6話「対人戦」
すぐに反応したのはアルタであった。
「ノゾム! 誰かの悲鳴です! 助けに行きましょう!」
先ほどまでの雰囲気とは一転して有無を言わせない迫力を見せるその変わりように内心驚く。
しかし気持ちは望も同じだった。
「あぁ! でも、どっちから聞こえた?」
「あっちです!」
指を差して駆け出そうとするアルタ。
「ちょっと待って! 流石に俺に前を行かせて!」
アルタよりも僅かに冷静さを残している望が止める。
陣形についてはブルーガイからその大切さを教えられており、自身も危険だと分かっている所に女の子を突っ込ませる気は無い。
アルタの指差した方向に走る事数分。
二人は三人の男が大きな袋を何かに被せているのを遠目に発見した。
「っと、一旦こっちに隠れよう」
望とアルタは相手から発見されないよう大きめの木に隠れる。
そっと覗くと袋の中で何かが暴れているのが分かった。
「ノゾム、あの中に人が入っているんじゃないですか?」
「俺もそう思ってた所だよ」
音量に気をつけて喋る二人。
幸いまだ見つかっておらず奇襲をかける事は可能である。
しかし出られなかった。
(人間相手に戦えるか……? いや、やらないとアルタが飛び出しそうだな)
魔物ならば問題無かった。
だが、人間となると話は別だ。
気がかりなのは隣の人物。
いつもの優しい笑顔は消え、このままでは飛び出しかねない雰囲気を纏っている。
目を閉じて一つ深呼吸をし、決意を固める。
ここは異世界だと、血の流れる戦いがある場所なのだと自分に言い聞かせた。
雰囲気が変わった望に気付いたアルタはハッとした。
(そういえば、ノゾムの世界では人が人を殺すのは禁忌なんだっけ……どうしよう)
疲れていないはずなのに汗を流している隣の人物を見てその心境を察する。
助けなければならないが、もし人を殺してしまったら望の心は壊れ、変わってしまうだろう。
彼が彼で無くなってしまうのはアルタにとって凄く避けたい項目の一つである。
勿論、相手を殺さないように倒す事が出来れば問題ないのだがラウラとブルーガイの居ない二人にはそんな楽観的な事はとても考えられなかった。
(……私が囮になってその間にあの人を助けられれば)
恐怖はある。
だが、ここで見捨てるという選択肢はアルタには存在しなかった。
それに、幸いここは転移陣があるフェルガウ山脈に近い。
戦闘センスは無いが運動神経が悪い訳ではない。
運が良ければそこまで辿り着け撒く事が出来るだろうと考えたのだ。
勿論上手くいく可能性が低い事は誰よりも自分がよく分かっている。
それでもアルタは意を決し望にそれを伝えようとしたその時。
「悪いけど隠れててくれ。ちょっと行ってくるよ」
その声が意味する事が一瞬何のことか分からなかった。
隣から聞こえたのは望の声ではあったが、少し低くなっているように思えた。
「ノゾム……? あの……」
何をするかは理解出来た。
理解出来てしまっていた。
それでも声を掛けずにはいられなかった。
望は呼びかけられた声に反応する事なく一つ息を吐くと、腰から剣を抜き勢いよく地面を蹴る。
心臓は飛び跳ねるように激しく動き隠密からの奇襲なんてとてもじゃないが出来る心境ではなかった。
残された方法は正面からぶつかる、それだけだった。
(こっちがそれなりに強いと分かれば相手も逃げる……と思いたい)
恐らく相手は捕まえた人物を売るなりして利用するはず。
そのような人物が命尽きるまで戦うとは思えなかった。
近づくにつれさすがに相手も気付いたのか、三人揃って勢いよく振り返る。
「だっ誰だ!? うわ、こっち来る!」
「うぉっ! 何でこんな場所に!?」
「知るか! ってか速いぞ! 剣を抜け!」
慌てて腰にぶら下げた粗悪な剣を抜き構えを取る三人。
望はそれを見て反射的に思った。
(あれ、コイツ等……)
相手との距離が近づく中、一つの予測が頭に浮かぶ。
望の頭には二通りの行動が天秤に掛けられた。
このまま剣で斬りかかるか、それとも自分の感じた事を信用して動くか。
だが悠長にものを考えている暇は無くあっという間に男達へと肉薄してしまう。
(くっ……!)
