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9-13.助けられたのは西ヶ谷

 それから時間は経ち、放課後――

『東静岡ー、東静岡です』

 帰宅ラッシュ――と言っても地方都市なので大して混んではいない――に紛れ込むようにして、俺は島形ホームに降り立った。時期が時期だけに、空気は冷たく空はすでに暗くなっている。

 珍しく単身だ。久遠には「親戚の家へ寄らないといけないから」と告げてある。まあ俺が何かを企んでいることくらいお見通しだろう。それでも個人の領域にまで過干渉しないように配慮したのか、特に問い詰められることはなかった。

 わずか一駅分の切符を改札に通し、小さなロータリーへのある南口へ。ここは市の総合的な文化施設がすぐ近くにあるから、規模の割にバスやタクシーがよく横付けしている場所だ。今日も何かやっているのか、大型の観光バス二台がロータリーに止まっている。

 それを横目で見ながら、見通しの良い交差点の横断歩道を渡り、大きな通りに出た。

 目の前には電飾のきらびやかなパチンコ店。左には高いタワーマンション。右手に見えるのは照明の眩しいスーツ専門店。片側二車線の車道には渋滞ができていて、歩道にも人が多く歩いている。

 俺は右へ、西に向かって歩いた。

「エムデンの隣……」

 業界第二位だとか、第三位だとか言われている有名チェーンの家電量販店の前を歩きながら、周囲を見回して目的地を探す。

「……あ、ここか」

 百五十メートルほど歩いたところで、足を止めた。

 一階が駐車場になっていて、階段を上って二階が入り口、全部で三階まであるだろうか? 「インターネット」「カラオケ」「ビリヤード」と横長の看板が出ている店舗。

 そう、ネットカフェだ。個室を借りてネットサーフィンやマンガを読んだり、飲み放題のドリンクで喉を潤したりしてリラックスできる現代のオアシス。安いためか泊まる人も多いため、最近は朝食が出たりシャワールームが併設されている店もあるようだ。

 そして、ここが今日の目的地でもあった。

「いらっしゃいませ」

「リクライニングルームで」

 カウンターで店員に希望のブースを告げ、会員カードを見せて手続きをする。ネットカフェはマンガを漁るために何度か利用したことがあるから、こういうのは手馴れたものだ。

「三十四番ブースになります。ごゆっくりどうぞ」

 指定されたブースに行く途中、ドリンクコーナーに寄りジュースを注ぐ。俺のお気に入りはメロンソーダだ。炭酸は苦手派なのだが、なぜかメロンソーダだけは飲める。たまにソーダを抜いてメロンジュースを飲めばいいのではないか? と思ったりもする。が、まずメロンジュースが置いてない。

 シュワワワ……

 炭酸の弾ける音を聞きながら、メロンソーダの入ったコップを片手にブースへと向かった。

「……さて、と」

 個室のドアを静かに閉じ、リクライニングを調整しながらデスクトップパソコンのスイッチを入れる。

 高難易度のRPG,クリア不可能なゲームの攻略開始だ。今までにRPGだけでなく、アクションやシューティングにシミュレーションと様々なゲームをやってきたが、これほどに意気込めるゲームもなかった。

 もちろん、パソコンゲームをプレイするのではない。久遠をいじめから救い出すために一仕事するのだ。

「http//krs……」

 キーボードを叩いて朝霧から教えてもらったURLを入力し、A組の掲示板を開く。パスワードを要求されたが、これも教えてもらったから問題ない。

 朝霧にはかなり嫌な顔をされた。自分が漏らしたとバレたら、クラスの女子全員からハブられるからだろう。久遠のため、今回だけは許して欲しい……

『パスワード認証中...』

 しばらく画面が固まった後、パッと無地の背景が出てきた。遅れて書き込まれた内容が表示される。

『だよねーw』

『数学の波多野、ホント面倒。死ねばいいのに』

『ミミズみたいな数字書いてさ、読めないしバカじゃないの?』

『今補習中。早く終われよカス』

『おつーwww』

 匿名の掲示板というのは無法地帯だ。ネットリテラシーだとかマナーだとか、そんな甘ったれたものはない。言いたいことを言い、聞きたいことだけを聞く。ゆえに書き込まれる内容の大半は、他人への愚痴や誹謗中傷だ。

