36話「決着、そして帰還」
「ぐ、う、馬――鹿、なッ!」
先程まで激しく動いていた二人は既に静止している。
驚愕の表情を浮かべたギディオンがゆっくりと視線を下に向ける。
魔力を流し込めば驚異的な硬度を持ち、自身の身体能力をも向上させる鎧。
その胴体部分にあるコアと呼ばれる場所には剣が突き刺さっていた。
鎧へと伸びていた禍々しい濃紫の根とも呼べる線は既に消えておりギディオンの身体能力も元の状態へと戻っている。
「俺が死んだらアルタまで死んじゃうからね、使わせて貰ったよ」
望はいつも二つの剣を帯刀していた。
一つは切れ味は良いものの普段使われていない剣。
もう一つは対人戦においても臆する事無く戦えるようにと刃を潰した剣。
「まさか貴様がそれを抜くとはな……」
ギディオンは以前ウード村で望と剣を交えた際、人を斬れない臆病者と判断していた。
そしてそれは正しい。
以前の望ならば迷った挙句に結局それを振るう事なく終わりを迎えただろう。
しかしこちらの世界で生活していくと共に心境に変化が現れた。
これに望本人も気付いているが、その変化を止める気は無かった。
なぜならば――
「俺が変わってしまう時は助けてくれる人がいるからね」
少し時間は経っているが今だしっかりと覚えている約束があったからだ。
「まだそんなふざけた事、を……く、魔力……切れ、か」
膝を付き耐えようとするが魔力が枯渇すると人は意識を失う。
ギディオンも十秒耐えた所で限界を迎え気絶した。
剣を抜き刀身を見る。
しっかりと作られたそれには刃こぼれ一つ無く、また汚れてもいない。
「血はついてない、と。まぁ殺さずに済んで結果オーライってやつだな」
敵が生きていてホッとするのもおかしいけど、と思いながらも安堵している事を実感する。
望が狙ったのは核の破壊である。
勿論そのまま鎧を貫いてしまう可能性も頭にあったが他に勝つ案が浮かばず、もし手を抜いていれば倒れているのは望だっ
ただろう。
「ノゾムッ、大丈夫ですか!?」
望のそばへと駆け寄ってきたのは少し離れた場所から見守っていたアルタである。
心配の余りべたべたと体に触り傷を見つけたところからヒールをかける。
アルタも残り魔力が少なくなっているが、何とかヒールをかけ終える。
「ふぅ、これで大丈夫ですね」
「助かったよ、でも魔力大丈夫? ちょっと顔色悪くなってる」
スッとアルタの頬に手を当てて顔を覗き込む望。
この場面だけ切り取ればまるで恋人が口付けを交わす直前のように見えるが、勿論違う。
だがアルタの顔は一瞬にして赤くなった。
「え、ちょっと、え? なな、なにするんですか!? こういうのはもっと……その、ちゃんと……してから……」
「いや、何って……顔色悪いよ?」
「とととにかく大丈夫ですから! それより、どうしてあの時ヒールをとめたんですか?」
慌てながらもアルタは先程の視線について問う。
不発だったかもしれないが、やらないよりやった方が良かったのではと今でも思っているのだ。
「その事か。丁度弱点も見当がついてたしギディオンには自分が有利って思ってもらってた方が隙を見せてくれるかと思って
ね」
「弱点……?」
「鎧に黒くて丸い物が埋め込まれてたろ? あれ何か動くというか反応してるというか、ゲーム的な弱点って感じがしたんだ
よ。パワーアップした敵には分かりやすい弱点があるって定番だしな。案の定最後の攻撃だと言わんばかりの突きがきたから
勝ちを確信したね」
アルタは望の言うゲームを見た事はない。
だが望自身から望の世界の事はあれこれと聞いており、ゲームというのは仮想空間で遊ぶこと、という認識を持っていた。
故に一瞬目を真ん丸くさせたのち、じとっとした目となった。
「ゲームって遊ぶやつですよね? そんなのを参考にしたんですかっ!?」
