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8話「賢者と呼ばれる老人」

 帝国の領地にウード村という小さな村がある。

 人口は百人に満たない程で、特産品もない。

 近くにあるのは綺麗な湖だけ。


 ただ帝都と他の町との中間地点に位置している事もあり特に寂れているわけではない。

 行商人が毎日何度か入ってきて、日中は子供の楽しそうな声が村のどこかで響いている。


 そんなウード村に最近住み着いた一人の老人が居る。


「そろそろここに来て三ヶ月経つのかのぅ」


 名をフォティスといい、望達と同じ異世界人である。

 元々は圧倒的な文明を誇る世界に住んでおり、世界転移が発生した日は最近始めた趣味の調合で使う材料を採りに自然溢れる山でうろうろしていた。

 目的の植物を見つけ、持っていたカバンの中から調合時にも調査時にも使う携帯器機「トランスアナライザー」を出す。


 調査機能はカメラを向けた物質の構成を表示するだけでなく使用用途まで表示。

 調合機能は特殊空間を生成し、その中に材料を放り込む事で設定した割合で混ぜ合わせる事が出来る。

 余った部分は特殊空間と共に消え去る仕様だ。

 しかも完成時には基本的にビンが特殊空間内で生成され、それに入っているというオマケつきである。


 そんな超文明の機械を手にいつものように材料を見極めようとしたその時、フォティスは世界転移に巻き込まれた。

 気付いたらウード村そばにあるレイシア湖に居て、助けてくれた人がいなければ既に死んでいた可能性もある。


 色々と世話を焼いてくれた人間のお陰でフォティスはウード村で暮らす事となった。

 言葉が通じ、書物の文字も読めるのにフォティスが持っているトランスアナライザーの文字が村の人間には読めない等の不思議な点はあったがなんとか生活していけている。


 ユミルキーアという世界では異世界人の会話や文章等は「自動変換」される。

 故にほとんどの場合問題ないのだが、フォティスが居た世界はユミルキーアがこれから先どんな歴史を歩もうともフォティスの世界には文明的に追いつくことなく数十億年後には消滅する。

 なので最も文明が進むであろう分岐を歴史が辿ってもユミルキーアという世界が持つ力では文明という点においてフォティスの世界の物に干渉出来ない。

 要はトランスアナライザーに関してはフォティスしか使いこなすことが出来ないということである。


 当然本人はそんな事は知らないので「不思議なこともあるな」程度にしか思っていない。

 そもそも違う世界にやってくるなんて元の世界でも実現出来なかった事でそちらの方が大層驚いたくらいである。

 それに比べれば文字くらいどうという事はなかったのだ。


 村人も気さくでフォティスはすぐに馴染めた。

 せめてもの恩返しという事でトランスアナライザーを使って薬を作っているうちに村人の間では「賢者」という呼ばれ方をしている。ちなみに、本人はそう呼ばれている事を知らない。


(おっと、今日はあの子がやってくる日じゃったな)


 唯一の荷物となったトランスアナライザーの設定をいじりながらフォティスはふと思い出す。

 作業の手を止め事前に作っておいた薬を古びたテーブルへと置く。


 丁度そこに扉を叩く音と人の声が同時にフォティスの耳に入ってきた。

 その声はこの世界に来て初めて聞いた人の声であり、自身の恩人の一人でもあった。


「おじいちゃーん! 来たよー!」

「はいはい、今出るよ」


 自身はアナログ派だと思っているが、流石に人物認識機能も自動開閉機能も備わっていない原始的なドアはやはり不便だと思いながらも既に聞きなれて間違える事がない声の主に向かって返事をする。


