43話「それぞれの過ごし方」
「最近は平和ですねぇ」
自身の部屋でそう呟くアルタ。
最近の異世界王国では平和な日々が流れていた。
人数が増え、そうなると出来る事も増えた。
食費や服、雑貨等で支出は増えたが、異世界王国の王様であるアルタはすっかり習慣といっていい依頼の遂行をメンバーと一緒に続けている。
困っている人がいれば寄り道する、なんて事も多々あるが他のメンバーもアルタに影響されてかあちこちでちょっとした手助けを行い異世界王国の評判はどの街でもそこそこに良い。
年配の依頼主からは特別報酬という名のおすそ分けを貰う事もあり、それが食卓に上ることもある。
その中には勿論見慣れない食べ物が出てくることもあったりする。
他のメンバーから見れば少し潔癖ともいえる部分があるのは望とドラクだったが、この世界での生活が長くなるにつれ見たことのない食べ物であっても躊躇することなく口に入れるようになった。
もちろん、
『いやぁ、緑でデロデロしてて潰さないと食べられないけどいざ潰そうと力を込めると「ピギャー」って鳴く果物はちょっと……』
未だに口に出来ないものもあるが。
ともあれ以前までの異世界王国とは違い現在は経済面を見ればかなり安定しているといえる。
「いい事じゃないか。ノゾムが来た頃はあまり余裕もなかったけど私達にはこれくらいの生活が似合っていると思うよ」
そう返すのはアルタの部屋で午後のティータイムを共に過ごすラウラである。
「そうですね。この前の連休も楽しかったですし」
「ノゾムが久しぶりにハシャイでたね」
二人が話しているのはウード村の近くにあるレイシア湖へ遊びに行った時の事である。
基本的には休みは一日だったが、望がその場所を気に入っているというのを知っていたアルタが休みを二日にしてキャンプをしたのだ。
「ノゾムに釣られてブルーさんとドラクくんも何度も飛び込むし私達までびしょ濡れになりましたね」
ノゾムはブルーガイ達に「こういう場所だとさ、ヌシがいるんだよ。ゲームとかだと寄り道イベントだよ、よくあることさ。そして俺はそれに勝つ!」とハイテンションで宣言し湖に飛び込んだ。
勝負事が好きなブルーガイは当然のようにそれに続き、ドラクも「今の我に不可能等ない! いざゆかん、導きの大地へ!」と謎の発言をして大地ではなく水の中飛び込む。
ハデに飛び込んだせいで近くにいたアルタとラウラの服に水がかかった。
依頼を受ける訳でもなく、温かい気候の場所もあってか二人とも水に濡れると透けてしまう程度の薄着をしていた。
本来なら男性陣にとって喜ぶべきシーンがそこにあったのだが、残念なことに水の中で遊ぶのに夢中になっていた望達はそれを見る事なく時間が過ぎたのだった。
ちなみに、湖にはヌシは存在しない。
「ところで、ノゾムとは何か進展はあったのかい?」
「うぇっ!?」
アルタはバレていないと思っているが、望に好意を寄せているという事実は異世界王国の全員が知っている。
望本人は「仲間として」と少しズレた解釈も混じっているが。
そしてその望の気持ちは誰も知らない。
アルタみたいに分かりやすい訳ではなく、いつも同じ態度だからである。
(アルタを前にうろたえたりすると分かりやすいんだけどね)
ラウラとしてもこの世界に来てから一番最初の仲間であるアルタには幸せになってもらいたい。
望の気持ちを自身が掴めればそれとなくフォローできると考えているのだ。
「えぇ……えーっと、この前料理が美味しいって言ってくれましたよ」
「それはアルタが作った物でなくともよく言っているよ」
「そ、それじゃあ一緒に買い物に行った時に私のシチューが食べたいって言ってくれましたよ」
「ノゾムはシチューが好きだからね。というか料理から離れてみようか。手を握ったとか腕を組んだ、とか行動を起こしてはいるかい?」
「すすする訳ないじゃないですか!? そういうのはけ、結婚してからじゃないと……」
ラウラも自身で言ってから思ったことだが、アルタの貞操観念は少し独特である。
だがここは異世界。
その人の持つ価値観をないがしろにする訳ではないが、不利に働く場合は一時でいいから忘れてしまえばいい。
(それが出来ないのもアルタの良さ、なんだろうけどね)
良くも悪くも真っ直ぐなのがアルタであり、そんなアルタだからこそ今の異世界王国は存在している。
最近フォティスが作り始めたハーブティーを飲みながらどうしたものかと考えていると窓の外から何やら音が聞こえてきた。
視線をそちらへ向けると男が三人それぞれ構えているのが見えた。
「また訓練? 本当によくやるよね」
