動だにしない一也くんの手に、強張った表情でもう一人の男性を見た。
「その手離せよ」
「彼女はオレの大切な人なんだけど」
私には見せたた事のない冷ややかな笑顔
の一也くん。
笑顔がこんなにも怖い物なんだと感じた事は無い。
人はこんな風に笑顔を浮かべる事ができるんだと恐怖を感じてしまった。
男の人たちも、ヤバイと思ったのだろう。
「あ、彼氏連れって知らなくて」
などと訳の分からない事を言って、足早にその場を去って行った。
「か、一也くん?」
「ジュース何飲む?オレがおごるよ」
「あ、えっと…私が買うよ…」
「美優は甘いのが好きだからやっぱりココアかな?やっぱりバナナオレかな?」
「一也くん…」
何も無かったように自販機にコインを入れた一也くん。
赤い明りが点灯するのを見て、どれにしようかな?なんて指を動かしてたけど。
ふと動きが止まった。
「…何で声なんて掛けられてるの?ばぁか」
え?聞き間違い?
一也くんが言うのとは思えない言葉が聞こえるか聞こえないぐらいの大きさで耳を通り過ぎた。
白い頬を朱色に染めて複雑な表情で前を見詰めていた。
「ねー、美優はオレの事好き?」
きゅ、きゅ、急にどうしたの?
でも、考えてみたら、一也くんの事を好きって口に出して言ったこと無かったかもしれない。
「オレは美優の事好きだよ…だから、美優の気持ちが知りたいんだ…」
ゆっくりゆっくり掠れた声で言う一也くんに何て答えていいか分からなくなる。
「美優は…」
美優が答えようとしたその時。
自販機の赤い点灯がパッと消えた。
「はい、時間切れ」
一也くんは振り返り、私の顎をグイと持ち上げると、唇を近付けた。
一瞬のキスだった。
それがキスだと理解するのに結構長い時間がかかった。
わ、わ、わ、美優、今、き、き、キスしたの?