生きやすさ
これから
親と彼氏と猫ちゃんとの生活が
始まる。
生きてて良かったなぁ〜と思う。
多分昔発病して寛解して
これからの人生を歩む時の
感動というか生きてて病気が良くなって
良かったという生きてて良かったとは
重さが違う。
それは今までの人生の重さというか。
若い時はまだまだ身軽な感じであったと思う。
だからといって今が
身軽ではないかというと
そうではない。
生きやすさは身軽になった。
生きにくさを沢山感じることが多かった
若い時と違って
生きやすさを感じている。
困難が多いなぁ〜と感じる事が
減ったように思う。
でもまた困難に出会って
それを乗り切れるかってのは
また人生の転換の際に
助けてもらえるかどうかにある。
だから何かあった時に
助けてもらえるかような
人間であるかどうかってのは
生きてく中で運というか
努力というか人柄というか
制度というかである。
誰の助けもなかったら
そのままどん底にいき
制度的には生活保護になる
そこで命は食い止められるものの
まともな生活の質までは
保証されないかもしれない。
最低限の文化的生活やらなんかは
文化住宅という何かあったら
壊れそうな家に住みボロボロで
上から横から声がして
虫が湧き
エアコンもつけられるかどうかという
瀬戸際に追い込まれるかもしれない。
冬ストーブたけるにかも
微妙
嗜好品買えるかも微妙。
助けられたら
仕事も生活も
色んな事を助け合いが出来たら
生きやすいのである。
人と会話が苦でないとか
この人とは話しやすいとか
この人は好きだとか
楽しい人生を送る時に
好きなことは大事な方向性でもある。
趣味を楽しむとか
やりたい事ができるのは
心も健康でなければ難しく
身体も健康でなければ辛いもんだから
生きやすさというのは
色んな意味で快適な状態をキープすることにある。
色んな生きにくさを
人のせいにして
人から遠ざかり
上手くやらないままの人生を
過ごしたら
それは
もはや
ずっと生きにくさを抱えていく事になる。
一人の方が気楽で楽だと思うのも
自分で色々上手くできる人ならいいが
出来ないならまた生きにくさを抱える。
人と上手くやっていけて
尚且つ楽しくやれるなら
いい事のように思う。
苦手な人がいても
敵対するところまで
行かない程度の付き合いに留めたり
好きな人と付き合うなど
助け合える仲っていうのは
とても生きやすくなる。
そんなこんなで
自分が快適になっても
周りから不快を感じるのは
上手くやらないからであって
周りと上手くやれて快適を感じられたら
自分も周りの関係も
良好なら
生きやすくなる。
しかしながら
不快な人もいる。
苦手な人もいる。
苦手な食べ物や苦手な事もある。
そんなものとの関係も上手くというか
あまり悪化しない程度にとどめて
喧嘩にならない程度に
留めるようにしたい




