42話「大詰め」
「これとこれをよろしくっ!」
「こっちも頼む! あとコイツもな」
「っとと、ってドラクまで。どうしたの?」
ラウラとブルーガイから勢いよく荷物を任された望は慌てて受け取る。
が、鉱石で手が塞がりドラクは受け止められずに地面をゴロゴロと転がった。
「あ……」
「冷たい……地面も、人も」
「ごめんごめん。そこまで卑屈にならんでも」
魔力枯渇により気分も沈みいつもの元気がないドラク。
誰も居ない方角を向きつつ独り言のように呟く姿が気味悪く望のそばにいるアルタは何も言わない。
「シュギィィァァァァアア!」
そして魔物が追い詰めたと言わんばかりに威嚇の声をあげる。
「手伝おうか?」
望はブルーガイへと問いかけるが、答えたのはラウラであった。
「手助けはいらないよ。大丈夫さ」
「そういうこった。ちょっとコイツにゃあイラつかされてるからな、オレ達がやる」
「……ラウラの髪が汚れてますね」
「……何か汚れるアクシデントが起きたんだろ。だから機嫌が悪いんだな」
後半のアルタ達の声はひそひそとしており魔物に対峙している二人には聞こえていない。
「ブルーガイ、下がっててもいいよ。私がやるから」
「何言ってやがんだ! オレだってムカついてんだぞ!」
二人はお互いを横目で見ながらずんずんと歩く。
そしてそのまま魔物の射程範囲に入った瞬間。
ズグリ
と気味の悪い音が鳴る。
魔物が地面に脚を突き刺したのだ。
ラウラの魔法すら弾くそれはいとも容易く地面に潜っている。
「シャァァァ!」
が、そこには誰もおらずガチャガチャと音を鳴らしながら蜘蛛の魔物が周囲を探す。
しかし見つからず、ふと自身に影がさした。
「遅いよ。『シュトロムフレア』」
「遅ぇってんだ!」
それとほぼ同時に魔物にとっては死の宣告が降り注いだ。
「おい、なんだ今の。危ねぇだろ」
「だから下がってって言ったんだよ」
「そりゃねーだろ。オレの獲物だぞ?」
「私の獲物でもあるけれどね」
立ったまま息絶えた魔物に背を向けアルタ達へと歩くラウラとブルーガイ。
ラウラの魔法に巻き込まれたのかブルーガイの服が若干焦げついている。
ブルーガイは元々好戦的だが、ラウラも今回は珍しく積極的に前へと出た。
というのも洞窟内では高威力、高範囲の魔法は使えず初歩的な魔法に通常より魔力を注ぐ程度しか出来なかったのだ。
そこそこ強い魔物には残念ながら効かずイライラしているところに小石が頭に何度も当たればそれも頂点となる。
その証拠に魔物は既に元の色をしていない。
炎の渦に巻かれ完全に炭化している部分もあるくらいだ。
「お疲れ様です。では戻りましょう。アリーシャさんが待ってますし」
「そうだね。お願いするよ」
そして一同は城へと帰還した。
------
「ありがとうございますっ!」
素材を受け取ったアリーシャはラウラ達に頭を下げる。
予想よりも早く採取が終わったせいか声には喜びが表れていた。
「では早速作業の続きにいってきます」
アルタ達が採ってきた天上珊瑚、ジジート鉱石は採取した時点から劣化が始まる。
故に研究に使えなくなる前に使用しなければならないのである。
「珍しく喜んでるのがハッキリ出てたな」
「そうだね。こちらも頑張った甲斐があるよ」
「でも夢中になるとご飯すら忘れて没頭するのがちょっと心配ですね」
「その点についてはドラク、頼んだぞ。男の約束だ」
「ヤだよ。前も『ちょっと黙っててくれます?』ってすげー冷たい声で言われたんだ。あれトラウマ」
------
「さて次は天上珊瑚は群青の雫で作った特殊液に漬けておいて、ジジート鉱石はアシッドゴーレムの核と一緒に雷のキューブに入れておく……と」
素材を受け取って三時間。
集中しているアリーシャは次々と必要な手順を消化していく。
やる事を口に出すのは「見て確認口に出して再確認」と父がやっていた事である。
「こっちも今の内にやっておこうかな」
魔方陣が描かれた紙を机の上に置き、その上に魔道具ミールキーを置く。
「ちょっとやりすぎかな。でもこのくらいやっておかないと不安だし」
アリーシャはそう言いながらも手を止めはしない。
ミールキーの内部には細かな魔方陣があり、それを魔法回路で繋いでいる。
