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38話「ヴァンパイア」

「忌々しい陽の光が今日も天高く昇っている。しかし我にはその浄化さえも効きはしない、なぜならば――」

「ドラク、早く席について」

「あ、はい」


 ドラクが食堂で叫んた翌日の朝。

 異世界王国ではいつものように朝食の時間がやってきていた。

 それぞれが自分の席に座り、雑談をしていたりうつらうつらと舟をこいだりしている。


「へぇ、スキルが出たの!? 凄いじゃない」


 そして今日はロリューヌも混じっており、すっかり自身の席となった場所に腰を下ろしている。

 今回も転移陣を利用してこちらに来ており、アルタは朝早く起きて迎えに行ったのだ。

 そのアルタは現在朝食を作っている。


「ククク、我の孤高にして高貴なる血が目覚めるのは運命であり必然。なんら不思議なことはない」

「いやドラクお前攻撃系がいいとか言ってたじゃねーか」

「それでそれで、ヴァンパイアっていうのは何なの?」


 この世界、ユミルキーアにヴァンパイアは存在しない。

 異世界人がそれなりの数迷い込んではいるが、その中にも存在しておらず当然ロリューヌもヴァンパイアがなにかは知らない。


「ヴァンパイアとは生物の頂点に立ち、唯一の個にして最強の存在である」

「へぇ、すごいわね。唯一の個って子孫とかどうやって残しているの? あ、子孫残したら唯一の個じゃなくなるのかしら? 不思議な生き物なのね」

「ごめんなさい適当に喋りました」


 ドラクの世界にも既にヴァンパイアは絶滅しているので実の所ドラクにもよく分かっていない。

 ただ書物等にヴァンパイアの生態が記されておりその知識はある。

 望の居た地球とは違い国そのものがそう公言しており信憑性は高い。

 尾ひれがついているだろう話もあるが、自身にもその血が流れているドラクは基本的にそれらを全て信じきっている。


「でも凄いんだヴァンパイアは。驚異的な身体能力を持ってて魔力も高い。その治癒能力は四肢がちぎれても数分で生えて、もし殺すってなっても一日で九回殺さないと完全に朽ちることはないんだ。もし八回までで止まったら翌日には元に戻ってるんだってさ」


 ドラクは昔何度も呼んだ「ヴァンパイアの記録」という本の内容をつらつらと並べる。


 ヴァンパイアとは群れはするがいかんせん固体の数が少ない。

 成長はあれど寿命という概念がなく、子を作る事に興味がない。

 故にその価値観は人とは一線を画する。


 人と何度もぶつかり、とうとう国をあげての討伐作戦が下された事もある。

 だが、その度に軍は全滅した。

 討伐を命令していた国の王もやがて諦め、共存の道を探し、仕掛けたことを詫びたのちにあれこれと提案する。

 何百何千という人間を相手にするのに大した労力を使わなかったヴァンパイア達だが、人間を滅ぼしたいという思想を持っているわけでもなく、煩わしさが無くなるのならばといくつかの条件を出しこれを承諾。


 ヴァンパイアが近くに住む場所に村が作られた。

 大半がそこへの移住を嫌がったが、国は借金を背負っている者、犯罪歴のある者に命令を下し人が住むようになった。

 最初こそ殺伐とした村だったが、年月が経てばそれも変わる。


 また、ヴァンパイアも人に慣れ交流が始まる。

 そうして少しずつ人がヴァンパイアを知るようになりそれを元に本が作られた。

 相変わらず畏怖する者も居たが、卓越した能力を有するヴァンパイアに憧れる存在もまた一定数存在していた。


 そういった人物が、気まぐれで人を助けたヴァンパイアの話を大げさに広めたりすることでその存在は世界中で有名となった。


「ん? でも寿命がないんでしょ? 何でドラクの生きてる時代では絶滅していたの? 何か他に弱点とかあったの?」

「ヴァンパイアと人が結ばれたってケースも少しずつ増えてさ、それでヴァンパイアは結ばれた人と添い遂げたいと思うようになったんだ。そして想い人の寿命が来ると自らを殺して同じ日に亡くなるんだってさ」