 今日も早口と汚い板書で授業を進めた挙句、できない者を居残りにさせた数学教師が餌食になっていた。

 IDは……バラバラみたいだな。固有のニックネームもついていないし。

 個人特定はまず不可能、という環境を確認した俺は、作戦開始だとばかりにキーボードへ手を置いた。

 書き込んだのが俺だとバレては意味がない。だから自分のスマホやパソコンからではなく、わざわざ一駅離れた場所のネットカフェにまで来たのだ。意味があるかどうかはわからないけど。

 カタカタカタ……

『そういえばさ、久遠だっけ? 男に振られて寂しそうにしてたけど』

 数学教師の話題がやや落ち着いた頃合を見計らい、朝霧から聞いた「俺と久遠が付き合ってる」という噂を利用した火種を投下した。

 匿名掲示板は火薬庫のようなものだ。小さな火種でも、一旦火がつけばあっという間に燃え広がる。

『とばっちり喰らうから、近づかない方がいいと思われたんじゃね?』

『愛は……沈まない!←ウソでしたw』

『愛www』

 数分と経たずに反応が返ってきた。いきなり話題が変わったから、ついてくるかどうか心配だったが、それは杞憂だったようだ。むしろ誰も咎めることなく、久遠を嘲笑する書き込みが次々に流れてくる。

『え、結局付き合ってたの?』

『付き合ってんじゃない? 弁当とか作ってたしw』

『うわっキモッ! あたしなら全力で捨てるわ』

『付き合ってた? 突き合ってたの間違いじゃないの?』

『あれで経験済み?』

『人気あるみたいだし、もうシてるでしょ』

『S気ありそうだよね』

『SMプレイ好き?』

『だから西ヶ谷なんだ。M男っぽいし』

『M男でしょ。ムチで打たれながら、ああん、もっとお……とか』

『www』

 喰いつきやすい話題だったのか、それとも言いたいことが溜まっていたのか、あるいは面白半分に投稿しているのか……

 キモ男認定され、久遠と肉体関係を持っていることになり、さらにはSMプレイにまで話が発展している。容赦なく下ネタまで持ち出しているところから、匿名掲示板――というよりはネット――の怖さを思い知らされた。

 言いたいだけ言いやがって……

 目の前で自分への誹謗中傷が始まっていることにイライラを募らせながら、これも作戦のうちだと深呼吸しながらキーボードを叩く。

『まあマッキーがやったことだしね』

 マッキー――牧本のニックネームだ。

 ここからが正念場だった。まずは掲示板に入り、久遠の話題をスタートさせる。……ここまでは成功だ。

 次は久遠へのいじめは「誰がやったのか」明確にさせる。別に特定して呼び出そうとしているわけではない。やったのは牧本たち四人だとわかっているのだし、仮にピンポイントで特定したところで何もできないからだ。

 目的は誰がやったのか、という結果ではない。誰がやったのか、それを特定する「過程」へ誘引させることだ。

『制服捨てたやつ?』

『トイレのやつもでしょ』

『あれマッキーがやったの?』

 久遠がトイレで水を掛けられたのは休み時間のできごとだから、知らない女子もいるようだった。『何があったの?』から『制服をごみの集積場へと捨ててやった』とか『トイレの個室にいるところへ水を掛けてやった』という説明も入っている。

 俺はメロンソーダを口に含みながら、ひたすら待った。

 今、火種を投下し空気を送っているところだ。ここが山場、これを乗り越えれば火が燃え広がり手が付けられなくなる。逆にここで燃えてくれないと、火は消え去り消し炭が残るだけとなってしまうのだ。

 頼む、掛かってくれ……!

