44話「実験と人助けと」
「よし、それじゃいいですか?」
無骨な部屋にアルタの声が響く。
よく耳を澄ませば反響したのが分かる程度でしかないその部屋には現在四人が立っている。
「いつでもいいよ」
「同じく」
「私もいつでも構いません」
ラウラ、望、アリーシャが順に返事をするとアルタが頷く。
床には大きな転移陣。
馬を買っていない為、徒歩を除けば異世界王国の唯一の移動手段である。
アルタの一声でそれは輝きを放つ。
「ではしゅっぱーつ!」
メイルプル王国領にあるナチャーロ平野。
望とアルタ達の出会った場所であり、少し移動すればピリノスの町がある。
暑くもなく寒くもない穏やかな気候は異世界王国と似ており、なんとなく落ち着くという理由でメンバー達は買い物をしにここへ飛ぶ事も多い。
「この間買い物に来た時に少し変な感じだったんですよね」
ゲートキーの所有者であるアルタは魔素のバランスが崩れている所をなんとなく感じ取る事が出来る。
そしてその感覚を信じるとするならば遠くない未来に歪みが発生する。
アルタの言葉を受けたアリーシャはキョロキョロと辺りを見回しながら口を開く。
「やっぱり私には分かりませんね」
以前アルタ達に材料を取って来て貰った事により完成した、歪みに干渉する機能を取り付けた魔道具ミールキーを手にしながら困ったような表情でそう言う。
そしてアルタが目を瞑り集中する。
「えーっと……。あ、こっちです」
町とは逆に進んでいく四人。
今回は歪みに対し本当に効果があるのか実際にミールキーを試すのである。
もしこのまま放置し歪みが発生しまったとしても弱小の生き物しか通れないレベルだとアルタは言った。
ナチャーロ平野には強くはないが弱くもないといった魔物も生息している為、今回の歪みによって異世界より生物が現れたとしても淘汰されてしまう。
「ここですね。ほら、もうちょっとした切っ掛けで歪みが発生しそうですよ」
アルタの感覚では既に開く直前といった感じであった。
安定という言葉からはかけ離れ、でいつ歪みが発生してもおかしくはない。
「……全く分かりませんね」
「仕方ないですよ。分かるのはアルタだけみたいですし」
やる事がなくアルタ達のすぐそばで薬草を摘む望をよそにアリーシャが決心したようにミールキーを握り締める。
「ではお願いします」
「はいっ!」
今の状態ではアリーシャに手が出せない為、一度アルタが歪みをわざと発生させる。
発生させてしまえばアリーシャにもそれが肉眼で確認できる。
後はミールキーの力を行使し閉じる。
「何気に初めてこんなことするんですけど。転移する時の要領で……えい」
アルタがゲートキーを一点に向け、魔力を流す。
一分もするとぐにゃりと空間が捻じ曲がり小さな黒い点が発生した。
爽やかな風が吹き鮮やかな緑が大地を覆う景色には似つかわしくはない異質なものであった。
「歪みだ……」
アリーシャの思わず漏れた呟きに答えるようにアルタが頷きを返す。
顔を撫でる風を受けながらアリーシャは先ほどのアルタのようにミールキーを一点、歪みへと向ける。
体内から魔道具へと魔力が流れる。
(予想より僅かに消費が大きい、かな)
やや顔を顰めるもこれはまだ想定内。
アリーシャの魔力量は極めて一般人の範疇である。
お世辞にも多いとは言えない。
そして作ったミールキーは誰にでも使用する事が出来るまでに改良を加えた。
内部を見られ好き勝手にいじられたり苦労を奪われるのは嫌だが、本来魔道具は魔法適正が無い人間の為に作られた物。
使用者に制限をかけるのは好きではなかった。
(だけど……。今回だけは、自分の手で……!)
