10 強制敗北宣言
榊と戸田は女子大生を追いかけた足で、そのまま東里市内の中心部近くの繁華街で酒を飲んでいた。仕事が終わって、女子大生を『追いかけた』間、ほとんど飲まず食わずだったこともあり、戸田と榊は居酒屋で簡単に腹を満たすと、戸田がたまに飲みに行くスナックの一角でつまみを食べながら戸田と榊は酒を飲んでいた。
こじんまりとしたスナックのカウンター席で適当にキープされた戸田のウイスキーボトルの水割りを飲みながら、ガラガラな店の一角で流れていた他局の夜ニュースの映像が流れていた。店員も適当にチャンネルを変えながら、どの局も女子大生の話題に関して流している。
「犯人が死んでるなんてな…」
映像を見ながら戸田は水割りを飲むがその顔は厳しい。
「確かに」
榊はテレビも戸田の顔も見ずに速いテンポで酒を飲み、若干ろれつが回り始めていた。
「私の話には確証もなければ、確実ともいえる証拠はないです。」
薄いウイスキーの水割りを一気に飲む。
「しかし犯人には近づくことが出来る。情報源の土地神という存在は知られていないが、全てを何百年にもわたってみている彼らの力を借りている以上、常にまとわりついてくる案件です。」
戸田はそんな榊の勢いに圧倒されていた。
「だけどそれは、どんなに犯人近づけたとしても、犯人かもしれないという『きっかけ』程度の情報を起こす程度でしかない」
店員が追加した水割りを、榊はそのまま飲み始める。薄めに入れてはいるが、酒のボトルはかなり減っている。
「犯人が生きていれば、必ずボロをだす。経緯なんて後でもいい。犯人が土地神という眉唾物の扱いの烙印を押されていようとも、あとは犯人である確証を固めてしまえばいい。相手がわかって見つかる証拠だってあるんだ。そいつは捏造でもなければ認められる証拠だ」
「しかし、なんで榊君はそんな能力を持ってるんだ?家系的なものか?」
「……そんなんじゃないです。」榊は飲んでいた水割りを置いた。減っている状況を見て店員が補充する。
「元々こんな力欲しくて手に入れたわけじゃない。小さい頃の事故の後遺症で人よりも訳の分からない物が見えたり、人と違う不思議な力を発するようになったんです。」
榊が水割りを手に持とうとするが、その動きをやめた。
「幸いその事故の関係者に『そのあたりの話』に詳しい人がいましてね、その力を封じる方法や活かす方法を教えてくれました。生活の支障こそないものの、やはり忘れたころに何かと変に疼くんですよね。最近ネットでよく言われている中二病ですか?それによく似てるなと」
榊はまた水割りを飲み始める。
「でも、そんな探偵捜査みたいなことを始めた理由はなんだ?」
戸田は榊に訊いた。
「特にはないんですけどね。しいて言えば好奇心と興味もあるんですが、」
榊は一息ついてまた水割りを飲む。
「昔から見える今回の女子大生の様な亡霊みたいなものは時間がたてば消えるんです。なぜかと言えば単に事件が解決した事によるものだと。普段見えているモノたちが消えている世界にやっぱりあこがれるんですよね。成仏というんでしょうか?そういうことに少しでもできれば私も楽になるし、事件は解決するし両得だろうなと。」
飲んでいた水割りを一気に飲みほすとグラスを強くテーブルに押さえつける。
「でも犯人が死んでしまったらおしまいだ。生きているときに捕まえてこそ私の捜査はきっかけとして生きるのであって、死んでしまったら何の証拠にもならない。」
榊の言葉に戸田の心象は若干の恐怖を感じている。犯人の決めつけなどの恐れもある危険な方法ではある。その心持ちは報道としても良策ではない。
――やはりキチット足を使って証拠と確証のある情報を探さないとな
そんなことを戸田は自分に言い聞かせると店のドアが開き、スナックには場違いな質素な感じの女性が現れた。
「この人、こういう店にも来るんだ…」
女性はじろじろと店を見ていると、ずっとブツブツ言いながら酒を飲んでいる男をみた。
「あら珍しい。」
女性は上着を脱ぐとそのまま榊の後ろに近づく。
「ここまで飲んでるのを見るの初めて。」
「貴方は…」戸田が女性に訊いた。
「私は湯浪理彩で、彼…、榊守は彼氏です。」
理彩は酔って寝ている榊の隣に座った。
「えらい別嬪さんだな」
「ありがとうございます。一杯もらっても良いですか?」
「彼はどうする?」
「車で連れて帰りたいんでソフトドリンクで」
理彩はソフトドリンクをマスターに注文した。
戸田は軽い名刺交換と自己紹介をすると少し榊のことが知りたくなった。
「つきあって長いのかい?」
「まぁ、そうですね。結構って訳じゃないですけど…」
榊はほとんど聞かずに水割りを飲み続けている。
「トイレ」
そのまま立つと、便所に向かって歩いて行った。
「結婚はしないのか?」
「まだですね。お互い忙しいので」
理彩が少しにこっとして言うが、一瞬表情にさした陰を戸田は見逃していない。
「何か理由でも?」
「彼が結構怯えているんですよね…、結婚とか」
「男の覚悟か。そこは男だったらと思うけどね」
「そういう意味じゃなくて、恐れているんですよね。彼」
「恐れ?」
戸田は榊の深い領域に入り込む感覚だった。
「なんとなくですが、戸田さんも色々と彼の能力のことも知っているみたいですね」
「まぁ…な。今日一日それに振り回されてたよ。」
戸田は氷が無くなった薄い水割りを飲んだ。
「でもその力は持って生まれた物じゃないんです」
「事故と言ってましたね」
理彩がソフトドリンクを一口飲む。
「ええ、事情は教えてくれませんでしたけど。小さい頃に大けがをしたと。」
「そうでしたか、でもそれが結婚と何が」
「彼がその力が後の世代に残るのを恐れています」
「子供に伝染する、か」
戸田は体の向きを変える。ちょうど榊が手洗いドアも見えるので入ってくれば切り上げる予定だ。
「元々彼の家は代々そういった類の物が見える家系らしいのです。ただ一度その血は途絶え、彼の家にはそんな能力を持つ者が今は誰もいません。榊自身の傷によるトラウマも含めて、榊はそんな不幸を末代まで背負わせたくないと感じているんです。」
理彩はドリンクを飲みながら言う。
「自分勝手な奴ですよ。そんな事を心配して歳を取ったって何も楽しくもないのに…。」
「君はそれでも良いのか。」
「そんな運命が定められていても、その時は私が精一杯守ります。それは彼の子でもあるけど、私の子でもあるんですから。私の血でもありますし」
理彩はニコリと微笑み答えた。
その時、理彩の話を待っていたかのように戸田の携帯電話が鳴った。
「ん?この番号は確か…」
電話番号には登録されていなかったが、末番には記憶があった。
『もしもし、この間インタビューを受けた藤本ですが。』
電話は藤本由美だった。
「どうしました?」
『この間の話ではあるのですが、友達のミキから、天玄山に強い反応があると連絡があったんです。』
「強い反応?」
横を見ると手洗いから戻ってきた榊が立っていた。若干ふらついている。
『市内から見ているのですが、天玄山の方角に死霊の強い反応があると連絡がありました。』
「マスター、チェイサーを」榊が店員から水をもらうと一気に飲み干す。大きく息を吐くと、榊はいつの間にか居た理彩に言った。
「車を廻して、天玄山に行くぞ」
戸田も榊の言葉に呼応した。その榊の眼は鋭い光を帯びていた。