プロポーズ
「おはよう、今日もとてもいい天気だね」
朝、玄関の扉を開けると今日の天気よりも爽やかな一也くんの笑顔があった。
美優が約束の時間よりもどんなに遅れても怒った事がない。
反対に私がごくたまに早く出てしまった時も一也くんはそこにいる。
不思議に思い以前、『一也くんは何時から来ているの?』と聞いた事がある。
すると、一也くんは約束の時間よりも一時間も前に来ている事が分かった。
『だって、一秒でも早く美優に会いたいから』
当たり前の事のようにさらっと言ってくれる一也くんが大好き。
「昨日はよく眠れた?」
結局一也くんが帰ったのは22時を過ぎだった。
「うん。一也くんが作ってくれたスコーン食べたらぐっすり眠れた。やっぱりお腹空いてると勉強にも集中できないし、なかなか寝付けないよね!」
「ふふ、良かった。昨日家帰ってテスト勉強でもしようかな?と思ったら、美優がお腹空かせてる気がして、急いで作って持っていって正解だった」
さすが、一也くん。美優の事何でも分かってくれてる!
「でも、それじゃあテスト勉強は余り進まなかったよね?」
一也くんの足が止まり、ワナワナと体を震えさせた。
「良かれと思って持っていったスコーンがまさか美優のテスト勉強の邪魔をさせてしまうなんて。これで美優の成績が下がったら…そう考えるとどうしていいか分からなくなるよ」
激しく動揺する一也くんを、通行人たちがチラチラと見て通る。
時折、一也くんはこんな症状に陥る。
「大丈夫よ、一也くん。美優は元々バカだから、これ以上成績が下がる事無いから」
こんな症状になった時、まずは優しく声を掛ける。
そして、一也くんの目を覗き込む。
そうすると、一也くんは落ち着きを取り戻す。
ここで間違ってもしてはいけないのがボディタッチである。
あまつさえ手でも握ってしまったものならば、一也くんは余計に取り乱し、それこそ手のつけられない状態になってしまう。
こう見えて一也くんはうぶなのだ。
自分から手を握ってくる事はたまにあっても相手から手を握られるとどうしていいか分からず、発狂してしまう。
「でも…それじゃあ一緒の大学に行けないよ…」
落着きを取り戻した一也くんが不安そうな目をして私を見る。
「うーん…今更猛勉強しても一也くんとは同じ大学に行けそうにないんだけどな…」
「………」
しばらく何かを考えていた一也くんは、そうだ、いい考えがあると、言葉を続けた。
「オレは美優と離れ離れの生活を送るなんて絶対にイヤだ。だから、もし、美優が同じ大学に行けなかったら、その時は…」
「その時は…?」
真剣な目をした一也くんが真っ直ぐ私を見たまま言葉を溜めるから、ゴクリと唾を飲み込んでしまった。
「その時は、結婚しよう、美優、いいかな?」
ああ、何て素敵な言葉!
まだ16才にもなっていないのにプロポーズされるなんて!
美優の答えはもう決まっている。
「うん」