風邪
「ふぇっくしゅん!」
「あんた、風邪でもひいたんでしょう。まったく……」
ずずーっと鼻をすすりながら、母からの注意を右から左に流す。
季節は秋。何をするにも、うってつけな季節。イベントもある季節
そんな得しかない季節にこうも長引く風邪をひくとは。
はぁ、と溜め息をつきながらぱらぱら本のページをめくっていく。
何をするにも、とはいえ運動するには少し肌寒くて、私的には読書の秋とか食欲の秋という感じ。
来年の今頃には受験の追い込みの季節になっていて、今の秋は来年忙しくて出来ないことをやろう、というのが私の目標。
だったのが……案の定、最近になって急に下がった気温と乾燥した空気にやられ、絶賛風邪を長引かせている。
「もうちょっと早く寝ればいいのに、何でいつも夜更かしするのかねえ……」
「けほっ……そんなの私の勝手でしょ」
相変わらずの反抗期真っ盛りな発言をしつつ、ハンガーに掛けてあるパーカーを羽織って、靴紐を結ぶ。
「じゃ、暗くなったら帰ってくるけどちょっとそこまで」
学校休んで昼間からどこ行くの、と声が聞こえるが遮るように玄関のドアを勢いよく閉める。
風邪でダウンしてたって、大人しく家に居てもつまんない。
寒くたってまだ、外のほうが暇をつぶせる。
よく分からない言い分で自転車を走らせ、向かう場所は近くの公園。
こんな田舎に大きなショッピングモールなんてものは縁遠いし、コンビニでさえも隣町まで行かないとない。
暇をつぶすと言っても、この公園で遊具で遊ぶか、遊んでいる子供たちを見るかしか思いつかなかった。
でも、遊んでいる子供なんていなくて、自分が遊具で遊ぶにもすごくだるい。
ああ、やっぱり家で大人しくしておけば良かったかな。
少し視界がぼやけて、若干体も熱い。
だるさに飲み込まれそうだった意識がポケットからの着信音で、一気に現実へと引き戻される。
画面の文字がはっきり見えなくて、誰からかは分からなかったがとりあえず出る。
「あい、もしもし……?」
「もしもーし、元気にしてる? 学校休んでて暇してるでしょ」
電話をかけてきたのは、幼馴染の唯。
唯はよく、体調を崩しがちで一ヶ月学校に来ない時もある。
体調を崩しがちになってきた中学生の後半あたりから、だんだん優等生らしくなっていって、今となっては自他ともに認める学級委員。
最近はそこまで体調を崩さなくなっているのか、前に学校を休んだのは夏休み前ぐらいだ。
「暇はまぁ、してるけど。でも、今そっち学校じゃ……」
「学校はね……サボっちゃったんだ」
唯はえへへ、と照れ笑いを含みながら悪気もなく言い切った。
いや、サボったってさ……何やってんだよ。
そもそも絵に書いたような優等生として評判な唯が学校サボるなんて、らしくない。というか、何かあったのだろうか。
「なんか学校楽しくないなーって思ってたんだよね、この数日。で、今日その理由が優が来てないから楽しくないなって気づいてさ」
「楽しくないからってサボんなよ」
「だって楽しくないんだもん。そうやって言うなら優が来てよね!」
学校サボってるやつが体調悪いやつに学校来いって。
どんな無茶振りだよ。でも、そんな無茶振りも幼稚園の時からずっとだった。
唯は優等生のくせして、いつもやんちゃで。私はいつもそれに付き合わされてきた。
みんなの前ではリーダーシップを発揮してまとめ役なのに、私の前だと歩くことさえめんどくさいと寄りかかってくる。
でも、そんなふうに寄りかかって頼ってくれたのはいつが最後だったか。いつも、頑張っている唯と反対に私はどんどん遠くに置いてかれている。
スマホを左手に持ち替えて、右手で自転車の鍵を鍵穴にさす。
「優等生の唯さんがそんなふうにサボっちゃっていいんですかー? クラスのみんなにバレたらどうするんですかー?」
おどけて言ってみただけなのに、返ってきた声は泣きそうで。
弱く震えて消えそうな声で唯は言う。
「いつも、学校休んでて。そんな唯に優はクラスのみんなのこと嬉しそうに話してくれるよね。学校休んでる学級委員なんて聞いた事もないのに、みんなは唯の事必要としてるって……」
泣きそうになりながら、でも、と続ける。
「でも、そうやって伝えてくれる優ちゃんがいない学校なんて楽しくないんだよ!!」
震えず、しっかりとして強い口調で言い切ったのにうぐっ、と最後に嗚咽が漏れた。
「しかも、一日じゃなくて…うっ…いっじゅうがんもぉ、ううっ」
電話の向こうで泣き崩れる唯に私はどう答えればいいか分からなくて反応に困った。
そんなのだって――――
「あははっ唯。何言ってんの。そっちだっていつも学校来てないじゃん。それこっちのセリフだよ」
こっちだって寂しかったのに。唯はもうちょっと人のこと考えた方がいいと思うな。って苦笑しつつ思う。
「だからさ、お互い様ってことで。もうサボっちゃったんなら、これからどこか行こっか」
よくあるよね。幼馴染だからってテレパシーみたいな感じでいろいろ伝わるって。
でも、あんなのはエスパーにしかできやしないんだからって断言できる。
だって、私達も長年幼馴染だけど、お互い気持ちを言い合わないと、こうやって泣くことになるんだから。
「そっちまで行くから、ちょっと待ってて」
「ぐす……うん、分かった。えへへ、優ちゃんが優しい」
ちなみに優ちゃんっていうのは高校生に上がってからはあまり言われなくなっていたけれど、昔から唯がそうやって私を呼んでいた。
本当に優ちゃんとか懐かしい。
「ていうか、私はいつも優しいでしょ」
「優ちゃんはね……唯以外には優しくしないから、クラスのみんなと仲良くなれないんだよ」
「うっさいなー」
そんな軽口をたたきながら、自転車にまたがり、肩と耳でスマホをはさむ。
「じゃ、また後で」
「うん、待ってるね」
通話を終了して、ペタルを漕ぐ。
その足取りは軽くて。
坂道も勢いよく、駆け上がっていく。
(了)
現在、風邪を長引かせている作者です。
ちなみにガールズラブ要素をほのめかすまで言ってないので、ガールズラブっていうのは書いてません!(意味がわからん)
早く治らないかな〜、風邪……