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37話「変化」

 太陽が昇り、大地を明るく照らし始める時間帯。

 異世界王国では一人の男が目を覚ます。


「よいしょっと。今日もいい朝だな!」


 毎日一番に目覚めるのはドラク・シュバルツルードである。

 先祖にはヴァンパイアがおり、ドラクにも僅かながらその血が流れている。

 とはいえ今その証明となるのは銀の髪と人より少しだけ尖った耳だけしかないが。 


 基本的に規則正しい生活を送っている異世界王国メンバーではあるが、一番は誰かと問われれば誰もがドラクと答えるだろう。

 早く起きてトレーニングをし、嫌いな物も積極的に食べ、よく笑い、よく遊び、そしてよく眠る。


 この日も顔を洗いトレーニング用の服に着替える。

 少しよれよれになってきているが、まだ使えるかと思い特に躊躇無くそれに袖を通す。


「まずはランニングからで、その後腹筋、それと――」


 やる事を口に出しながらメニューを確認する。

 欠かさずしているだけあって間違う事なく全てのメニューをそらんじてみせた。

 最後に男にしてはロングといえる銀髪を軽くセットすると部屋を出る。


 最近では仰々しい喋り方をする回数が減っている。

 ふと思い出したように顔に手を当て低い声で「我は――」と言う時もあるのだが、すっかり暮らしなれたせいで実家気分で素になっている時がほとんどである。


 部屋を出てから階段へと向かう。

 城には昇降機もあるのだが、ドラクはほとんどそれを使わない。

 元の世界ではほとんど階段を使う生活を送っていたという事もあり自然とそちらへ足が向かう。


 トントントン、と軽い足音で階段を降りている最中、ドラクは忘れ物に気付く。


「おっと、タオル忘れた」


 そう口にした瞬間。


「うわぁっ!」


 足が滑り階段を踏み外してしまう。

 ゴロゴロと転がりそれまでの三倍の速度で階段をくだるドラク。


 一番下までくるとドサッと音を立ててぴくぴくと痙攣する。

 そしてそのままドラクの意識は遠くなった。



------



 珍しく起床にそこまで時間が掛からなかったアルタ。

 本日の起こす係であるラウラと共に食堂へ向かう。


 最近アルタの話の半分は望の話である。


「――でノゾムが美味しいって言ってくれたんですよ」

「そう、良かったね――ん?」

「それでまた食べたいとも言ってたんですけど、これって、あの、もしかして私に……ラウラ? 聞いてます?」

「あぁごめん。でもほら、アレ」


 相槌を打っていると、階段の下、二階部分に誰かが倒れているのが分かった。

 特徴のある髪からすぐにドラクだと分かり二人は駆け寄る。


「ドラクくん? 大丈夫ですか?」

「気絶してるようだね。あそこに靴が落ちてあるし階段を踏み外したんだろう」


 ラウラは少し離れた所にある片方の靴を見てそう結論付ける。


「『ヒール』」

「…………」


 アルタが回復呪文を掛ける。


「おかしいですね。階段から落ちたくらいならこれで目を覚ましてもいいんですけど」

「仕方ない。ちょっと乱暴だけど揺さ振ってみようか」


 そう言いながらラウラがドラクの体に手を伸ばした所で階下から声が掛かった。


「おっ、何やってんだ?」

「それドラク? 寝てるの?」


 二つの声は望とブルーガイである。

 つい先程までチェリーシアも居たのだが、先に食堂へと向かった。


 ちなみに、この二人はドラクよりも遅い起床ではあるが昇降機を使って下まで降りた為、ドラクを見落としていたのである。


「いえ、どうも階段から落ちて気絶したみたいで」

「二度寝みたいなもんか」

「ブルーガイ、それは違うと思うよ」

「それより起こしてあげたら? アルタ、回復魔法は?」

「ついさっき掛けましたよ」

「あれ、それでも起きないのか。どっか強く打ったのかな?」


 四人が話し合っていると「うぅん」といううめき声が聞こえた。


「あれ……んん?」

「あ、良かった。起きたんですね」

「アルタねーちゃん? どうしてここに?」

「ドラク、キミ階段から落ちたんじゃないのかい? 靴が片方脱げているよ」

「あ、ほんとだ」


 脱げた靴を履いたドラクは周囲に居る四人に体に異常はないか確かめろと言われ軽く手であちこちを触る。

 腕を回したり体を捻ったりしてみたがどこも痛くはなかった。


「大丈夫そう」

「それは何より。でも今日のトレーニングは止めておくように。もう朝食の時間でもあるしね」

「うん」


 食堂に入ると全員が揃っており、それぞれが席につく。

 既に料理が出来ていたのだろう今日の料理当番が朝食を運んでくる。

 パンもスープもサラダでさえもオレンジ色が目立つ。