「なるほど、そうして元々少数のヴァンパイアが居なくなったのね」

「ヴァンパイアは死を長い長い眠りだと捉えていたらしいんだ。だから好きな人と一緒に眠りたい、くらいの感覚だったって言われてるね……ってどうしたの、アルタねーちゃん」


 ロリューヌとドラクが話していると、少し離れた席に座っているアルタが興味深そうに耳を傾けていた。

 頬には少し朱が差しており、多少の興奮が見られる。


「なんかそういうの、すーっごい素敵ですね! 好きな人と一緒に眠りたい、かぁ」

「アルタは乙女よね。私は好きな人には生きていて欲しいと思うけれど」

「そうですけどっ、でも、そんな風に想われてみたいじゃないですか!」

「アルタらしいね。私はそれも一つの考えだと思うよ」


 ラウラも混じり女性陣の間では恋愛についての価値観が話し合われる。

 しかし男性陣はそこまで興味がないらしく、話題は今日の予定となっている。


「今日は何すんだろーな」

「さぁ? 今はお金にも困ってないし休みでもいいんじゃないかな」

「えー、俺は……いや、我はこの解放されし力を試さなければならない。共に依頼を受けようと思っていたのだがな」

「お前まーたその喋り方前面に出してきたな。つーか依頼受ける気だったのかよ」

「ククク……封印が解かれた今いつ暴走するか分からぬ。自身の力を把握するのは当然の事であろう?」

「大層な口調の割に心配性だな」


 朝食が終わる直前、思い出したようにラウラが声を全員に向かって投げる。


「今日はどうしようか?」


 それにバッ、と勢い良く手をあげたのはドラクである。

 たったそれだけの事であるが、男同士での話を聞いていなかったラウラには全てが理解出来た。

 なぜなら、ドラクの瞳はランランと輝きを秘めていたからである。


「昨日約束したし、今日も依頼を受けようか」



------



「大所帯になったね、アルタ大丈夫?」

「ちょっと疲れましたけどまだまだ大丈夫ですよ」


 望がアルタを労う。

 今回はなんとヴァーニ、フォティス、アリーシャ以外のメンバーが参加している。

 ロリューヌまでもが「興味あるわ、私も行く!」と付いて来ており、軽鎧に身を包んだその姿は異世界王国メンバーの中でかなり目立つ。


「ピュィ! ピュピュィ!」

「あら、チェリは何だか楽しそうですね」

「いつもはお城のすぐ近くまでしかお出掛け出来ないのです」

「すっごくすっごーく喜んでますね」


 更に普段は目立つからと留守番を余儀なくされているチェリーシアまでもが付いて来ている。


「さ、それじゃ今日はこの辺りに生息している魔物を倒そうか。討伐証明が必要だから気をつけてね」


 今回はラウラだけが町に入り依頼を受けてきている。


 受けた依頼はベンガルクエイクという魔物の討伐。

 草原に住み、高い素早さが特徴である。

 繁殖能力も高く数が増えると町までやってくる可能性もある為、定期的に狩られている魔物の一種である。


 しばらく歩くとブルーガイが声を抑えて周囲に知らせる。

 