 魚が掛かるのを待っている釣り人のように、俺はただディスプレイを見ながら待ち続けた。

 ――画面を見つめ続けて、十五分が過ぎようとしていた、その時、

『は? やれって言ったの恵理でしょ?』

「喰い付いたっ!」

 小声だったが、思わず叫んでしまった。静かなブースに声が響き渡ってしまう。

 この喧嘩腰の書き込みは、おそらく牧本だろう。俺はこれを待っていたのだ。久遠に水を掛けた犯人へ仕立て上げられること、それに反発するのを。

 気に入らない久遠をいじめたことにより、正義のヒーロー扱いされてしまう。……その可能性もあり大きな賭けとなったが、この一言で賭けへの勝利を確信した。

「マッキーが恵理たちにやらせたんじゃないの?」

 着火を確認した俺は、さらに火を強くしようと風を送る。

『恵理はさすがにまずいんじゃないって言ったんだけどね』

『マッキーがやれやれ言うから』

 恵理――俺に倒され、久遠にたしなめられ、今回の発端となった女子――を擁護する者が素早い反応を見せた。こちらは一緒にいた三人だろう。

『声かけてきたの、恵理だったんだけど?』

『違うし。マッキーが水でも掛けてやろうかって言った』

『恵理がムカつくからって水掛けたじゃん』

『言いだしっぺはマッキー』

『いや最初にやるって言ったのは恵理たちだから』

『意味わかんない』

『それこっちのセリフだし』

 たちまち掲示板は互いへの応酬、文字通りやったやらないの水掛け論を展開する場となった。傍観者は『どっちなの?』『マッキーが指示して恵理がやったの?』と行方に興味を示している。

 燃えろ! もっと燃え広がれ!

 作戦は怖いくらいの大成功となった。用意した小さな火種が火薬に火をつけ、どんどん燃え広がっている。当人の牧本と三人の間で責任転嫁の論争が起こり、周囲は巻き込まれないように中立を維持しようと必死になり、勇気ある者は面白半分にちょっかいを出したり。先ほどまで数分おきに流れていた投稿が、今や数十秒単位で流れてくる。スマホの会話アプリでもやっているのではないか、と勘違いするくらいのスピードだ。

『マッキーがやれって言った』

『恵理がやるって言った』

 ここまで成功してしまうと、ついつい欲が出てしまう。

 俺はせっかくつけた火が消えないよう、さらにキーボードを叩いた。

『やった人が悪いんじゃない?』

 一分と待たずに反応が返ってくる。

『じゃあ恵理』

『実際に水を掛けたのは恵理なんでしょ?』

『まあ断ることもできたよね』

『本人の意思でやったってことで』

 牧本の味方が女子を責める。

『イミフなんですけど』

『恵理はマッキーに頼まれたんだよ?』

 一方の女子側は、何が何でも責任を押し付けられたくないようだ。語彙力の低下した説得力のない言葉で、牧本側を挑発しながら逃げている。

『頼まれたとかwww頼んでないしwwwww』

『マッキーがやれって言ったよね? 恵理、断れなかったんだよ? わかってる?』

『断れないってのが意味不明でしょ』

『日本語読めない? 障碍者?』

『は? 読めますけど?』

『読めてないじゃん。断れなかったって言ってるでしょ?』

『だーかーらー、何で断れなかったの? 嫌ならやらなければ済む話じゃん』

「くっ……くくくくくっ……」

 やばい、笑いが止まらない。

 掲示板で久遠の話題を持ち出し、誰が悪いのかという方向に誘引。それで牧本と女子グループを対立させる。――不確定要素がたくさんありギャンブルな作戦だったが、ふたを開けてみれば予想を遥かに上回る大成功となった。

 いじめはガス抜きだ。そこに正義だとか悪だとか、そんな理論的なものは存在しない。弱い者を責めるだけ、気に入らない者を叩くだけ。

 ならば、そのガス抜きの目標を――気に入らない者を別に用意してあげればいい。そうすればいじめの矛先はこちらに移動する。対立を煽ることで、目先に気に入らない者を作り上げ、ヘイトを移す――そういう算段だった。

