4 関係者A
東里市の南、旧市街から外れた郊外にある東里情報大学は開設から5年も経過していない新設大学だ。最近になって卒業者が出るだけの年数にはなっている。
戸田も開学の頃に取材の経験があり、場所も覚えていたが、数年の間に何かのトピックになった事は無い。むしろ今回のような悲劇によって目立つようになることは望んでいる話ではない。
被害者の女子大生の関係者に会う約束の前に榊に会うことにした。
榊は会社の営業車に乗って現れた。
「榊です。」榊が深々と挨拶をする。
「そんなに畏まるなよ。同じ社員じゃないか」
戸田が榊の対応に恐縮した。
「まぁ、あんまり時間も無いかもしれませんね…。」
榊はスーツを着込み、営業鞄を抱えていた。
「じゃあ、行こうか」戸田は榊に促す。
「彼も連れて行くんですか?」
高山が戸田に訊いた。
「ああ、榊君は構わんだろう?」
「いいですよ、営業的には暇なんで。」
戸田は榊の言った『時間が無い』というのが気になった。
三人は大学構内に入ると、待ち合わせ先の学生センターと呼ばれる施設に向かった。
「あの、海原テレビの方ですか?」
三人はセンター内にいた女性に声を掛けられた。
「そうですが?」
「お電話しました、藤本と言います」
女性は学生証を3人に見せた。大学院の博士課程の学生で藤本由美と書かれてあった。
何かの研究者らしく、白衣を着ているが、白衣の中は無地のブラウスと膝丈のスカートに黒のストッキングという少しお高いイメージを感じるが、踵の低いパンプスと合わせている事で若干の知的さも感じる。
「では、場所も場所なので、大学の迷惑のかからない所で…」
「外に行きましょうか」藤本の勧めで戸田、高山、そして榊はいったん外に出た。
外にあるカフェテラスには学生の姿はまばらだった。
「丁度、講義が始まるのでそろそろいなくなると思いますよ。」
藤本の言葉通り、学生も少なくなった。
「でははじめさせてください。」
戸田の合図で高山はカメラを回した。カメラは報道で使う大型のテープ一体型ではなく、市販品の小型カメラである。場所の考慮も含めているほか、画質も良い。若干顔のクローズアップも録りつつ、戸田の質問に対して答えてもらうスタイルだ。最近の事件でもインタビューを受けた者が容疑者だった例もあり、このあたりの報道スタイルは基本関係者に対して常に行っている。
話をまとめると藤本と被害者の女子大生Aは同じ大学の先輩・後輩で近所の幼馴染でもあったのだという。被害者との思い出話や将来の夢などの話を聞き取る。行方不明になる前の行動もほぼわかりやすかった。戸田は内容の概要をノート型の手帳に書き留めながら要点をまとめていく。この要点が文字スーパー発注などに必要になってくる。
「――」
榊は藤本の話を聴きながら、手持ちの手帳を開いている。藤本の回答を一つ一つ聴くたびに手帳の内容を見返しているようだ。
「榊君は何か気になることでもあるかね?」
「私ですか?」
榊は手帳を閉じると、藤本をじっと見た。
「…オフレコでもいいですか?」
「良いけど…」戸田が榊の言葉に少々苛っとする。
「高山さん、テープを止めてください。ここから先は私と戸田さんと彼女の三人の方が良い」
「え?なんで?」高山は仲間はずれにされて少し腐った。
「出来ればここには居て欲しくないんです」
「どういう事だね?榊君」
「この先の話は若干厳しい話になるのと、あんまり撮ってもいい話ではないでしょうね」
表情が険しくなる榊の顔をみて戸田は逆らうのを突然やめた。
それは榊の眼だった。ただ鋭くなったのではなく、その中に見えた闇が、広がっていく感じがしたからだ。
「カメラを止めよう」
戸田は観念したように高山に言った。
「本当ですか?」
「先に車に戻ってくれ、長引くなら私は榊君の車で帰る」
高山は渋々とカメラを片手に車に戻った。
「で、榊君気になることとは?」
戸田は少しせかしながら榊に訊いた。その表情には期待半分とカメラの記録が取れないといういらだちが見えている。
「何でしょうか」藤本も榊に訊く。榊の表情は先の鋭さは消えていた。榊は何か自信に満ちた笑みを浮かべている。
「君は、彼女の知り合いでもなんでもない、
赤の他人
ですよね?」
榊は不躾に訊いた。
藤本は表情を変えなかった。