4話「夜の戦闘」
夜。
四人は目を慣らしておいた方がいいというラウラの提案によって迎撃地点で少し早めの夕飯を取っていた。
「冬じゃなくて良かったよ。夜でも充分動けそうだ」
味気のない硬いパンをかじりながら望がのんびりとそう言った。
本来なら不満の一つでも出そうなものだが、こういった環境での質素な食事も悪くないと思っている。
勿論、毎日続けば嫌だろうが特に不自由のない世界から来た望にとってこの不自由さは新鮮であった。
「そうですね。欲を言えばもう少し美味しい夕食が食べたかったですけど……」
「村に被害が出ているから店も品揃えが悪かったね。仕方ない事ではあるけれど」
それに対してアルタは零れるように不満が口から出ていた。
少しむくれているがそれすらも可愛らしい仕草の一つとなっている。
望と違いこういった食事を何度もした事があるとどうしてもこういった感情が出てくるのだ。
アルタに対し「意外と食い意地が張ってるよな」と絶対口にはしない感想を抱きつつ周囲を見渡す望。
森から出た時にはまだ日は出ており日没まで少しの猶予があった。
その時間を使い戦いの準備をしっかりと整える事が出来ている。
食事を終えてしばらく待つ。
時間が経つにつれて四人の口数は少なくなり僅かに緊迫した空気が流れる。
既に焚き火は消しており、辺りは月明かりのみが頼りとなっているが雲も出ておらず空には月と星が輝いている。
虫の鳴き声が遠くで聞こえ時たま吹く風が地面を撫でる。
しばらくそうしていたがその時がとうとうやってきた。
「おいっ! 来たんじゃねーか!?」
一番に気付いたのはブルーガイであった。
村から借りた木の椅子に座っていたが勢いよく立ち上がり前方を厳しい目で見つめている。
そして足音が聞こえ、多数の何かが迫っている事を全員が理解した。
「分かっていたけど凄い数だね」
「そうだな」
「まぁ既に魔法の準備はしてるから一撃で倒せるんだけどね」
「マジかよっ!?」
「嘘だよ」
「……嘘かよ」
いつもより軽口のラウラ。
緊迫した空気が若干和らぎ無言だったアルタと望の肩から力が抜ける。
ブルーガイが一歩を踏み出すと続いてアルタと望も立ち上がり事前に話し合った所定の位置へとつく。
前にブルーガイとラウラ。
後ろにアルタそして望。
地を蹴る足音は次第に大きくなり、シルエットもハッキリと見えるようになる。
メモリーウルフだ。
望の記憶にある狼という動物に大きさは近い。
風を切るように走り、記憶にある狼よりも少し長い茶色の体毛が激しく揺れている。
前衛の二人は構えを取ったままじっと待っている。
最前線のウルフが二人に迫り、残り十メートルという所で「ギャンッ」という声と共に消えた。
「よっしゃあ、掛かったぞ!」
食事の前に四人で掘っておいた落とし穴に複数のメモリーウルフが落ちて行く。
続くものは飛び越えようと大きく跳躍するが、既に落とし穴付近まで来ていたブルーガイが上から勢いよく拳を振りぬき叩きつけるように落としていく。
その隙にラウラが杖を掲げる。
「今の内にまとめて倒すよ! 『フレイムカヴィオール』!」
広範囲に炎が噴出し、穴に落ちたメモリーウルフが息絶える。
落とし穴に収まりきらない炎が溢れ、若干の躊躇をメモリーウルフに与えるが、次第に一体、二体と乗り越え前に居る二人に襲い掛かる。
「結構落としたのにまだまだいやがるな!」
「そうだね……なるべくここで食い止めよう!」
ブルーガイが拳を振るう。
飛び掛ってきた所をカウンターの拳で吹き飛ばし、その後ろに居るメモリーウルフにもダメージを与える。
戦闘経験豊富なブルーガイはこの程度の魔物ならば囲まれさえしなければ問題なかった。
そのすぐ後ろからラウラが一体一体を狙い撃つように魔法を放つ。
狙った魔物に的確に当て確実に数を減らしていく。
(数が多すぎる……)
自分達二人では到底抑えきれないと感じたが、それは予測済みであった。
案の定たった今、一匹のメモリーウルフが自身の後方に立っているアルタに向かって駆けていった。
「させるかっ!」
今まさにアルタへと襲いかかろうとしたメモリーウルフが望によって両断される。
「ありがとうございます」
「いや、気にしないで。前に出るのは流石に厳しいから護衛くらいしかやれる事ないし」
