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8-5.追い込まれたのは真壁

 時は夜――

 狭く、そして暗い部屋に少女は姿を現した。今日は上下にライムグリーンの寝間着を着て、足は素足で、そして首下に大きなタオルを下げるようにして巻いて。

 風呂から上がったばかりなのだろう。その染み渡るようなブラウンヘアーの先端はキュッとまとまり、滴が一滴、また一滴と首下のバスタオルへと滴り落ちていた。紅潮こうちょうしているほほ、潤いのある深紅のくちびる。型どおりの芳香剤とはまた違う、シャンプーのやわらかな香りが部屋を満たしつつある。

 少女はつけた。部屋の蛍光灯でもなく、はたまたベッドの手元を照らすためのライトでもない。昔から使っているであろう学習机、そこに置かれているパソコンの電源だ。

 一定間隔で点滅を繰り返していたパソコンは、スリープモードから復帰したのだろう、少女の白く細い指がその電源ボタンに力を加えた瞬間、パッと画面に光を走らせた。青白くデジタルな採光が照らし出す部屋。少女にとっては驚くようなことでもないらしく、むしろ座る時間すらもったいないと感じているのか、目の前に格納されている椅子越しに上体を傾け、キーボード上で両手の指を滑らせる。

 カタカタカタ……、カチカチッ。

 キーボードのメカニカルな音と、マウスのボタンのクリック音。それを何度か冷たく響かせた後、少女はようやく学習机の下から椅子を出し、そこへ小柄な身体を預けた。

「雑務部だっけ? なんか動き始めたらしいよ」

 慣れた手つき、何度となく練習をしたのだろうと思えるくらい軽やかな動作で、少女はそんな一文を打ち込んだ。エンターキーを押し画面に落とされた文章は、女の子特有の丸文字をそのままコピーしたかのような可愛げのあるフォントで並べられている。

『マジかー』

『こういうのも、見つかったら犯罪になるのかな?』

『内申に響いたらどうしよう……』

 少女の文章に対する反応は、さすがインターネット、一分とたたないうちに返ってきた。そのどれもが、身の保全を心配する声だ。

 バレたらまずいよね。

 罪になったりするのかな。

 少女は眉一つ動かさず、キーボード上に両手を置いたままじっと画面を見つめていた。呼吸も乱れてはいない、脈拍も大幅な増減を見せない。緊張も不安もなく、起こることが起こるべくして起きた――それをただ見ているだけのようだ。

 三十分もたつと、反応が一段落を見せる。それを狙っていたかのように、少女は新たな文章を投げつけた。

「ネットなんだから、見られるはずもないよ。板も移動したし、パスワードも変えたんだし。IDとかを変えれば、誰なのかわかるわけないじゃん」

 画面に流れ出る文章。それを確認し、少女は腕を組んだ。さっきよりも少し難しそうな顔をして。

『まあ、どうでもいいんじゃない? だってバレたところで、悪いのはきっかけを作った人間だけなんでしょ?』

『そうだね。元はと言えば、ただの痴話ちわ喧嘩げんかみたいなもんだし』

 何気ない投稿。文章を打った人にとってみればそうなのだろう。誰かが気に入らない人間が一人いて、面白そうだからそれをいじめるという遊びに乗っていただけ。遊びとして飽きれば、その人がどうなろうが関係ない。関係あるのは――興味があるのは、自分に火の粉が降りかからないかの心配だけだ。

 だが……それを画策した本人にとってはそうではない。

痴話ちわ喧嘩げんか……ですって……」

 わなわなと震える両腕。

 さっきまで平然を装っていた少女は、大した時間を使うことなく心情の変化をあらわにした。脈拍がトクトクと速くなり、呼吸が浅く速くなっていく。にじみ出る汗、錯綜さくそうする視線。その表情はまだまだ抑えてはいるものの、強烈な怒りの噴出しつつあるものだ。力の入っているあご、何本ものシワを走らせている眉間、誰かをにらみつけるような目つき……

「私が……どんな気持ちで……ここまで動いてきたか……」

 ガチャガチャガチャッ……!