 ドアに手をかけ開けるとフォティスの体に衝撃が走った。

 とはいえ、毎度の事なのでもう慣れている。


「おじいちゃんこんにちはっ!」

「あぁ。いらっしゃい」


 飛びついてきた子供の頭を撫でながら歓迎の言葉をかける。

 名をサリアといい、歳は十歳。

 この子供をフォティスはまるで孫のように可愛がっている。


「ママのおくすりをもらいにきたの!」

「もう用意しておるよ。ほれ、テーブルの上じゃ」


 部屋の中へ入るように促し自身も備え付けられた椅子に座る。


「あっ! ママが「いつもありがとうございます」って言ってた!」

「そうかそうか。気にしないで構わないと伝えておくれ。君らはワシの恩人じゃからな」

「分かった! ちゃんと伝えておくね!」


 ニコニコと楽しそうにするサリア。

 フォティスが世界転移でユミルキーアに来た日、転移したレイシア湖に丁度通りかかったのがこのサリアとその母親ルルリアであった。


 異世界人は珍しいとはいえ既にその現象は世界規模で有名な為、事情を聞いたルルリアはフォティスがこの村で暮らしていけるように色々と手を回したのだ。

 フォティスはただただ感謝するばかりであったが、ルルリアが具合を悪そうにする様子を何度か見て持病がある事を知った。

 そしてお礼にトランスアナライザーを使って薬を作っている。

 その薬を月に二回、サリアがフォティスの住まう家まで取りに来ている。


「おじいちゃん、今日ウチでごはん食べない? ママがよかったらきてくださいって」

「ほう、それではお言葉に甘えようかのぅ」

「ほんと!? やったぁ! えへへ」


 嬉しそうに笑うサリアを見てこの世界も悪くないなと思うフォティス。

 勿論、世界のどこに居ようが連絡が取れるワールドコール(通信機)も無いので話す際はいちいち相手との距離を縮めなければならないし、ナマモノクリエイト(食料生成機)もないのでこの土地にない食料を手に入れるのも難しい。

 フォティスも歳であり厳しく感じる時もあるが、それでも悪くないと思った。


 支度をしてサリアと共に家を出た時、真っ黒な甲冑を着て腰に剣を携えている兵士らしきものが少し遠くに見えた。

 話にしか聞いた事が無かったが着ているものが特徴的であった為、それが帝国兵だと理解するのにそれほど時間はかからなかった。


(何かあったのかのぅ)


 ボンヤリとそんな事を考えていたフォティスだが、段々と近づいてくる事が分かり、ひとまずサリアと立ち止まることにした。

 帝国兵もフォティスの前まで来て立ち止まる。

 人数は五人、一人だけ黒い甲冑にマントを見につけている者が居るが恐らくこの五人の中で一番偉いのだろうと考える。


 それは的中しており、マントの兵士が一歩前に出て鉄の兜ごしに喋り始めた。


「……老人、貴様が賢者か?」

「賢者? はて、そんな呼ばれ方をした事はないがのぅ」

「我々は帝国軍特務兵士隊で私はその部隊長のギディオンだ。嘘は身の為にならんぞ」


 フォティスは本心からそう言ったのだが、相手が信じた様子は見られなかった。


「ふぅむ。本当に賢者などと呼ばれた事はないんじゃがのぅ」

「話に聞いた賢者は読めない文字が現れる不思議な道具を使うと聞いたが、貴様の事ではないのか?」

「読めない文字、不思議な道具……? あぁ、トランスアナライザーの事かのぅ?」

「名称は知らん。ただそれを所望している人物が居る。一緒に来てもらうぞ」


 ギディオンという名の男から有無を言わさぬ威圧を感じながらもフォティスはそれを流し飄々とした態度で言葉を返す。


「申し訳ないがここから離れる訳にはいかんのじゃよ。薬が欲しいなら本人を連れてきてくれたらワシが診るぞ? 治せるという保証は出来んがのぅ」

「どうしても来ないつもりか?」

「どうしても、じゃな」

「……そうか」


 ギディオンは腰に携えた剣に手を置くとそれを自然な動きで抜き取った。

 この行動が当たり前で、今まで何度もしているかのように。


「……そこの子供が死ぬ事になってもか? それでも渡さぬと言うのならば老人、貴様も殺す。我等の目的は貴様の所有している不思議な道具の入手だからな」


 脅しというより警告と取れる言葉をフォティスに投げかける。

 剣の切っ先はサリアに向いており、サリアは怯えてフォティスにしがみついた。


(ふぅむ、マズいのぅ……。この世界じゃとあんな玩具でも死んでしまうからのぅ)


 薬の為には自分とトランスアナライザーが必要不可欠。

 しかし相手は最悪トランスアナライザーのみ手に入ればいいと発した。


(今はトラアナにロック掛かっておるしワシを殺せば此奴等じゃと一生使えんのじゃが、言っても分からんじゃろうし……)


 どうしたものかと悩むフォティス。

 サリアだけでも逃がしたいが、この兵士達がそうはさせてくれないだろう。

 使っている武器はフォティスの感覚では玩具のようなものだが、殺気は本物であった。


 ついて行くにしても戻れる可能性は低いとフォティスは踏んでいた。

 そうなるとサリアの母ルルリアの持病は悪化していくという事も。

 しかし――。


(ダメじゃな……ついて行かないとサリアを守れん)