単体や弱い魔物数匹の群れならばともかく、ここまで多い群れだと危ないと判断したラウラは自身が前に出て望を後ろに下げていたがそれは正しい判断だった。
前に出ている二人がほとんど倒しているお陰で望は慌てる事なく確実に一体一体を屠っている。
そして一時間後。
「はぁっ……はぁっ……!」
荒い呼吸をしているのは望である。
膝に手をつきその体勢からも体力の減った事が窺える。
疲れの元は体を動かした事だけではない、望本人がそれを一番よく分かっていた。
メモリーウルフは自身が食べた物を体の表面に出現させる。
大半は木の実や畑を荒らした際に食べた野菜などだったが、中にはどう見ても人の腕にしか見えないものもあった。
村長が言っていた退治に行って力尽きた村人である可能性が高い。
思い出して少し気分が悪くなりそうだったが、戦闘訓練で魔物の死骸を見たという経験が頭の切り替えをする程度の余裕を生み、今は皆が無事に済んだ事を喜ぶべきだと考えた。
「ようやく終わったか」
「みんなお疲れ様です」
「無事に終わって何よりだね」
ラウラとブルーガイは肩で息をしているがまだ表情に余裕がある。
アルタは回復以外ではあまり役に立たないので他の三人に比べるとほとんど動いていない。
(後衛なのに俺が一番疲れてるとか……まだまだなんだな)
前衛で戦った二人を見てそう思う望。
ブルーガイは戦っている姿を訓練の時に見て知っていたが、ラウラの戦闘は今日初めて見た。
本来は後衛でありながら前に出て、敵の攻撃を回避しつつ近距離遠距離問わず適切な魔法を使って戦いほとんどダメージを受けていないのには驚いた。
「はい、お水です」
「助かるよ。ありがとう」
アルタから水を受け取り口に含む。
ぬるくなっているが今はそれでも美味しいと感じた。
「ノゾムもありがとうございました。お陰で村の人達を助ける事が出来ました」
助かったのは村人でこちらには特にメリットは無かったのだが、自分の事のように嬉しそうにするアルタに「本当に優しい人だな」と感心しながらも望は返事をする。
「大半は前衛の二人がやった事だけどな。俺はどちらかと言えばオマケ程度の働きしかしてないさ」
「いいえ、そんな事はありません。ノゾムが居て本当に助かりましたよ」
二人が話しているとブルーガイが近づく。
「よっ、お疲れ。しかしうちの王様は人助けが本当に好きだよな。前から思ってたがここまでくりゃ人助けオタクだぜ」
「人助けオタク……?」
何やら変な単語が聞こえ望はオウム返しをしてしまう。
「おぉよ。これからこんなんよくある事になるぞ。まぁ大半は迷子の子供の親を探すとか落し物を持ち主に届けるとかだがな」
「へ、へぇ……」
そんな事までしてるのか、と少し驚くもアルタの性格を考えると不思議と納得出来た。
「本当何でもかんでもバカみたいに首突っ込んでいくからな。退屈しないぜ?」
「ブルーさん私の事そんな風に思ってたんですね。今日の晩ご飯オカズ一品減らしますよ?」
「うぉっ! それは勘弁だな。わりぃわりぃ、もう言わねぇよ」
「そこの三人。こっちは終わったから村へ戻るよ」
魔物の死骸を一箇所に集め終えたラウラが話していた三人に向かってそう言った。
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「お主たち本当にメモリーウルフを倒しきったのか……」
少し遅い時間にはなったが全員で村長の家へと報告に向かうと、驚いた顔をして村長がそう答えた。
「えぇ、もう大丈夫だと思います。ただ畑の近くに穴を開けてしまったのと死骸をそのままにしているので明日にでも処理しておきます。今日は私達も疲れていますので」
「そんな事ならわしらでやっておくよ。いや、本当に感謝する。このままだと襲われて死ぬか飢え死にして死ぬかのどちらかじゃった。帝国の兵士は中々来てくれんでのぅ」
その言葉にアルタが口を出す。
「気にしないで下さい。助け合いが大事なんですから」
「あぁ、君はえーと、異世界王国の王だったかな? 本当に助かったよ。と、こんな喋り方は不敬罪になるかの」
「いえそんな事ないですよ。畏まられた方が困っちゃいます」
