45話「強襲」
鉄の匂いと何かが壊れているような音。
いつもの光景とはかけ離れた状況。
そんな中、呆けているアルタにラウラが叱咤する。
「アルタ! 早く行くよ、誰か戦っているんだ!」
「え……は、はいっ!」
既に安全とは言えない為、ラウラを先頭にアルタ、アリーシャ、そして後方にニナ、ミイの二人が並ぶ。
出かけたのはアルタ達だけでそれ以外は残っていた。
出かけてから一日が経過している。
いつから戦闘が始まっていたのか分からなかったが、全員の無事を祈りながらも急ぎ広間へ。
普段はのんびり歩く廊下を駆け抜けていると重い音が聞こえた。
声を掛けようとしたラウラの眼前に飛び出してきたのは大きな影だった。
「誰かッ……くっ、『ラファームハンマー』」
大きな刀身を持つ剣を振り上げており咄嗟に魔法をぶつける。
鎧の兵士は花瓶を巻き込みながらハデな音と共に吹き飛ばされた。
「これ、帝国の……あ、でも少し違う……?」
「私達にやられたんです。当然改良されているでしょうね」
以前見た時は中央に丸い宝石のようなものが埋め込まれていたはずだ、とアルタは吹き飛ばされ仰向けに倒れたそれを見る。
前回見た鎧の面影はあるが所々変化している。
帝国兵だと断定出来るのは国で定められている紋章が鎧に刻まれているからだ。
「ァア"ア"……グ、グゴ……ガ……」
以前は見えていた兜の部分は完全に覆われており相手の表情は確認出来ない。
ゆっくりと起き上がった帝国兵はおおよそ人の言葉とは言えない声をあげて鉄が纏った拳を振り上げる。
「ラファーム――」
「はあぁッ!」
ラウラが再び呪文を唱えようといた時、視界の外から剣閃が走り帝国兵へと襲い掛かる。
「ノゾムッ!」
「はぁ、はぁ。皆大丈夫?」
「私達は大丈夫です。それより傷を……動かないで下さいね『ヒール』」
「ありがとう。まぁかすり傷だから大したことはないよ」
望は傷が治ると一息ついたとばかりに大きく息を吐く。
「何があったんだい?」
ラウラがそう問うと望も未だよく分かっていないのかやや眉を曲げて起こった事を告げる。
昨日は何もなく一日が終わり眠りについた。
朝、大きな音で目を覚まし駆けつけると黒い鎧を着た帝国兵が城の中へ侵入していた。
直後にブルーガイ、ドラクも様子を見に来て合流。
ドラクにはフォティスとヴァーニ、そしてチェリーシアを頼み避難してもらうように告げるも既に城の周りは包囲されており、ひとまず三階へは通さないようにと死守している最中だった。
ブルーガイは一緒に戦っていたが、いつの間にか居なくなりどうなっているのか分からない。
手早く状況を説明したところで先ほどの帝国兵が動き出す。
「あれ硬いんだよね。ラウラ、何かいい魔法ない?」
「分かった、少し時間を稼いで貰えるかい?」
「了解!」
望は相手の懐に飛び込むとそのついでとばかりに剣を振り下ろす。
硬い鉄の鎧ゆえ抵抗はあったものの見事に肩から腰に深い傷が入る――が。
「またか」
ブクブクと黒の泡が吹き出したと思えば次の瞬間には鎧は元の形へと戻っている。
先ほどからこれの繰り返しで望はゴールの見えないマラソンでもしているような気分だった。
だが味方というのはそばにいるだけで心強い。
目に闘志を燃やし、襲い来る鉄の塊をその視界で捕らえる。
頭部を狩るような拳だったが、体勢を低くし回避。
更にもう片方の拳が眼前に迫るが飛び上がり空中へ。
そのままクルンと回転し勢いを乗せた一撃で腕を切り落とす。
鎧ごと落ちた腕は重い音を立てて地面へと落ち、黒い煙となって消える。
だが腕はブクブクと黒い泡が出て再生された。
「これでも無理かぁ。ラウラ、まだー?」
「もう少し待ってくれると助かるよ。中途半端な魔法は効きそうになくてね」
心底嫌そうな声を出しながら望。
「あれは……魔物なのでしょうか?」
「人型の魔物のように見えますが、帝国の紋章が入っている以上間違いなくあれは人間です」
アルタの呟きにアリーシャが返す。
断言したのは既に目の前の兵士がどういう状態が確信が持てる予測がついていたからだ。
「ロリューヌさんが前に言っていましたが――」