「あっ……いや、冗談だよ。まぁ何せ無事倒せて良かったよな! あ、回復も助かったよ!」
「ノゾム……誤魔化そうとしてませんか?」
「してないしてない。さ、早く戻って皆を助けに行こうぜ」
疑いの眼差しを向けるアルタを強引に連れ、望達は元の場所へと移動した。
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「あ、おかえり。無事だったみたいだね」
望とアルタが戻った時には既に戦闘は終わっていたらしく、ラウラとヴァーニ、そしてブルーガイが二人を出迎えた。
この場所で戦っていたであろうラウラやヴァーニにも目立った傷は無く元気な様子を見せている。
「皆も無事だったか」
「もっちろんですよぉ~」
「割と早めにオレがヴァーニの助けに入ったからな。ま、九割はオレの活躍だ」
「えぇ~! わたしも頑張りましたよぉ~!」
実際には戦闘経験の少ないヴァーニが持ち前の足の速さをフル活用してとにかく被弾しない立ち回りで時間を稼いでいた所
にブルーガイが助太刀して共闘した。
九割というのは冗談っぽく言っており誇張した表現である。
戦っていたのは兵士長の一人であったが、二対一になると厳しかったのか結局大した反撃も出来ずに沈んだ。
「ラウラっ」
「ノゾムの助けになれたみたいだね」
ラウラは何箇所も破れている望の服を見ながらアルタへと労いの言葉を掛ける。
鎧の性能を考えると望が兵士長と一対一で勝利を手にする事は難しいとラウラ考えてアルタを向かわせた。
事前に補助魔法を自身とヴァーニに掛けて貰う事でラウラも問題なく戦う事が出来た。
相手は複数の兵士だったが、移動速度が上がった事により敵との距離を維持しやすく、範囲魔法で無理やりにねじ伏せた。
ただの兵士レベルでしかない彼等は魔力枯渇も早くラウラに一撃すら与えられずに地に伏せた。
「さて……と」
「元気に立っているのはあのオッサン達だけだな」
「ぷるぷる震えていますねぇ~」
戦闘が終わり残ったのは研究員とその上司ルルイドである。
二人は武器を所持していない。
例え持っていたとしても護衛を倒す程の力を持っている者ならば数秒で勝負は決するだろう。
「バカな……バカな……」
ギリ、と歯軋りをし身を震わせるルルイド。
自身が開発したあの鎧には絶大なる自信を持っており、それを身につけた者が負けるとは思っていなかった。
「さぁ、これで終わりです。とっととその兵士を連れて帰って貰えますかね?」
突き放すような物言いで口を開いたのは巻き込まれないように隠れていたアリーシャである。
少し大きい白衣のポケットに手を突っ込み不機嫌そうな顔でルルイド達を見据える。
「この、貴様等なんぞに……」
「これに懲りたら今の研究は中止して下さい」
「そんな事出来る訳がないだろうッ! この理論を出すのにどれだけ苦労したと思っている!」
「知りませんよそんな事。それともあなたも剣を手にしますか?」
「ぐっ……」
状況が状況なだけにルルイドは言い返せない。
目的は元の世界への帰還であり異世界王国に勝利することではない。
ここでヤケを起こしても勝ち目など皆無。
どう考えても自らが剣を手にするメリットは無かった。
「くそっ! 起きろ、このクズ共が!」
近くに居た倒れている兵士の一人を踏みつける。
乱暴な起こされ方をした兵士も今の現状を察し仲間達を起こす。
「今回は引かせて貰う」
疲れた表情をした兵士長の一人がそう言い帝国の兵士達と研究員は去っていく。
魔力がほぼ空にも関わらず陣形を組むのは個人主義とはいえ兵士の性といったところか。
ルルイドは最後まで眉間に皺を寄せ不快さを前面に出していた。
「あれで良かったんですか?」
兵士達が見えなくなった頃にラウラがアリーシャへと問う。
