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9-1.助けられたのは西ヶ谷

 ――――窓から見える空は、今にも落ちてきそうなくらい黒く、そして薄暗かった。

 猛烈に発達した低気圧が近づいていて、明日の朝までは大嵐になるようだ。すでに窓ガラスには幾筋いくすじかの雨粒が走っていて、電柱と電柱を渡る数本の電線も小刻みながら揺れ始めている。ついさっきだろうか? 大雨洪水に加えて、珍しく暴風警報の放送も聞こえた。

 どんよりとした外の景色。時折カタカタと震える窓を挟んだ俺の部屋にも、どんよりと言うか、重苦しいと言うか、そんな良いとは言えない雰囲気が漂っている。

 開きっぱなしの漫画や放り出された携帯ゲーム機で散らかり、足の踏み場も満足に無い床。段違いに引き出され、しわくちゃになったズボンが垂れ下がっているタンス。ビリビリに破かれたノートと筆記用具が投げ出されている学習机。並んでいるべき参考書がドミノのように倒れた本棚……

 それらを照らすはずの蛍光灯も、自らの仕事を忘れたかのように眠っている。ドアにも窓にも開かれる気配はない。あらゆる物が沈黙を貫いていた。

 俺は一体、いつからここにいるのだろう。

 あのドアを閉じて――いや、外の世界との接触を絶って以来、実に五日が経とうとしていた。今までの人生でここまで時の進みが遅いと感じたことはない。今は倒され天井を仰いでいるベッド際の時計、つい先日換えたばかりのその電池が切れかかっているのかと思ったくらいだ。それまでならば一瞬で過ぎていたであろう五分間も、今の俺にとっては永遠の時にすら感じられる。

「……」

 ベッドの上から天井を見つめた。

 鏡に映ったこの自分は、いかにみにくいだろうか。別に鏡があるわけでもない。自分の姿が見たいわけでもない。その気になれば、スマホのカメラで見ることができるだろうが、絶対にそんなことはしたくない。

 だけど……想像してしまうのだ。やつれて覇気のない、みすぼらしい西ヶ谷 一樹の姿を。

 風呂にはずっと入っていない。最後に顔を洗ったのも正確には覚えていない。顎に手を当てれば、無精ひげが生えてきているのがすぐにわかった。下着も替えていない。おそらく他人がいたら、耐えがたい汗の臭いがこの部屋を満たしているだろう。

 それでいいのだ。このよどんだ空間が、今の俺が存在できる唯一の場所なのだから。学校にも、家にも、自分のいるべき場所は無い。外へ出れば軽蔑の目に晒され、嘲笑われ、怒りの拳を受けることになるだろう。

 最初こそ、それを良しとしない正義感溢れる自分がいた。が、叩きのめされて弱りきった今の俺にその記憶は無い。残ったのは受け入れなければならない現実と、絶望の闇で埋め尽くされた未来だった。

 ブルルル……

 手の下に置いているスマホが震えた。

『今ならコミックが安い! 話題のアニメ、気になっていたマンガを今すぐチェック!』

 たまに使っている、オンラインショップのメールマガジンだった。最近ライトノベルからアニメ化し有名になったアニメが、原作ノベルの表紙の画像を大きく載せられ、既刊全巻セットという文字が太く強調されている。

 普段はそれだけを見て閉じてしまうメールマガジンも、今となっては社会が動いている証拠のように感じられた。そう、みんな働いている。登校し、勉強している。そんな平日の昼間に自分の部屋で転がっている俺は、社会から除外された不適合者だ。

 しんみりしながらスマホをスリープ状態へと戻した。何もやる気が起きない。わかっていても、学校へ行く気が湧いてこない。身体を起こすことすらしんどい。いっそのこと、このまま死んでしまってもいいとすら思えてきた。

 どうせ、俺はひとりなんだ。

 どうせ、俺は要らないんだ。

 どうせ、俺は――――――――

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