39話「グレードアップ」
しばらくの日が経過した。
ドラク独特の言い回しの回数が増えた事以外は概ねいつもと変わらない日常を送る異世界メンバー。
だがこの日は少し違った。
「全員集まってくれましたね」
一人部屋の前に立つのはアリーシャ。
いつもならばアルタやラウラがそこに立っているのだが今回は両者共に座っている。
ここ連日来ていたロリューヌ不在となっており席はこの城に住む者達だけで埋まっている。
「会議室に集まってもらったのは他でもない皆さんにお願いがあってのことです」
畏まった態度であるが、そこに緊張や不安は感じられない。
むしろ最近はより馴染んできたのか声に柔らかさが入るようになっている。
「ご存知かと思いますが私はミールキーを歪みに干渉出来るよう研究を続けてきました。これは私の目的なので本来ならば私一人でやらなければならない事だったのですが……」
「お、もしかしてダメだったのか?」
「ちょっとブルーさん、そんなずけずけ聞いちゃダメですよ! アリーシャさんも皆を頼っていいんですからね、一人でなんて思っちゃダメですよ」
遠慮のないブルーガイをアルタが注意し、アリーシャをフォローする。
「ありがとうございます。簡単に説明するとですね、今魔法回路というものをミールキーに組み込んでいる最中なのです。その回路は流した魔力を変換し歪みへ干渉出来る力とする、といったものです」
これはゲートキーにも使われている技術であり、アリーシャはこれをそのままミールキーにも適用させようとした。
だが、一つ問題があった。
「既に回路を作ってはみたのですが、魔力を流し変換しても効果が薄く歪みにほとんど干渉が出来ないのです」
「ほとんど、と言うと多少は効果があったのですか?」
ラウラがアリーシャへと問う。
「えぇ。とはいっても実際に実験を行った訳ではないのであくまで出力を元にした予測ですが」
「効果が薄いのであればより多くの魔力を流すことで解決は出来ないのですか?」
「出来ます。が、通常の魔法回路でそれを実現させようとするととても持ち運び出来るサイズではなくなってしまいますし、必要魔力も人間一人分じゃ足りなくなってしまうんです。これを解決するのに魔法回路に流した魔力の質を高める素材と魔法回路自体の耐久性を向上させる素材が――」
話は専門的な知識や用語も混じりだし、次第に難しくなっていく。
多少は魔法に関して知識のあるラウラが意見を出すも、研究者として既にその点も考えていたアリーシャは少し目を伏せながらそれに答える。
望を始め話について行けなくなりそうなメンバーは黙って聞いていたが、たった一人ウズウズしている者も居た。
「…………」
「おい、やめとけよ」
「え、ぇえ!? なな、なにが!?」
「適当なこと言って混ざりたいとか思ってるんだろ? 怒られるだけだぞ」
注意するのは自身も先程アルタに叱りを受けたブルーガイである。
そわそわしていたのはドラクだ。
最近芝居がかった口調に拍車が掛かっているせいかやたらと喋りたがる。
ブルーガイの言う通り話題の内容は分かっていないのでそれっぽい事をつらつらと並べるのであろうが、そんな事をすると間違いなくラウラは怒る。
「うっ……。大人しくしとこ」
この間、夜中に怒られたのは記憶に新しい。
ブルりと体を震わせると椅子に座りなおしじっとする。
「――ですのでその二つの素材をほぼ同時に魔法回路へと組み込む必要があるのです」
「へぇ、なるほど知りませんでした。しかしそうなると少し厄介ですね」
そうしている間にも話は進み、ラウラは神妙な顔で思案している。
「んーとはいえ他に方法がないのなら仕方ないですね」
そして意を決したようにそう言いアリーシャの横へと並び立つ。
「皆も聞いていたと思うけれど、アリーシャさんの研究に二つの素材が必要になった」
ここで話をほとんど聞いていなかったドラクとヴァーニ、更にニナとミイがピクリと反応したが、それを見なかった事にしてラウラは言葉を続ける。