自身より魔力量の多い望あたりにでも使ってもらえばもっとスムーズに事は進むだろう。
常識があり気を配ることの出来る彼であればこの魔道具を粗雑に扱う事もない。
しかしこの作業だけは譲れなかった。
一分、二分と魔力を使い続ける。
アリーシャには長い時間に感じられた。
更に使い続けると一瞬景色がブレる。
(うっ……でも、あとちょっと)
魔力枯渇が近くなりながらも目には強い意志が宿りミールキーを持つ手は緩められていない。
じわり、じわりと小さな黒い点が更に小さくなっていく。
「……やった」
瞳に映るのは草、空、そして雲。
この平野に元からあるものだ。
それを見ながらアリーシャの口からは目的の達成が告げられた。
「うわぁすごいすごいっ! 後は少し時間経てばここも完全に安定しますよ!」
そしてアルタからも後押しするように声がかかる。
魔道具による一時的で強引な安定だが、時間が経つごとに自然な安定がこの場に出来上がる。
魔力枯渇により若干ボーッとした頭で喜びを噛み締め、一度城へと戻ることとなった。
実験は続いた。
しかしながら早々歪みが発生しそうな場所というのは見つからないもので、数週間があっとういう間に過ぎた。
片手で数える程度の実験しか行えず、アリーシャとしては不満もあるがこればかりは仕方がないと割り切っている。
判明した事といえば、
アルタとアリーシャの二人掛かりで閉じる作業を行った場合、その分時間短縮される。
最初に片方が、そしてもう片方が閉じる作業を引き継ぐ事は可能。
歪みはその規模によって閉じるのに必要な魔力量が変化する。
途中で作業を止めた場合は初期化され再び一から閉じなければならなくなる。
というくらいである。
アリーシャの魔力量の問題は最初からマナポーションを用意しておくことで解決した。
今後魔力量を超える歪みがあったとしてもこれで大丈夫である。
「うーん、やっぱり無理ですかね……」
そのアリーシャはというと、現在研究室の中で用紙とにらめっこ中をしている。
ミールキー使用時の消費魔力量を抑えられないかとここ数日あれこれと考えているが成果は芳しくない。
元々自身の魔力量が多くないのは分かっており、それを考えて既に無駄は省いてある。
以前作った資料を見直してみても改善出来る余地は無かった。
「ま、仕方ありませんね」
そう言うと最近白衣の上から付けるようになった小さなウエストポーチに手をかける。
フォティス程ではないがアリーシャも城内で過ごす事が多い。
だがこれからは積極的に歪みを閉じていく作業をしていく予定で新しく購入したのだ。
それにいくつかマナポーションと使用頻度の高い魔道具を入れておく。
「これで……っと、準備よし」
最後にいつものように横で髪を一纏めに括り、出かける準備は終わる。
「あ、アリーシャなのです」
「すみません。お待たせしてしまいましたか?」
「そんなことないないですよー」
転移部屋の前で出迎えてくれたのはチビッ子二人。
今回はアルタ、ラウラ、アリーシャ、ニナ、ミイの五人で出発する。
「揃いましたね、では行きましょう」
アルタの声で転移が行われる。
今回飛ぶ先はとある村の中である。
そこは女性のみで構成されているこの世界基準でも変わった村とされ、そこそこの認知度を誇る。
人口は百に満たない程度。
村には名前は無く、女性村、だとか女傑村、といった適当な呼ばれ方をしている。
名無しの村ならば他にいくつかあるのだが、九割が女性というのはここだけだ。
前回一度だけ望も訪れているが今回はアルタ、望二人の意見が一致し望は留守番となっている。
というのも――。
「おや、お前さんたち久しぶりだね」
「お久しぶりです、エレンさん」
アルタにエレンと呼ばれた女性はスラリと背が高く体も引き締まっている。
露出度の高い服はとてもじゃないがアルタには着られない。
「今日はあの坊やはいないのかい? あ、後から合流?」
「……今日はノゾムはいませんよ」
「来てないのかい? 村中の女あの坊やがいいっつってたから子種分けて欲しかったんだけどねぇ」
当たり前のように言うエレン。
この村の女性は男性の旅人などから種を貰い子を産む。
以前この村に足を踏み入れた望も当然狙われた。
アリーシャ含め奇抜な風習を知らなかった異世界王国メンバーは前回望を連れ去られかけた。
昔からこの村では当然の行為とされているのだがそれとはかけ離れた価値観を持っているアルタ達は同意出来ない。
「い、嫌ですよっ! 前だってノゾムを無理やり……あ、あんな姿にするなんて」
「はは、ちょっと脱がしただけじゃないのさ」
「ちょっと!? もう下着一枚しか着てませんでしたよ!?」
「見た目より力強かったけどあの時はこっちも五人掛かりだったからね、惜しかったよ」
畑仕事から魔物退治までこなす屈強な女性達。
いくら望が強くなっていても悪意のない女性に危害を加えることは出来ず、そして人数差により抵抗すら封じられアルタが助けに行かなければ成す術なくあれこれやられていたであろう。