解析されれば全ての技術や発想が暴かれる事となり、アリーシャの手によって厳重な封印が施されている。
魔法陣が光を放ち赤、青、茶、緑と色が順番に変わっていく。
「不燃の炎の封印式、流れの謀反逆巻きの水の封印式、えーっと次は……」
自らですら間違えそうになる為何度も予め書き留めておいた紙を見ながら作業を進める。
正しい流れで進め、それが全て終われば一定時間後に封印は解ける。
自分で決めたとはいえかなり手間だと思いながらも必要な事と割り切り手を動かし続けるアリーシャ。
今やっている封印解除の作業はアリーシャの専門ではない。
以前はプライベートの時間に遊ぶ事をしなかったアリーシャは元々知識を得るのが好きという事もあり他の分野に手を出していた。
「昔の私が休みの日にドラゴンと遊ぶ今の私を見たら何て言うだろう」
父の研究を受けついだ時期ならばくだらないと言ったかもしれない。
一人にも慣れた頃の時期ならば羨ましがられたかもしれない。
「昔の私がいたから今の私がいる。今はやるべきことをやらないと」
アリーシャはふと沸いた疑問を振り払うと、少し大きめの白衣をフワリと翻し次の作業へと移った。
キリのいい所まで進め一息ついた頃、研究室のドアノブがカチャリと音を立てた。
自然とアリーシャの顔はそちらを向く。
「あれ、どうかしたのですか?」
「そろそろ晩ご飯が出来上がるぞぃ。それとこれを飲んでおくといい」
部屋にやってきたのフォティスだった。
手にカップを持っており温かいのか僅かに湯気が昇っている。
「ありがとうございます……ん、これはいい香りですね」
「疲れを取るのにいいハーブがあったからの、アルタちゃんに作って貰ったんじゃよ」
透き通るような緑のハーブティー。
優しい果実のような香りに釣られるように口をつける。
丁度いい温度がじんわりと体に染み渡っていく。
「ほぅ……」
しばらくそれを楽しんでいると、気づけばカップは空になっていた。
「しかしこれは綺麗じゃの。何をやっておるんじゃ?」
フォティスが興味を示したのは四色の色をかわるがわるに放つものであった。
「あぁそれは四つの封印で構成された多重封印を解いている最中なんです。赤の光はカモフラージュの役目で、青は逆の手順で解除しなければならなくなるいわばひっかけ、茶色と緑は単純に難解なものを組み込んでいます」
「ほほぅほほぅ。面白そうじゃのぅ」
この世界について詳しくはないフォティスだが、異世界王国メンバーの中で誰よりも高度な教育システムのある世界から来ている。
なんとなくその方向性を見出しアリーシャと楽しく喋る。
アリーシャも自分の研究について多少の理解を得られたといつになく饒舌になった二人は話し込んだ。
「フォティスさん、ご飯って言ったと思うんですがっ!」
「す、すまんのぅ。つい」
食堂に戻ったアリーシャとフォティスはお腹を空かせたアルタに怒られた。
話しすぎたのである。
「アリーシャさんもあんまり根を詰めすぎるとダメって言ったじゃないですか! もうご飯なんですよ、ご飯!」
「えぇ、すみません……」
ぷりぷりとしているアルタに素直に謝る二人。
食べ物が絡むと面倒くさいと既に全員が知っているのだ。
それに元々今回は自分達が悪い為その怒りを受け止める。
「アルタそのくらいにしておこうよ。ほら、今日はアルタが当番だったんだろ? このシチューなんか美味しそうだ。俺はアルタが作った料理を早く食べたいよ」
「も、もぅ皆の前でノゾムったら。しょうがないですね、それじゃ皆揃いましたし食べましょうか」
照れつつも笑顔でその場を離れるアルタ。
解放されたアリーシャとフォティスは望に感謝を告げる。
「助かりました。意外でしたがノゾムさんもやる時はやるんですね」
「本当助かったわい。尻に敷かれとるだけじゃと思っておったが流石男の子じゃな」
「……二人とも一言多いって言われない?」
望はどこか納得いかない気持ちを抱えながらも席に座り、そして食事が始まる。
カチャカチャと鳴る食器の音を上回る話し声が飛び交い、いつもの賑やかな時間が流れる。
研究の事を考えているのかどこか上の空なアリーシャにラウラが声を掛ける。
「そういえば研究の方はどうですか?」