以前、ロリューヌが城を訪れた時に話していた話題の一つ。
黒い魔物を倒した際に手に入れた黒いコア、あれをメイルプル王国で研究した結果について。
コアは触れた物を取り込む性質がある。
身に付ければ強大な力を得ると同時に侵食が開始される。
侵食が進めば進む程力は強くなりやがて元の宿主の力を持った黒い魔物が誕生するのだ。
人が飲み込まれればその人の戦闘能力全てを吸収し、武器に付ければ体の一部をそれに変化させる事が可能になる。
メイルプル王国でも数人が犠牲になったが、すぐにロリューヌがコアごと破壊し大きな事件にはならなかった。
「そ、そんな……じゃああれは」
説明を聞いてアルタも察したのか手を口にあてて驚愕する。
すぐに感情移入してしまうのは他者の立場に立ち優しくする事の出来るアルタの長所であったが、今回はそれがマイナスに働き既に若干顔が青ざめている。
「えぇ、恐らく……黒い魔物にかなり近づいている人間です」
アリーシャはあれが最早人間と呼べるものなのか不明だったが、アルタのショックをこれ以上大きくしない為に言葉を選びながら言った。
「斬ってもダメ、腕を落としてもダメ。次は首っぽい部分でも落としてみるか」
望はとん、とん、と軽い足取りでバックステップをしてぽつりと言った。
軽い冗談であった。
動物型等の魔物ならば大丈夫だが、このように人に限りなく近いものはどうしても一線を越えるのに抵抗があるのだ。
「ダメッ!」
「えっ?」
アルタとの距離が縮まったが故にその独り言は聞こえてしまい、望は驚きからつい後ろを振り向いてしまった。
「ノゾムッ! 前ッ!」
「しまっ――」
慌てるような、怒っているようなラウラの罵声が走り我に返った望だったが、帝国兵の重い一撃が既に目の前にあった。
命を刈り取る事になんの躊躇もない鉄の塊は回避を試みた望をあっさりと捉える。
体に穴が開いたのではないかという衝撃が腹を突きぬけ、浮遊感の直後に今度は背中に痛みが走る。
ガラガラと何かが崩れるような音が耳に入り、視界は暗くなった。
「ノゾムーッ!」
アルタの叫び。
しかし壁を突きぬけ瓦礫の山に埋もれた望からの返事はない。
「あ、あぁ……ノゾム、ノゾムがっ」
「敵が来るよ! ノゾムの事は後で!」
「ノゾムはこっちに任せるのです!」
「おっまかせー」
ニナとミイが瓦礫を退かそうと望がいる場所へと走り出す。
それをチラリと横目で見ながらラウラは魔法を放つ。
ラウラも望が攻撃を受けた事に動揺してしまい準備していた魔法は既にキャンセルされている。
突風の槌、ラファームハンマーで潰すように。
炎の絨毯、フレイムカヴィオールを操り炎で包むように。
零度の刃、アイスイグラーで切り刻むように。
詠唱時間が短くすぐに発動出来る魔法は大方試した。
ラウラ自身分かっていたが、足止め程度にしかならず未だ相手は健在である。
「全く、何体居るのかも分からないというのに」
これまでにない窮地だがラウラは普段通りの声だった。
ただ、すました顔は鳴りを潜め目は細く眉は斜めに釣りあがり珍しくも殺気を撒き散らす。
どうなっているのか分からない望。
助けるために向かったニナ、ミイ、そしてアルタ。
戦闘にはまるで向いていない為ラウラの後方で邪魔にならないようにしているアリーシャ。
目の前には自身より頭一つ二つ高い帝国兵。
それはただラウラに向かって暴力を撒き散らす。
望との戦いを見ていたからかラウラは時折きわどいながらも攻撃を躱す。
ラウラは身体能力が悪いわけではない。
だが、体力は望やブルーガイに大きく劣る。
一発も当たってはいけない状況はこれまでにも経験した事はあったが中々慣れるものではない。
こめかみから一筋の汗がつつっと流れ、体を動かした際にパッと舞う。
呼吸をする度に体力が少しずつ削られるのを実感する。
「せめてノゾムが戻ってくれれば……」
正面からラファームハンマーを相手へ打ち込み距離を取る。
その隙に横目でアルタ達を見る。
ミイが念動力を使って数十の大小様々な瓦礫を浮かせ別の場所へと移動させている。
ニナが意識を失い体力も低下し抵抗力が落ちている未だ埋もれて見えない望を催眠で操ろうと試みている。