「はっはっは。ならこのままでいかせてもらうとするかの」
和やかな雰囲気で話す二人。
(村長さん嬉しそうだな)
元の世界でボランティア活動といったものに参加した事はあったが、自主的に参加するような性格でもなかった望は二人のやり取りをみて「人助けも悪くないな」と感じた。
本人は自覚しなかったが、この時恩を返すという思いとは別に自ら誰かを助けようという意識が心の片隅にひっそりと芽生えていた。
その後、お礼だという事で大量の野菜を貰い村を後にする四人。
「随分と大量にくれたもんだな」
「村長だけじゃなくて村の人達も次々にくれたからね」
「大丈夫なのかな? 村も厳しいって村長さん言ってたけど」
「私達がそれだけたくさん感謝されたって事だよ。有難く受け取っておこう」
三人で話していると、アルタが難しい顔をして考え込んでいるのが望の目に入った。
「どうかしたか?」
「うーん……以前私、ラウラ、ブルーさんが通った歪みを調べた事があるんですけど、森で調べたのはそれとは何かが違ったんですよね。魔素の流れというか……上手く説明出来ないんですけど」
「へぇ……」
とりあえず相槌はうったものの基本的な事を覚えている最中の望にはアルタの言葉がいまいち理解出来なかった。
「よく分からないって事だな。なら、考えても仕方ねぇだろ。今日はもう帰って寝ようぜ!」
「少し気になるけどブルーガイの言う通り皆疲れているだろうしまずは休む事を優先しようか」
ブルーガイの言葉にラウラが同調しひとまずは城に帰り休むこととなった。
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アルデスト帝国。
広大な土地を治めており、世界でこの国を知らない人は居ないという程の有名国である。
その国には近年作られた研究所があり、そこでは所属している研究員達が日夜作業に励んでいる。
「おいっ! 研究はどうなっている!?」
一人の男が近くに居た研究員に問う。
研究員は怯えたように少しどもりながらもその問いに答える。
「はは、はいっ! 現在操作性をより向上させる為に新しく配属されたアリーシャ上級研究員の下改良を続けております!」
「ふんっ! で、どの程度進んでいるんだ?」
「はい! 最新の実験結果ですと前回の接続率はそのままを維持し、百回中二十八回は操作性の向上が見られました!」
「前回は百回中九回だったか? 随分と上がったもんだな」
いい結果を聞いたにも関わらずその顔は喜んでいない。
「ええ! アリーシャ上級研究員のお陰で今までにないスピードで研究が進んでおりますっ!」
顔を綻ばせてそう言う研究員に対し男は表情を変えず告げた。
いや、若干眉間に皺がより不機嫌に見える。
「いいか!? 必ず結果を出せ! 必ずだぞ!」
「は、はいっ! あ、研究長どちらへ?」
部屋に入ってまだ数分と経っていない為、男が踵を返すと研究員は慌てたようにどこに行くのかと聞いた。
「俺は忙しいのだ! 研究はひとまずお前達だけでやっていろ!」
そう言い捨て部屋から出ていくのを見送った研究員に仲間が寄ってくる。
「おー怖っ。相変わらず苛立ってるなぁ」
「お前も災難だったな」
「あぁ。話しかけられた時は萎縮してしまうよ」
三人が一言ずつ言葉を発するが、それだけで先ほどの男の評価が窺える。
「でもまぁアリーシャ上級研究員が来てからは目まぐるしい成果を上げてるからなぁ」
「あの人無愛想だけど性格が悪いって訳ではないしな」
「研究長はただでさえプライド高いのに自分より優秀だと結果で思い知らされると焦るだろうな」
「おい、そんな事言ってるのがバレると首が飛ぶぞ」
「おっと、そうだった。しかも物理的に飛びかねんよな」
「有り得るからそういう事言うの止めろよ……」
研究員達は揃って身震いする。
そして一人が思い出したように疑問を呟く事で話題は少し変化した。
「そういえば実験ってどこでやってんだろうな?」
「さぁな。でも危ないし人気の無い場所だろ」
「そうだな。うちの国は広さだけならどこにも負けてないし」
「ま、そうだよな。おっと、そろそろ戻らないとヤバいな」
一人が慌てたようにそう言うと研究員達は再び自身の持ち場へと戻り作業を再開した。