この場で歪みを発生させる魔道具「ディクリース」を破壊することだって出来たのだ。
更に言えば相手を捕縛し実験の中止を帝国に要求することだって可能だっただろう。
「いいんです。あれ以上やると短気な帝国のことなので異世界王国に攻めてくるでしょうから」
帝国出身だけあってアリーシャはよく分かっていた。
今回見逃したのは『こちらの領域に無断で侵入したのを撃退しただけ』と言い張る事が出来るからだ。
ディクリースを破壊したり兵士にあれ以上のダメージを与えると帝国の過激派が乗り出してくると予測した。
それは概ね正しく、今回の一件で帝国が大手を振って異世界王国を攻めてくることはない。
「それじゃ帰るとするか! 腹減ったぜ、なぁノゾム」
「俺は別に。昼ご飯食べてからあんまり時間経ってないし」
すっかりいつもの空気に戻り、ブルーガイと望が会話をしてると二人の視界に白と黒が映った。
「ブルーガイ、ニナはブルーガイがそこまでバカだとは思ってなかったのです」
俯き真っ黒な髪が表情を隠しておりそこはかとない不気味さでボソボソと呟くニナ。
「ブルーガイ、ミイはブルーガイをバカだバカだと思ってましたが間違えてました。ブルーガイは救い様のないバカでした」
こちらも俯いて真っ白な髪が顔を隠している。
いつもならばぎゃーぎゃーと騒ぐ二人がギリギリ望達に聞こえる程度の声量で喋るのは珍しく、同時に不気味である。
「な、何がだよ……」
ブルーガイもそれを感じ取ったのかどもりながら二人に詳細を問う。
「何で全部一人でやっちゃったのです?」
「ミイ達の見せ場が一切無かったんですけど」
ニナとミイはてっきりブルーガイと一緒に戦うのだと思っていた。
最初に飛び出す所までは良かったのだが、それきりブルーガイは連携を考えない戦い方をしており二人は戦闘に混ざるタイ
ミングを失ったまま終わった。
特にニナに至っては何もしていない。
城からここまで歩いて、昼ご飯を食べただけである。
戦闘が割と好きな二人は現在機嫌が悪い。
大層悪い。
「いや、まぁ、なんだ、別にいいじゃねぇか。勝ったんだし」
「ブルーガイ『土下座するのです』」
「うぉっ!」
顔を上げたニナがブルーガイに催眠を掛ける。
ブルーガイの膝がガクンと落ち、同時に土下座しなければならないという意識が脳を支配しブルーガイは土下座をする。
――はずだった。
「ふんっ!」
「レ、レジストされた……のです」
妙なポージングと共に気合の入った声を発しニナの超能力をはね退ける。
基本的に知能の高い生命には自動で抵抗する能力が備わっており、またニナも全力で掛けた訳ではなかったのだがそれでも
アッサリと破られた事は少なからずショックだった。
「ハッハッハ。今のオレは以前のオレとは一味違うぜ!」
自身が強くなった事を自覚した事もありブルーガイは機嫌がいい。
「なんだ?」
「ん?」
しかしその時、ブルーガイと近くに居た望の視界が暗くなる。
太陽が隠れたにしては不自然だなと思いながらも二人が同時に上を見上げると、大きな岩が浮いていた。
そして、二人が認識したと同時にそれが落ちる。
「あっぶねぇ!」
「うわっと。おい、ミイ。俺まで巻き込まないでくれよ」
間一髪で二人はそれを避ける。
望は巻き込まれた事に抗議の声をあげる。
「ノゾムが岩に当たって気絶しても大丈夫、大丈夫です。ふふふ、弱った所に優しさ溢れる看病。これはもう惚れちゃったり
しちゃったりして」
「加害者が何言ってんの。それに下心見え見えの優しさは嬉しくないなぁ」
「気が逸れたのです。意識の外側からえいっなのです!」
「うぉ、またコレかよ……ふんっ!」
「何やってるの? そろそろ帰るよ」
四人がぎゃーぎゃー騒いでいるところにラウラの声が掛かる。