「ん……えぇおかげ様で順調に進んでいます。明後日……いや、明日の夜までには一段落つくと思います」
完成すれば以前掲げた目標は達成される。
勿論それが最終地点ではないが、大きな一歩となるのは間違いない。
いつもの冷静で観察するような瞳は身を潜め、やる気が前面に出ている。
「そういえば明日は休みにしようと思っているんですが、アリーシャさんはどうしますか? 手が離せないようでしたら一日どこかで調整しましょうか?」
「私はいつも楽をさせて貰っていますし気を使わなくてかまいませんよ」
研究が嫌いな訳ではなく、むしろ今はノっている時である。
早く続きをと思う事はあっても休みたいとは考えていなかった。
「そうですか? あぁでも睡眠は出来る限り取って下さいね。アルタも心配していますし」
「ははっ……えぇ、勿論です」
アリーシャは先ほど怒られたのを思い出し苦笑いになりながらもそう返す。
「よし、では続きにいってきます。ごちそう様でした」
そして珍しく一番に食事を終えたアリーシャは再び研究室へ足を向けるのだった。
------
翌日の朝食後。
誰よりも早く就寝、誰よりも早く起床を実行したアリーシャは再び研究室にいた。
だが一人ではない。
立って作業をしているアリーシャに対し、もう一人は椅子に座ってじっとしている。
「…………」
「…………」
会話はない。
どこか気まずい空気が流れ、先に耐えられなくなったのはアリーシャであった。
「あ、あの、ゆっくり部屋で休んでてもいいですよ? もう後は単純な作業だけで食事の時間を忘れるようなことはありませんので」
後半の言葉は今日の朝食時も昨晩と同じ事をしでかしてしまったから付け加えた。
返ってきた言葉はぎこちないものだった。
「お、おう気にすんな……」
メンバーの中で一番の体格を持つ人物はいつもの覇気がなくどこか小さく見えた。
「あの、何があったんですか……?」
食事の時から何気に気になっていたアリーシャは珍しく他人の事情に興味が沸き首を突っ込む。
目の前の人物、ブルーガイは少し言いづらそうにしながらも語り始める。
「実はよ――」
時は少し遡る。
『アリーシャさん遅いですね』
『そうだね。そろそろ呼びに行こうか』
アリーシャ以外の全員が揃い、ヴァーニの作る朝食ももうじき出来上がろうとしたその頃。
訓練も休みにしたブルーガイは既に酒を手にしていた。
『まぁいいじゃねーか!』
既に何杯飲んだのか、酒に強いはずのブルーガイは酔っていた。
そして致命的な一言を口に出してしまう。
『飯のことばっか気にしてっから色気も出ずに男一人捕まえられないんだよ。なぁノゾム?』
『俺に振るなよ、頼むから』
『なーに言ってやがる、お前だってもっとボンッキュッボンのネーチャンのがいいだろうがよ! アルタやラウラは胸はねぇわ色気もねぇわ、あーダメだなこりゃ、だーっはっはっは!』
瞬間的に場が凍りついた。
アルタの笑顔から温かみが消え、巻き添えを食らったラウラは無表情となった。
しかしブルーガイは気づかずに大声で笑う。
『ブルーさん、どうも酔っているみたいですね。治してあげますよ。ヒールをど、う、ぞ!』
『だーっはっは――あだだだだだだだ!』
アルタは踵でブルーガイの足をぐりぐりと踏みつける。
『テメェ! ヒールの意味が違ぇだろ!』
『ブルーガイ、私もヒールの練習したいんだ、付き、合って、よ!』
ラウラも反対側の足をぐりぐりと憎しみを持って踏みつける。
『いだだだだ、悪かった! オレが悪かったって! あぁ、足がっ! 足がぁぁぁぁ!』
「そ、そうですか。そんなことが」
「あぁ……」
すっかりアルコールも抜け素面のブルーガイは心底後悔しているといわんばかりの表情となっていた。
当然しばらく禁酒を強制されている。
「なぁ」
「な、なんでしょう?」
ブルーガイが縋り付くような表情でアリーシャに話しかける。
「過去に戻る魔道具、ってのはねーのか?」
「ない、ですね。すみません力及ばす」
「いやいいんだ……いいんだ……」
いつも元気のあるブルーガイの落ち込む姿をアリーシャは初めてみた。
が、どうしようもなかった。
ちなみに、魔道具は無事完成した。