 そして人間、特に日本社会の人たちは……責任を恐れる。

 心のどこかにわずかでも「悪いこと」という意識があれば、そこには責任を取りたくないという感情が生まれる。私は悪くない、ただ命じられてやっているだけだ、自分の意思ではない。……そう主張し、プレッシャーから逃れようとするのだ。

 いじめをしている人間は「正しいことをやっている」という考え方であり、「良いことをやっている」という考え方ではない。「正しいこと」と「良いこと」は、必ずしも一致しないのだ。

 これらを利用して描いた俺のシナリオは、恐ろしいほど予想通りに進むこととなった。

 明日からA組の女子グループは分裂するだろう。ターゲットから外された久遠は、これをもっていじめから解放される。

『死ねよカス』

『黙れゴミ』

 さらにヒートアップした掲示板に笑いを堪えながら、俺はウィンドウを閉じた。


 翌日金曜日の教室は、妙な雰囲気に満たされていた。女子グループを睨みつける牧本と、睨み返す女子グループ。他の生徒は互いに視線を気にしているようだし、何も知らない男子すら居心地が悪そうにしている。

 もちろん、久遠へのいじめなど一切ない。

 ゲームプレイヤー西ヶ谷が生み出した、混沌の世界だ。オンラインゲームのランカーたちは、きっとこんな目線で他のプレイヤーを見ているのだろう。そう思えるくらい、俺はこの教室を支配したという優越感を覚えていた。……自意識過剰かもしれないけど。

「ふふっ……」

 放課後の部室。思い出し笑いを抑えきれず、ついつい笑い声が漏れてしまった。

 どうなったのか見てみようと、スマホから掲示板を覗いていたが、

『マッキーさ、一年の時から万引きとかしてたよね』

『黙れよ。他人ひとのせいにして面白いかよクズが』

『何いきがってんの? 犯罪じゃん』

『へー、他人ひとのせいにするのは悪くないんだ』

 と過去の話まで持ち出して、未だに論争を繰り広げている。

 やはり火薬庫についた火は、そう簡単に消えないらしい。一時的にヘイトが移ればいいやと思っていたが、この様子だと今年中は消えそうにないと感じた。

 一度いじめられる側になると、そこから脱するのは難しいからなぁ……

「西ヶ谷」

 ふと呼ばれ顔を上げると、久遠がこちらを向いていた。今日はナンプレをやっているらしい。俺からしてみれば、ゲームにすら数学を入れようとしたやつは頭がおかしい勉強オタクだと思う。

「ん?」

「何かをしたでしょう?」

 お見通しよ、と言わんばかりにそう告げられた。

「……やっぱりわかる?」

「やけに機嫌がいいし、気持ち悪い笑い方をしているし。なぜか私へのいじめもなくなっているし、ね」

「気持ち悪い笑い方って……」

 まあ一人で「ふふふ……」と薄気味笑いを浮かべていれば、そう言われても仕方ない。

「どんな手を使ったのか、少しだけ興味があるわ。自分では手が出せない状況の打開策は、私ですら思いつかなかったのだから」

 ナンプレを解くシャープペンを机の上へと転がし、久遠は机の上で両手を組み合わせた。貪欲に知識を得たいという興味の視線が、俺へと向いている。

「……朝霧に、掲示板の存在を教えてもらったんだよ」

「それは先月に受けた依頼の時と、同じものかしら?」

「もの自体はね。けど理数科じゃなく、A組の掲示板だな。そこでは鳴海さんの時と同じように、俺や久遠の誹謗中傷が書き込まれていた」

「匿名のインターネットというのは、そういう場所なのね」

「誰か書いたのかわからないからだ。そして今回、俺はそれを逆手に取った」

「どんな方法?」

「牧本へ『これは牧本がやったんだよね』って、責任があるような書き込みをしておいたんだ。考えていた通り、牧本は責任を押し付けられたくないから同時行動していた他の女子がやったと主張、お互いに責任転嫁の大論争が始まって、今も続いているよ」

