40話「海底散歩」
磯の香りが漂う村ミロット。
大きな町とは違い家がポツポツと点在する程度でその見栄えも少々悪い。
見渡しのいい所ではあるが見える範囲に人は存在していない。
「あれ、人がいませんね」
アルタがキョトンとしてそう言う。
聞こえるのは風の音ばかりで人の声はしていない。
「仕事時間なんじゃない? 男は漁に、女は……何してるんだろうな?」
望もイマイチ分からないといった感じで二人して首を傾げる。
とはいえじっとしている訳にもいかないので四人は村を歩く。
木で出来た家は最初の印象通り雑な作りだったが、掃除はしっかりされている。
ちょっとした広場には子供達が遊んだ跡なのかよく分からない絵が地面に描かれている。
「何だろうねこの絵」
「さぁ、でものどかで平和な場所みたいですね」
村の奥まで行くとようやく人の声らしきものが聞こえてきた。
反応したのはニナとミイ。
「誰かあっち、あっちにいますよー」
「早速行ってみるのです」
ようやく人がいたと四人はそちらへと歩いていく。
端っこはどうやら海に面しているらしく、桟橋が伸びており船もいくつか見える。
長年の使用感が感じられる船であったが、それぞれに人が乗っておりまだまだ現役なのだろう。
大勢の人が集まっており大人も子供もいる事から村人全員が集まっているのではないかと思えたその集団の一人を捕まえて声を掛ける。
「どうかしたんですか?」
近くにいた中年の女性を捕まえて様子を聞くと困ったような表情で返事が返ってきた。
「珍しい旅人さんかね? いやーどうも昨日から魔物が現れてるらしくてさ、仕事になんないって猟師共が帰ってきたんだよ」
女性が言うにはこの辺りには昔から魔物が生息してはいたが凶暴な種類はおらず普通に漁をして村人達は暮らしていたとのこと。
この辺りは資料通りである。
しかし急に気性の激しい魔物が現れ漁師達を襲った。
幸い人も船も無事だが、網やロープ等の道具がやられている。
「まぁ魔物といえど魚らしいからね。その内どこかに泳いでいってくれるといいんだけど」
「魔物は昨日から突如として現れたんですか?」
「どうだろうねぇ。だけど今まではこんなこと無かったはずだよ」
そう言うも楽観的に捉えているのか中年の女性に悲観した様子は無い。
ひとまず何故ここに村人が集まっていたのか分かった所で情報集めを再開する。
「一つお尋ねしたいんですけど、天上珊瑚って知ってますか?」
「知ってるとも。この近くでも取れるはずだよ。ほら、あっちの方に岩が海面から顔を覗かせてるだろ? あの辺りにあるんだとさ」
アッサリと欲しい情報が手に入った事に一同は顔が綻ぶ。
「今は危ないみたいだし行かない方がいいだろうねぇ」
女性はそう言うと集団の中に戻る。
未だガヤガヤとしておりしばらく静まりそうにない。
教えて貰った海面から出ている岩は肉眼でも十分に確認出来るがそこそこに遠い。
泳いで行けと言われれば全員が嫌な顔をしただろう。
魔道具がある四人にそんな表情は無く、村人が居ない場所まで歩いていく。
「この辺りでいいかな。魔道具は全員持ってる?」
「もっちろんですよー。ほらほらー」
ミイは右手をぐっと上げてその腕につけられている腕輪を望へ見せる。
この腕輪が今回アリーシャから渡された魔道具である。
プリマレという名が付けられており残念ながら人気のない魔道具の一つだ。
「これ素材が銀みたいだな」
「宝石まで埋め込まれてて高そうですね……大事にしましょう」
腕輪の中央には青い宝石があしらわれており太陽の光を浴びてキラリと光っている。
ただでさえ魔道具はそこそこに値が張る。
今回の場合だと価値としては高いが使用頻度は低い、というのが人気のない原因の一つである。
「しかし目的地に到着した途端魔物が出てるとか本当ゲームみたいなアクシデントだよなぁ。ドラクとか凄い喜びそうな感じ」
「あの、ノゾム」
「ん、なに?」
「前もそういうこと言ってましたけど油断とかしないで下さいね?」
「大丈夫大丈夫、分かってるって」
「その軽い口調が不安なんですよ。全く、私がしっかりしないと!」
そんなやり取りをしながら四人は魔力を腕輪に通す。
足元から淡い青の光が薄っすらと立ちのぼる。
「よし、それじゃ行くとするか」
「砂浜から徐々に入っていくんじゃないんですね」