「休みなのに元気ですね」
アルタもひょいと顔を覗かせ窓の外を見る。
最初彷徨っていたその視線は一人の男に集中していく。
勿論望である。
ラウラはそれを茶化すような事はしない。
「こっちに椅子を持ってきて見てようか。ほら、日当たりもいいしね」
「えっ? あ、そうですね。そうしましょう」
ニコニコと嬉しそうに椅子とテーブルを動かすアルタを微笑ましく思いながらも「やっぱり少しは行動すればいいのに」と心の中でラウラは思うのだった。
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城の庭。
三人の男が立っている。
「なぁ、思ってたんだがよ」
「うん?」
話を切り出したのはブルーガイ。
望とドラクに声を掛け広めの場所へとやってきている。
訳も分からないまま「武器を持て。庭に行くぞ」と言われたものの素直にそうしているのは二人の人の良さだろうか。
「ヴァンパイアってのは強いんだろ?」
「ったりめーじゃん!」
ブルーガイの世界にはヴァンパイアという存在は居なかったが、ドラクが仕切りにヴァンパイアは強いと言うので戦闘の機会があればドラクを見ていたのだ。
そして一つの疑問が沸いた。
「あれこれ話は聞いたけどよ、ドラク、おめぇ弱くね?」
ヴァンパイアに覚醒してからというもの、ドラクはその素晴らしさを雄弁に語っていた。
驚異的な身体能力、魔法を超える回復能力、全てを従えるカリスマ性。
ポロリと漏れたブルーガイの疑問にドラクは憤慨して答える。
「ちょいちょいちょーい! 強いってば! この前だって男三人で行った洞窟で大活躍したじゃん!?」
「まぁ、途中まではね」
歯切れ悪くも同意する望。
というもの数日前に修行がしたいとダダをこねたドラク。
ほとんどのメンバーは嫌がったがブルーガイだけは乗った。
そしてそのブルーガイが望に対し「付いて来るだろ!? だってオレ達仲間だしな!」と言い、望は仕方ないと思いつつ男三人でまだ異世界王国の誰もが行った事のない洞窟へと行ったのである。
転移陣から直で飛べるそこは転移先を一通り調べたはずのラウラやアルタもなぜか知らなかった。
勿論そんな事を気にする男性陣ではなく魔道具「リュミエール」と食料を持って進入した。
数多くの魔物が出たが、広く戦いやすい洞窟で歴戦の戦士ブルーガイ、急成長し続けている望、ヴァンパイアとして覚醒したドラクが苦戦する訳もなくひたすら襲い来る魔物を蹴散らしながら奥へと進んだ。
時にブルーガイが突っ走り。
時にいまいち乗りきれない望が二人に任せサボり。
時に、いやしばしばドラクがスケルトンを呼び出し。
そして洞窟に入って三時間が経った。
相変わらず魔物は現れていたがドラクが一言こう漏らした。
『気持ち悪い……うぇ……』
魔力枯渇である。
場に出していたスケルトンが一体、また一体と消えてゆく。
『またかよ……』
『ドラク、これ飲んで』
『あっ、おい』
ブルーガイが止める間もなく望がドラクの口にマナポーションを流し込む。
『うっ……オロロロロロ』
『あ、枯渇状態で飲ませるのはダメだったっけ? ははは、ごめんごめん』
透き通るような薄い青のマナポーション。
それをそのままリバースするドラクに軽い感じで謝る望を見ながらブルーガイが呟く。
『ノゾムも意外とえげつねぇな』
魔物はまだ残っていたが、たいした強さでもないそれは望とブルーガイが二人で殲滅した。
当時の事を思い出し腕を組んだブルーガイはうんうんと頷きながら口を開く。
「あれだな。魔力が少なすぎるんだな。修行しねぇとな」
そして出た結論がこれである。
「修行するための洞窟に行くための修行をするってこと?」
「あん?」
「深いね」
適当な望の言葉を遮るようにブルーガイが構えを取った。
「細けぇこたぁいいんだよ! ほら、来い! 相手してやる」
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「んー最近思うようにいかないのです」
「ニブチンだから私達の気持ちに気づいてないないですねー」
とある部屋で可愛らしい声が二つ。
しかしその内容はやけに現実的だ。
「アルタが邪魔をするのです」
「自分からは動けない癖に邪魔だけは一人前ですよねー」
そして仲間に対して容赦がない。
二つの声の主、ニナとミイは元の世界で同じホムンクルスであり仲の良かった人物から多大な影響を受けており、「気になった男は取り合えず手を出しておけ」という教えを忠実に実践している。
