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8-1.追い込まれたのは真壁

 狭く、そして暗い部屋に少女はいた。

 大きな衣装ケースに学習机、三段のたな、横幅のあるベッド……家具がひしめくこの部屋は、少女の身体の大きさを考えても広いとは言いがたい。

 ベッドのすぐ上にある窓からは、外にある街灯の白々しい光だけがカーテンのすき間から薄く漏れてきている。家族の寝静まった深夜だ。例え窓を開けていたとしても、聞こえるのは虫の鳴き声くらいのものだろう。

 そんな暗い部屋の中で、煌々(こうこう)と輝くパソコンの液晶モニター。

 少女は寝間着姿で学習机の椅子に座っている。さして真剣そうには見えない目で、しかし一時いっときも視線を切ることなく、正面にある明るい液晶モニターを見つめていた。時々、両手が思い出したかのように備え付けのキーボード上を走っている。

『この前のテスト、やばかったんだけど』

『そうそう! 特に数学!』

『積分とか、もっと少ないと思ったのにー』

『誰か駅南にできたカフェ、行った人いる?』

『あー、コンビニがあった場所にできたやつ?』

『なんか高そうなんだよねー』

 画面の中では、次々と文字が現れては流れていた。

 投稿時間と九桁のIDがラベルされた文章が浮かび上がっては、それに反応するような次の文章が浮かび上がり、それは意味を成す言葉のやりとり――会話となっていく。

 まるで、そこに他の人間がいるかのようだ。

「……」

 少女は右手の近くにあるマグカップを取り、残り少ない中身を飲み干した。

 そして意を決したように両手をキーボード上へと置き、

 カタカタカタ……

鳴海なるみってさ、小夜崎さよざき君とよくしゃべってると思わない?』

 ほんの少し、時間をかけて一文を打った。

『そう言われれば……』

『見たことないけどなー』

『教科委員とかじゃなくって、普通に?』

 五分とたたないうちに反応が返ってくる。それまで交わされていた会話の代わりに流れ始めたのは、放たれた文章への同意、疑問、問いかけの言葉。

 それらを見つめながら、少女は再びキーボードを叩き始める。今度は慣れた動作で軽やかに。

『鳴海は小夜崎君と同じ教科委員じゃないよ』

『それじゃあどうして?』

 あれはね……

 そこまで打ってから、一瞬だけ手がとまった。

 わずかにほほを硬直させる少女。目も少しだけ細め、ゴクリとつばを飲み込む。

 さらなる決意を必要とする行動だったのだろう。それでも少女は手を動かし始め、文字から単語を作り出し、意思ある言葉をつむいでいく。

『あれはね、みんなに見せつけているんだよ。小夜崎君は私のものだって、優越感に浸るためにね』

 ふぅ……

 打ち終わった後、小さく吐息した少女。

『そうなの? たしかに小夜崎君って人気みたいだけど……』

『彼女いたんだっけ?』

『少し前に別れたんじゃなかったかな』

 狙った通りなのか、それまでの会話など忘れ去れたかのように、話題は「鳴海」と「小夜崎」へシフトしていった。

 少女はさらに続ける。

『私だって小夜崎君のことが気になっていたのに、見せつけるのはやりすぎだと思わない? 話しかけても、ツンってしてるし』

 今度は流れるような動作で打たれた言葉に、素早い反応が返ってきた。

『うん。まるで自分が勝ったと思い込んでいるみたいだよね』

『高飛車な態度をとられるとマジでムカつく』

 にやり――

 少女の口から笑みがこぼれる。それは単なる喜びの笑顔ではなく、自身の欲求が満たされつつある時に漏れ出てくる愉悦ゆえつの感情だった。

『ちょっと、教育してあげようか。小夜崎君はあなたの所有物ではありません、ってね』

 画面に流れてくる、少女へ同意する声。

 そうだね。見下されているみたいでイヤだし。

 鳴海さんって普段はおとなしいくせに、こういうことには積極的なんだ。

 それで、どうするの? 小夜崎君に近寄らせないようにでもする?

 会話は完全に少女が主導権を握っていた。誰も別の話題を出してはこない。普段は名前すら出ない鳴海への不満が次々と吹き出てくる。

 カタカタカタ……

『みんなでシカトしよ。明日から、誰も鳴海としゃべっちゃダメ。いい?』

 口元を、もはやゆがませながら、少女はキーボードを叩いていく。

『おっけ』

『うーん……仕方ないなあ』

 積極的、消極的。その差はあれど、すぐに同調の返事で画面はあふれた。

 それに満足したのだろう。少女は画面の電源を切り、机から離れた――

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