望は剣ではなく蹴りを一番近くに居た男に放った。
刃物を持っている相手がまともに対処すれば自身が傷つくだけの攻撃であったが、男達の構えや戦闘時における独特の雰囲気から望は直感的にそう感じた。
そしてそれは正しかった。
「ぐぺっ――!」
望の蹴りは相手の頭部を直撃し、声ならぬ声をあげながら男達の一人が吹き飛ぶ。
五メートル程空中を漂い地面を二転三転して止まった時には気絶しているのかピクピクとするだけで起き上がらない。
望は知らないが、ブルーガイとの訓練によって既にこの世界の強者と言われる帝国兵士でも単身では勝てないと言っていい程の実力を得ていた。
普通ならば有り得ない速度での成長だったが、スキルの効果がそれを実現させている。
望がイマイチ自身の強さを分かっていないのは元々戦闘なんて必要なかった環境で育った、そしてこの世界の強さの平均を調べなかった結果である。
「なななんだこいつ……強ぇ」
残った二人の内一人が声に恐怖を滲ませながら一歩後ずさる。
「おいおいまさかスキル持ちかよ!? しかも戦闘系ときたもんだ、くそったれ!」
もう一人も悪態をつくが間違いである。
「植物の恩恵」は戦闘技術の向上には役に立つが戦闘時に直接役に立つスキルではない。
そして相手の台詞は望にとって朗報であった。
相手が戦況をひっくり返すようなスキルは持っていないという証明であるのだから。
(スキルを持ってるのが珍しいみたいな言い方だな)
実力差がハッキリし、先ほどよりも幾分かの余裕を持った望はそんな事を思った。
そして今の内に勝敗を決するのが吉だと思い口を開く。
「投降すれば今なら命は助けてやる。だが、抵抗するなら……」
自身の口から決定的な単語を出したく無かっただけだったが、それは男達に想像という恐怖を与えるという結果をもたらした。
動かない仲間をチラリと見てブルッと体を震わせると口早に望に向かって喋り出した。
「たっ、頼む! 助けてくれ!」
「お、お前の言う通りにすっから命だけは……!」
自ら武器を捨て降伏の意思を示した男達に内心安堵しながらもまずは拘束する事にした。
「アルタ! 居るか!?」
望の声が聞こえアルタが隠れていた木の陰から頭を出す。
(なんか話してたけど大丈夫だったのかな……?)
そう思いながら望が立っている方向に目を向けると一人が倒れており動いていない。
一瞬嫌な想像をしてしまったが、血が流れていないところを見て気絶しているだけなのだと理解する。
残りの二人は武器を捨て膝を付き完全に降伏した状態となっていた為そこで望が問題なく勝利したのだと確信できた。
「ノゾム! 大丈夫ですか?」
それでも心配で声を掛けるが、返ってきた声はいつもの穏やかな声でアルタはようやく安堵する事ができた。
「問題無かったよ。それより薬草入れてた袋に紐があるだろ? それをコイツ等の手首に巻きつけてくれない?」
「はいっ! 分かりました!」
望は剣を向けて「動くなよ」と男二人に言うがもう彼等に抵抗する意思は無くすぐにアルタによって手首に紐が巻きつけられた。
結び目をしっかり確認したアルタは横にいる望に向き直り強めに発言する。
「ノゾムは無茶しすぎですっ! もし怪我でもしたらどうするんですか!?」
「いやでも皆無事で終わるにはこうするしか無かったじゃん」
「そ、そうかもしれませんがいきなり飛び出すなんて危ないです! だいたいですね――」
何となく長くなりそうだと感じた望は説教を続けようとするアルタを手で制し横を見る。
「ほら、アレもどうにかしないと」
「……そうですね」
不満そうな顔をしているアルタをよそに望は大きな袋に入れられた誰かを見る。
自分が割り込んだ辺りからうんともすんとも言わなくなった動かぬ様子に少し心配していたが、助けるならば早い方がいいと思い足を動かす。
「おーい、大丈夫か?」
「…………えっ? はい、大丈夫ですぅ」
声を掛けると袋の中から驚いたような声が返ってくる。
(無事みたいだな)
「袋取るから動かないでくれ」
雑な作りの袋を取ると、中から体育座りをした大人であろう女性が現れた。
「おぉ……」
その女性は頭からウサ耳が生えており、望は思わず声を上げてしまう。
白に近い桃色の髪はボサボサになっており、髪よりかは濃い桃色の瞳は酷く疲れているのが見てとれる。
普段ならピンと上を向いているであろう長いウサ耳はだらりと垂れ下がって明らかに元気が無い。
アルタやラウラよりもより体に凹凸があるが、体育座りをしている為残念ながら望からは見えていない。
「助かりましたぁ。ありがとうございます~」
「気にしないでくれ。ところでどうして攫われかけてたんだ?」
「それがわたしにもサッパリでして~」
望はそうか、と短く返事を返し男達へと顔を向ける。