「それだと人生に絶望して入水する人みたいじゃん? 傍からみてたらきっと怖いし何より砂浜ってかなり遠いみたいだしもうここからでいーじゃん」
遠くの方に砂浜は見えるがそこまで行くのが面倒くさいと望は思った。
「何かブルーさんに似てきましたね。そういうところ」
「えっ……」
「ニナもたまにそう思うのです」
「……マジで?」
望は二人からそう言われ微妙な心境になりながらも先に入った三人に続き海へと入っていった。
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水は驚くほど澄んでおり、陽の光が十分に入り込んでいる水の中は周囲がよく見える。
地面が砂の為か若干足が取られそうになるがそれは地上の砂浜だって変わらない。
「おぉぉ……ちょっと、すご、これ……おぉ!」
目の前ですいすいと泳ぐ魚に視線を取られながらも望は感動していた。
呼吸にも困らず服も濡れない。
しかし水中にいる感覚はゼロではなくふわふわと体が今にも海面に向かって浮き上がりそうだった。
「ノゾム、大丈夫なのですか?」
「大丈夫だ。ていうか何で皆驚かないの? こんなの初めてでしょ?」
「ミイ達も初めてですよー。でも望が感動しすぎて何か見てて冷めちゃいました」
「それはすまん」
望ほど感動を感じなかった女性メンバーは至って普通である。
「ノゾムってたまに子供っぽくなりますよね。ここは魔物も出るんですからちゃんとして下さいよ」
アルタはそう言って周囲を見回す。
見える範囲に魔物らしき生き物の姿は見当たらない。
綺麗な海の中を気持ち良さそうに泳ぐ魚、穏やかな海流にゆらゆらと揺られる海草。
視界に広がるのは平和そのもの。
「結構見渡せるし近づいてきたら流石に分かるだろ」
危険が近くにない事を確認した望は進んでいく。
アルタ達もあとに続き、しばしのんびりとした水中散歩を楽しむ。
何か摂取できるのか数匹の魚がつんつんと苔の生えた岩を突つく。
その岩陰には小さなカニがすすす、と歩いている。
地面の砂は軽く蹴り上げるとゆっくりとした動きでふわりと舞い、水の流れと共に散ってゆく。
「あっ……!」
「どうかした?」
「あれ、あの魚は前に屋台で串焼きで売ってましたよ。美味しいんですよねぇ」
次第に警戒の薄れたアルタが物欲しそうに泳ぐ魚を目で追う。
「わぁ! この貝殻きれいなのです」
「ほんと……うわわっ! 動いた、動いたですー」
ニナとミイも地面に転がっていたよく分からない虹色の貝をつついて遊ぶ。
そうして歩く事三十分。
ようやく目的の岩へと到着した。
「これだな。にしてもおっきいなぁ」
遠くから見てある程度分かっていたが、間近で見るとかなり大きな岩である。
「そうですねぇ……っと、それじゃ探しましょうか」
海の中では必須魔道具となるプリマレの効果時間もまだまだ余裕があり今日一日遊んだとしても問題ないだろう。
気にしなければならないのはラウラ達に遅れすぎてはならないという事だけである。
アルタはこの辺りで採れるだろう一覧が記載された資料を手に天上珊瑚を探す。
プリマレの効果は所有物全てに及び、紙である資料も普段通りに使える。
その美味しさから海の神が好んでいたと言われるワタツミキノコ。
覗けば鏡のように自身を映し使えばいいダシが取れる姿見昆布。
どれも違うがどれもを持ってきたカバンに入れていく。
「……よし」
「…………」
それを望はしっかりと見ていた。
「えっ、うわっ、どどどうして望が?」
「そりゃ俺もあちこち移動して探してるからね。ふとアルタが見えたら別の物を採ってるのが見えたんだよ」
「いやこれはあれですよ。ほら、最近依頼もちょっとお休みしてましたし、食材をついでに採って帰ることで節約をですね――」
目を合わせようとしないアルタの言葉を聞きながら望はひとつため息をつく。
しかしこういったアルタは最近ようやく見るようになってきた為たまにはいいか、という気分にもなってしまう。
「ま、ついでならいいけどさ。ついさっきもあっちで子供二人を注意したからアルタも――」
「ノゾムー。これ見てなのですー!」
「たくさん、たーっくさんありましたー」
ニナとミイは何かを両手に持ち、嬉しそうな声を出しながら望達へと駆け寄る。