 少女はキーボード上に指を滑らせた。だがその動きは、今までのように滑らかなものではない。大きな音を立て、キーボードが壊れるのもいとわない、怒りに身を預けるような力任せの打ち方だった。

 荒い息をたてながら、少女は文章を打ち続ける。タイプミスが増え、そのままキーボードをどこかへ投げつけてしまいそうになりながらも。

「くっ……!」

 と――

 少女はとまった。文章を打ち終わり、もうエンターキーを押せばネット上に飛んでいく――その状態で、キーまであと一ミリとないギリギリのところで指がとまった。

「ハァ……ハァ……」

 上下する身体。小刻みな息づかい。

 怒りにまみれ、獣のように欲求に向かってひたすら驀進ばくしんしていた少女は、最後の最後で切れ掛かっていた理性の糸にその行動をとめられた。それ以上は進んではいけないという、自分自身からの最後通告を受け取ったのだ。

 ネット上の掲示板には、いくつかのルールがある。誰が決めたわけでもない、全員が暗黙のルールとして口に出すことなく守っていることだ。

 少女の文章は、そのルールをいくつも犯していた。もし放てば、最低限のルールも守れない無法者として、ネット上でもそれを知る現実世界でも孤立化を招く文章であったのだ。何年もインターネットを使っている少女の脳が、無意識のうちにそれを回避したのだろうか。

「……」

 どうすることもできず、少女は両手を静かにキーボードから下ろした。顔をうつむかせ、だらりと腕を垂らす。髪を濡らしていた滴も、やわらかなシャンプーの香りも、生気を失ったような少女からは滴り落ちてはこないし、漂ってもこない――


「久しぶり?」

 太陽が水平線下に姿を消し、空がだんだんと暗くなりつつある放課後、俺はいつも通り雑務部の部室にいた。

 木目調の長机の上は、唐草模様を背にしたトランプが一面に並べられている。広さに余裕があるためか、特に整とんされているわけでもなく縦横適当な方向を向いていた。それから俺の手元には、表向きにされたトランプが二枚。同じように、真正面に座る久遠のすぐ前にも表向きのトランプが――パッと見た感じ、十枚といったところか。

 ここまでの息抜きを兼ね、本日のゲームは神経衰弱である。記憶力と戦略性にとぼしい俺が久遠を相手すると、本当に神経が衰弱しかねないので、別のゲームをやろうと抵抗したのであるが……十円玉のコイントスに負けてしまった。

 昔から、こういった技術や経験がものを言うゲームは不得意だ、嫌いだ。強い者が必ず勝つから、逆点性というゲームをやる上で一番重要な要素が抜け落ちている気がする。バラエティーのクイズ番組みたく、最後の二枚を取ったらポイント十倍くらいはやってくれないと割りに合わない。

 ちなみに近所のスーパーは毎日ポイント二倍デーである。

 と、余計な話はここまで。

「ええ。たしかにそう言っていたわ」

 久遠がカードをペラッとめくり、違ったらしくまた元のように裏向きに戻した。

「だって、鳴海さんと真壁さんって仲のいい友達じゃないのか?」

「どうやら、実情はそうとも言い切れないみたいね」

 交わしている会話の内容は、鳴海と真壁の仲についてだ。

 どうやら昨日、久遠は単独で鳴海の自宅に再度訪問したらしい。一度行っているためか鳴海は驚く様子もなく迎え入れてくれ、久遠の質問にも言葉を詰まらせつつではあるが答えてくれたようだ。

 そこで聞いた話によると――鳴海は二週間以上前から真壁とまともに会話をしておらず、会話アプリのやりとりも急になくなった。少し前に雑務部と真壁で自宅訪問にやってきた時が、久しぶりの会話であったらしい。

「この前、西ヶ谷が見せてくれた会話アプリの履歴があったでしょう」

「えーと……これだけしかないの? って言われたやつ?」

「あれは本当にこれだけしかなかったの。つまり、五枚目のラストで本当に最近の会話は終了しているということ」

 ふーん。

 鼻で淡い反応をしつつ、俺は遠方にあるトランプを二枚めくった。ハートの四とダイヤの十。

 しかし、真壁が鳴海に対して何も連絡しないのは不思議に感じた。俺の勝手な考えであるが、友達とは相手が辛い時に声をかけて励ましたり、一緒にいてあげたりして悲しみをやわらげてあげるものではないのだろうか。わざわざ友達のいじめを相談しにきたり、何かに役立つとして会話アプリの履歴を渡してきたりと、熱心に行動する真壁にしてはどこか噛み合わない気がする。

 誰かに脅されている? それとも直接的に関われない、何らかの理由が存在する?

