あと十話。
あと十話。
「ねぇ、こんな時間にどうしたの?」
会社からの帰り道、公園でひとりの男の子が座っているのを見かけた。
ベンチに膝を抱えて座っている。
周囲にはだれもいない。
夏なので、まだ空は明るい。明るいが、子どもがひとりで出歩く時間ではない。
今のご時世、子どもに声をかけるだけで不審者扱いをされるとは聞くが、放ってはおけなかった。なんとなく。
顔もあげない男の子の隣に腰掛ける。
「だれかを待っているのかな?」
横目で反応を伺うと、男の子は小さくうなずいた。
未だに目線は下のままだ。
「そうかぁ。じゃあ、おばさんもここで、人を待っていていいかな?」
また、うなずかれた。
良いということだろう。
「待っている間、おばさんとお話ししない? おばさんは寂しがりやさんだから、お話ししてくれたら嬉しいなー」
何度も声をかけるうるさいババアに嫌気がさしたのか、こちらを向いた。
ああ、と呻きたくなった。
さみしそうな目。
こんなに幼い男の子が、どうしてそんな目をしているのか、考えたくもない。
見たところ、三、四歳くらいだろう。
「お名前、聞いてもいい?」
しっかりと男の子の目を見て、問う。
「おばちゃんの名前は、木藤 ハナっていうの」
「きみは?」
根気強く返事を待つ。
ようやく開いた口からは、小さな小さな声が出てきた。
「……すず」
「すずくん? でいいのかな?」
聞き返すと、うなずきで肯定される。
「そうかあ。すずくんかぁ。いい名前だね」
さみしそうな瞳に、あたしの姿が映っている。
幼い子どもに、こんな目をさせて、こんなところに放っておくのは、どういう親なのだろう。
親の顔が見たい、というのがそのまま当てはまるようだ。
と、考えたのを撤回したい。親の顔は見たくなかった。
「すず! 良かった! 見つかって良かった! いなくなったって聞いて、とても心配したんだ」
スーツを着たその人は、走り回っていたのか、息を切らしながら、そう言った。
あたしはすずくんと何個か言葉を交わしたあとに、110番をしておいたのだ。
「とうさん」
すずくんの口から零れたその言葉に、男の人は破顔して、すずくんを抱きしめた。
すずくんの父親だと思われるその人の顔を見た途端に、思ってしまった。
ああ、さみしそうな目。すずくんと同じ、お揃いの。
見なければ良かった。
匿名で110番して、あとは任せてしまえば良かったのだ。
こんなの、知ってしまったら、気になってしまうではないか。
「すずくんはお父さんを待っていたんだね。会えて良かったね」
すずくんはこちらを向いて、うなずく。
「では、あたしはこれで。バイバイ、すずくん」
立ち去ろうとすると、すずくんの父親に引き止められる。
「木藤さんですよね? 通報ありがとうございます。あなたがいなかったら、すずの発見が遅れてました。もっと遅れていたら、なにか事故や事件に巻き込まれたかもしれないと考えると……なんとお礼を申し上げたら良いのやら、感謝の言葉もございません」
深々と下げられる頭。
「……すずくんはあなたに構ってもらいたい一心なのだと思いますよ」
だから、あんまり叱らないであげてください。
子どもの心は単純だ。大好きな人に構ってもらいたい。それだけでできていると言ってもいい。
この親子にはなにか他にも事情があるのだろうなと気になりつつも、これ以上、自分が余計なことを言わない内に立ち去る。