「必要な素材は汚染されていない綺麗な海にあるとされている天上珊瑚、そして鉄が何十年もかけて魔素を取り込むことにより変化したジジート鉱石の二つ。ここまではいいかな?」
軽く全員を見て特に反応がない事を確認したラウラはここからが重要だとばかりに一つ咳払いをする。
「コホン。さて、この二つなんだけど採取してから鮮度というか素材としての価値がどんどん落ちていくらしいんだ。だから片方ずつ取りに行くという行動が出来ない」
「ほほぉ、二手に分かれるということじゃな」
ラウラの次の言葉を代弁するかのようにフォティスが口を開いた。
「そうです。ただウチは戦える者がいても戦闘経験にバラつきがあるのでそれが不安といえば不安になります。どう分けたものか……」
「それもあるけどよ、どっちが危険なんだ? 海は行ったことねぇし山は水晶があったあの山しか知らねぇぜ?」
「まずは場所を調べようか。私としたことが組み分けることしか考えてなかったよ」
「あっ、場所なら分かります。両方帝国領内にあるので資料も用意しました」
そしてアリーシャは作っておいた資料を手に説明を始める。
「まず天上珊瑚ですが、ファシ海にあるようです。少し深いようですが水の中でも地上と変わらず動けるようになる魔道具があるので問題ありません。ただ水棲系の魔物は勝手が違って戦いにくいとも言われています」
「海の中ってどんな魔物がいるの?」
軽く手をあげて質問をする望。
「すみません、情報があまり無くそこまで調べられませんでした。でも特別気をつけるべき魔物だったら簡単に調べられたはずなので恐らく強敵と呼べる魔物は存在しないと思われます」
「なるほど、ありがとう」
水の中で戦闘するとは思ってなかった為思わず聞いたが期待した答えはこなかった。
若干がっかりしながらもそれを表に出さないよう我慢する。
「次にジジート鉱石ですが、霊峰プロヴィデンスにあります。こちらは神聖視されてはいますがそれ故に人が近寄らず近年魔物が非常に凶暴になっているようです。ただ昔使われた坑道がまだ使えるようなのでそこを目指すようになります」
一通り話し終え、ふぅと息を吐くアリーシャ。
現地に行った事がある者はおらず、ラウラはどちらに行きたいかそれぞれに聞く事にする。
「強ぇのがいるって分かってんだからオレは山に行くぜ!」
「俺は水の中自由に動いてみたいな。海底歩けるってことだよね?」
「我は自らの最強を示すために霊峰プロヴィデンスへと赴くとしよう。更なる力の解放が――」
各自好き勝手に発言したその結果。
海へは望、アルタ、ニナ、ミイ。
山へはラウラ、ブルーガイ、ドラク。
という結果となった。
ちなみに残りは留守番である。
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「いいかいノゾム。頼んだよ?」
「それもう何回目? 大丈夫だって」
出発前。
転移部屋の中ではラウラが望へと既に何度も行われたやり取りを繰り返しやっていた。
「だいたい俺とアルタは子供じゃないんだし平気だって」
「アルタはどこか抜けてるところがあるし……。ノゾム、キミだって随分浮かれてるよ? 水の中を自由に歩きまわれるって聞いてからそわそわしてる」
「えっ、えぇ!? そんなバカな」
「よくよく考えればノゾムだって最初の頃は町を見ただけでハシャいでたしこの組み合わせは失敗したかもしれない」
顔に手を当てて深刻そうな表情でそう言ったラウラに対し、「失礼な」と思った望だが何一つ間違っていなかったので言い返すことが出来ない。
「大丈夫ですよラウラ。私がついているんですからっ!」
胸の前でぎゅっと握り拳を作るアルタ。
アルタは善人ではある。
わざと失敗するようなことはしないし一緒に行くメンバーの体だって気遣うだろう。
それは言われずともわかっているが、ラウラは知っている。
食べ物屋を見つけると必ず視線をやり品定めをする事を。