 バァン!

 突然、大きな音が耳に飛び込んできた。何かをぶつけるような音――そう、スライドドアが思い切り開けられた音だ。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 真壁だった。ここまでは走ってきたのだろう。息は荒く弾み、顔は火照ほてったように赤みを帯びていて、ブラウンのサイドテールは波打ち乱れている。立っているだけでも苦しいのか、左手はつっかえ棒のように入り口のドアでその身体を支えていた。

 それなのに、その眼光はやけに鋭い。相談に来た日にも、廊下でやりとりをした日にもなかった強い気迫を感じさせられた。

「真壁さん? ちょっと聞きたいことが……」

「ねえ、……鳴海をいじめている犯人がわかったら、……仕返しをしてくれるの?」

 静かであるが威力のある――有無を言わさぬ口調で久遠の問いかけを遮る真壁。口論なら右に出る者はいないであろう久遠が、そのまま口を閉じてしまった。

「……正確には『報復制裁』ね」

「どうなの? すぐにでも、……してくれるんだよね?」

 ドアの横に立つ真壁、パイプ椅子に座りながら顔を向けている久遠、二人の視線が交錯こうさくしている。

 焦り。そんなものを真壁から感じた。自分自身の人格を否定した人間に仕返しをしたい、こうしている間にも自分をいじめた連中はのうのうと過ごしている。少しでも早く肉体的、あるいは精神的苦痛を与えてやりたい。――いじめを受けた人間には、そんな感情が渦巻いていることだろう。だが、ここまで急ぐ必要性は本当にあるのだろうか? しかも真壁は直接の被害者、というわけではない。

 思い出てきたのは――剣道部の一件。

 あれは六月の頭の出来事だっただろうか。自らの過ちを隠し、赤の他人に濡れ衣を着せた「事件」だ。俺は雑務部を去る寸前まで追い込まれ、渦中の剣道部は実質的に崩壊の一途を辿ることとなった。

 たしかあの時も、ここへ相談にきた俺の旧友――小笠原おがさわらは、対応を急ぐように要求してきた記憶がある。今にして思えば、後ろめたいことをやっているがゆえに真実が露呈するのを防ぎたかったからだろう。時の流れは、物事を冷静に考える時間を与えることになるのだから。

 隠していることがバレたくない。真壁が俺たち雑務部に行動を急かす理由が、それだったとしたら――

「うーん、すぐっていうわけにはいか……」

 真壁が急かす理由を知ってから行動すべきだろう。そう考え、おもむろにパイプ椅子から立ち上がり、早急な行動は厳しい旨を告げようとした時だった。

 目の前に現れて俺を制する手。ギイッというパイプ椅子の軋みと共に、素早く立ち上がった久遠の右手が伸ばされていた。

「久遠?」

「……鳴海さんのいじめのきっかけを作った人がわかった、そういうことかしら?」

 鋭くなった視線が真壁に突き刺さる。無機質な、感情というものを一切排除した顔で、久遠は真壁を見つめていた。やんわりとにらみつけている、という感じだ。それでも真壁は、全く退く様子を見せなかった。

「……今さっき、教室での会話を聞いたから」

「誰の会話を?」

 間髪なき問いかけに、いよいよ吐き出すしかなくなったのだろうか。

「……理数科女子の、……川崎、さん」

 視線をゆっくりと落とし、にらみ合いを解きながら搾り出すような声でそう言った。ドアに触れていない右腕はだらりと力なく垂れ下がり、脱力しているようにも見える。

 出鼻をくじかれ、押し込まれた状況下からの逆転。そんな感じだ。部屋の雰囲気というか、やりとりの主導権は久遠が取り返しつつあった。いや、もうすでに握っているのだろう。焦りの見える真壁を抑えつつ、欲しい情報を抜き出していく。

「どんな会話を聞いたの?」

「……鳴海がうざい、っていう会話を」

「もう少し詳しく聞いてもいいかしら?」

「……川崎さんは小夜崎君っていう男子のことが気になってて、……鳴海が小夜崎君とよくしゃべっているのを見かけたらしくって、……それが気に入らないみたいで」

 最初の勢いはどこへいったのか、声はどんどん小さくなっている。

 一応、聞く限りでは「鳴海さんが小夜崎という男子としゃべっているところを、他の女子に見せつけ優越感に浸っていると考えた女子が、その行動を気に入らずいじめを仕掛けた」という掲示板から得た情報と辻褄が合う。この投稿者にその川崎という女子に当てはめれば、そのままいじめのきっかけを作った人物――加害者だと言い切れるはずなのだ。

 ……はずなのだが、真壁の言葉を疑いなく受け入れることはできるのだろうか?