アルタが消費の大きい範囲系の回復魔法を使い続けている。
「泣き言は言っていられない、か」
ラウラは左手に魔力を集めながらかつての自分を思い出す。
厳しい両親に「教育」という名の拷問と言える過酷な日々を。
鍛え上げる為に何度も何度も、倒れても回復魔法で無理やり起こされまた魔法を使う。
接近戦ですぐに死ぬ魔法使いではいけないと体術も習わされた。
剣士、武闘家は勿論、元の世界では稀少だった斧を持つ戦士や短い剣を両手に持つ二刀流の使い手とも戦った。
両親の条件として魔法なしで互角になれるまで毎日毎日実践に限りなく近い模擬戦をした。
魔法の訓練も当然の如く行われた。
いつしか負けないようになり、魔法を使えば誰が相手であっても簡単に勝てるようになった。
こちらの世界に来てからは安全を第一に考え得意な魔法を主体に使ってきた。
平和な日々に感覚が鈍くもなっていった。
「あぁ、懐かしいな」
帝国兵の拳が顔のすぐそばを通り、まるで暴風のような音が耳に入る。
武闘家と戦うとこんな音をよく聞いていた。
これが剣ならばヒュンッと鋭い音となり、斧になればブンッと少し低音で太い音になるのだ。
体の動きが以前の自分に戻りつつあるのを感じながらラウラは魔法の準備に入る。
左手に魔力が集まっていく。
身体能力は悪くないが筋力はあくまで平凡。
故に受けず基本回避、受け流しで時間を稼ぐ。
普段なら絶対にやらないだろう回避ついでに相手の顎をそのまま上に向かって蹴り上げるカウンターも挟みつつ魔力を高ぶらせていく。
「後十秒。それでキミは終わりだ」
「グ……ガ……ァ」
既に声も届いていないのだろう帝国兵は呻き声だけを発し尚もその拳を振り回す。
豪快な一撃だが、既に見切っているラウラはかいくぐるように背後に回ると空いている右手で別の魔法を使う。
「『ラファームハンマー』」
この魔法はこちらの世界、ユミルキーアに来てから使用頻度が高くなった。
威力を弱めれば相手の体勢を崩したり気絶させるに留める事が出来るからである。
だが、今回は本気で放つ。
異世界人の多くは成長力が高く、ラウラもその例に漏れずメキメキと成長する自分を感じていた。
ドガン、とまるで爆発音のような音がすると帝国兵は地面に覆いかぶさるように倒れていた。
「この魔法でこれほどまでに威力が出たのは初めてだ。それとキミにとって残念なお知らせをしよう――時間切れだ」
いつもの冷静な表情に見えるがその瞳は屈強な戦士であっても気圧される程に冷め切っていた。
それを見ないで済んだのは不運な運命を辿った帝国兵の小さな幸運だったかもしれない。
「『エタンドルサークル』」
呟くように詠唱を終えたラウラはただ立っているだけ。
左手を相手に向けている以外は力が入っておらず、足もペタリと地面についてる。
回避はもう考えていない。
帝国兵を中心に魔方陣が現れ、音も無くその効果が発揮される。
魔方陣に触れている部分だけがゆっくりと、吸い込まれるようにして消えていく。
アルタ達は望にかかりきり。
今なら誰も見ていない。
だからラウラはこの魔法を選んだ。
アリーシャとアルタの会話は耳に入っていたが、この相手は既に言葉が通じなくなっており手加減するには強すぎた。
(アルタはこういうの嫌いだろうからなぁ。適当に言葉を濁しておくとしよう)
ラウラが考え事をしている間も帝国兵は削られ、一分以上かけてようやく消滅した。
「ふぅ……ん? あれ?」
流石に疲労が激しくローブのポケットを漁る。
しかしいつもあるはずの物がそこには無かった。
「しまった。マナポーション持って行かなかったんだっけ」
だがここは城の中である。
フォティスとさえ合流出来ればすぐに魔力も元通りだ。
「ラウラッ! ノゾムが!」
再びアルタの声が響く。
しかしそれに動揺はしなかった。
顔を見なくともその嬉しそうな声を聞けば分かるからである。
「すぐ行くよ」
最後に帝国兵が居た場所をチラリと見る。
魔方陣は消え、鎧の破片一つないその場所に言葉を残す。
「キミは強かった。久しぶりに本気を出したよ。さようなら」




