11 消える闇、輝く光
湯浪理彩の運転する軽自動車には酒の臭いを付けた榊守と戸田が乗っていた。戸田はもしもの為に持っていた小型ビデオカメラのバッテリーと手持ちのテープの残量を確認している。助手席の榊は天玄山までのナビを行いつつ、事件現場の方角を窓を開けてみていた。
「光が見える…。恐らくアイツの死霊か…。」榊がつぶやくが、戸田がカメラを天玄山方向に向けても、その光は見えない。
「カメラには映らないな。」
「そりゃそうですよ。」
榊は窓を閉める。
「いったいどういうことなんだ?この状況は?」
戸田は榊に尋ねた。
「戸田さん、物的証拠も出るわけではないので、もうこれ以上の事件としての進展はありません。なのでここから先は事件に関わる部分ではなく、現実を若干超える話になりますよ。」
「それでも構わんよ、ここまで来たらこの事件のもやもやと鬱憤を私はどうにかしたいんだ。」
戸田は映らないカメラの電源を切るとバッテリーも外した。
「会社の為だとか、誰かの為とかでは無い。自分の為に動くんだ。」
戸田の回答に榊はにやっとした。
車は天玄山の入り口の駐車場に着いた。榊はスーツの上着を脱いでネクタイを外した。戸田は車を降りると、極端な威圧感を感じ視線の先にある状況を疑った。
天玄山の山の一部が光に覆われていた。その光は白く明るい光ではなく、黒い筋が物質に当たり発光している光が筋を黒い光に見せていた。その光が雷光のように空気を切り裂くように蠢いている。
「なんだこれは」
視覚をいじったままの戸田の眼にもその光は見えていた。
榊は理彩に車にとどまるように忠告すると黒い光に向けて歩き出した。戸田もついて行く。
「人の霊は死ぬと、死んだ本人にとって一番印象の強い場所に戻ろうとする、なんて話を何かで聞いたことがありましてね。」榊は歩きながらしゃべり出した。
「印象強い場所?」
「どんな要素でもその印象が強い出来事であればという話です。多分被害者はこの天玄山のあの現場だとは思っていましたが…、加害者のアイツもこの場所だということは思ってなかった。」
榊はどんどん山の中に入っていった。
「この場所が本当に殺害現場だったのかと言えば、多分遺棄現場ってだけであって違うんでしょう。あの高速で命を落とすまでの数日間アイツには人生最大のインパクトになり得た場所。」
榊はそのまま歩いていく。
「ここ数日、やつは怯えていた。公開捜査に変わり、遺体が見つかって、この場所が連日テレビに取りだたされると、いつ自分に捜査の手が及ぶかを怯えていたんだ。」
戸田は榊の言葉を聴きながら歩く。
「それに絶えられず、アイツはこの世に未練を無くしたかもしれない。だがアイツにとってここは一番インパクトの強い場所になってしまった。」
「あそこまで大きくなったのはなぜだ?」
「あそこにいると思っているんだ。自分の手で殺めた、人から見れば歪んじまった愛の相手がね。だが、彼女にとってインパクトの強い場所は異なった。だからアイツはあれだけ暴れてるんだ」
榊はシャツの袖のボタンを外すと、袖をまくった。その姿を見たとき戸田は絶句した。
榊の左腕には模様があった。しかしそれは刺青の類ではなく、ケロイド状の火傷だった。
さっき話していた事故による傷なのだろうか、ほぼほぼ左腕を覆った火傷痕が生々しい。
「今のアイツは獲物をほしがる獣だ。」
榊はいつの間にか持っていた自動車のソケットレンチを左手に持つ。恐らく理彩の車から失敬したのだろう。
「暴走している以上、それは止めねばならん。」
榊は黒い影に向かってレンチを構える。
その動きを読んだのか、黒い影は榊に威嚇するように吠えた。遠吠えの様なそのうなり声は、無縁な戸田でも強くビリビリと感じた。
榊は走り出すと黒い影に向かってレンチを振りかぶった。影は防御の態勢を取り、腕のように動くとレンチを弾こうとした。
しかし、レンチは弾けない。レンチは刃物のようにその影の腕の防御を切り落とした。さらに影の目の前にレンチが迫る。が、とっさに黒い影は榊のボディに一発入れて弾き飛ばす。
飛ばされた榊は一瞬ひるむが空中で姿勢を整えると、足から着地する。
「榊君!!」
「来るな!!」
戸田は駆け寄ろうとしたが、榊がそれを止めた。
火傷のあった榊の左腕は光に包まれ、それは持っていたレンチをも光に包んでいた。
その光はレンチの形状をも変えようとしていた。その形は槍のような形状に変わっていた。榊の表情はさらに厳しくなり、眼は怒りによる鋭さを増している。それは黒が『悪』である事に対して、榊は白の『善』で対抗しているようだった。
戸田は榊が天の使いなのかとも思いかけていた。しかしその予想は若干、的外れの感もある。戸田は榊がなんなのかわからない。
更に榊は体勢を立て直すと更に右手でも光の槍を支えると大きく振りかぶった。
「ほぉ、あの青年やるな…。」
――この状況を見ていたのは戸田だけではなかった。
天玄山から少し離れたところの集落では、山伏の集団が待機していた。山伏のリーダー格の男が天玄山で新たに発生した力の反応を見る為、直接の攻撃を部下に止めていた。リーダー格の男は双眼鏡で天玄山の状況を追っている。仲間の山伏がしびれを切らして尋ねる。
「どうするんですか?」
「まだ待機だ。この状況なら青年の方が勝つだろう」
リーダーは双眼鏡を見ながら話す。
「いったい何者なんですかね?あんな強レベルの魔封師聞いたこと無いですよ」
「違うな。」
東里市内の骨董屋『無縁屋』の店主で、神殺しの存在として魔封師でもあるリーダー伊野宮恭介は青年の行動に覚えがあった。
「あれは魔封師に見えるが違うな。」
伊野宮は双眼鏡を外した。
「…恐らくあいつは、四国は榊一族の流れを汲む者だな」
「四国の榊?でもあの一族は」
「もう、途絶えたはずだ。」
部下の一言に伊野宮が補足する。
「そう考えると辻褄は合うが、全く要素の違う存在なんだろう。縄張り違いは何ともわからん」
「とはいえ、あんな存在、この東里には…」
「厄介か?」
伊野宮が嘲笑う。
「あの保身にしか回らん審議会じゃ到底扱えんな。」
伊野宮が煙草を吸う。
「しかし、四国の榊が生きていたとしても、それは神還師・魔封師どちらから見ても異端者の存在。審議会には通告しますか?」
「いや、しなくて良いだろう。どうせ…」
「どうせ?」
「あいつらじゃあ見つけられないだろう。もし榊だった場合は審議会よりも恐ろしい存在がいるからな…」
伊野宮はそう言うと双眼鏡から目を離した。
「結論が出るのにそんなに時間はかからんだろう。ここでしばらく待機だ。」
――天玄山で発生した闇は発生時よりも勢いは収まってきている。榊の攻撃は緩むことなく、闇の勢いを的確に削いでいる。
『怨鬼滅波解離』
榊の法術と共に地表から光の線が上がるその光によって闇は苦しめられていった。
――そろそろか。
榊は体勢を整えなおすとレンチを持ち直す。
『遺練抜未絶恨、還世廉精恨解壊』
光の圧はさらに強くなる。榊は走りながらレンチを闇に向かって振りかぶる。
――これで終わりだ。
榊はそう思ったその時だった。
「そこまでです。守様」
向かった闇から手が伸びた。