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あと九話。

あと九話。



 あーあ。今、思うと、あれはフラグだったのかなぁ。

 まあ、いいか。うん。人生そんなもんだ。


 そんな風に自分を納得させて、目の前の現実に戻る。


「美味しい?」

「うん! おいしい!」


 はにかみながらオムライスを頬張る男の子の笑顔はプライスレス、だね!

 今、あたしは、すずくんとその父親と一緒にオムライスに舌鼓を打っている。

 どうしてこうなった。


 すずくんと初めて会ったあの日から一週間後のことだ。生活域が被っていたのか、あたしは偶然にもこの父子を見かけた。そして、つい、声をかけてしまった。

 あちらはビックリしていたようだが、この偶然の出会いに喜ばれた。お礼をもっとしたかったらしく、食事に誘われたのだ。

あたしは、仕事が終わったあとで、ひとり暮らしの部屋に帰ってひとりで食事をするよりもいいだろうと思って、ついて行くことにした。


 そういうあらましなのだが、いささか馴染みすぎている気がする。


 福田さん……すずくんの苗字だ。すずくんの父親をそう呼ばさせてもらっている。その福田さん的には、お高いレストランでご馳走したかったらしかったが、あたしは生憎にも、人様のお金で食べる料理はそこまで好きじゃない。そこで、あたしは財布に優しい近場のファミレスに入りたいと言い張った。渋った福田さんを、すずくんとふたりで言いくるめた。


「木藤さん、先日は本当にありがとうございました」

「いえ、ちょうど通りがかっただけですから。それに、すずくんはとてもいい子でしたからね」

「いいえ、元はと言えば、すずが、」

「すずくんはおとうさんを迎えに行きたかっただけだったもんね」

「……うん!」


 福田さん、言葉をさえぎってしまってごめんなさい。

 でも、子どもであるとはいえ、人の前でその人の失態を他人に否定するように言うのは、好きじゃない。たとえ実の子であるとしても。

 親だから自分の子を何と言ってもいいとは、あたしは思わない。


 ああ、今日もこの父と子は、同じ目をしている。


 さみしそうな、目。


 なにが原因であるかは、知りたくもない。が、こうして少しだけ一緒の空間に居てなんとなく察せるものがある。

 不自然なほどに出てこない母親の影。


 だから、なんだとは言えない。言わない。


 ただ、すずくんと福田さんとの食事は、思っていたよりも、とても楽しい時間だった。

 仕事を得てからはずっと、夕食はひとりだった。だからかもしれない。

 もちろん、お昼は社員食堂や外で仕事仲間と食べたり、夜は飲み会でにぎやかに食べたりはする。

 だけど、こんなにもゆったりとした空気に触れたのは、ひさびさだったのだ。子どもの頃、家族と一緒にいたとき以来かもしれない。


 お礼をしたいと言い張る福田さんに、ありがたく、お会計をお任せして、すずくんと待つ。


「すずくん、今日はありがとう。おばちゃん、とっても楽しかった。オムライス美味しかったね」

「うん」

「あ、お会計終わりましたか。福田さん、本日は本当にありがとうございました」

「こちらこそ、お会いできて良かったです。あ、送りますよ」

「いえ、歩いて帰れるくらいすぐ近くなので」

「うちも近くなのですよ。それに空も暗くなってきていますので」

「……では、お言葉に甘えて」


 三人で歩き出す。

 お店の前で終わらない押し問答をやっていても仕方がないだろう。それに、福田さんは『いい人』なので、腐っても女性であるあたしをひとりで帰すことができないだろうから。


「すずくんは何歳なのかな?」

「さんさい」


 いつの間にか握られていた小さな手をやわらかく握り返しながら、思う。はて、あたしの弟たちが三歳だったときは、こんなにおとなしくしていることができただろうか。

 姉であるために、三人もいる弟たちの世話を任せられたことも多い。

 弟たちは三人それぞれ性格も違って扱いにくかったが、みんな幼い頃はうるさくて、目を離すとすぐにどこかへ行っては転んで大泣きしたり、道端のモノを拾ったり、走ったり、ダダこねたりしていたものだ。

 それと比べるとすずくんはとてもおとなしい。口数も多くない。話しかければ、ゆっくりだが、きちんと言葉を返してくれるので、話せないということではない。


 ああ、わかった。あたしという、この変なおばちゃんがいるから、普段とは違う姿なのだろう。

 きっと、父親とふたりでいるときや、保育所にいるときは、三歳児らしくやんちゃに遊んでいるのだろうな。


 おばちゃんにつき合わせちゃってごめんね。

 そう心の中であやまりながら、すずくんと繋いだ手を揺らす。


 見ると、すずくんは反対側の手は父親と繋いでいる。

 はっ! これは、ハタから見たら、立派な三人家族に見えるのでは……?!

 わぁ。もう一生、というかあと一年もせずにこの世を去る予定のあたしには、絶対にありえないシチュエーションだ!

 ちょっと浮かれるなぁ。と思った瞬間に思い出す。

 これ、実は母親がちゃんと居ましたーとかいうオチだったら、あたし、どうすればいいんだ?

 焦る。意味もなく、焦る。

 手を離さなきゃ。いや、離せないよ。一度繋いだ手ってどうやって振り離せばいいんだっけ?

 うわぁ。うわぁ。どうしようどうしよう。


「あ、あああのですね。あああ、いやなんでもないのですが。あ! そこ、そこのところを曲がったところがあたしの家なので、その、はい! ここまでで大丈夫です。ありがとうございました。さようなら。おやすみなさい」


 テンパったまま言葉を言う。なにを言っているんだ、あたし。

 勢いのままに、すずくんの手を離す。

 離せた! やればできるじゃないか自分! 離れた小さな手を名残惜しいとか思ったのは内緒だ。


 急に慌て始めたあたしに、きょとんと同じ表情で見つめてくる親子。

 おいおい、かわいいなもうこの親子は! って違うぞ〜そんなこと思ってないぞ〜。

 自分の心に自分の気持ちをごまかす。


「またね」


 すずくんのその言葉を聞いて、すとん、と落ちた音がした。


 あたしの、心が、この、同じ目をした、父と子を、愛おしく、感じているのを、自覚した。


 だって。

 だってなんだろう。

 だって。


 ふたりが、あたしに向ける笑顔は、あたしの心をかき乱す。


 お礼をしたいから。そう言葉をつむぐ、その誠実な性格。


 ……うん。こちらの話を耳をすまして聞いて、それに精一杯、ゆっくりと未だ拙い言葉で、答えてくれる、いい子。


 ふたりはよく似ていて、お互いを信頼しあっていて、親愛に満ちていて、だれも入り込めない世界。


 それなのに、目はさみしそうで。


 どうしてそんな目をしているの。

 母親はどうしたの。


 あなたたちの、目に、あたしは、映っているの。


 映り込みたい。

 そのさみしそうな目に、あたしを映して。


 あと、一年も経たずに、いなくなってしまう、この哀れな、あたしを。



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