あと十二話。
あと十二話。
……そう、ですか。
そう言った後、あたしはなにも言えなくなった。
あたしは、あと一年しか、生きられないらしい。
そうかぁ。あと一年かぁ。
どうにも、頭が働かない。あたしは体だけではなく、頭まで病気になってしまったのだろうか。
まあ、なんとかなるだろう。いや、なんとかなる前に死んでしまうのか。なら、いいのか、な。
うーんわからない。
難しいお話を砕いて教えてくれるお医者さまに、いかにも聞いておりますよという顔向けながら、実際はサッパリ頭の中に入ってこない。
あれれ、あたしはこんなにバカだったかな。
あーバカだったかもしれない。
まあ、いいか。いいのか? ……いいことにしちゃおうか。
だって、なんか、あと一年しか、生きられないらしいし。
うん。思考がループをはじめてる。ここら辺でストップさせておこう。はい。終わり。
しきりに入院を勧めてくるお医者さまの話を丁寧にお断りしたら、通院の約束を押し付けられた。
お医者さまって偉いよねぇ。今まで見ず知らずだったこーんなあたしの体を考えてくれるのだもの。偉い偉い。あたしにはマネできない。
お医者さまとのお話が終わった後、検査入院とお薬のお金を支払う。高いなー。
建物から出る。
あーあ。これからどうしましょうか。
余命一年。
そうか、そうか、一年しか、この世にいられないのか。
ふーん。
今は初夏だから、季節が一巡りするまでかぁ。
一年でなにができるかしら。
うーん、うーん、考えてもなにも出てこない。
まあ、まずは仕事に戻りましょうか。
会社に連絡しなきゃ。
定期検査でひっかかり、検査のために有給休暇をもらったが、急な話だったために迷惑をかけてしまった。
あー仕事がたんまり溜まっているのだろうなぁ。
ほどほどにがんばろう。
まあ、それから、普通に会社で仕事をこなしているうちに、一ヶ月経った。
あれれ、おかしいな、あたしにはあと一年しかないはずなのに、どうして一ヶ月経っちゃってるの。
大丈夫、通院はちゃんと行っている。
お薬もちゃんと飲んでる。
お医者さまがいういい感じの食生活も送ってる。
少し、睡眠とか休みとかが足りない気もするけど、会社員はそうも言っていられない。
貯金はしているけど、働かないとお金がなくなってしまう。病院とお薬代で、吹っ飛んでいくのだ。
働こう働こう。
あー、で、なんだっけ。あ、そうだ、そうだ。あたしは余命一年だったんだっけ。
うん。忘れてない忘れてない大丈夫。
一年かぁ。もう一ヶ月経ったから、あと十一ヶ月。
あと十一ヶ月。
そうだなあ。なにかしようかな。
ええと、ええと、あ。家族のこと忘れてた。
いや、忘れてないけど、はい。
家族ねぇ。今はひとり暮らしをしているけど、一応いる。
母と父と弟1と弟2と弟3。
弟が三人もいて、面倒だね。
弟たちはみんなもう自立している。実家には母と父と弟1と弟1のお嫁さんとその子どもたちが住んでいる。
はあ、実家には行きたくないなぁ。
だって、弟たち全員がなぜかもうすでに結婚しているのに、あたしだけ独り身だから。
孫の顔はもう弟たちによって見せてあげることができたから、いいだろうと、あたしは思うのだけど、親からしてみると、そうではないらしい。
いつまでもひとりでいるあたしのことが心配で心配で仕方がないらしい。
それはそうだろうなぁとは思う。
出会いがないのです、すみませんね。
実家に帰るのが嫌なのは、独り身であることを言われるのが嫌であるからではない。
人に心配されるのが苦手なんだよね。
心配をかけている、ということが目に見えてわかるから、逃げたい。ただそれだけ。
あはは、これらはただの言い訳。
自分があと少しで死ぬということを家族にどんな顔をしてどんな声でどんな言葉で伝えたら良いのかなんて、わからない。わからない。
なーんて、そんなこと言って、これまで通りに会社に通っていたら、あっという間にまた一週間経ってました。てへへ。
これでも、あたしは行動早いほうだと思っていたのになあ。
ああ、もちろん、保険やらなんやらの手続きとかはもうちゃちゃっと終えてる。あたしがいなくなった後のことを考えて、物の整理もしている。
仕事も、それとなーく、問題なく引き継げるように整理している最中だ。
次の繁忙期が終わったら、上のほうに話して、役職から外してもらおうと思っている。と、いうか、たぶん、話したら、即クビになる可能性もなきにしもあらず。
うーんクビになるのは嫌だなあ。でも、仕方がないかな。うん。