「しかしあの坊やはちゃんと勃つのかい? 脱がせても反応してなかったけど」
「たっ……!? あの後怖い怖い言ってましたよ。しばらく夜は部屋に鍵かけないと眠れないってトラウマになってましたもん」
「あっはっは、意外と小心者なんだねぇ。あそこは結構大物みたいだったけれど」
「し、下ネタ止めてくださいよっ!」
本来ならば躊躇われるような言葉をあっけらかんに言うエレンに対し真っ赤になりながらアルタも言い返す。
これが以前のアルタであったり、望がいたりすれば恥ずかしがるだけなのだが女性だけならばある程度対応が出来つつある。
「エレンさん、私達は明日この近くにある丘に用事があるんですが今夜ここに泊まらせて貰えませんか?」
「あぁいいよ! よし、それじゃあ宴会準備だ!」
「ここでも宴会ですか……」
以前北の大地へ行った時にも似たような経験をしたな、とアリーシャは過去の記憶を探りながら呟く。
エレンの言葉通りその日は幼い子供以外は酔い潰れるような夜となった。
「うぅん……」
アルタが目覚め最初に感じたのは柔らかな布団の感触。
そして目を閉じたままあやふやな記憶を辿る。
(んー、昨日は食べてー……飲んでー……んー……)
思い出そうと頭を働かせるが、意識は再び眠りへと落ちていく。
そのまますぅすぅと気持ちよさそうに二度寝するアルタに声が降り注ぐ。
「もう朝ご飯出来てるよ、ほら、起きて」
毎朝聞くラウラの声。
これに抗う日もあるが、大抵望を引き合いに出されアルタは負ける。
ふらふらと危なげに歩きながらも食卓へ。
「あっはっは、まだ目が開いてないじゃないか」
「うぅ……寝起きに大きな声は頭に響きます……」
「肉なのです」
「朝から少し、すこーし重いですね」
ニナ、ミイは文句を言いつつもキチンと出された食事を平らげる。
食事が終わると各々準備をして村を出る。
「お世話になりました」
「いいってことよ。今度はあの坊やを連れて――」
「来ませんよ!」
「あっはっは。じゃあ二人の子供でも連れて一緒においで! 妻がいりゃあウチらは手ェ出さないから」
「こっ……も、もう!」
最後まで賑やかに時間を過ごし、目的の場所へ。
以前望が来た時は「ここは秋っぽいな」と言っており地面にはちらほらと乾いた葉っぱが落ちている。
村から少し歩くと赤と黄色の葉をつけた木々が並び異世界王国がある場所とはまた違った空気を楽しめる。
子供二人はしゃくしゃくと葉の感触を足で楽しみながら、アルタは落ちている木の実をこっそりカバンに入れながら進む。
「あ、ここです」
二十分程歩き、辿りついたのは丁度木々が生えていない場所だった。
アルタも最近分かった事だが、こういった開けた空間に不安定な場が出来る事が多い。
「綺麗な場所なのに魔物が出たら木とか破壊されそうですね」
この辺りは小型の魔物しかいない。
先ほどまでいた村の大人は女性だけ、という奇妙さが成り立つのはその環境も大きく関係している。
「何もいないのです」
「おっきい、おーっきい熊とかと戦いたいですー」
「この辺りには凶暴なのはいないそうだよ」
念の為の戦力としてついてきたラウラ、ニナ、ミイは周囲の安全を確認をする程度。
ラウラは普段どおりだが、ニナとミイの目は明らかに退屈そうである。
目が合えば面倒な事になりそうなので時折自分に視線を注いでいると分かっていてもラウラは景色をひたすら楽しむ。
それをよそにアルタ、アリーシャの二人は真剣な表情でそれぞれの道具を持つ。
「今回は二人で同時に閉じましょうか。その方が確実かつ短時間で終わりますし」
「はいっ! では早速歪みを発生させますね」
慣れた様子でアルタが空間を刺激すると、握り拳程度の歪みが発生した。
流れ作業の如く二人で魔力を道具に注ぎ歪みを小さくしていく。
「んくっ、んっ……ふぅ。前から思ってたんですけどこのマナポーションおいしいですよね」
「あー分かります。色んな味があって魔力減ってなくてもたまに飲んじゃいますよね」
「えっ、いや、それはないですけど。って何で瓶が二本空に……」
雑談をしながらでも軽く歪みを閉じられるくらいにはなっている。
そして一仕事終えた二人はラウラ達にそれを伝える。
「お疲れ様。これであの村も安全だね」
今回は実験ではなく事故を未然に防ぐ為のアルタの人助けである。
勿論事故は起こっていないので誰に感謝される訳でもないが、こういった行為は当然のように行われている。
「それじゃ帰りますか」
アルタの一言で一同は帰路に着く。
再び村に戻り、挨拶だけして転移陣のある場所へ。
そしてアルタが転移をする。
いつもであれば誰かが明るく迎えてくれ、今回もそうだろうと全員が思っていた。
しかし――。
「なに……これ」
アルタ達が転移部屋から出て見た風景は、あちこちに血痕が残り、今もなお激しい衝突音が鳴り響く変わり果てた城の景色だった。