 自慢げな俺の説明を、久遠は何度か首を縦に振りながら真剣に聞いていた。

「対立を煽った、のね」

「そんなところかな。自分に責任があると思われたくないことと、別の敵を作ること。その二つを考えた末の作戦だ」

 ただ、多くの不安要素が存在したことは隠しきれなかった。いきなりの書き込みに反応してくれない可能性、責任などどうでもいいと流される可能性、どちらかの力が強すぎて対立そのものが起こらない可能性……

 もし立場が逆だったら――久遠がこうした状況を解決しようと試みたならば、もっと確実で効果の期待できる作戦を実行したことだろう。頭の悪い俺が思いついた方法としては、これが精一杯だった。

 久遠を助けることができた――それだけで、俺自身は満足であったが……

「そう。……ありがとう」

 小さく、お礼を言われた。

「一人だったら、どこかで耐え切れなくなっていたと思うわ。西ヶ谷がいてくれて、よかった」

 むしろ礼を言いたいのはこっちの方だ。

 自宅まで訪問してくれ、殴られ蹴られても一切反撃することなく、涙を流せば慰めてくれ、勉強を教えてくれたり、登校まで面倒を見てくれる。プロのカウンセラーでもやってくれるかわからないレベルだ。それなのに何の見返りも欲することなく、いじめの再発すらも身体を張って止めてくれた。

 おかげで元の生活に……

「……話は変わるのだけど、気になったことを言ってもいい?」

「どんなことだ?」

 窓の外へと向けていた視線を、俺へと戻した久遠。

「加治木くんに重傷を負わせたのが西ヶ谷でないとしたならば、誰がやったのかしら?」

 その言葉に、忘れかけていた記憶が鮮明に戻ってきた。

 会議室で倒れている加治木を見つけ、地獄谷を呼び、震えながら帰宅の途についたあの日。俺は加治木を見つけただけだ。何もしていない。俺が見つけた時には、彼はすでに倒れていたのだから。

 では――誰が加治木を?

「私も気になって、少し調べたの」

「どうだった?」

「わからなかったわ。だけど、違和感を覚えるような事実がいくつも見つかったのよ。重傷者が出ているにも関わらず、救急車が呼ばれていなかったり、傷害事件にも関わらず警察への通報がされていない……」

 そういえば、加治木は「顧問の車に乗せられて病院に担ぎ込まれた」と聞いた。その時には自家用車で運んだほうが早いと思ったが、よくよく考えてみれば救急車で救命処置をしながら搬送した方がいい。警察へだって、立派な事件なのだから報告して調査するべきだろう。

 それが行われていない、ということは……?

「つまり、部外者が関係すると都合が悪いってこと?」

「おそらくね。学校が何かを隠したがっている気がするわ」

 だけど、それ以上は……

 ヴーッ、ヴーッ。

 声を遮るようにして、携帯のバイブレーションが聞こえた。久遠のガラケーだ。

「はい、久遠です。……そうですか」

 開いた携帯を頬と肩の間に挟み、何やらメモを取っている。机の上から拾い上げられたシャープペンが、メモ帳の上を忙しそうに走っていた。

 佐々木先生かな?

「……わかりました」

 ピッ。

 通話が終わると、久遠は携帯をポケットへ落とした。メモ帳を鞄にしまい、シャープペンをペンケースへと放り込む。

 何か急用でもできたのだろうか。

 そう思っていると、久遠は俺の方を振り返り、こう告げた。

「加治木くんが意識を取り戻したそうよ」

「えっ?」

「生済会病院の四〇五号室ですって。……西ヶ谷の無実を証明してもらうわ」

 そうだ。

 会議室で倒れていた加治木。それを見つけた日から、全ては始まった。陰湿で耐えがたいいじめを受け、家族とすら顔を合わせない引きこもりとなり、太陽の下へ出て行くことすら諦めた、苦しみの過去。

 俺はやっていない。加治木に暴力を振るったりなどしていない。……それを本人の口から証明してもらう時がやってきたのだ。

「行きましょう。今度は私が、西ヶ谷を助ける番だから」

 久遠の言葉に力強く頷き、俺は自分のバッグを持ってパイプ椅子から立ち上がった。

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