「わかったわ」

 一度目を切り、久遠は真壁の方へと向き直った。

「今回の相談は、理数科二年の川崎さんを加害者として処理します。ただし、一日ほど時間を頂いてもいいかしら?」

「そ、それは確認をするってこと……?」

「いいえ。制裁をするために、私たちもそれなりの準備が必要なの。書類を作成したり、行動する時の作戦などを考える必要があるから」

 淡々とした久遠の言葉を聞きながら、俺は色々と驚いていた。

 書類なんかあったっけ? 作戦はいつも当日に伝えられているし、そもそもその場で考えているのでは?

 いや、そんなことよりも真壁の言葉一つで制裁を約束してしまう久遠に大きな疑問を持った。不安感、不信感、そういうものかもしれない。とにかく予想とかけ離れた久遠の言葉に、理解が追いついていないのだ。

 なぜ行動を起こそうとしている? 今までなら、こんな少ない情報で動くことなどありえないはずなのに……

「では仕かえ……報復制裁をしてくるんだよね?」

「ええ、行うわ」

 悩む様子もなく、久遠はそう言い切った。

「わかった。……それじゃ、よろしく」

 部活があるから。

 ホッとしたのか温かみを含んだ声を残し、真壁は部室から去っていった。トン……というドアの閉まる音が静かに響く。

 部屋はまた、いつもの雑務部室に戻った。いるのは俺と久遠の二人。薄暗い外を見せている小窓。必死になって明るさを稼いでいるLEDの蛍光灯。両脇に立つねずみ色の戸棚と、中央に陣取っている木目調の長机。その上に散らされている唐草模様の背面をしたトランプ……

「く、久遠っ……」

 漏れるように声が出てしまった。

 景色はいつもと同じでも、そこにいる俺の心中はいつものように穏やかとは言えないからだ。絶対に断ると思っていた。必要な情報だけを引き出した上でそれを精査、本当に川崎という女子が中心人物なのか、もし異なるのであれば真の加害者となるべき人物は誰なのか、真壁が俺たちを急かす理由は何なのか。……それらの疑問を解いてから動き始めることを、久遠という人間の性格から確信していたのに。

「何かしら?」

「あっ、えっと……、準備の期間なんて必要なんだって……」

 それを素直に伝えていいのかわからず、静かに視線を移してくる久遠に対し、詰まりながら覚えのない準備期間の存在を問うことに留まってしまった。

 ふぅ……

 穏やかなため息をついた久遠は、パイプ椅子から横に動き、それを丁寧に長机の下へ収めた。そのまま自然な動作で手を伸ばし、小窓を少しだけ開ける。白い手がようやく通る程度のすき間であったが、そこから入り込んできた冷たい風が、久遠の黒い髪の先端をさらさらと動かした。

「なぜ制裁の約束などしたのか。……そう言いたいのでしょう?」

 窓の外、遠くを見つめていたはずの視線が、いつの間にか俺の方へと向いている。

 まるで心中を見透かされているようだ。特に隠したわけでもないし、予想できた疑問だったのかもしれない。そうであったとしても、俺が本当に聞きたいことを簡潔かつ直接的に理解しうることは、見事だと思うと同時に助かりもした。言いにくいこと、聞きにくいことを苦労して問いかける必要がなくなるのだから。

