6 何かを知る『モノ』
榊の運転する営業車で戸田は、東里市内のとある路地にいた。この路地は女子大生が行方不明になった時に最後に防犯カメラに映っていた場所だった。
榊と戸田は近くに車を停めると路地に向けて歩いていた。
「報道が加速していて、警察の動きも加速されていると、犯人ってヤツの精神はかなりの負担になります。その状況に持ち込まれたら確実にこの事件は手掛かりが見つからなくなり、迷宮入りになる。」
榊は左右をきょろきょろしながら何かを探していた。さらに続けてしゃべる。
「これが殺人鬼とか慣れた者であれば若干精神の余裕がありますけどね。だが、この犯人はそんな余裕はもう現時点でないと思います。」
「じゃあ…」
「ちょっとした破綻一つで崩壊していく。そうなったら危険だ。なりふり構わずに暴れて更に『ボロ』を出すか、最悪な場合は…」
「さらに被害者が…」
「そういう犯人ほどそんなに強くないですよ。例外はあるかもしれませんが」
「まさか」
「…何らかの方法で自滅するだけです」
榊が立ち止まる。
「だから流暢なことをしていられるほどの時間はないんですよ。死なれたらこれ以上何も出来ませんよ」
「君の目的は何だ?」
榊は何も言わずに掛けていた眼鏡を外す。
「彼女の写真あります?」
戸田は榊に写真を渡す。
「すまない、ちょっとお尋ねしたい」
榊は壁に向かって声を出す。
「お主はこの者の存在を知らぬか?」
「榊君、君は壁に向かって何を言っているんだ?」
榊は思い出したように壁に向かって話すのをやめると、やれやれとした顔で戸田の目の前に立つ。
「少し目を閉じてもらってもいいですか?」
榊の言葉に戸田は目を閉じる。
「ちょっと痺れますよ」榊は左手で戸田の両目を覆う。
『別世観刮目、現世含観』
榊は右手の指二本を口に添えながらボソボソと術を唱える。術を唱えて左腕から左手までその右指でなぞった。
一瞬静電気のような痺れが戸田に走った。戸田はのけぞる。
「何をするんだ榊君?」
「すいません一時的に視覚神経と聴覚神経をいじりました。」
「いじったって一体…」
『呼んでおいて何か用なのか?』
その声は榊が喋っていた壁から聞こえてきた。戸田が見ていると着物を着た老人が壁から上半身だけ身を乗り出してきた。いや、正確には壁の中から上半身だけを乗り出した形だ。何もない壁の奥から、まるで液体のような滑り感を持った、空想でしか見ることの出来ない物だった。戸田はその姿に一瞬たじろぎかけたが、少し耐えた。
「すまない、この写真に写る少女をあなたは見たことないですか」
『その娘か。昨日見たぞ』
「それはありえない。この人は二週間前には…」
『見たんだ。』戸田の否定を遮るように壁の老人は答えた。
榊は少ししかめ面になると、壁の老人に手を合わせて謝るしぐさをした。
「彷徨っていたのか」榊が謝る様に尋ねる。
『ああ、まったく生気は無かったがな』
「生きていたときはどうだ?」
『見てはいた。特にその姿に変わったところはない』
「それは、何か恨みめいたみたいなものがあったのか?」
『それはない』戸田の質問に対して老人はあっさりと否定した。
「男の陰もか?」榊が少し下種な質問をした。
『異性の陰か?』老人が少し不思議な顔をして榊を見た。
「男まわりの話とか話は無かったぞ」
戸田が若干不思議な顔で聞いてくる。
『あったかもしれんな。だが我々にその駆け引きはわからん』
「そうか、邪魔したな。また何かあったら教えてくれ」
『知りたいなら直接聞けばいい』
壁の老人の一言に二人は驚いた。