ラウラは兵士達が見えなくなってからも探査魔法を使い動向を探っていたが特に不審な動きは無く問題ないと判断した。
アリーシャも同意見だったのでアルタが城に戻る事を決定した。
日は傾き夕日が赤く大地を染める。
疲れからか若干言葉数は少なかったが異世界王国メンばーは何の問題も無く城へと辿り着く。
扉を開けて城内へと足を踏み入れると最初にチェリーシアが飛んできた。
アルタの腕の中に納まり、その腕に頭をすりすりと擦り付けている。
「ピューィ、ピューィ!」
「チェリ、ただいま戻りましたよ」
丸一日も空いていないのだが、まだ親離れできていない幼体のチェリーシアはようやく会えたとばかりにアルタと望に甘え
る。
「いい子にしてたか?」
「ピュイ!」
望の声に元気よく答えるチェリーシアの表情は自信ありげである。
「……あ、ノゾムにーちゃん……」
「お、ドラ……ク?」
そこに服はボロボロ髪は乱れ挙句の果てには所々に擦り傷の出来ているドラクが通りかかった。
声のトーンもいつもより小さく、何があったのか全員が何となく理解出来ていた。
なぜなら、チェリーシアはアルタとノゾム以外にはあまり懐いていないからである。
更に幼体といえどドラゴンである。
異世界王国最弱のドラクと遊べばどうなるかは明白であった。
「チェリと遊んでくれたたんだな……」
「……うん」
激しく疲れているのかドラクの返事は見るからに元気がない。
若干申し訳無さそうな顔をしたアルタが回復魔法を掛けひとまず擦り傷を綺麗に消し去る。
「ロリューヌさんにも声を掛けておかないとね。彼女にもこの城を護って貰っていたんだし」
いつもと変わらない雰囲気から何も起こらなかった事は容易く予測できていたが、それでも安心して城を離れられたのはロ
リューヌのお陰である。
談話室に足を運ぶとフォティスとロリューヌ、そして近衛騎士がのんびりと歓談していた。
「ただいま戻りました」
「あぁおかえりなさい。無事終わったようね」
「服がボロボロじゃのぅ。風呂に入って着替えてくるとよいぞ。……ついでにドラクもな」
「それもそうか。行くか、ドラク」
望とドラクが風呂に向かい、残りのメンバーで報告を行う。
鎧の件に関してはロリューヌ達メイルプル王国でも知られていなかったらしく興味深げに相槌を打っていた。
「なるほどね。でもそれなら時間が稼げたわね、良かったじゃない」
「時間、ですか?」
「えぇ、帝国の新装備があっけなくこちらに破れたとなれば見直しが必ず入るわ。開発者が歪みの実験を行っているのならば
少なからずそちらに時間を取られるはずよ」
ロリューヌの予想は当たっており、帝国に戻ったルルイドはまず装備の調整をしなければならなくなる。
そうなれば歪みの研究は少なからず遅延する。
未だに歪みに干渉する魔道具を完成させていないアリーシャにとってはこの状況は喜ばしい。
「何はともあれまずは勝利を喜びましょ。それとアルタ、お腹空いたわ。ご飯作って頂戴! 今日のメニューは何なの?」
「オレぁ肉が食いてぇ! あと酒も欲しいぜ!」
「じゃあお肉を焼いて、魔道具に保管してたシチューも温めて、飲みすぎはダメですがお酒も用意しますね」
「流石アルタだ! 将来はきっといい嫁になれる! オレが保証してやるぜ!」
「えっ!? なな何言ってるんですか! わ、私がノゾムのお嫁さんだなんて……」
「誰もノゾムの話はしてねぇよ」
ブルーガイは呆れた顔でそう言うもアルタには届いていない。
だが、すっかり機嫌の良くなったアルタを見てこれ以上は言うまいと口を閉ざす。
報告も終わり少し時間が経てばいつもの空気に戻る。
アルタが創った皆が笑い合う空間。
いつものメンバーと、いつもより少し豪華な食事。
普段とあまり変わらなかったが、食堂から漏れる笑い声はいつもより長い時間続いた。