「おっ、いたぞ」

「一回り大きいトラみたいだ。しかし慣れって怖いな、あんまり脅威を感じないや」


 望は初めて見る魔物の感想を口にしながら観察する。

 寝そべっており、こちらとは逆方向を向いている。

 今なら奇襲をかける事が可能だろう。


「三体か。俺は左の一体貰うね」

「あ、じゃあ私も一緒に」


 望とアルタ。


「オレも一体頂くぜ」

「あら、私の分が無くなっちゃうじゃない。ブルーガイ、一緒にやりましょ」


 ブルーガイとロリューヌがそれぞれ発言する。


「よし、じゃあ俺は一人で――」

「ドラクは私とだね。キミ戦闘経験ピングーしかないでしょ」

「はい……」


 そしてドラクとラウラで一体を相手取る事が決まった。





「後ろ向いてくれてるとはいえ固まられていると邪魔だね。ちょっと分けるよ『ラファームハンマー・ショットガン』」


 三体の魔物の内二体を吹き飛ばす。

 そのラウラの声を皮切りに望とアルタ、ブルーガイとロリューヌのペアが動く。


 初見という事もありハリキッているのか珍しく望が速攻をかける。

 抜刀からそのまま真横に薙ぐように剣を振る。


「あ、躱された。流石にいい動きするな」

「油断しないで下さいね」

「分かってるよ」


 魔法で吹き飛んだものの、即座に戦闘に対応し望の一撃を回避したベンガルクエイクは伏せるように体勢を低くして唸る。

 剥き出しになっている牙は太くそして鋭い。

 噛まれればただでは済まないと否応なく思わされる。


「あぁそうだ、黄土色の牙は砕くなよ。討伐証明だ」

「分かってるわよ。そっちこそ加減ちゃんとしなさいよね」


 ブルーガイとロリューヌは一歩一歩追い詰めるように歩き距離を縮める。

 二人の戦闘能力を本能で感じ取ったのかベンガルクエイクは威嚇しつつも攻めあぐねている。


「さて、それじゃ私が援護するから戦ってみるといいよ。怪我はさせないから安心して」


 心強い声を聞きながらドラクはふぅーと深く息を吐く。

 人間の子供程度の戦闘力しかもたないピングーとしか戦った事がなく、いざとなると心臓が早鐘を打つ。


 ドクン、ドクンと頭に響く音は周囲にも聞こえるのではないかと恥ずかしくなったが今はそれどころではない。

 買って貰ってからほとんど着る機会の無かった黒いローブ、ベルト、そして二本の短剣を手にドラクは心を決める。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 緊張し硬くなった体だったが、それを振り払うように咆哮を上げ力強く前へと出る。

 グンッ、と今までに体験した事のない速度が出た。

 風の抵抗を体が受ける。

 足元の地面はまるで別世界のような速さで目まぐるしく変わる。


 ラウラの驚いた顔を知る由も無くドラクはベンガルクエイクの前まで来た。

 野生の反射神経はドラクの速度に驚く事なく鋭い牙で迎え撃つ。


(来るッ! 腕への噛み付きか!? は、背後へ回り込んで……!)


 そう考えて体を動かす。

 フッ、とベンガルクエイクの視線から消えると次の瞬間には背後に回りこんでいた。


「ガアァッ!」


 見えていたのか、それとも本能の成せる技か。

 ベンガルクエイクは振り向きと同時に凶暴な爪を纏う腕を振る。

 しかしドラクは既に届かない距離へと下がっており空振りに終わる。


 一秒にも満たない時間の中での攻防だったが、息一つ切らさないドラクの頭の中はのんびりしたものだった。


(なんだこれ……あれ、もしかしてコイツ弱い?)


 獰猛な魔物が弱く見えた。

 一度その感情を認識すると先程まで驚異に感じていた牙や爪も取るに足らないものだと思えてくる。

 全能感、という訳ではなくただ相手は自分より弱い。

 そう思った。


「グガァァアア!」


 動かないドラクに痺れを切らしたのはベンガルクエイクだった。

 しなやかな関節を最大限に使い、ほとんど踏み込まないにも関わらず大きく跳躍。

 牙を剥き出しにしてドラクの喉元へと迫る。


 ドラクはそれを見ながらそれでも思考を働かせる。


(次は首か。そろそろ買って貰ったコレを使うか!)