この二人は三分前にちゃんと探すように、と望からお叱りを受けているのだが既に忘れている。
足を引っ張る三人に何かを言おうとしたところでアルタがニナ達の手に反応する。
「そっ、それは……! 極点牡蠣。色、ツヤ、これは間違いありませんね」
「食べられるのです?」
「ものっ…………凄い美味しいみたいですよ。この資料にも高値で取引される、って書いてあります」
「向こうにいっぱいあるのですよー」
早速採りに行きましょう、とアルタは二人を連れて駆け出した。
動きにくいのは三人も同じだろうにやけに早い。
「マジかよ。ラウラ、こういうことだったんだな」
ポツンと一人佇み今は居ないラウラに向かって話しかける。
そしてふと視界に大きな魚が映りこんできた。
全長は自身の半分ほどで大きな魚だと真っ先に思った。
開かれた口が閉じる際鋭い牙とも呼べる歯がガキン、と音を立てる。
ゆっくりと旋回し互いに向き合う。
と、突如猛スピードで突っ込んできた。
口は大きく開き尖った歯がギラリと光る。
明らかに獰猛。
この存在こそが船を襲った魔物クリンゲである。
最近発見された種で鋭い歯をもち凶暴さもその特徴とされている。
「うおぉっ!」
いきなりの戦闘に頭がついていかずスレスレでの回避。
二度、三度と突進を躱しようやく気持ちが戦闘のそれへと切り替わる。
「囲まれたか。というかこれはもしかしなくても話題の魔物だな」
いつの間にか十数匹にも数が増えており、望の周りをぐるりと囲っていた。
油断しすぎていた自分に心の中で悪態をつく。
本来ならばこちらは動きにくく相手は動き易いという海の領域ではあるが、魔道具を使っている望は自然な動作で剣を抜き構えを取る。
「ギャシャァァァ!」
鉄が擦りあわされるような不快な鳴き声をあげながら数匹の魔物が望へと一直線に海中を走る。
他の魔物にも注意を払いながらではあるが望は剣を縦、横に素早く振るい全てを真っ二つにした。
「幸い防御力は大したことないな」
それぞれを一発で仕留める事は出来たが、それが仇となり残っている魔物が全て望を狙う。
足、腰、胴体、腕、首、頭。
まるで示し合わせたかのように魔物は全てに狙いを定めている。
「多すぎだ! これはまずいッ!」
前後左右から迫り来る魔物を全て倒すのは不可能だと判断した望は思い切り飛び上がる。
地上と同じように動け、身体能力も更に向上しておりその跳躍は魔物との距離を空けることに成功した。
そして魔道具の効果を一度解除する。
「んぐっ……」
下へと降下せずその場でぴたりと止まる。
水が服に染み込み水の冷たさが肌を刺激したが気にしない。
先ほどの大きな岩まで一直線に泳ぐ。
「シャギィィィ!」
それを逃がさんと魔物も追従する。
逃げる望と追う魔物。
いくら能力が上がっているとはいえどここは海の中。
自由自在に動く魔物に少しずつ差を詰められる。
(もう……少し……ッ!)
岩までの距離が近くなる。
しかしそれ以上に魔物との差が縮まっていた。
望は再び魔道具の効果を発揮する。
ふっと消えるように落ちた望の頭の上を魔物が通り過ぎた。
「随分凶暴だなこいつらっ」
海底へと落ちながら数匹の魔物を切り捨てる。
そして着地するとすぐさま岩へと駆け出す。
「ふぅ、間に合ったか」
大きな岩は完全に壁の役割を担っており背後から回られる心配は無い。
「最初に一斉に襲い掛かられてたらマズかったけど所詮は魚だな」
凶悪な歯を見せながら襲い来る魔物にもう恐怖は感じない。
望はそのまま正面から全てを討伐した。
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「あれ、ノゾムがびしょ濡れなのです」
「水もしたたたる……したかたる……そこそこの男ですね」
「褒めるなら正しい言葉でちゃんと褒めてくれよ」
魔物を倒してアルタ達を探すとすぐに見つかった。
色々と採っていたのか魔道具ではないただのカバンは膨らんでいる。
「見て下さいノゾム! こんなに……何で濡れてるんですか?」
アルタもキョトンとした顔で望へと質問を投げる。
「……はぁ。別になんでも」
嫌味の一つでも言おうと思ったが、振り向いた際に見せたアルタの嬉しそうな笑顔を見て言葉を飲み込む。
結局、天上珊瑚はそれから三十分経ってようやく捜索が開始された。