 観念したように息を吐くと自身にしがみついているサリアの手をゆっくりと離していく。


「おじいちゃん……?」

「すまんのぅ。こうするしかなさそうじゃわい」


 孫のように思っている子供が悲しそうな顔をするのは心が痛んだが、守る為ならばとサリアをその場に残し一歩踏み出す。


「……ふん」


 ようやくか、といった感じでギディオンは剣を納めようとしたが、ふとその手を止める。

 そして声を発しながら横を向いた。


「……誰だ」

「声が届いたから聞かせてもらったが無理やりはよくねーぜ! 帝国兵さんよ!」


 その先には肌が僅かに青みを帯びている筋骨隆々の男、そして他に四人の男女が立っていた。


「行きたくないって言っていましたよね? 子供に手を掛けようとしていたし、どうしてそんな酷い事をするんですか?」


 頭に髪飾りをつけた茶髪の女の子も続いて兵士へと問いかける。


「それが我々の使命だからだ。それ以上の理由はないし、必要ない」


 仕舞おうとした剣を持ち直し答える。

 帝国に使える兵士として任務に私情を挟むべきではないと指導を受け、また自身もそう思っていた。


「我々の任務の邪魔をするならば、貴様等も殺すまでだ」


 故に、多少のアクシデントが発生してもいつも通りの台詞が自然と出た。


「うーん。話し合いは出来ないみたいだね」


 長い髪を風になびかせながら金髪の女性が茶髪の女の子へと話しかける。

 茶髪の女の子は一つ頷きを返すと兵士達に向かって宣言する。


「ならば、私達異世界王国はあなた達を止めます!」

「異世界王国……?」

「ブルーさん! ノゾム!」


 聞いた事が無い国名につい呟くが、すぐに頭を切り替え構えを取る。

 男が二人、老人と自分達の間に割って入ってきたからだ。


「そういう事だ。大人しく帰れば見逃してやるぜ?」

「俺、出来れば戦いたくないから諦めて欲しいけど無理なんだろうなぁ」


 男二人……ブルーガイと望は既に臨戦態勢をとっている。

 望に至っては今までは一本だけだった剣が現在は腰に二本ぶら下がっておりその内の一本を抜いている。


 対人でも全力を出せるようにとアルタがラウラに進言し、予算を使って購入したのだ。

 剣の形をしているが完全に打撃用の武器となっている。


「ヴァーニさん、二人を!」

「はぁい。さぁ、アナタとそっちのおじーちゃんはこっちに来て下さい~」


 アルタの指示でヴァーニがサリアとフォティスをこの場から離す。


 面倒だとばかりにため息をつくギディオン。

 そして相対している望とブルーガイに向かって口を開く。


「異世界王国とか言ったな。どれが王だ?」

「ん? 見て分からないのか? あっちの頭に王冠乗せてるのが王だよ」

「王冠……?」


 望の返答にギディオンはそんな物はあっただろうかと思いながらそちらを見ると、王冠型の髪飾りが目に入った。


「まさか……アレが?」

「ま、今の所はアレで代用してる感じかな」

「王の証たる王冠があんなふざけた物だと……!」

「やっぱダメなんだ、あれ」


 徐々に相手の声に怒りが篭り始めた事に気付く望。

 バカにしたつもりはなかったが明らかに相手の態度が悪くなっているので、王の証がアレではダメだったかと少し反省した。


「まぁいい。邪魔をする貴様等はここで死ぬのだからな。おいっ! お前らは老人の方を追えっ!」

「はっ!」


 部下にそう指示をすると短い了承の言葉と共に彼等は迅速に動きだした。

 兵士達を止めようとラウラ、アルタが立ちふさがるがブルーガイの顔色は悪い。


「アルタを守りながら四人、か。ちとラウラの旗色が悪ぃな」

「こっちのマントはしばらく俺が相手しておく! ブルーガイはラウラを助けてやってくれ!」

「それしかねぇか……。んじゃここは頼んだぞ!」


 ブルーガイは望を信頼しており、その言葉を聞くや否やラウラの元へと駆け出した。

 残った望とギディオンはお互い相手の出方を窺っているかのように構えたまま動かない。


「すんなりブルーガイを行かせてくれたな。邪魔するかと思いきや意外と優しい?」

「ふんっ、どの道我々の勝利以外は無い。貴様等がどこで誰と戦おうが同じ事」


 帝国兵は連携が取れなくはないが、お互いを尊重し合う関係でもない為信頼といったものは基本的に無い。

 ギディオンがブルーガイを見逃したのもたとえどのような状況になろうとも「結果的に勝利すればいい」という事しか頭に無かったからだ。

 たとえ部下が犠牲になってもギディオンが悲しむ事はなく、むしろ情けない結果を出した事に憤りを感じるだろう。


 それきり言葉を交わす事はなく望とギディオンは互いを睨みあいタイミングを窺う。

 いつもならば心地よい風がやけにうっとうしく感じる。

 十秒程過ぎただろうか。


 二人は同時に地を蹴った――。

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