ついでに腰の剣に手を掛けておく。
それがどういう意味か分かったらしく、一人の男が口を開く。
「待て待て喋るから! その女は異世界人だろ? 金になるから奴隷商人に売るつもりだったんだよ!」
「えっ!? 異世界人?」
「いやだってそうだろ? 頭から耳生えてるなんて異世界人の証拠だろ」
男は当たり前のように喋る。
望も頭からウサ耳が生えているなんて見た事はないがこの世界では普通に存在しているのかと思ってしまっていた。
そして再び女性へと顔を向け話しかける。
「えっと、お姉さんは異世界人なの?」
「どうなんでしょう? 昨日家の近くをお散歩してたらいつの間にか山に居たんですよぉ」
「これ確定だな」
望はアルタを呼ぶ。
「どうしたんですか?」
「このお姉さん異世界人らしいぞ。しかも昨日こっちに来たばかりらしい」
「えっ! そうなんですか? あ、でもお姉さんみたいな姿をした人って見る数が少ないとは思ってたんですよね」
アルタはこの世界に来てから犬や猫の耳をした人物が存在しているのを何度か見ていた。
しかしこれまで見てきたのは既に仕事や住む場所を確保した後の姿であり、こちらにかなり溶け込んでいた。
故にそれらが異世界人だと気付かないのも無理はなかった。
そして異世界人でかつこちらに来たばかりとなればアルタが掛ける言葉は決まっていた。
「あの、良かったら私達の王国に来ませんか?」
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「何がどうなったらこうなるの……?」
縛った三人の男達、そしてウサ耳の女性(自己紹介でヴァーニという名が判明)を連れてハーファの町へと戻った望達は依頼を終えたラウラ達と合流した。
当然ながらラウラはそれを見て状況を察する事が出来ず、第一声が今の言葉であった。
「……ちょっと人助けをしててな。いい事だろ?」
望は一瞬どう答えるべきかと考えた。
薬草はしっかり採取したが、話に夢中になり遠くに離れすぎた。
無論それがあったから助けられたのだが、出来れば小言は言われたくない。
その結果、嘘をつかず怒られそうな所は省くというものだった。
「あぁうん。それはいい事だね。でもその男達は何で縛ってあるの?」
「実はぁ、わたしが攫われそうになっちゃいまして。この子達はそこの男の人達からわたしを助けてくれたんですよぉ」
どこか気が抜けるような間延びした声で口を挟むヴァーニ。
その言葉で一連の流れを察したラウラ。
町のすぐ近くでは流石に人攫いなんて起きない。
という事はある程度町から離れていた事は想像しやすい。
たった二人で何故そんな危険な事をと言いたくもなったが、少しバツが悪そうにしている望を見て反省はしていると汲み取り言葉を飲み込む。
「まぁ無事だったみたいだしいいけど。ヴァーニさん、でしたか? あなたも無事で何よりです」
「えぇ、本当に助かりましたぁ」
頬に手をあてニコリと微笑むヴァーニ。
そこにアルタがやって来てラウラに告げる。
「ヴァーニさんは異世界人らしくて、こっちの世界に来たのも昨日だって言うから私達の国に来てもらおうと思うんです」
「へぇ、そうだったんだ。ヴァーニさんはそれでいいんですか?」
「はぁい。お世話になりますぅ。えーっと――」
「私の事はラウラと呼んで下さい」
「ついでにオレも自己紹介しておくがブルーガイだ。よろしくな!」
いつの間にかブルーガイも会話に加わっており自己紹介を済ます。
「よろしくお願いしますねぇ。ラウラさん、ブルーガイさん」
こうして、異世界王国に五人目の人物が加わった。
「あるかなーとは思ったけど、まさかこんなに貰えるなんて」
望は自分が捕らえた誘拐犯を衛兵に引き渡すと賞金という形で現金を貰った。
一通りはこの世界での通貨を覚えているが、もらった額は質素に暮らせば一ヶ月は暮らせそうな金額であった。
「まさか指名手配されてたなんてね」
ラウラが少し驚いた様子で望に話しかける。
「弱かったのになぁ。あ、これラウラに渡しておくよ。国の資金にでもしてくれ」
「うーん……。それは資金を集める為に活動した分じゃないからノゾムが好きに使っていいよ」
ラウラは「薬草の分は有難く使わせてもらうけどね」と付け加え依頼所で受けた報酬だけを受け取る。
(なら、アルタと山分けだな)
望は一緒にヴァーニを助けたアルタと半分こしようとしたが「私隠れてただけなんですけど……」と言われ受け取って貰えず結局自分一人でそれを懐に入れる事となった。
(まぁアルタなら当然の反応か。立場が逆転してたら俺も受け取れない気がするし)
それでも何となく腑に落ちない望はどうしたものかと頭を捻る。
二人で動いたからこそあの結果になった訳で自分一人で全額受け取るのは少し気が引けた。
(あぁ、そうだ!)