だが場を気にせず食堂や談話室でアタックするせいか毎度アルタが邪魔に入る。
二人は体を揺らしながら考え込む。
体と一緒に綺麗な黒と白の髪も一緒にゆらゆらと揺れる。
まだ十三歳という年齢ではあるが、自らを女だとしっかり認識している二人は毎日髪と肌の手入れはしっかりと行っておりサラサラと手触りはバツグンである。
これも「いい男を捕まえる為には必須」と仲間のホムンクルスがよく言っていた。
そのおかげかアリーシャに手入れはどうしているのかと聞かれたり街では同い年くらいの男の子が振り返って自分達を見たりとその効果を実感している。
「また夜中に忍び込むのはどうなのです?」
ふふふ、と黒い笑みを浮かべてニナが提案する。
これまで何度か進入したが気配を察知した望にことごとく追い払われている。
それだけ失敗を重ねているというのにニナの表情はなぜか自信に満ちている。
「そいえばそいえば、最近はカギ掛けてますよ、ノゾム」
「あぅ」
既に確認済みなのかミイが口を出す。
うな垂れるニナだったが、すぐにバッと顔をあげていつもの弾むような声で喋る。
「じゃあチェリを利用するのです。チェリと一緒に寝たいと言えばノゾムも抵抗しにくいはず!」
「おぉぉ、なるほどー!」
「チェリが寝たら服を脱いでノゾムのそばで寝ればいいのですよ」
「おや、それだとただの痴女になっちゃわないですか?」
疑問を呈すミイに指を振る動作を交えてニナが返す。
「ちっちっち、朝アルタが起こしにくればそこでもう完了なのです。私達が裸なら勝手に事が起こったと勘違いするのです」
「ウブなアルタならショックでこの競争から脱落、脱落ですねっ!」
きゃっきゃと無邪気な笑顔で黒い話をする二人。
だが二人は忘れている事がある。
気づくのはもう少し先。
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他の部屋にはない多くの薬草。
そして数種のハーブ。
それらが持つ香りに包まれて老人が一人作業をしている。
「ふむ、こんなもんかの」
部屋の主であるフォティスは今しがた出来たばかりの薬を見て一人呟く。
基本的にフォティスは外出をしない。
高度な文明の世界から来たフォティスは「自分の足で歩く」というのをあまりしてこなかった。
元の世界にはたくさんのトランスポーターがあり、瞬時にあちこちへと移動出来た。
若者にはスカイムーヴと呼ばれる空飛ぶ乗り物が人気でやろうと思えばそれ一つで世界を飛び回る事だって出来る。
最高速度は時速三千キロと望以外にはピンと来ないがとんでもない代物である。
内部には小型のトランスポーターが組み込まれており、何かあればそれが作動する。
そのトランスポーターが故障してしまってもスカイムーヴ自体が国レベルで管理されておりトランスポーターとは違う仕組みの転移装置が作動し乗っている人物を転送する。
そのお陰で百年以上親しまれているが、故障による死亡事故はただの一件も起こっていない。
そんな世界から来たフォティスは月に一度ウード村へ世話になった人物へと薬を届ける以外はほとんど出歩かない。
移動する手段に乏しいと感じすぎ、面倒くさいのである。
「さて、今日の分はこれで十分じゃろ」
異世界王国ではそれぞれのメンバーが日課となるものをもっている。
フォティスに関してはそれがこの薬作成である。
トランスアナライザー。
フォティスが元の世界から所持している道具である。
材料集めが安定しなかった事、そしてフォティス自信趣味にしか使っていなかった故に最初こそ作る数が少なかったものの、現在ではあちこちの街で売る程の数を生み出している。
そうして出来たお金のほとんどを異世界王国の財布担当ラウラに渡しており、手元に残る僅かなお金すら孫ともいえる年齢のアルタ達に渡したりしている為、フォティス自身はほぼ無一文となる。
アルタは食べ物。
望はその時異世界王国にとって必要な物。
ドラクは何故か黒に拘るがファッション関係。
ニナ、ミイの二人は使った事は話すが何に使っているかは話さないため謎。
それぞれが嬉しそうに礼を言いながら受け取ってくれるのがフォティスの楽しみである。
すっかり家族のように思える者達を思い浮かべ、自然と頬が緩む。
「……もう少しやるかの」
孫達の喜ぶ顔見たさにフォティスはまた今日も予定より多くのポーションを作り始めた。
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「あれれ~」
ガザゴソと食堂の食料庫で手を動かす人物がいる。