「ま、まあ……。剣道部の一件、久遠が忘れるはずはないだろうし」

「ええ。私もこの一件、色々と不審な点を感じているから」

 部屋の温度が二、三度ほど下がったような気がしたところで、久遠は小窓を閉めた。

「まず、会話アプリでのやりとりが急にとまっていること。特別な理由がなければ、ある日突然連絡が途絶えるなんて考えられないわ」

「そうだな」

「次に掲示板。西ヶ谷にはまだ言っていなかったのだけど、実はつい先日から更新が全くされていないのよ」

「全く? 誰も投稿していないってこと?」

「そう。掲示板の更新がとまる理由には、何があるの?」

「そうだな、投稿数の限界とか、サーバーの問題とかがあるけど……」

 この前見た限りでは、投稿数にはまだまだ余裕があったと思うし、サーバー側の問題なんて滅多に考えられない。例えあったとしても、復旧したら再使用すればいい話だ。

「それから、いきなり発端となった人物がわかったこと。偶然だと言えばそれで済むのでしょう。だけど、掲示板の更新がとまったことを考えれば、関連性のあるようなタイミングだと思わない?」

「うーん……」

 返事に困る。たしかに短期間で色々と起きているのは怪しいと思うのだが、どれがどうつながっているのか、そもそも関連性があるのかもわからない。会話アプリでの連絡途絶、掲示板の更新停止、突然浮上してきた発端となった人物……

 久遠の言わんとしていることが全く読めない。久遠は俺の心まで読めるというのに、俺はヒントつきですら考えを理解することができないというのは、自らの理解力の低さをさらしているようで恥ずかしさを覚えた。

「そういえば、西ヶ谷はそういうことを感じたりしない?」

「そういうことって?」

「不審なこと。具体的に言えば、真壁さんと話した時に気になったことはないかってことよ。会話アプリの画像、西ヶ谷がもらったのでしょう?」

 スクリーンショットを送ってもらった時、か。

 あの時は、昼休みに真壁さんから教室の外に呼び出されて、会話アプリの履歴は役に立つのかと聞かれて、メールで送ってくれるかと思ったら赤外線というアドレスの残らない方法で送信されて……

 こういう時、女子ってしたたかだよな。自分の気になる男子は、他の女子を妨害してまで自らのモノにしようとするし、そうではない男子は徹底的に情報を与えないようにする。アドレスの一つ増えたところで邪魔になるようなものでもないし、不審なメールを送りつけるつもりだってないのに。

 ……不審な?

「……そういえば、変なことを聞かれたな」

「どんなこと?」

「『どうやって犯人を特定するの?』とか、『特定できたら制裁するのか』とか。……なんか、いじめたやつを擁護ようごするようなことも言ってた気がするな」

 よくよく考えれば、おかしな話だ。鳴海がいじめられていると相談してきたのは真壁だというのに、その彼女自身がいじめた人物を擁護ようごしているのだ。そうかと思えば、さっきは制裁を急いで欲しいなんてお願いしてきたし。言っていることがまるで噛み合っていない。

「そう……」

 手を口に当て、やや俯いた久遠。いつも考える時の格好だ。

 俺たちが見始めてから、わずか一週間足らずで投稿のされなくなった掲示板――

 突然、やりとりのなくなった会話アプリ――

 それを見せてきた時の、加害者を擁護ようごするような真壁の言動――

 そして、その真壁が川崎という理数科の女子の制裁を急かしている――

 雑務部はいじめに対して抑止力を働かせるのが仕事であり、探偵のやるような犯人探しは本来の役目ではない。が、ここまで情報収集を進めてきた以上、「わかりませんでした」では済まされないような感じがする。実際、ここで手を引くという考えは俺の中にも存在しなかった。不謹慎かもしれないけれど、抑え切れない好奇心というやつだろうか。

「……真壁さんにも言ったけど、一日だけ時間をくれないかしら?」

 五分、十分……。しばらくの沈黙の後、久遠が顔を上げながら俺の方へと視線を向けてきた。

「何か策があるのか?」

「確証を得たいの。もう少し調べて、もう少し考えて、……本当に制裁を科すべき人物をね」

 決して鋭くはなかったが、久遠の目からは凍りつくような冷気を感じた。冷たい感覚が背中を走る。

 久遠の中には、すでに制裁の対象となる人間が浮かび上がっているのだろう。それは多分、俺が考えている人物と同一であると思う。ただ、俺は「何となく怪しい」で疑っている程度だが、久遠には組み上げられた理論が存在し、それを判断材料としてその人物であると確信しているのだろう。後は証拠、あるいはそれに限りなく近い情報を得るだけだ。

「わかった」

 その一言だけを返した。

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