ある事を思いついた望はラウラへと駆け寄る。
「ちょっと離れる。悪いけど待っててくれ」
「それじゃ町の入り口で待ってるよ。あんまり遅くならないようにね」
「分かった。それじゃちょっと行ってくる」
そして一人ある場所に移動した。
「あぁ、いたいた」
十五分程して、用事を済ませた望は皆が待っている町の入り口へと到着した。
手には小さな袋が握られており、何かを買ってきたのだと分かる。
そんな望の元にアルタが近寄る。
「どこに行ってたんですか?」
ちょっとした疑問から聞いたアルタだが、望の返事に驚愕する事となる。
「あぁ、アルタにプレゼントがあるんだ」
「えっ――!」
手で口を覆うという予想以上の大きなリアクションに望は内心首を傾げたが、答えは出なかったので続ける。
「いつも世話になりっぱなしだったからな。初任給も入ったしこれ受け取ってくれよ」
そう言いながら望が差し出したのは小さなクラウン型の髪飾りだった。
男の王が頭に乗せているような形だが、この世界で取れる水晶を小さく削って組み合わせ形作る事で女性用のアクセサリとなっている。
「王様っていったらやっぱ王冠だと思ってな。本物はいくらするのか知らんからとりあえずコレで我慢してくれ」
「えと……こ、これ、私にですか?」
そう言ってるんだが、と思いながらも望は「勿論」と短く返す。
ただのお礼の為あっさり渡そうとする望に対しアルタは混乱していた。
(どど、どうしよう。あ、ノゾムの世界だと親しい人にプレゼントを贈る行事があるんだっけ? でもでも――)
自身が元いた世界だと男性が女性に贈り物をするのはプロポーズか結婚後の記念日だけで、その行為にはそれなりの意味がある。
当然その価値観を持っているアルタはプロポーズされているような感覚に陥っていた。
(ノゾムからすれば受け取らないとおかしいって思うのかな? でも、私達まだ知り合ったばっかりだし――)
自分でも何を考えているのか分からなくなったアルタだが一つだけ確かなことがあった。
(プレゼントなんて初めて……こんなにドキドキするものだったんだ)
顔を真っ赤にして俯いたアルタを見て、望は贈る品物を間違えたと感じた。
(あー……これは気に入ってもらえなかったのか。別のにすれば良かったな)
女性にプレゼントを贈った事がない望はつい自身のセンスで選んだが、こういった物は相手の感性を考慮しなければならないと反省した。
普段身に付ける物なら尚更だろう。
出会ってからの期間が短くまだ相手の好み等は把握していない為知識不足は仕方ないといえば仕方ないのだが。
差し出した手を引っ込めようとしたとき、アルタが口を開いた。
「あ、あの、ノゾム。本当に私にプレゼントしてくれるんですか?」
「え? そりゃアルタの為に買ったんだからな。でも気に入らなかったのなら別に受け取る必要はないぞ」
断りやすくする為に発言したが、返ってきた言葉にはそれを否定する力強さがあった。
「そんな事ないですっ! あの、た、大切にしますね」
そう言っていつもとは違う雰囲気のはにかむような笑顔に少しドキッとしながらも望は受け取って貰えたことに安堵する。
「それじゃ、皆を待たせてるしそろそろ帰ろうか」
「はいっ!」
町の入り口で二人を待っている仲間達の元に歩いていく。
この後、人生初のプレゼントを貰い浮かれるアルタに一晩中話を聞かされるハメになるとはこの時のラウラはまだ知らない。