間延びした声はどこかノンビリとしていて空間に緊張感というものを存在させない。
この食料庫には大雑把に木箱にて仕分けされているが、一つだけ異彩を放つ箱がある。
「ん~こんなに少なかったんでしたっけ~」
他とは違う箱、オレンジの実と緑の葉をした野菜であるニンジンのみが入った箱に手を突っ込み残りを数えているのはヴァーニ。
心なしか元気のない声をもらす。
普段ピンと伸びているウサギの耳は半分から折れ、しょげている心の中を表している。
プロポーションは異世界王国の女性陣の中で圧倒的。
その証拠に現在も箱の縁にその大きな胸が乗っている状態だ。
だがおっとりとした性格はさておき、あまりにもニンジンを愛するがゆえのニンジン狂な面からそういった対象として一切見られていないある種の残念な人物である。
「チェリちゃんもニンジンが食べたいですかぁ~?」
「ピュィ」
ヴァーニの問いに返事を返すのは遠い北の地より卵を持ち帰り生まれたドラゴンの幼体であるチェリーシア。
名前はアルタの世界の神と同じで異世界王国のメンバーからは「チェリ」の愛称で呼ばれている。
ドラゴンは魔物ではあるが、知能が非常に高く、相手の言っている事は理解できる。
生まれた時にアルタと望が居た為、二人を親と認識しその他には無関心であったが、最近ではこうして他のメンバーと行動を共にする一面も出てきた。
「これだけしかないと今夜の一食で全部使い切っちゃいますねぇ。どうしましょう」
「ピュィピュィ!」
「うんうん。チェリちゃんもニンジン好きですものねぇ~。後でアルタちゃんに頼んで一緒に買い物行きましょう。あ、これ持ってくれますか?」
ヴァーニは両手に、チェリーシアは器用に三つに分かれた尻尾を使い食材を運ぶ。
食堂に戻ると夕食の下ごしらえが始まった。
野菜を切り、下味をつけ、テキパキと作業を進めていく。
「ふぅ。後はニンジンを買ってきてぇ、ん~と、ニンジンステーキにしましょ~」
チェリはいつの間にかいなくなっていたがお構いなしに楽しそうな声で独り言を喋る。
食堂内での作業を終えたヴァーニはそのまま鼻歌交じりにアルタの部屋へと歩いていった。
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夕食の時間が近づくと食堂にポツリポツリと人が増える。
「あー腹減ったぜ」
「ほんと何時間やってたんだろ。疲れたなぁ」
「三回死んだ……。にーちゃんら容赦無さすぎ……」
最初に入ってきたのはブルーガイ、望、ドラクの男達三人だった。
ラフな格好に着替えており首にはタオルを巻いている。
「あーいい匂い。今日は何ですかね?」
「ニンジンのステーキだよ。一緒に買い物したのをもう忘れたのかい?」
「そうでしたね。あ、ノゾム。もうお風呂入ったんですか?」
次に入ってきたのはアルタ、ラウラの二人。
アルタは望を視界に入れるとすぐに駆け寄った。
「うん。汗かいたからね」
「部屋から訓練してるの見てました。えと、か、かっこ……訓練、頑張ってましたね」
「ん? まぁ今日は確かにハードだったかな」
二人のやり取りを見てラウラがやれやれを言わんばかりに肩をすくめているととたとたと小さな足音が食堂に近づいてきた。
「チェリー」
「チェリー」
二つの声が同時に発せられ、呼ばれたチェリーシアは首だけを動かしそれに答える。
「今日は一緒に寝るのですー」
「たまにはいいですよねー?」
「ピュィ」
チェリーシアは右の翼をひょいと持ち上げ了承の意を示す。
チェリーシアから許可を貰った二人は一瞬口元をにやりと歪めたが一瞬で消し子供らしい笑顔を浮かべる。
「やったのです、ノゾム、今日は皆一緒なのです」
「お風呂入ったらノゾムの部屋に向かいますねー」
ニナとミイは勝利を確信した。
これでアルタを出し抜けると。
「チェリと一緒に寝るのはいいけど、今日はアルタの日だから俺は一人で寝るよ」
しかしそれはアッサリと打ち砕かれる。
「ニナちゃんとミイちゃん今日は一緒ですか? いいですね、三人で寝ましょう」
アルタは二人の思惑など僅かにも気づかないで単純に喜ぶ。
今の固まっている二人の表情を見れば気づきそうなのだが、気づいたのは無言を貫くラウラだけであった。
「はーい、お待たせしましたー。ラージニンジンのステーキですよー」
「おぉ、丁度良かったようじゃの。今日は頑張って腹減ったわい」
全員が揃い食事となる。
それぞれの時間が重なるいつもの時間。
だが、初歩的なミスをしてしまった二人は全員が席につきラウラに声を掛けられるまで時が止まったかのように動かなかった。