「お待たせしましたぁ~」

「それじゃ食べるとしようか」


 ラウラの一声で食事が始まる。

 ある者はパンを、ある者はスープを。

 オレンジだらけのメニューはすっかり慣れてしまい当たり前のようにそれらを口に運ぶ。


「んん~。やっぱりニンジンは美味しいですねぇ~」

「そうかそうか。良かったのぅ」

「ラウラねーちゃん、今日はどっかで依頼受けるのか?」

「その予定ではあるよ。この前は通り過ぎただけだし、メイルプル王国の首都に行ってみようか」

「メンバーはどうすんだ?」


 いつものようにその日の予定を話し合う。


「じゃあ俺を入れてくれよ! 最近あんまり参加してないし」

「ドラクくんは今朝頭を打ったばかりですし、念のため休んでもらいます」

「えぇー! アルタねーちゃん、そこをなんとか!」

「ダメですよ。その代わり今日なんとも無かったら明日は一緒に行きましょう」

「絶対だよ! 約束だからね!」


 食器が空になるとそれぞれが準備をする。


「それじゃ、行ってきますね」

「いい子にしてるんだぞ」

「ピュィ!」

「いってらっしゃいなのです」


 今日出かけるのはアルタ、ラウラ、望、ブルーガイ、ヴァーニの五人となっている。

 望達が出発するとフォティスは自室へ、アリーシャは研究室へと足を運ぶ。


「さて、何すっかなー」

「ドラク、ミイ達と遊びましょう」

「ん? おぉいいぞ!」


 暇になったのはドラク、ニナ、ミイの三人……そしてチェリーシアである。


「でもドラクは階段から落ちて頭を打ったからあんまり激しく動くと怒られるのです」

「アルタはあんまり怖くないですがラウラは本気出すと怖い怖いです」

「ラウラねーちゃんか……アレはやべぇな」


 ニナがそう言うとドラクとニナはそれに肯定し、どうするか考える。

 注意を無視して遊べば間違いなく後で叱られるだろう。

 アルタは基本的に注意で済ませるが、ラウラはそう甘くはない。

 そして三人は既にそれを経験している為そうそう言い付けを破る気にはならなかった。


「ピュィピューィ」

「チェリなのです。一緒に遊びたいのですか?」

「ピュィ!」


 ニナもチェリーシアの言葉は分からないがそれっぽい会話になっている。

 というのも何度も遊んでいる為だ。


「それじゃあ前みたいに外で遊ぶのです。ミイ、ドラクを飛ばしてチェリとかけっこさせてなのです」


 以前やった遊びに、チェリーシアとドラクの空中かけっこというものがある。

 ミイが念力(サイコキネシス)でドラクを操作しチェリーシアと速度を競うのである。

 本来ならばミイの力は生命体には非常に効きにくく、また仮に効いたとしても僅かな効果しか現れないのだがドラクは違った。

 ミイが「まるで石ころみたい」と思わず呟くくらいには簡単に力が通った。


 異世界メンバーならと思いミイは望達で試したが全く能力が通らず疲労を残す結果となり、何故ドラクだけに効いたかは謎である。


「よし、準備出来たのですっ!」


 大きなバスケットを両手に持ち、肩には水筒を掛けてそう言ったニナ。

 中にはサンドイッチが入っており、お昼も外で食べようと軽食ならばギリギリ作れるアリーシャに用意してもらったのだ。


 外には魔物もいるため若干難色を示されたが、フォティスの自室の窓から見える範囲に居る、という条件の下許可が下りた。


「今日もいい天気ですねー」


 澄み切った青い空。

 心地よい風が吹く。


 ニナとミイが居た元の世界の研究所も快適な空間が保たれていたが、草木の匂いと肌を撫でるような優しい風は存在せずここが気に入っていた。


「しかしラウラは何で毎回ニナ達の嘘を見破ることが出来るのです?」


 子供三人の話題は大人組のものになる。

 留守番する事も多く、そして言いつけを守らない事も多い。

 その度にラウラにバレ叱られるのだ。


「全くまーったく分からないです。何か魔法でも使ってるんですかね?」

「どうだろうな。魔法とか全然分からないしな俺」

「ラウラは超能力は持ってないのできっと何かカラクリがあるはずなのです」


 あれこれと意見を交わす三人だが、実際はラウラが何気なくカマをかけ、それによって三人が自爆しているだけなのである。

 ドラクは途端に挙動不審になり、ニナとミイはお互いに罪を擦りつけようとする傾向がある事をラウラは知っているのだ。


「ピュィ!」

「おっと、そろそろ遊ぶとするのです。スタートの合図は任せて欲しいのですよ」


 チェリーシアから催促がかかり三人は以前にもやった遊びを開始する。


「では行っきまー……あれ?」

「どうした? 遠慮なくやってくれていいぞ」

「あれれ……ふんっ、ふぬぬぬぬ……!」