 考えが決まるとそこでようやく動き出す。

 右手の短剣をくるりと逆手に持ち替える。

 特に意味のある動作ではなかったが、毎日部屋でエアエネミーを相手にしてきた事により無駄に扱いがスムーズであった。


 ドラクは戦闘訓練をほとんど積んでいない。

 故に受け流す事は出来ない。

 逆手に持つ事により拳から覗く柄を思い切り上へと振り上げる。


「ガァッ……!」


 反応出来ない速度の攻撃をまともに受け、短い悲鳴を上げるベンガルクエイク。

 頭が上を向き首を晒すと剣閃が素早くその場所を走る。


 ドラクの横を通り過ぎ地面へと落ちる。

 そのまま痙攣していたがやがて動かなくなった。


「凄いじゃないか!」


 ベンガルクエイクを黙って見ていたドラクにラウラが声を掛ける。

 いつでも助けられるように複数の魔法を準備していたがそのどれもが必要なかった。


「ラウラねーちゃん。俺、勝てた」


 ボケッとした顔でラウラに勝利報告をするドラク。

 早鐘を打っていた心臓は大人しく一定のリズムを刻む。

 魔物と対面したあの焦りが嘘のように消えていた。


「ふふ、自分でも信じられないのかい? これはこの辺りでは割と強い部類の魔物なんだ。単独で勝ったんだから胸を張っていいと思うよ」

「ドラク、割と凄いのですっ!」

「でもでも、私達の出番がないのでやられてもよかったのに!」

「やるじゃねーか」

「ヴァンパイアって身体能力が凄いのね。それだけなら近衛騎士よりも上だわ」


 ドラクの戦いを見ていたブルーガイ達も素直に賞賛を送る。

 ちなみに二人は何の苦労もなく文字通りの圧勝、ブルーガイの手には大きな牙が一本ある。


「あぁ終わってたんだ。なんだ俺達が最後か」

「別に競ってた訳じゃないんですし皆無事が一番ですよ」


 望とアルタもほどなくして戻る。

 こちらも相手の動きに合わせるまでに多少の時間が掛かったものの、一撃も攻撃を受ける事なく勝利した。


「それじゃもう少し狩っておこうか。三体じゃ流石に報酬も少ないからね」

「次はニナもやるのです」

「ミイも、ミイもやっりまーす」


 ここぞとばかりに主張するニナとミイ。

 今回の依頼は決まった討伐数は無く、一体ごとの報酬となる。


「分かった分かった。それじゃまた二人か三人になってやろうか」


 再び分かれて行動を始める。

 やる気を出したニナとミイも含め、この日は普段以上の稼ぎを出すのであった。



------



 その日の夜。


「クックック」


 窓から入る月の光がその部屋を照らす。

 灯りを消した薄暗い部屋の中では、噛み殺したような笑い声が静かに響いていた。

 声の主は右手で顔を覆っている事からその表情は窺えない。

 ただ、何かを堪えているような印象である。


「ハァーッハッハッハ! ようやく! ようやくお……我の真なる力が解放された! これほど気分のいい日はない!」


 両手を広げながら口を大きく開けて笑う。

 芝居がかったような台詞であるが、違和感はさほど感じられない。


 ひとしきり笑った後、ちらりと横を見る。

 小さな丸いテーブルにある赤い液体の入ったグラスを手に取り、口に運ぶ。


「極上の味だ。禁断の果実で作られたような芳醇で深い味わい。まさに今宵を過ごすに相応しいものだろう」


 グラスを軽く掲げるとと残った液体が僅かに波を打つ。


 窓際へ行き空を見る。

 外から入り込む光はまるで自らを祝福しているかのようだった。

 そして再び大きな声で笑う。


「ハァーッハッハッハッハッハ!」


 その直後。

 バン、という大きな音が背中を伝わり耳に飛び込んできた。


 グラスを手にしたままくるりと振り返ると一人の女性が立っていた。

 普段はローブを着て体型がイマイチ分かりにくいが、スラリとしている。

 女としての膨らみもギリギリ、僅かに、最低限にはありこの姿の時だけその認識が可能である。


「ねぇ」


 感情を感じさせない淡々とした声。

 長い金髪が少し乱れ表情は窺えない。


「今、何時だと思ってるの?」

「えっと……」

「もう皆眠っているんだよ?」

「あ……あぁ、う、うん」

「ならこれからすべきことは分かっているね?」

「ごごごごめんなさい静かに、静かにします、絶対」

「それと寝る前にあんまりジュース飲み過ぎないようにね。それトマトジュースでしょ」

「う、うん」

「ふぅ。それじゃ私は寝るよ。おやすみ、ドラク」

「おゃ、おやすみ、ラウラねーちゃん」


 入ってきた時とは違うパタン、と優しい小さな音と共に女性は居なくなる。


 昼間に魔物を相手にした時よりも緊張し、冷や汗もかいている事実を認識するといつの間にか喉がカラカラになっており手にした飲み物をグイッと飲み干す。


「……寝よ」


 こうして異世界王国の夜は更けていった。

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