珍しい物を見つけるといくらで売れるか考え何が食べられるか計算する事を。
「頼むよノゾムっ! キミしかいないんだから!」
「失礼です……」
頬を膨らませて拗ねるアルタ。
ともあれ転移部屋へと入る。
転移陣が部屋の半分程度を取っており、全員で入るとあまり広くは感じられない。
「それじゃ私達は先に行くね。よろしくアルタ」
「はい、では行きますね」
「行ってらっしゃい。ブルーガイとドラクも気をつけて」
「わーってるって」
「ふん、どのような生物が居たとしても高貴なるヴァンパイアに目覚め――」
ヒュン、と音がする。
アルタが転移陣を起動させたのだ。
ドラクがまだ喋っている途中だったが、それを完全に無視して。
そしてアルタだけが転移陣より現れる。
「戻りました。次は私達ですね」
「アルタちゃんや。これを飲んでおくといい」
無事ラウラ達を送り城へと戻ったアルタにフォティスがマナポーションを渡す。
時々町へ卸しに行くのだが、高品質故にすぐに評判となったそれはかなりの額で買い取って貰えるようになっている。
「ありがとうございます」
「なぁに、ワシはいつも何もしとらんからの」
フォティスは謙遜するがポーションの収入は異世界王国に無くてはならない金額に達している。
「それじゃ次は俺達だ。二人共向こうに行ったらちゃんと言うこと聞いてくれよ?」
「子供扱いしないでほしいのです」
「ミイ達いっつもいーっつもいい子じゃないですか」
「……いい子はそこで素直に頷くと思うな」
いつもの軽いやり取りをしつつ望達も転移陣へと入る。
「気をつけてねぇ~」
「危なくなったら無理せず戻ってくるんじゃぞ」
「ピュィ!」
居残り組も見送りに来ており、その中のアリーシャが一歩前に出る。
「魔道具は持ちましたね? 以前渡したアイスコネクトと使い方は同じです。微量の魔力で効果が出るので数時間程度なら問題はないと思いますがお気をつけて」
「分かりました。では行ってきますね」
「ちょっと暖かいな」
「ここは帝国領の南に位置してるようです。近くには村が一つ。そこは漁業で生計を立てて生活している村人がほとんどだそうです」
「物知りなのです」
「でもおしい、おしいです。手元の資料が無ければミイはアルタを尊敬してました」
「うぐっ……確かにこれアリーシャさんのですけど」
アリーシャから手渡された資料は薄いものだったが、ちょっとした注意点等も書き込まれ丁寧に作られた事が分かる。
「えーっと、まずは村に行ってみましょう」
「この場所からじゃ遠くまで見えないな。どっちに行けばいい?」
望達が転移したのは雑木林のような場所である。
木と木の間から光が差し込み地面に出来た影は風が吹く度に模様を変える。
「村ならこっちなのです」
声の聞こえた方へ視線をやるとニナが肩に小さな生物を乗せて指をさしていた。
ふわふわとした毛皮に包まれて真ん丸い体型をしているが誰も見た事はない生き物である。
超能力を使い他の生物から情報を貰っているのだ。
十分も歩くと雑木林は抜けて人が通っているであろう道へと出た。
最低限の整備しかされておらず通り道にすらあちこちに草が生えている。
それでも道は道であり、望達はそこを歩く。
合計三十分も歩く頃にようやく村らしきものが見えた。
「木彫りの魚……良かったここですね」
アルタは資料に目を落とす。
一番上には『村の入り口には木彫りの魚がある』という一文がありそれは村の唯一のシンボルであるとも書かれていた。
大まかにその他の情報も書き込まれている為アルタはそれらに目を通す。
漁村ミロット。
人口はおおよそ五十人。
漁業の規模は小さく十日に一度商人が来る程度。
魔物質、数共に低く村の被害報告もほとんど無い平和な場所。
村人が天上珊瑚の詳しい生息地を知っている可能性が高い。
「ふむふむ」
どうやって情報を集めたのかアリーシャは思ったよりも細かく調べ上げていた。
そして村に到着してやるべき事も決まった。
「皆さん、これより聞き込みを始めます!」