 ミイが顔を真っ赤にさせて能力を行使するもドラクは一向に動かない。


「――……――ッ! ぷはぁ、はぁ……はぁ」

「おいおいどうしたんだ?」

「能力が一向に通じなくて。これは緊急事態、緊急事態ですよ! どうしてですか!?」

「俺が分かるわけないだろ。調子悪いんじゃね? あそこの石ころにでも試してみたらどうだ?」


 ドラクの言う通りにミイは五メートル程離れた場所にある拳大の石に能力を使う。

 石はふわりと空中に浮き、目で追うのも困難なスピードでミイ達の周囲を飛び回ると元の位置へと落ちる。


「使えるな」

「この前のドラクと似たような手ごたえでした」

「石ころと同列にされると流石に悲しいんだけど」


 能力が使えなくなっている訳ではない。

 気を取り直してミイは石に向けていた小さな手をドラクに向ける。

 しかしながらもう一度チャレンジしてもドラクは一切動かなかった。





「しっかし、んぐ、今日は、もぐ、天気いいな」

「お行儀悪いのですよ」


 時間も丁度昼になり、ドラクは座ってバスケットからサンドイッチを取り出して食べる。

 大きな木の木陰に入りのんびりとした時間が流れている。


「まぁのんびりするのも悪くないなぁ」

「ドラクはいつものんびりしてるのですよ」

「おいおいそんな……そんな事ないぞ!?」

「どもってるのです」


 ドラクと雑談しつつニナ視線は前方へ。

 少し離れた所ではミイとチェリーシアが遊んでいる。


 遊びといってもミイはそれを戦闘訓練と称しており、大小様々な石をチェリーシアに向かって飛ばすのだ。


「フカーッ!」


 それを打ち落とすようにチェリーシアは魔力を纏った冷気のブレスを吐く。

 成長に伴い出来る事が増えた。

 ブレスもその一つである。


 それまで飛んでいた石は氷つき一つ、また一つと落ちる。


 その隙を狙ったかのようにチェリーシアの背後から二つの石が接近するが、三つある尾を器用に操り叩き落す。

 少し前までは飾りのような存在だった尾が今では立派な体の一部であるかのようにチェリーシアの意志によって自在に動く。


 そのまま順調に訓練は進み、チェリーシアはニナが準備した石を全て叩き落すと嬉しそうに旋回を始めた。


「ピュィ!ピュィ!」

「お見事なのですー!」


 その下でニナもその場でくるくると回り喜びを表現する。


「さ、訓練も終わったのでご飯食べますよー」

「ピューィ!」


 そしてニナとチェリーシアも二人の居る大きな木の下へと入る。

 アリーシャが作ったサンドイッチは極々普通の味であったが、外で食事する事は余りなくそれだけで美味しく感じられた。





「ふぃーさっぱりしたー」


 日も沈み夕食も終えるとそれぞれが好きに動く。

 だいたいは談話室で寝るまで喋ったりしているのだが、ドラクは皆より一足早く風呂に入った。

 乾ききっていない長い銀髪をオールバックにしているその様は黙っていれば美男子だと言えるだろう。


「そういえば今日はチェックしてなかったな。やっとくか」


 談話室へ戻る前に食堂へと入る。

 既に灯りは消されており扉から入る光が食堂全体を薄ボンヤリと映し出す。

 ここにはドラクが毎日トレーニング後に行うスキルチェックの為の魔道具が置いてある。

 今ではすっかり習慣になっており、変化はないだろうと思っていても何となく調べないと気がすまなくなっている。


「ふんふんふーん」


 鼻歌混じりにボードを手に持つ。

 そして文字が浮かび上がる。


「よしいつも通……り、じゃない! ああああ出たああぁぁぁぁぁぁぁ!」

「なんだなんだ! どうしたってんだ!?」

「ドラク大丈夫かい!?」

「灯りを点けろ!」


 食堂と談話室の距離は近い。

 ドラクの叫びが聞こえた他のメンバーは慌てて食堂へ飛び込む。

 が、ボードを見て叫んだドラク以外は何もいない。


「何もねぇじゃねーか!!」

「見て! 見てみてみてみて!」

「うおぉ勢い凄いな……なんだよ一体、てゆーか顔にぴったり付けるな見えねーよ」


 信じられないといった感じでブルーガイに迫るドラク。

 よく見て欲しい一心だったが、興奮しすぎてゼロ距離でブルーガイにボードを押し当てている。


「落ち着いて。何があったんだい?」


 ラウラはそう言ったものの何があったのかは既に検討がついていた。

 ボードを手にしているのだからラウラだけでなく全員が察することが出来る。


 僅かに落ち着いたドラクがボードを皆に見えるように向ける。

 今まで「???」だった文字は消え、新たな文字が刻まれている。


 『血脈の目覚め』


 それが堂々と一番上に浮かび上がっていた。

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