あと八話。
あと八話。
あれから、三ヶ月が経った。
すずくんと福田さんとは、週に一、二度、会う仲になった。
会って、話して、一緒にご飯を囲む。
外食が多いけれど、ときどき、福田さんの家でごちそうになったり、お返しにあたしの家でごちそうしたりもするようになった。
何回目に会ったときだったろうか、すずくんの母親のことを福田さんに訊くことができた。
当時、付き合っていた女性がいたそうだ。急に会えなくなって、しばらくしたら、生まれたばかりのすずくんを抱いて現れたらしい。あなたの子だと言って、福田さんに渡したと思ったら、すぐに立ち去ってしまった。連絡もつかず、どこにいるのかもわからない。
初めは捜していたが、今はあきらめている。
そんな話だった。
すずくんたちと会うのは楽しかった。楽しいと思ってしまった。
このままでは、ダメだと思った。
これでは、すずくんの母親と、同じことを、あたしはしてしまう。
わかっている。わかっていた。
けど、抑えられなかった。
あたしの中の悪魔がささやくのだ。
『すずくんは三歳。三歳の頃の記憶なんて、憶えているはずがない』と。
『でも、その父親は憶えている。置いていかれた哀しさを、あたしがもう一度味あわせてしまうのではないか』
『そのときはそのときだ』
『そんなのは無責任だ』
『いいや。よく見てごらん。あたしといるときのふたりの目を。最初に会ったときと、比べてごらん』
『さみしそうな目だったはずなのに、やわらかに輝いていて、その中に、あたしが映っている』
『ね。大丈夫。大丈夫だよ。ふたりはきっと大丈夫』
『でも……』
会うのをやめられなかった。逆にあたしから誘っている始末だ。
あたしは、来年の、夏を、迎えられない。
夏は、もうこれだけ。この一年しかないのだ。
だから、と言ってはなんだが、大事に過ごそうとはしている。
隣の町で花火大会があると聞いたら、すずくんを誘ってみたり。
すずくんの通っている保育所で七夕祭りをやると聞いて、招待させてもらったり。
ほにゃらら流星群が見えるとニュースで知れば、すずくんと見に行ったり。
福田さんと、バーベキューを計画してみたり。
プールや海に車で運転を交換しながら、行ったり。そろそろ体にガタが現れてきていたために、泳ぐのは遠慮して水着は着なかったが。
後輩の新谷さんとも、くだらなくて面白い話をするために女子会をやったり。
ショッピングをしたり。
仕事のほうもきちんとやっている。会社の上のほうには、病気で辞めることを伝えておいている。
毎日会社に行って、引き継ぎもほとんど終わらせた。
繁忙期はあと少しで終わる。終わったら、退職する。
お医者さまには、そろそろ入院しましょう、と毎回せっつかれている。
あと、もう少しだけ。そう無理を通す。
今日は、写真撮影をしようと思って、街に出てきた。
なぜ、写真撮影か? って。それは、遺影に使ってもらうため。
だって、あたしの気に入らないあたしの写真を遺影にされたら、化けて出てしまいそうだから。
美容院に行って、綺麗に髪型を整えてもらう。
メイクもばっちりとしてもらう。
服も、白黒でも綺麗に映えるものを用意してきた。
写真屋さんに行って、いろいろな角度で撮ってもらった。
あたしから見て、満足のいくモノが撮れた。良かった。
やらなければいけないことはほとんど終わらせた。
そう思った。思い込ませた。
ひとつ、終わらせる毎に、次はあれをやりたい。これをやりたい。こんなこともやってみたかった。あれはやったことがない。次は、次は、と。そんな思いが溢れそうになるのだ。
次は、ないのに。
しぼりにしぼって、やりたいことを少しだけリストに載せる。
それは、ほとんどが、福田さんとすずくんとやれることだった。
それがどういうことか、あたしはわかりたくない。