旅行報告
「残り23日…」
「え?」
学校からの帰り道。
もうじき夏を知らせる湿った風が一也くんの前髪をさらうから、いつもは隠れている左目がちらりと見えた。
陽射しいっぱい浴びている相変わらずイケメン一也くんが突然訳の分からない数字を言うものだから、きょとんとしてしまった。
「あ…。ごめん、声に出してた?」
右手の人差し指と親指で形のいい顎に触れていた一也くんが小さく頬笑う。
「う、うん、」
「美優の誕生日を毎日カウントダウンしてるんだ」
「え?美優の?」
「うん」
そう言えば来月七月は美優の誕生日がある。
「付き合って始めての誕生日だろ?だから…その…旅行とか…どうかな、なんて…」
旅行?
一也くんと二人だけで…。
「あ…さすがに旅行はまずいよね?日帰りでどこか探そうか?」
「ううん、行きたい、旅行ー」
一也くんと二人きりで旅行なんてそんなの嬉しすぎる。
「いや、でも、美優のお父さんとお母さんにちゃんと許可もらわないと!」
「そっか…」
うちの超お気楽な両親ならきっと…大丈夫なはず!
そう思っていても…。
美優一応女の子だし、高校生だし、やっぱり反対されたりするかなー。
何て思って肩を落としていたら。
でも、きっと…。
「行ってきなさいよ!」
そうだよ、ママならそう言ってくれるはず。
ん?
今の声って…。
パっと振り返るとそこには買い物袋を両手に持った母親がいた。
「ママ?いつから?」
「さっきあんたと一也くんの姿が見えたから近寄ってみた。旅行いいわよ、行ってきなさい、行ってきなさい。一也くんとなら何の心配も無いわ」
一也くんは、『こんにちわ』、と小さく言って母親の買い物袋を自然に自分の手に移していた。
「暑いのにこんなに荷物大変ですね」
「ありがとう、一也くん、本当にあんたはこんないい彼氏を持って幸せよ」
それは美優が一番思ってる。
「改めて。お母さん、来月の美優さんの誕生日、一泊二日の旅行をさせてもらえませんか?もちろん、美優さんの旅行代金など全て自分が払いますし、美優さんには旅行の間…指一本触れません…いえ、手だけは繋がせてください」
少し頬を赤らめて頭を下げた。
いつも完璧な言葉を使う一也くんの言葉が乱れている。
いつもと違う一也くんの姿が可愛く見える。
そんな一也くんを見てるとあらぬ妄想をしてしまう。
これから何年か後に、一也くんが美優との結婚を申し込む時もこんな風に強張った顔をするのかな?
畏まった和式の部屋で和装を着た美優の両親を目の前にして、これまた和装を着こなした一也くんが両親に美優との結婚を報告なんて…。きゃ、やばすぎる。
ば、ばか、美優。そんなのまだまだ先の事じゃない。
「やだ、一也くん、うちは全然構わないんだから、頭上げてよ。しかもまだ高校生なんだから割り勘割り勘」
「いえ、自分は美優のために今月バイトを入れていたので全然大丈夫です」
あ…。
一也くんが日曜もバイト始めた理由…。
人不足では無くて美優のためだったんだ。
胸がきゅんとなる。
一也くんは美優のために頑張ってくれていたのに、美優は自分の事ばかり…。
「美優の誕生日ね…。って思い切り平日だけど?」
鞄からスマホを取り出し画面を見ていたママは、眉をしかめた。
「はい。平日です」
「…」
「大切な美優の誕生日です、学校なんて休みます。美優には誕生日前後に自分がつきっきりで授業でやるだろう内容をみっちり教えます」
さすが、一也くん。学年断トツ一位であり、常に授業の先を頭に入れている人は言うことが違うね!
だけど…。さすがのママでも学校は休ませてくれないのでは…?
「うん。それならオッケーね。美優思い切り楽しんで来なさい」
うん、やっぱり安定の美優のママだった。